新JOOKOのふぉとエッセイ

     東海道53次探検ウォークや、四季折々の出来事
     そして仏像造顕所勢山社関連など、写真もお楽しみに♪

2日目 平塚宿から大磯宿経由二宮へ (その2)

2022-02-20 | 東海道53次探検ウォーク

国道1号線から分岐した旧道沿いは、松が所々に残る閑静な住宅地だった。
そんな生活空間に化粧井戸や一里塚、そして広重に描かれた大磯宿の案内板が。


その先の東海道線下をくぐった住宅沿いには、大磯宿江戸見附の案内板があった。
ここから大磯宿だ。


再び国道に出ると、駐車場のフェンスにつけられた問屋場跡や本陣跡の案合板があり、風情のある建物を見かけたりも。


高札場案内板は民家の塀に設置されていたので見上げるのが申し訳なかったけれど、地域に密着している東海道を感じた。

大磯は観光名所や史跡が多く、別荘地としても有名だ。
日本の海水浴場発祥地も大磯だし、環境の良さは昔も今も変わらない財産なのだろう。

また大磯は「湘南発祥の地」でもある。
湘南発祥の地石碑に隣接する日本三大俳諧道場の一つの「鴫立庵」は、まるで江戸時代にタイムスリップしたようなたたずまいだった。

そして、徳川家康が命じて植えられた松並木が、東海道の両側に残っているのは大磯宿だけだそう。
この大きな松は、世の中を変化を見続けていると思うと、これからも頑張って!と応援したくなる。


車で通り過ぎるのと歩くのは印象が違うのは当たり前だけれど、松並木が大迫力なのにビックリし、やっぱり歩くのって楽しいと再認識だ。

ふと気が付けば夫の姿が見えない。
(も~いつも先に行ってしまうんだから、というか私が写真を撮るのに夢中だったから?)

松並木沿いに「明治記念大磯邸園」の看板を見つけたので、夫を呼び戻し少しだけ立ち寄ってみた。

バラ園もあるようなので、今度ゆっくり来ようと意見が一致し、次のチェックポイント「大磯城山公園」を目指した。

のどかな国道沿いには農作物を売っている所もあり、神奈川産のミカンを買ったりも。

大磯城山公園には、旧吉田茂邸地区と旧三井別邸地区があり、自然豊かで四季折々楽しめるので何度か訪れている。

国道から城山公園前信号を右折し、旧三井別邸地区駐車場前を通り過ぎ不動川を渡ると松並木があり、国道の隣に旧道があることを初めて知った。

大磯城山公園から二宮駅までは、1時間かからないはずだけれどもう2時過ぎ。
国府津駅まではさらに5kmほど歩くようだし、途中の六所神社にも寄りたいので今回は二宮駅ゴールとすることに。


平塚駅から二宮駅までは約11kmだ。
寄り道分を入れても歩行距離は14km位?

国府津駅を目指し16km+αを歩く予定だったのに、今回も寄り道が多く目標達成できなかったけれど、楽しみながら歩くことが一番の目的なので良しとしよう。

「お江戸日本橋七つ立ち~♪」
江戸時代の旅人は、明け方七つ(午前4時頃)に日本橋を出発し、平均15日ほどで京を目指したそうだから気合が違うのは当たり前だ。

まだ近場エリアだが、遠くなればのんびり出発というわけにはいかない。
季節を選び、時間がかかっても旅が楽しめるように色々作戦をねらなければ。


2日目 平塚宿から大磯宿経由二宮へ (その1)

2022-02-11 | 東海道53次探検ウォーク

「明日天気が良さそうだから、2日目東海道歩きする?」と、夫が前日の夜に。

(え~宿場について調べたりとか、準備があるんだからもう少し早めに言ってよ)
ちらっとそう思ったけれど、せっかくなので反対するのはやめた。

平塚へは何度か訪れている。
お気に入りの湘南平(高麗山公園)ハイキング後に平塚駅まで歩いたこともあるけれど、今回は東海道ウォークなので目線が違うから楽しみだ。

平塚は昭和20年に空襲を受け、その後の区画整理などで昔の面影は残っていないらしい。
駅前通りはもちろん、確かに道幅が広く整然としている。

7番目宿場の平塚宿は、東西に1.5kmと規模が小さかったようだが、見附跡や平塚の地名ゆかりの塚もあるようなので見落としがないようにしなければ。

平塚駅前交差点から旧道へ入り江戸見附までは10分弱だったけれど、周辺が道路工事中で思い通りの位置から写真が撮れず残念。


江戸見附先の街道沿いには、脇本陣跡・高札場跡・本陣跡・問屋場跡の案内板が見られた。
当時の道幅は7~11mあり、両側に50軒ほどの旅籠やそば屋などが並んでいたというから、きっと人の往来も多く賑わっていたのだろう。


実はまだ歩き始めなのに、途中でお菓子屋さんを見つけ買い物を。
和菓子屋さんもあったけれど、迷った末に焼き洋菓子を購入。

昔の人も、お土産を買ったり美味しいものを食べたりしながら旅を楽しんだに違いない・・・と言い訳?

荷物などの運搬を行っていた問屋場跡北側、平塚の地名由来の史跡「平塚の塚」へ足を延ばした。

平塚地名の由来案内板を読みながら、こういうことにも興味を持つと面白いかもと思いながら中々頭がついていかない現実が・・・。


寄り道後は京方見附へ。
大磯方向に姿を現したこんもりとした山は高麗山だ。


京方見附は国道1号線と旧道の分岐にあり、今までの見附跡で一番風情があった。

ちなみに見附とは各宿場の出入口で、京都側は京方(上方)見附、江戸側は江戸見附と呼ばれていたそうだ。

平塚宿京方見附を過ぎ旧道から国道1号線へ。

花水川先のお椀を伏せたような形の高麗山は、時折ハイキングで訪れる場所だが、全体を目にするのがとても新鮮だった。

もしかしたら高麗山は、日本橋を出発した旅人が初めて身近に目にする山並みだったのかもしれない。
きっとその独特な形に、広重も心が惹かれ絵を描いたのだろう。

 
もう大磯エリアだ。
花水橋を渡るとすぐに日本橋から66km地点表示があり、その先に高麗山麓の高来神社が。
高来神社はお馴染みで何度もお参りをしているので、この日は先を急ぐことにした。

しばらくすると前方に松の木が見え、その先に旧道への分岐があり8番目宿場の大磯宿へ。


ぽかぽか陽気の冬晴れで、足取りは軽いけれどまだ歩き始めて3km位。
国府津まで16kmほどを歩くつもりなのに、この調子では無理かしら・・・。
 →その2へ続く