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『ドキュメント昭和史』 全8巻 1975+ 昭和史ハンドブック 1983 平凡社 1ー2

2016年08月02日 | 戦後日本史

      ▲『ドキュメント昭和史』 全8巻 1975+ 昭和史ハンドブック 1983 平凡社 1ー2

 

『ドキュメント昭和史』 全8巻 1975+ 昭和史ハンドブック 1983 平凡社 1ー2

 

今日は、7 安保と高度成長

安保関係の資料は、この7巻にもいくつか収録されているが、少ないので、別途今日のブログの後半で参考文献を追加して、そこの収録資料の目次を追加する。

まずは、『ドキュメント昭和史』 7 の 収録資料 目次

 

 

 ▲ 目次 1

 ▼ 目次 2

 ▲ 目次 2

 ▼ 目次 3

 ▲ 目次3

 

保守合同・もはや戦後ではない・原水禁・内灘・砂川闘争・安保闘争、高度成長、所得倍増計画の再検討、大衆社会の文化、大宅壮一によるテレビ文化論「テレビ文化の魔力」 など

 

安保闘争の記録は、18本とこの7巻の中で、資料数が一番多いのだが、網羅的なものではない。

安保闘争についての1960年の記録では、上の資料では物足りないという向きには下の本が有益。今でも、もしかすると店頭の特価本コーナーに紛れているかも知れない。

1960年秋にちょうど刊行中の筑摩書房の『現代教養全集』が、別巻として、臼井吉見編・解説の『1960年・日本政治の焦点』が出版されている。

資料・論考・合わせて50本以上、これに臼井吉見の解説・年表、安保条約の新旧対照表、1960年5月19日~6月23日中心の新安保闘争・日録が付されている。1960年安保闘争を語る際の手元に置くと助かる必携資料と思われる。

その昔、映画館で見た、ニュース映画の映像・音声が、この本の中に収録されている、ラジオ東京報道部による「6・15事件・実況中継」の記録で蘇ってきた。その一部分がこれ ▼

「1960年6月16日 午前1時30分ころ」

「アナ 「このFMカーは(国会)南通用門のすぐ前に九時ごろから頑張っておりますが、その前に警視庁の装甲車が全部で四台、五台置かれまして、それに囲まれたような感じであります。

(早口になって)ちょうど、この目の前で警官隊が警棒をふるっております。

 「コノヤロウ、バカヤロウ」と言っております。今なぐっております。マイクロホンを近づけてみましょう。(乱雑に声が入る)警官隊が激しく暴力をふるっております。(バカヤロ、ナニスンダなど口々に)マイクロフォンも警官隊によってひきずりだされております。警官隊によってひきまわされております。(サイレンの音)警官隊によって今、・・・・・・首をつかまれております。今実況放送中でありますが、警官隊が私の顔を殴りました。そして首っ玉、ひっつかまえて、お前何をしているんだというふうに言っております。これが現状であります。(オイ検挙しろ、検挙しろといって、激しい暴力であります。私も首っ玉をひっつかまれました。すごい状態です。この状態、法律も、そして秩序もありません。ただ憎しみのみ、怒りに燃えている警官隊と、そして学生のたちの憎しみがあるのみであります。」

アナ

「今、島アナウンサーが首ッ玉をつかまれました、ものすごい勢いで警官隊に殴られましたが、このときの警官隊の形相、全く人間とは思えないような激しい表情にみちみちておりました。ただあるのは、動物としての憎悪だけ、ここまで極言してもおそらく過言ではないと思われます。ア、またあそこで今、このマイクロフォンから、ものの十メートルも離れていないところで警官が二人、警官が、警官隊が、・・・・・・スゴイ暴力です。警官隊のスゴイ暴力です。これが日本の現代の情勢です。・・・・・・・」 

 『現代教養全集』別巻 臼井吉見編・解説『1960年・日本政治の焦点』 筑摩書房 (190頁~191頁)

ラジオがこのように迫真的な暴力をつたえているにも関わらず、6月17日、新聞社から出てきたのはとんでもない、メディアの自主解体・自殺宣言ともいうべきものだった。

以下のような、新聞七社による共同宣言を再読すると、1960年5月・6月国民・市民・学生の怒りが蘇ってくる。


 ▲七社共同宣言 『ドキュメント昭和史』 7  (170頁~171頁)

上の「七社共同宣言」は、のちに地方紙も追随して6月18日までには、掲載紙は41社にのぼったという。

しかし、「北海道新聞」は、掲載していない。権力のもくろみに同意せず、異なった意見を堂々と張った新聞は北海道新聞だけだったのである。戦後占領期から独立後10年も経たずに、もう、言論界は敗北していることを自覚することなく敗北しているのである。

メディアが異なる意見を守れないでどうする。そもそもこの通りに、それぞれカラーのあるはずの新聞社がなぜ全文一致したのか深い疑問が、心の底から湧いてくるのである。

国家緊急事態であるからこそ、一致しないで論理的意見を開陳できることこそ、自由な社会・自由な言論の存在証明ではないのか。言論の自由とその中身をまるごと自ら返上して、秩序にこよなく従い、うたうのみ。

あとは今日の日本の新聞・テレビ等、惨状の通り。

1960年、新聞業界は、たったひとつの大本営新聞しかなかったのだろう。国会前で、若い前途ある学生を失い、国会内の暴挙も、怒りの抗議の意味も全く解明することなく、その原因をあっさり脇にどけて、事態の収拾方針が全部一致するとは何という恥知らずの醜い集団なのか。何度読んでも怒りがこみあげてくる文章だ。この文章を練り上げたのは、当時マスコミ業界のフィクサーだった読売の渡辺恒?!だったそうだが、彼ら七社集団は自らすすんで、言論を放棄した史上希なる記念すべき日を創ったのである。

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一般的通史で読む1960年安保改訂の記述とは大違いである。安保国会内外の息詰まる論争と争乱は大変なものであったのだが、世論はこの後、経済・経済・そして経済と破綻大国へ向けてまっしぐらである。

一般的戦後史の通史記述から一旦離れて、自分の視角で、自分の色眼鏡を自覚した上でのことだが、資料・ドキュメントを読むと実に面白いのだ。

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さらにひとつひとつの雑誌論文等、安保関連論説を入用の人は、国立国会図書館で収集・整理した「安保関連文献目録」がある。

▲ 『現代教養全集』 別巻臼井吉見編・解説『1960年・日本政治の焦点』  1960年 筑摩書房

 

 ▼ 『1960年・日本政治の焦点』 目次 1

▲『1960年・日本政治の焦点』 目次2 

 

  ▲ 『1960年・日本政治の焦点』 目次2

 

▼ 『1960年・日本政治の焦点』 目次3

 ▲ 『1960年・日本政治の焦点』 目次3

 

1960年の安保闘争が主題で、新書版になっているのは、以下の2点 今ではもっと今日の視点で書かれたものがあるかもしれないのだが。

 

▼ 井出孫三郎編 『戦後史を創る大闘争の記録』 

 ▲ 井出孫三郎編 『戦後史を創る大闘争の記録』 1960年 9月 三一書房

 ▼ 『戦後史を創る大闘争の記録』 目次

▲ 『戦後史を創る大闘争の記録』 目次 1

▼ 『戦後史を創る大闘争の記録』 目次 2

 ▲ 『戦後史を創る大闘争の記録』 目次2

 

 ▲『戦後史を創る大闘争の記録』 目次3

 

▼ 日高六郎 編 『 1960年 5月19日 』 

 ▲ 日高六郎 編 『 1960年 5月19日 』 1960年10月 岩波書店 岩波新書395

 

 ▼  日高六郎 編 『 1960年 5月19日 』 目次

 ▲日高六郎 編 『 1960年 5月19日 』 1960 目次

 

1970年安保直前までの安保報道について論評を加えたものに以下のものがある。七社共同宣言についても詳しく論じている。

▲ 小和田次郎・大沢真一郎 著 『戦後史「の流れの中で 総括 安保報道』 1970年 現代ジャーナリズム出版会

 

 

 ▲ 小和田次郎・大沢真一郎 著 『戦後史「の流れの中で 総括 安保報道』  目次1

▲ 小和田次郎・大沢真一郎 著 『戦後史「の流れの中で 総括 安保報道』  目次2

 

 

 つづく



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