*『死の淵を見た男』著者 門田隆将 を複数回に分け紹介します。42回目の紹介
『死の淵を見た男』著者 門田隆将
「その時、もう完全にダメだと思ったんですよ。椅子に座っていられなくてね。椅子をどけて、机の下で、座禅じゃないけど、胡坐をかいて机に背を向けて座ったんです。終わりだっていうか、あとはもう、それこそ神様、仏さまに任せるしかねぇっていうのがあってね」
それは、吉田にとって極限の場面だった。こいつならいっしょに死んでくれる、こいつも死んでくれるだろう、とそれぞれの顔を吉田は思い浮かべていた。「死」という言葉が何度も吉田の口から出た。それは、「日本」を守るために戦う男のぎりぎりの姿だった。(本文より)
吉田昌郎、菅直人、斑目春樹・・・当事者たちが赤裸々に語った「原子力事故」驚愕の真実。
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**『死の淵を見た男』著書の紹介
第14章 行方不明40名!
「大丈夫か!」 P228~
(前回からの続き)
足を引きずりながらも、部下たちからそんな元気な声が返ってくる。最後尾、すなわち2台目の水タンク車に乗っていた隊員も、命に別状はなかった。
岩瀬が最も気にかかったのが放射能である。いったい何が爆発したのか、放射性物質の飛散はあり得るのか、あるとしたらどの程度のものなのか。
「とにかく早くここから離れなくてはいけませんでした。うしろの水タンク車の部下も全員、打撲を負っていました。頸椎にムチ打ちに近いような打撃を受けたようです。全員、自力で歩けましたので、みな自分の足で離脱できました。われわれにすれば軽傷です」
だが、携帯している線量計の数字が極端に上がってきていた。離脱は、一刻も早くしなければならない。
「離脱するぞ。早く!」
「はい」
岩瀬は部下の返事を待って、「行くぞ!」と叫んだ。その時、岩瀬の目に人影が飛び込んできた。灰色の埃の中に、人影が見える。それも1人や2人ではない。
4、5人、いや、それ以上いる。7、8人はいるだろう。オレンジ色の防護服にマスク姿の人間が、どこかから這い出すように姿を見せたのだ。東電の関係者だった。
どこから出てきたんだー岩瀬は、かれらも一緒に離脱させないといけない、と思った。
「早く行きましょう!」
岩瀬は、全員に声をかけながら原子炉建屋を背にして、さっきやって来た道を逆に歩いて行った。誰も、何もしゃべらない。いや、少々叫んでもマスクをしているために聞こえないだろう。彼らは黙々と歩いた。
3号機の裏に消防車のような車が見えた。
「あの車で行きましょう」
一緒に現場から離脱しようとしている東電の関係者がそう言った。だが、爆発の衝撃でエンジンがかからない。瓦礫のダメージでぼろぼろになった車だ。仕方がない。全員が少しでも現場から離れようと、さらに歩いた。
「大丈夫か、歩けるか」
「早く行くぞ」
そんな声をかけたが、マスクを着用しているため、どれだけ聞こえているかわからない。
私たちはタイベックの上に自衛隊のオーディオ色(モスグリーン)のヘルメットをかぶっていますから、現場の人たちも東電の普通の人たちじゃないということはわかったと思います。埃は、だいぶ落ち着いてきていました」
3号機から7、80メートル歩いただろうか。坂を上がっていった一行の前に工事用の大型トラックが止まっているのが見えた。
「鍵がついていたら、あれを動かせ」
すかさず岩瀬が部下に命じた。幸いトラックには、キーがついたままだった。
「かかりましたっ」
爆発現場からは離れていることもあり、ここまで来れば、やはり車のダメージは小さかったようだ。
「乗ってください!」
「早くっ」
自衛隊員は、東電の現場の人たちにそう叫んだ。次々と乗り込んでいった。
「これで全員ですね?」
岩瀬は、確認した。
「うちは全員乗りました」
自衛隊はすぐに答えたが、東電側からは、
「うちはまだです。まだいます」
そんな答えが返ってきた。岩瀬が後方を見ると、たしかに50メートルほど後ろに、歩けずにうずくまっている人間がいるのに気がついた。そばに1人、誰か立っている。
「行けるか?」
運転席にいる部下は、「大丈夫です」という同時に、そのまま大型トラックをバックで退がらせていった。
「2人をバックで退がって載せました。部下と東電の人たち3,4人で倒れてる人を抱えて乗せました。この人は、とても自分の力で歩けるような状況じゃなかったですね。たぶん、瓦礫が当たったんだと思います」
岩瀬はそう語る。マスクが外せないので、声は聞こえても表情はわからない。
「声は聞こえますが、表情はわからなかった。全員で7,8人になりました。われわれは、そのままオフサイトセンターに帰りたかったんですけど、彼らが免震重要棟の方に帰らせてくれというので、そちらの方にまわって、全員を降ろしました。怪我してる人は担がれ、それぞれが入って行きました。われわれは、オフサイトセンターから来ています。一刻も早く帰って報告と部下の治療をおこなわなければなりませんので、”われわれはオフサイトセンターに戻ります”と告げて、そのままオフサイトセンターにトラックを走らせました」
(次回は「生きては帰れない」)
※続き『死の淵を見た男』~吉田昌郎と福島第一原発の500日~は、
2016/4/13(水)22:00に投稿予定です。