2006年夏のソウル、「団欒酒店」なるジャンルでの観測ミッション慰労会。脱北者の女性はこういうところ(ジャンクなキャバという印象)でも働いていた。ダンランジュジョム。
2013年秋、タクシーの後部座席で韓国の先生が、うちの女子学生(満州族)に「あなたの祖先と我々の祖先は同じだ」とか語っている。あとで彼女に聞いたら、「ムカつきました」という。ここでもウリジナル?
マニラでの国際シンポジウムに外国側の経費でご招待。夜の(なぜか)ノンアルコール宴会で、民族衣装着てこいとの案内だったが、和服持参は面倒なので、以前上海で買った5000円くらいの安物チャイナ服(舛添さんのにくらべたらオモチャ)で参加。冷房効きすぎでヤバい(半袖)。アキノ大統領(当時)も参加すると聞いていたが、見当たらず。エキシビションの舞踊は、台湾や華南の少数民族のそれそっくりで感動。スペインが来る前のフィリピンはこうだった。だからって、スプラトリーを南沙と呼ぶのは認めない。
夜、マニラのエドサ地区(歌舞伎町みたい)をスーツを着て一人で歩いた。自殺行為と思われるが、ゴルゴなので悪党は誰も寄って来なかった。2011年秋。
国連の会議で、北朝鮮からの6名と同席する機会があり、夜の懇親会にて韓国語でしばし談笑。ヤバいツッコミはご法度。しかし途中で警戒されてしまったらしい。2005年秋のバンコクにて。
国連関係の小さな国際会議で全員同じホテルに宿泊。ヤン(Jan)というオランダ人へ女性の先生がかけるつもりが間違ってかかってきたのか。「ヤン?」という上り調子の第一声に、「我不是楊。」と答えてすぐ切られた。1997年春の北京。
万里の長城トレッキングで大雪により遭難した日本人への対照的な評価。日中関係の悪い中敢えて来てくださったことへの感謝。悪天予報もわからず救援物資を無駄にした大バカ者。
愛国、愛民、愛党という三兄弟が愛国民党とからかわれた故事が有名。
中国ドラマ「楊貴妃秘史」。楊貴妃が遣唐使の幇助で日本へ逃れるストーリー。日本人の著名俳優も出演。装束は鎌倉時代と江戸時代が混在している印象(中途半端)。鑑真は盲目を装っているだけ。劇中の三郎さんとは皇帝のこと(李三郎=李隆基)。
1874年清朝政府の公式見解。台湾は「化外の地」。故に、尖閣だけ大陸に属すると考えるのは極めて不自然。百歩譲っても、台湾とセット、と考えるべきだろう。
明治天皇の末裔という女性(中丸薫氏)の著書。淵蓋蘇文、武烈王、金庾信、文武大王がそれぞれ、天武天皇、天智天皇、中臣鎌足、文武天皇と同一人物であったとしている。
お盆直前の8月12日でも、こだまは空席が普通にある。浜松で下車すると、行き会う人の3人に1人はブラジル系という印象だった。
デ・ヨングはオランダ人の姓だが、韓国人の名(大永、大勇)にもなる。これもウリジナルになってしまうのか。
インナーシティ(城中村)、城市管理局などの用語を用い、中国の都市化の特徴を述べよ。名古屋大学で出題してみた。
シルクロードのラグマンは濃い味付けにして香辛料効かさないと食が進まないらしい。
2005年ころの小生はピリピリしていて、研究室でついやってしまいそうな感じだった。かじっていた骨付きチキンを、「痴れ者めが」とブチ切れて無能な家臣に投げつける大王様。中国歴史ドラマのお決まり。胡軍さんとか。
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