福島第一30km圏、300万~3000万ベクレル
福島第一原子力発電所から80km圏内のセシウム137の地表面への蓄積量 写真
30km圏内では300万~3000万ベクレル/平方mという凄まじい汚染で、計画的避難区域とされている飯館村は100万~300万ベクレル/平方mという汚染度である。
チェルノブイリ原発事故では、セシウム137が55.5万ベクレル以上の地域が強制移住の対象であった。
福島第一原子力発電所から80km圏内のセシウム137の地表面への蓄積量 写真
30km圏内では300万~3000万ベクレル/平方mという凄まじい汚染で、計画的避難区域とされている飯館村は100万~300万ベクレル/平方mという汚染度である。
チェルノブイリ原発事故では、セシウム137が55.5万ベクレル以上の地域が強制移住の対象であった。
福島 落ち葉に高濃度放射性セシウム 2012年3月4日 4時45分
福島県内の森林の落ち葉に含まれる放射性セシウムは、双葉町と浪江町で集めたもので、
1キログラム当たり440万ベクレルに達するなど、福島第一原発から30キロ圏を中心に
高い濃度になっていることが林野庁の調査で分かりました。
林野庁は、福島第一原発の事故の影響を調べるため、去年9月から11月にかけて、福島県内各地の
森林およそ400か所で落ち葉を集め、放射性セシウムの濃度を測定しました。
その結果、原発から西におよそ10キロの双葉町石熊と、北西におよそ25キロの浪江町天王山で集めた
落ち葉から、それぞれ1キログラム当たり444万ベクレルの放射性セシウムが検出されたということです。
さらに、南相馬市と飯舘村を加えた合わせて9か所の森林で集めた落ち葉から、100万ベクレルを超える
放射性セシウムが検出され、原発から30キロ圏を中心に高い濃度になっていることが分かりました。
また、有害な廃棄物と同じ処分法が求められる1キログラム当たり10万ベクレルを超える放射性セシウムを
含む落ち葉は、原発から離れたところでは、80キロ圏の森林にまで及んでいました。
同時に採取した土の放射性セシウムは、ほとんどの調査地点で落ち葉の濃度を大きく下回ることから、
林野庁では、「放射性物質の多くは土壌に浸透せず、今のところ落ち葉の層にとどまっている」としています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120304/k10013462441000.html
http://lituum.exblog.jp/18103795/ より
ガレキ広域処理(10万ベクレル)の落とし穴
以前から、netに10万ベクレルがちらちらでていて、
気になっていた。
8000ベクレルでも、びっくりなのに10万ベクレルなのだ。
細野大臣の狙いが、福島限定か、それとも全国版か。
見極められないでいたからだ。><
「福島県内の災害廃棄物の処理の方針」にもとずくものとあるのだが。。
昨日のニュースで
細野大臣が警戒地区で初めてのガレキ集積場(一部報道では中間貯蔵施設)を
樽葉町に作ると言う。
集積場で分別し、10万ベクレルを超えたガレキは国が整備予定の中間貯蔵施設に持ち込む。
10万ベクレル以下のガレキは仮設焼却場での処理を検討している。
この話は、
10万ベクレル/kgのガレキの話だから、
焼却した後の焼却灰が数百万から数千万ベクレル/kgになるであろうことは容易に推測出来る。
明らかに、核処理施設を環境省が運営しようとしているのは、
明らかだ。こんな国世界にないだろう。
環境省はいつから、東電後仕舞い請負省になり下がったのだろう。
これで、日本の環境を守っていると言えるだろうか?
環境省は
昨年の8月末に、8000ベクレルを超え10万ベクレル以下の
焼却灰等の処分の方法について決めていた。
8000ベクレルを超え10万ベクレルまではコンクリートでかためるという。
そして、最終処分地に埋設するとと言う。
10万ベクレルを超えるものは、セメントで固めて、
10万ベクレルになれば、10万ベクレル以下と見なすと言う。
さらに高い線量のものはセメントの厚みを増せば、
同様に扱って良いと言う。
環境省は合格するまで、いくらでも下駄を履いて良いとする。
ざる指導だ。><
セメントは水を通す。
試験ではセシュウムは十数パーセント流れ出ると言う。
だが、水にぬれない様に埋設すれば良いとした。
こんなの、努力目標にしか過ぎない。
だから、全国、あちこちの埋立地で、しみ出て来ている。
(ググってみて下さい)
半減期は
10万ベクレルの焼却灰
30年後 5万ベクレル。
60年後 2万5000 ベクレル。
90年後 1万2500ベクレル。
120年後 6250ベクレル。
150年後 3125ベクレル。
180年後 1562ベクレル。 まだ稲の作付けは出来ない。
3.11以前のクリアランスレベル(100ベクレル)になるにはまだまだ先だ。
セシュウムは100年で1/10になると言うから、100ベクレルになるには300年かかる。
セメントの寿命は
50年からせいぜい100年
(日本の旧建築基準で建築された壁厚0.31メートル程度の建造物は普通50-60年程度 wiki)、
最近は海砂を使うのでこれより短くなる。
だいたい、200年以上もさらに永久に、この永久処分場を安全に管理出来ると言う,
細野大臣の考えは、甘すぎる。到底、同意出来ない。
加えて言うと。
六ヶ所村でさえ、中間貯蔵施設で、核の永久貯蔵所は日本にはない。アメリカ、ドイツにもない。
オンカロ(フインランド)にある。映画「100,000万年後の安全」http://www.uplink.co.jp/100000/ になっている。
なのに、
だれも反対せぬまに(ガレキ法には共産党のみが反対)、
核の永久処分場を、あちこちに作ろうとしている。
多分、細野大臣は、福島だけでなく、
全国に拡散させるのだろうと危惧している。
(続く)
参考 当ブログ
13.ガレキ広域処理(バグフイルターの論拠)の落とし穴 6 2012.4.8
12.香川県内の市町はガレキ受け入れ表明ゼロ。 2012.4.7
11. ガレキ広域処理(8000ベクレル)の落とし穴 5 2012.4.2
10. ガレキ広域処理(8000ベクレル)の落とし穴 4 2012.3.30
9. 坂出市に続いて高松市もガレキ受け入れ困難 香川2012.3.29
8.ガレキ広域処理の落とし穴3 2012.3.28
7.ガレキ広域処理の落とし穴2 2012.3.21
6. ガレキ広域処理の落とし穴1 2012.3.18
5.ガレキ問題 四国の状況 http://lituum.exblog.jp/17968498/ 2012.3.14
4.ガレキの広域処理 http://lituum.exblog.jp/17963290/ 2012.3.12
3.「瓦礫」のトリック http://lituum.exblog.jp/17925190/ 2012.3.7
2.全国での「安易な瓦礫受け入れ」をやめさせる「効果的な」方法 1 2012.3.6
1.全国での「安易な瓦礫受け入れ」をやめさせる「効果的な」方法 2
2012.3.6
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・引用・・・
河北新報社 web 2012年4月8日
国、楢葉にがれき集積場 来月にも着工 警戒区域で初
東京電力福島第1原発事故で大部分が警戒区域となっている福島県楢葉町の沿岸部2カ所で、国が5月にも東日本大震災で発生したがれきを保管する集積場の整備を始めることが7日、分かった。震災から1年以上たっても警戒区域内の震災がれきはほとんど手付かずの状態で、同区域内で大規模ながれきの保管場所の整備は初めて。
環境省や楢葉町によると、すでに町内2カ所に計約2.5ヘクタールの用地を選定、土地所有者らと契約に向けた最終調整を進めている。来月にも着工し、夏以降、町内のがれき約2万5千トンを順次搬入する。今後、警戒区域の再編に伴い、本格化する町の復興に向けた作業の後押しになると期待される。
集積場に運び込まれたがれきは可燃物と不燃物に分別する。放射性セシウム濃度が1キログラム当たり10万ベクレルを超えたがれきは、除染ごみを保管するため国が整備予定の中間貯蔵施設に持ち込む。
10万ベクレル以下の場合、可燃物は国が広野町などに設置を目指している仮設焼却場での処理を検討。不燃物は管理型処分場での埋め立てなどを考えている。
集積場は粉じんの飛散防止のための囲いを設置するほか、がれきの周りに土のうを積んで空間放射線量を低減させることも検討している。
楢葉町の警戒区域は、全域が住民の立ち入りが自由となる「避難指示解除準備区域」に近く再編される見通し。住民帰還に向けてインフラ整備や家屋の解体作業が本格化する。町の担当者は「震災がれきの撤去が進めば農地の復旧も可能になる」と期待を寄せる。
楢葉町を含む福島県沿岸部6市町の警戒区域内で、地震や津波による震災がれきは、推定で約47万4千トンに上り、ほとんどが放置されたままになっている。
環境省は楢葉町以外でも、警戒区域を抱える沿岸部の自治体で震災がれきの集積場の用地選定を急いでいる。
とんでもなく高濃度の放射線量が千葉県柏市から検出されました。
この高放射線量が検出された場所がどこなのか知りたい方が多いと思うので、
詳細な住所を記載します。今回、チェルノブイリでの強制避難地域レベルを
軽く凌駕してしまうほどの約65万ベクレル(1kgあたり)の超高濃度の放射線量が
検出された場所は、千葉県柏市根戸字高野台457番地3(柏市の市有地)です。
これは、東電のずさんな安全管理が引き起こした人災の福島第一原発事故の
影響です。福島原発事故から大量に放出された放射性物質は、雨水と一緒に
地面に降り注ぎ、濃縮されて土壌に蓄積されたことが原因です。高放射線量が
検出された土壌の成分を調べた結果、福島原発事故由来であることが確定
しました。この場所は数ヶ月前の中間報告時点では、約45万ベクレル(1kgあたり)
でした。しかし、最終調査報告では、放射性セシウムの濃度は最大で、
約65万ベクレル(1kgあたり)となりました。チェルノブイリでの基準と比べ易い
「bq/m2」(1平方メートルあたりの放射能汚染度)の単位に変換すると、
約65万ベクレルは、約4225万 bq/m2(セシウム137で換算)となります。
以下がチェルノブイリでの基準です。
チェルノブイリでの基準 |
||
区分 |
値 |
備考 |
強制避難エリア |
148万Bq/m2(MBq/km2)以上 |
強制的に避難しなくてはいけないレベルです。今回、柏から検出された値は、「約4225万 bq/m2」! |
第一区分(強制移住エリア) |
55万5千 〜 148万Bq/m2(MBq/km2) |
強制的に移住しなくてはいけないレベルです。 |
第二区分(補償つき任意移住エリア) |
18万5千 〜 55万5千ベクレル/m2(MBq/km2) |
移住希望者は移住を補償つきで移住を認めるレベルです。 |
第三区分(放射線管理エリア) |
3万7千 〜 18万5千Bq/m2(MBq/km2) |
放射能管理が必要なレベルです。放射能管理区域では飲食などは禁止です。 |
高濃度の放射線量が検出された場所の地図 |
この地図は、左側にある[+]ボタンで拡大表示します。[−]ボタンで広域表示。 |
※ 千葉県柏市で高濃度の放射線量が検出された場所の住所は、 |
・放射能汚染に関するニュース報道があった日付:2011年12月28日(水)
・このニュース記事のリンク元:
http://www.asahi.com/national/update/1228/TKY201112280276.html
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環境省は23日、東京電力福島第1原発から約3キロ離れた福島県大熊町にある建物の壁で採取したツバメの巣から、1キログラム当たり約140万ベクレルの放射性セシウム(セシウム134と137の合計)を検出したと発表した。
環境省によると、巣はセシウム濃度が高い付近の田んぼの泥や枯れ草を集めて作ったとみられる。千葉市の放射線医学総合研究所(放医研)に運び、巣表面の放射線量を測定すると毎時2・6マイクロシーベルトだった。
調査は、事故による生態系への影響を調べようと放医研などと連携。昨年11月から、原発20キロの警戒区域内外で、放射線の影響を受けやすいとされる動植物を中心に選定、調査した。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120323/dst12032323180011-n1.htm
毎日新聞 2012年04月20日 23時13分(最終更新 04月20日 23時59分)
東京電力は20日、福島第1原発から20キロ圏内の警戒区域の海域で採取した魚介類の放射性セシウムの測定結果を発表した。スズキから1キロあたり1610ベクレル検出するなど、採取した13種のうち、7種で食品の新基準値(1キロあたり100ベクレル)を超えた。
今月7日、福島県楢葉町の木戸川の沖合2キロと5キロの地点で刺し網で採取した。検出した1キロあたりの放射性セシウムは、ムラソイ830ベクレル▽コモンカスベ740ベクレル▽マコガレイ490ベクレル−−などだった。
調査は3月末に始め、6月まで実施する。東電は「今後も調査を続け、魚介類への影響を調べたい」と話している。【奥山智己】
http://mainichi.jp/select/news/20120421k0000m040118000c.html
毎日新聞 2012年04月15日 地方版
蔵王町の業者が製造したヤーコン茶(粉末)から、自主検査で国の新基準値(1キロ当たり100ベクレル)を超える1万7200ベクレルの放射性セシウムが検出された問題で、県は14日、県の検査の結果、最大で2万290ベクレルのセシウムが検出されたと発表した。検査は13日、県原子力センター(仙台市青葉区)で行われた。11年に収穫された葉と茎の粉末を検査したところ、4検体すべてから、1万4970ベクレル以上のセシウムが検出された。10年産の粉末からは検出されなかった。県は「健康に直ちに影響が出るとは考えていない」としている。一方、同町と隣接する川崎町で生産されたヤーコン茶(乾燥した葉)を県が同様に検査したところ、検出量は18・1ベクレルにとどまったという。【金森崇之】
http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20120415ddlk04040087000c.html
フィールドオブドリームス @JUMP_ILikeYou
【重要な情報】@kightcastle: 岩国三井化学工場から出たプルームが西海岸に到来。4/29/2012 -- Japan 'cloud' UPDATE -- http://wp.me/p1RaVC-15U via @wordpressdotcom
上記情報を元に作成↓↓
石油化学工場の爆発により放出された劣化ウランの雲?
北アメリカの北西海岸(北オレゴンからワシントン州まで)に
岩国三井化学工場から出たプルームが上陸します。
私たちのシステムによってその上陸があきらかになりました。
福島原発の事故のとき、プルームの雲が覆うことを
公にせずに、政府は避難の解除を行いました。
同じようなことが今回起こっているかもしれません。
私は化学工場の爆発によって、
ジェット気流に乗った、その粒子状物質のことを
忘れているのではないかと思います。
これらの物質は、雨や雪、みぞれ、あるいは
霧の中です。
どれくらいか、どんな物質かは、
誰にもわかりません。
(以下の英文記事を一部訳)
【意見映像】福島の子供の甲状腺に半端ない異常が起きてる件
http://www.youtube.com/watch?v=be9F21sxCIo&feature=player_embedded
augustarmy38 さんが 2012/02/16 にアップロード
2012年1月に福島県の子供たちの甲状腺の異常の有無についての超音波検査の結果の一部速報が出ました。それによると二次検査が必要とされる5.1mm以上の結節を持つ子供が0.7%いたそうですが、その影には追加検査は必要ないとされる微細な結節やのう胞を持つ子供が全体の29.7%もいたそうです。関係者は良性だから問題ないと言っていますが、うpなりにいろいろ検討した結果、本当にしゃれにならない異常事態がおきているとの結論に達しました。福島は確実にチェルノブイリ化の道をたどってます。関係者各位の医者や行政担当役人や政治家の方、この映像はどう思われますか?
東北農政局は26日、農業用ため池86地点の水質と底部土壌(底質)のモニタリング結果を公表した。
放射性セシウムが検出された各地点の最大値は【表】の通り。本宮市の東笹田池は水質で1リットル当たり13・6ベクレル、底部土壌で1キロ当たり17万ベクレルだった。
(福島民報
http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2012/04/post_3804.html
2011.3.11地震直後の福島第一原発(現場証言)
「ガシャン! ドン! パーン! 機材が破裂・・」
18 :地震直後の現場証言:2011/04/23(土) 22:51:57.87 ID:???
ガシャン! ドン! パーン! 機材が破裂したり、ぶつかっているのであろう。あちこちから様々な音が聞こえてくるが、 何が起きているのかはハッキリ分からない。床は生き物のようにグラグラと波打ち、立っているのも難しい状態だ。
A氏は動くこともできず、しばらくの間うずくまっていると、近くで関連会社の社長がはっているのを見つけた。
話をしている余裕などない。ただ社長の後について行き、ようやく屋外に脱出できたのである。凄まじい揺れを感じて から、10分以上が経過していた---。
(略)「福島第一原発の5、6号機はつながっています。私はいつものように、『タービン』と呼ばれる発電機器が揃っている5、6号機の建屋で仕事をしていました。地震が起きたのは、作業を終えて別の作業現場に行こうとしていた時です。
危険を感じた作業員たちが5ヵ所ほどある出口を探し、無我夢中に叫んでいました。『逃げないとヤバイぞ!』。
本来なら原発内部から出る時には、防護服を脱いで放射線測定器を通り、入室の時に受け取る『APD』という警報付き
線量計を返却するのですが、そんな余裕はない。安全靴を履はきヘルメットも被ったまま、敷地内にある事務所に戻る
のがやっとでした」
(略)窓の外に目を向けると鉄製のマンホールのフタが3mほど飛ばされていたんです。事務所では、東京電力からの指示を待ち1時間近く待機していました。その間にも携帯電話に『10mの津波が来ます』という緊急メールが、次々に入ってきます。
『津波だ、デカい津波が来ているらしいぞ!』『10mだぞ、10m!』。パニックが広がり、みんなが騒ぎ始めます。最初は、勝手に逃げ出しては後々の仕事に影響すると遠慮していましたが、東京電力も混乱しているのか、いくら待っても何の指示もなく私たちはほったらかしです。もうこうなったら自主的に避難するしかないと、慌てて屋外に出ました。施設内の放送は、『海岸から離れ高台へ避難してください』と繰り返すばかり。でも私たちには、地震の際のマニュアルもありません。
東京電力から避難場所すら指示されていなかったので不安にかられていましたが、とにかく敷地内を出なければと焦り、5、6号機から一緒に逃げてきた後輩のBを乗せ急いで自分の車を出したのです」
19 :地震直後の現場証言:2011/04/23(土) 22:57:45.00 ID:???
(略)C氏は、A氏らが作業していた5、6号機近くのバス停で、敷地内を移動するバスを待っている時に被災した。
バス停は喫煙スペースが設けられた、待合所のような建物である。C氏が語る。
「バス停には、20人ほどの作業員がいました。最初は『けっこう大きな地震だな』と呑気に話し合っていたんですが、揺れはどんどん激しくなり収まる気配がありません。これはヤバイと思い、『バス停から出ろ!』とみんなを誘導しました。
しかし屋外に出て、我が目を疑いました。10mほど前方から深さ1mほどの亀裂が、バリバリと凄まじい音を立てながらこちらに向かって広がってくるのです。私たちは亀裂から飛びのき、うずくまっているしかありませんでした。
周囲からはパンパンパンという不気味な破裂音が聞こえ、5号機でレッカー作業をしていたクレーン車が今にも倒れそうなほど、激しく揺れていました。5号機からは白煙、遠くの1号機からは黒煙も上がっています。
今まで私たちのいたバス停に目を転じると、天井は崩れ落ち、内部は瓦礫の山となっていました」
20 :地震直後の現場証言:2011/04/23(土) 22:59:51.42 ID:???
(略)D氏が語る。「『これから復旧作業を行うことになるので、何人かは残ってください』と頼まれました。私はそれほど大変な仕事ではないだろうと思い、東電の社員の要請を受けたんです。
その場には200人ほどの作業員がいましたが、原発に残ったのは全部で18人。大半が20代〜30代の若い人たちです。私たちは事務所に戻り、バッテリーやケーブルなど作業に必要な機材を用意し、他の企業で残留要請を受け入れた人たちとともに、原発近くにある免震棟で次の指示を待ちました」
免震棟とは、'07 年7月に起きた新潟県中越沖地震で柏崎刈羽原発が火災を起こした教訓から建てられた、耐震機能が強化された2階建ての建物だ。放射線を遮断する特別な素材で覆われ、2階部分には東電の緊急対策室があるという。
「私たちが作業を始める頃には、夜になっていました。向かったのは1号機です。建物の損壊は、 想像以上のものでした。陸地側の入り口は破損し危険な状態だったので、海側の機材搬入口から内部に入らざるを得ません。余震のたびに作業は中断し、しかも地震の影響で停電し、懐中電灯の灯りの下での作業です。電源を回復するために、タービン内にバッテリーを設置するだけでも困難を極めました。作業は徹夜で続けられましたが、明け方に再び津波警報が出たため、私たちはやむを得ず免震棟に退避したのです」
「立ち去るわけにはいかない」東電社員、放射線との闘い
四つの原子炉が重大なトラブルに見舞われ、制御不能に陥った福島第一原子力発電所。最悪の事態だけは避けねば――。自衛隊などの放水活動が始まる中、原発内でも多くの人が過酷な状況下で闘い続けてきた。「もっと早く国ぐるみで取り組めなかったのか」「生きて帰って」。家族にもつらい時間が過ぎていく。
福島第一原発が制御困難に陥った15日、東電は現場での作業に直接かかわらない社員らを施設外に退避させた。
「もう会えないと思った。でも自分だけが立ち去るわけにはいかないと思った」。地震発生直後から作業にあたっていた東京電力社員は、家族に繰り返し言ったという。
家族の説明によると、この社員は地震発生時に原発の中にいた。激しい揺れに襲われた直後、高い津波に襲われ、施設内の燃料や機材が失われたという。「自然は怖い。地震と津波が重なるなんて」と振り返ったという。
ポンプ設備や最後の頼みの綱である緊急炉心冷却システム(ECCS)を起動しなければと、社員の自家用車のバッテリーや屋台の小型発電機までかき集めた。それでもシステムは回復しなかった。「外からの電力が断たれたのが一番悔しい」とも言った。
現場では数百人の社員や作業員が交代で作業にあたった。だが、余震が襲うたび、せっかく修理したところが再び壊れていったという。
余震で眠れず、備蓄のクッキーやレトルトの五目ごはんはのどを通らない。精神的に追いつめられた。
放射線をどれだけ浴びたのか。このまま爆発するのか。多くの人たちに放射線を浴びせる事態を招くのか。
東電の記者会見では、歯切れの悪い問答が繰り返されていた。それを知った社員は「中のことを、外の人は知らないんだ」と思った。「会社には、もうあきらめられているのか」とも。だが同時に「避難している住民が戻ってこられるようになるまで、ここを出てはいけない」と思っていたという。
この社員から現場の惨状を聞かされた家族は驚いた。地震が起きるまで、「世界最高の技術だから安全だ」という社員の言葉を家族は信じてきた。事故の際の被曝(ひばく)対策もできていると思っていた。
家族の一人はいう。「政府や東電は、現場で体を張る連中を見殺しにするのですか。今まで信頼してきただけに、腹立たしいのです」
◇
第一原発そばの社宅に住んでいた東電社員の妻は、作業に携わる夫の身を案ずる。
11日午後、激しい揺れに襲われた。タンスが倒れ、めちゃくちゃになった自室から、原発で働く夫に何度も電話をかけた。つながったのは深夜。「無事だ」。生きていることだけは分かった。その後、連絡は途絶えた。
4日後、避難した妻に短い携帯メールが届いた。
「飲み水が足りない。体調も悪くなってきた」
こんな状況の中で、日本全体に影響する重大な仕事ができるのだろうか。夫の家族の一人は心配する。「東電社員は一番責任ある立場だから、何も言えないのかもしれない。けれど家族としては、すぐにでも何とかしてほしい」。涙がこぼれた。
彼はまだ原発にいる。自衛隊の放水作業は始まったけれど、家族は胸がつまるようでテレビの画面を直視できない。(大谷聡、鈴木彩子、石田博士)
(asahi.com 2011年3月18日)
東日本大震災規模とされる平安時代の貞観(じょうがん)地震(869年)や関東直下型地震、東海・東南海・南海地震の3連動とみられる仁和(にんな)地震など9世紀に起きた地震が、阪神大震災(平成7年)以降の地震の状況と酷似していることが、産業技術総合研究所の寒川(さんがわ)旭(あきら)・招聘(しょうへい)研究員(地震考古学)の分析でわかった。近い将来に首都圏直下型や3連動型地震が起きる可能性が高いとの見解を示し、「千年に一度の巨大地震の世紀になるかもしれない」と警鐘を鳴らす。
寒川氏は、古代以降の文献史料とともに、各地の遺跡で発掘された地割れや液状化現象による噴砂などの地震痕跡を調査。9世紀前半に関東北部や東北などでマグニチュード(M)7前後の地震が相次いだ後、貞観地震が発生していることを確認した。
貞観地震は当時の歴史書「日本三代実録」に、「海は猛(たけ)り吼(ほ)え、津波が怒濤(どとう)のように多賀城下に押し寄せ、千人がおぼれ死んだ」と記述。当時の海岸から約5キロ内陸の多賀城跡(宮城県多賀城市)周辺では道路が寸断された跡が見つかり、仙台市などでは津波で運ばれた堆積物もあった。
878年には関東南部でM7以上の直下型地震が発生。887年の仁和地震では、日本三代実録に「都(京都)の建物は倒壊し、圧死する者多数。海岸には海潮(津波)が押し寄せ、無数の人がおぼれ死んだ。大阪湾岸も津波被害が甚大だった」と記録。東海から四国にかけて甚大な被害があったという。
寒川氏の分析によると、最近数十年間に秋田などで死者100人以上を出した日本海中部地震(昭和58年、M7・7)や阪神大震災(M7・3)、新潟県中越沖地震(平成19年、M6・8)など各地でM7前後の地震があり、その後東日本大震災が発生した点が、平安時代の状況と共通していると指摘した。
首都圏直下型地震や東海・東南海・南海地震について寒川氏は、いずれもフィリピン海プレートの影響下にあり関連が深く、過去の首都圏直下型や仁和地震に匹敵する3連動型地震が発生する可能性が高いとした。
また、6月30日に長野県中部で起きた震度5強の地震は、千年あまり活動がなかった牛伏寺(ごふくじ)断層付近で発生。7月5日にも和歌山県北部で震度5強の地震があったことからも日本列島が活動期にあることが改めて浮き彫りになった。
一方、古代以降、M8・2程度の元禄関東地震(1703年)や3連動型の宝永地震(1707年)があった「18世紀初め」、安政東海地震(1854年)や、高さ9メートルの津波が襲ったという翌日の安政南海地震、死者1万人といわれる安政江戸地震(1855年)が起きた「幕末」にも巨大地震が集中したが、三陸沖では東日本大震災に匹敵する地震はなかった。
寒川氏は「東日本大震災では『想定外』という言葉がしばしば使われたが、文献史料には過去の巨大地震が詳しく記されており、決して想定外ではない」と話した。
古村孝志・東大地震研究所教授(地震学)の話「これまで、江戸時代以前のデータは不確かさがあるということで防災対策などでもあまり注目されなかったが、今回を教訓に文献史料などを見直さないといけない。東日本大震災後の余震は以前より落ち着いてきたが、陸のプレート深部はまだ動いており、バランスをとるために再び大地震が発生する可能性が高く、対策が急がれる」
(産経ニュース 2011.8.3)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110803/dst11080301010000-n1.htm