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おじさんのスポーツおたく奮戦記? 第2章:issanの諸国漫遊記!?

岡山のスポーツチーム、出身選手、岡山に関係する人々などを勝手に応援するissanの日本国内漫遊記 !?

gooブログへ引っ越して丸3年。そしてgooブログとの別れまであと3ヶ月と18日・・!?

2025年08月01日 21時46分21秒 | 日記

teacupでブログを始めたのが2008年の12月。13年と8か月をteacupブログで執筆して、そのteacupブログの閉鎖と共にgooブログに引っ越してきました。teacupがGMOグループの傘下に入った時から早晩そうなる日が来るだろうと感じながら続けていたのですが、実際に閉鎖の情報を受けた時は結構ショックでした。

空の画像素材 | 夏の入道雲 | PRIGA

ブログを始めた頃からメインテーマは「スポーツ」でした。専ら岡山に拠点を置くクラブチームやアマチュアチームや岡山出身の選手などの応援を通じて、「スポーツで岡山が活性化されて元気になる」ことを願って続けて来ました。2022年8月からは、teacupの記事の直近2年分ほどを持ち込んで、活動をgooブログに移してやって来ました。

 

20年以上gooブログで書いて来られた皆さんと比べたら、gooでの歴史は僅かに3年なのですが、新しい環境に慣れて色々新しいことにも挑戦したいと思っていた矢先、gooブログが2025年11月18日限りで閉鎖されることを知ることになりました。

今はgooブログと新しく引っ越すはてなブログの2つに記事を並行して投稿しています。

 

teacupブログでのハイライトはファジアーノ岡山のJリーグ加盟とJ2昇格でした。そして、gooブログでのそれは16年間をJ2の底なし沼で藻掻き続けたファジアーノ岡山の「魔境脱出ストーリー」であり、悲願のJ1昇格を果たした記録の記載になりました。

何度も気持ちを綴ってきた中で「生きている間にファジがJ1に昇格できるだろうか?」という漠然とした疑問と不安がどんどん大きくなってきたのです。反面、長年に渡り慣れ親しんできたJ2の居心地の良さも捨てがたくなっていたのも事実です。しかし、メディア露出がローカルに限定されるJ2では、なかなか地元への還元ができず、地域活性化の観点からも物足りなかったのは事実です。

岡山にはVリーグ(現在はSVリーグ)の1部に所属してきた岡山シーガルズやTリーグ男子の岡山リベッツなどがありますが、バレーボールや卓球と比較してもJリーグのメディア露出は大きな相違があります。

その為に、何とかとてファジがJ1に昇格してくれることを強く願って応援し続けてきたのです。

2024年12月7日は未来永劫忘れることのない日になりました。生きている間には見られないのではないかと何度も諦めかけながら、それでも信じて追いかけ続けたファジアーノ岡山が、J1昇格プレーオフ決勝でベガルタ仙台を下して開いたJ1への扉。その瞬間は何があっても忘れることはありますまい。

その時を共に見つめてきたgooブログが、ファジのJ1初年度の今年を最後まで見届けることなく終わることには若干の悔しさが残りますが、逆に考えたらファジの新時代を迎えるに当たってブログも新天地に移行するのも悪くないかと思います。

 

gooブログに投稿できるのはあと2ヶ月。10月以降は新規投稿が停止します。その為、10月1日以降は「はてなブログ」のみでの投稿となります。

暫くの間は双方に書いていきますのでお付き合いいただけましたら恐悦至極に存じます。


goo blog のサービス終了に伴い、「はてなブログ」への引越し作業を進めてまいりました。goo blog の記事投稿のできなくなる10月1日までの、9月いっぱいまでは、「はてなブログ」へも同じ標題、同じ文章で投稿します。しばらくは同時進行になりまして、10月以降は引越し先でのブログ投稿を行う予定です。

おじさんのスポーツおたく奮戦記? 第3章:issanのさすらい日記!?

あと2ヶ月ほどとなりますが、暫くの間は双方ともにお付き合いいただけましたら幸いに存じます。よろしくお願い申し上げます。

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夏越し祓 輪くぐり

2025年07月23日 03時47分22秒 | 日記

沖田神社の「夏越し祓 輪くぐり祭」は7月1日~18日に行われました。

境内に「茅の輪」が設けられていました。

 

「夏越し祓 輪くぐり祭」は、1年の後半の無事を祈る神事で、「茅の輪」をくぐり、罪穢れを払って無病息災をお願いするお祭りです。この季節、色々な神社で茅の輪が設置されているのを見かけます。

茅の輪くぐりは、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の神話に由来しているそうです。

素盞嗚尊が旅の途中で日が暮れてしまい、一夜の宿を求めていました。
裕福な暮らしをしていた巨旦将来に宿を求めますが、彼はこれを断り、素盞嗚尊を追い出しました。一方、貧しいながらも心優しい蘇民将来は、素盞嗚尊を快く家に泊め、栗飯などで精一杯もてなしました。
素盞嗚尊は、蘇民将来の親切に深く感謝し、お礼として「もし疫病が流行したら、茅(ちがや)で作った輪を腰につけなさい。そうすれば疫病から免れることができるだろう」と伝えました。(引用:https://korekarano.org/chinowa)

沖田神社は、藩主 池田綱政の時代に開拓された「沖新田」の産土神として建立されました。沖新田開墾は岡山藩家老 津田永忠が綱政の命を受けて元禄5(1692)年正月11日に着工しました。

この津田永忠は知る人ぞ知る江戸時代の土木工学の天才とされる方で、後楽園の造園を手がけましたし、閑谷学校の建立も行い、更に城下を洪水被害から守る為の百間川放水路や物流・灌漑の目的で活用する為の運河・倉安川なども作りました。

永忠は、ほぼ2年弱の期間で約2000町歩の沖新田開発を完成させましたが、その裏に人柱伝説として残された「おきた」という女性の存在が語られています。おきたは「おきた姫」として神となり、沖田神社の本殿の床下に「縁の下の力持ち」として祀られています。平成8年には沖田神社本殿裏に「おきた姫神社」が建立されました。

秀吉の高松城水攻めの際に急ピッチで堤防を作り上げた宇喜多勢の築堤技術が岡山には残っており、この「宇喜多堤」の技術が後世に受け継がれたのではないかという研究もあるようです。

津田永忠は600石取りの岡山藩士・津田左源太の三男として生まれ、池田光政に才能を見出され評定所に列座するようになって以降、その土木工学に秀でた藩主の補佐役として腕を振るいました。

現在「岡山世界遺産推進委員会」は、永忠が大きく関わった吉井水門や後楽園などの史跡を世界遺産候補として国内申請する決議を採択、「閑谷学校」「後楽園」「吉井水門」の3点を登録数の少ない農業・土木遺産群に申請する意向を示しています。また、倉安川、吉井水門、百間川は2019年に世界かんがい施設遺産に登録されています。

岡山藩津田家は織田信長の同族であり、桓武平氏の血統を継ぐ家計とされています。永忠の曽祖父は信長の家臣として仕え、本能寺の変以降は池田輝政の家臣になり、輝政の姫路藩主就任とともに姫路から鳥取、岡山と池田家と共に歩んだ家系のようです。光政が鳥取より岡山に移る前の岡山藩主だった淡路池田家は徳川家康の血統でしたが、光政の姫路池田家と入れ替わる形で鳥取に移りました。これには荒木又右衛門の「決闘、鍵屋の辻」として知られる仇討騒動が影響しているとされますが、この話自体が史実なのかフィクションなのか判別できないほど物語として脚色されたのでよく分かりません。

沖田神社は近年はファジアーノ岡山の話題で取り上げられることが多くなりましたが、結構由緒正しい社であると再認識しました。


goo blog のサービス終了に伴い、「はてなブログ」への引越し作業を進めてまいりました。goo blog の記事投稿のできなくなる10月1日までの、9月いっぱいまでは、「はてなブログ」へも同じ標題、同じ文章で投稿します。しばらくは同時進行になりまして、10月以降は引越し先でのブログ投稿を行う予定です。

おじさんのスポーツおたく奮戦記? 第3章:issanのさすらい日記!?

あと2ヶ月余りとなりますが、暫くの間は双方ともにお付き合いいただけましたら幸いに存じます。よろしくお願い申し上げます。

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長崎スタジアムシティ開催イベントの一例

2025年06月09日 22時44分47秒 | 日記

長崎スタジアムシティのアプリ会員に登録しています。何のためかというと、昨シーズンのJ1昇格プレーオフに際して「PEACE STADIUM Connected by SoftBank」(長いので、ピースタ)のチケット購入の必要性から事前に登録したものです。その後、プレーオフ決勝が当時のシティライトスタジアム(現:JFE晴れの国スタジアム)での開催となったためにピースタのチケット手配が必要なくなったのですが、今後のこともあるので登録だけは残しておくことにしました。

で、時々イベント案内が届きます。


📣長崎スタジアムシティ開催イベントのご案内📣

※以下、到着メールを転載します。

長崎スタジアムシティアプリ会員のみなさまへお送りしております。

 こんにちは。長崎スタジアムシティイベント事務局でございます。

先日、長崎スタジアムシティのハピネスアリーナにて「TALK&LIVE ザ・ゴールデンステージ produced by ジャパネット」を開催することを発表いたしました!

◆ザ・ゴールデンステージとは・・・◆
ジャパネットオリジナルの本コンサートは、お客様とアーティストが一体となって楽しみ、ともに青春時代に戻れるような特別なコンサートです。昭和・平成時代を代表する数々のスター歌手、ミュージシャンの懐かしのヒットソングから、時代を超えて愛される名曲の数々をお届けするだけではなく、トークや特別演出もお楽しみいただけるイベントとなっております。

ポイント1 昭和・平成の時代を代表するスターたちが「毎月」長崎に!
ポイント2 新しい会場・超大型ビジョンで「どの席からでも」楽しめる!
ポイント3 あの日の思い出にみんなで浸る参加型の「トークコーナー」! 
        ※企画段階につき、変更になる可能性がございます。

▼第1回~第5回の出演者はこちら!▼

第1回(8月27日 水曜日):田川寿美、水森かおり、岩佐美咲、はやぶさ、辰巳ゆうと、西寄ひがし(司会)

第2回(9月16日 火曜日):鳥羽一郎、山川豊、神野美伽、木村徹二、西寄ひがし(司会)

第3回(10月20日 月曜日):山本譲二、中村美律子、香西かおり、三遊亭遊子(司会)

第4回(11月12日 水曜日):堀内孝雄、川中美幸、パク・ジュニョン、真田ナオキ

第5回(12月16日 火曜日):美川憲一、コロッケ

🎫チケットは現在、長崎スタジアムシティ公式アプリにて先行販売中です!
公演の詳細・チケットのご購入はこちら🔗 

ご友人やご家族とぜひ、ハピネスアリーナで時代を超えて愛される名曲たちをしませんか?

――――――――公演概要――――――――
■イベント名:
TALK&LIVE ザ・ゴールデンステージ produced by ジャパネット

■会場:
長崎スタジアムシティ ハピネスアリーナ 

■開催日時:
・第1回開催日:2025年   8月27日(火)開場 13:00 / 開演:14:00
・第2回開催日:2025年   9月16日(火)開場 13:00 / 開演:14:00
・第3回開催日:2025年10月20日(月)開場 13:00 / 開演:14:00
・第4回開催日:2025年11月12日(水)開場 13:00 / 開演:14:00
・第5回開催日:2025年12月16日(火)開場 13:00 / 開演:14:00

■席種・金額(税込):

SS席:12,800円
S席(1Fアリーナ):8,900円
車イス席:12,800円

■チケット販売スケジュール:
【長崎スタジアムシティ公式アプリ先行販売】(電子チケットのみ)
 6月3日(火)18:00〜販売中
 ご購入はこちら🔗 
 
【一般販売】
 6月23日(月)10:00〜
 ① 長崎スタジアムシティ公式アプリでの受付(電子チケットのみ)
 ② お電話での受付(紙チケットのみ)※お電話番号は後日HPにてご案内予定


何故、ここで取り上げようと思ったかと言いますと、岡山でもアリーナ建設への動きが具体化しつつあること、また新スタジアム構想の具体化に向けての何らかの参考にならないかという考えからです。

そして、長崎の場合は表向きはジャパネットが全額出資した特異なスタジアムということになっています。実情は当初の見込みほどの稼働率に達していないようで、苦しんでいるところもあるようです。

一般的に最も儲かる施設というのは、人工芝のドーム球場とされています。これはNPBの本拠地となる東京ドームや京セラドーム大阪など、年間を通じて稼働率の高いドーム球場ということになります。雨に影響されないというメリットを含めてのことです。続いて、エスコンフィールドHOKKAIDOのような天然芝と人工芝の併用の屋根が開閉式となっているドーム球場です。芝のメンテナンスと屋根の開閉にコストを要することになります。

続いて、人工芝の屋外型野球場(神宮球場や横浜スタジアム等)になります。天候に左右される部分がドームに劣る部分になっています。天然芝の屋外型野球場(甲子園球場やマツダスタジアム等)は、芝のメンテナンスを含む整備コストが人工芝球場よりも多めにかかります。稼働率や観客動員数によって収益も違ってきますが、概ねNPBのフランチャイズスタジアムは大きな収益を生んでいます。その大きな要因が年間試合数の多さであることは言うまでもありません。それに対して全国各地にある地方球場はプロ野球開催もほとんどなく、概ねアマチュア野球の試合開催に利用されています。公共性はそれなりにあるにせよ収益は然程生みません。

次に儲かる施設とすればアリーナです。スポーツイベントの開催頻度はそれほど高くなかったのですが、Bリーグなどの開催が始まって、稼働率が上昇しました。それでもスポーツでの収益はそれほど多くなく、もっぱらコンサート等のイベント開催による収益性の確保が主体となっています。即ち、芸能イベントの開催ができないアリーナは只の体育館であり、利益はあまり生み出しません。アマチュアの競技実施に利用されることでの公共性は担保されます。

続いては陸上競技場です。陸上競技の開催、学生年代の競技会なども開催できるほか、トラックを利用するイベントも可能です。

そして、収益性と公共性のいずれも最も劣るとされるのが、専用スタジアムと言われています。Jリーグの試合開催は平均週に1試合です。ホームゲームに限れば月に2試合程度、稼働率が著しく悪い上に、芝の養生の観点からアマチュア競技の利用が著しく制限されます。同じ理由からコンサートなどのイベント利用もあまりできません。どれだけ試合での観客動員が優れていても、それだけでは収益を生まないばかりか公共性もないので、税金投入反対派の主張の根幹となっている部分です。

「岡山に新しい専用スタジアムを」ということで署名活動が始まるようです。それはそれで民意の反映にはある程度貢献するでしょうが、実現に向けての勢いを増す為には税金ではない資金の確保がいくらできるかというところに行きつきます。つまり、サポーターと名乗る以上は応援するし、お金も出すという姿勢が大いに求められるところです。

これからのスポーツ応援スタイルで求められるのは物心両面での支援がどれだけできるかというところに集約されそうです。「口は出すが金は出さない」ではチームのサポートをしているとは言えなくなるのが今後のサポーターの立場ではないでしょうか? 「税金なしで我々がスタジアムを建ててやる」ぐらいの気概を示せたらどれだけ実現の可能性が開けてくるか? そんなことを考える、今日この頃であります。


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おじさんのスポーツおたく奮戦記? 第3章:issanのさすらい日記!?

あと4ヶ月足らずとなりますが、暫くの間は双方ともにお付き合いいただけましたら幸いに存じます。よろしくお願い申し上げます。

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『海軍記念日』に生まれた人

2025年05月27日 22時25分07秒 | 日記

1905年(明治38年)、日露戦争で日本連合艦隊がロシアのバルチック艦隊に勝利した日が本日5月27日です。

世が世なら、今日は戦勝記念日なので祝日でしたね。

 

日本海軍の司令長官はご存知の通り、東郷平八郎です。この海戦の模様は近年では「坂の上の雲」でもドラマ化されたのでご覧になった方も多いと推察します。

 

この時、三笠に乗船して作戦担当参謀として辣腕を振るったのが秋山眞之でしたね。上り坂しか上らない明治の男たちのドラマが、NHKでは断続的に3年に渡って放映されました。そういえば、松山市の「坂の上の雲ミュージアム」を訪ねたのも懐かしい思い出です。

何故、この話題にふれたかというと、この日が誕生日だという人がいるからです。その人は「お前は海軍記念日に生まれたのだから、ロシア(当時はソ連ですが)はいうに及ばず、世界を制する人間になれ!」と言われて育ったとか・・!? それは詳細不明です(笑)

まあ、それはさておき、そんなことを懐かしく思い出しながら日々を過ごしておりまして、この年齢にもなって来れば世界征服はおろか岡山制覇も無理です(泣) 若い内から野心というものは然程なかったので、こうなるのはある程度予想できました(苦笑) 

若い方たちには世界制覇ぐらいの野心をもって活躍してほしいですね。「棒ほど願って針ほど叶う」ですから、願望だけは大きくないと針の穴ほどにもなりませんよね。

私としては、生きている内に「ファジのJ1昇格」という願いは叶いましたから、次の野望は「ファジの日本一」、そしてその先には「ファジの世界制覇」を夢見て生きていこうと思います。J2昇格からJ1に至るまでが16年を要しました。世界に届くまでは、何十年かかることやら!? それまで生きてやろうというのも大きな野心ではないでしょうか?

頑張りましょうね。


goo blog のサービス終了に伴い、「はてなブログ」への引越し作業を進めてまいりました。goo blog の記事投稿のできなくなる10月1日までの、9月いっぱいまでは、「はてなブログ」へも同じ標題、同じ文章で投稿します。しばらくは同時進行になりまして、10月以降は引越し先でのブログ投稿を行う予定です。

おじさんのスポーツおたく奮戦記? 第3章:issanのさすらい日記!?

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新ブログ「おじさんのスポーツおたく奮戦記? 第3章:issanのさすらい日記!?」の URL について

2025年04月18日 21時31分42秒 | 日記

心配していた goo blog から Hatena Blog への引っ越しに伴うデータ移行ですが、ほぼ完了しました。teacupブログ当時の画像は移行できませんが、goo blog の画像も上手く移行できたようです。

という訳で、引っ越し先の URL をご案内いたします。

はてなブログに引っ越しする新ブログ、

「おじさんのスポーツおたく奮戦記? 第3章:issanのさすらい日記!?」の URL は以下になります。

https://ojisannosportsotakufunsenkino3.hatenablog.com/

当面の間、つまり goo blog に新規投稿ができる9月までの間は、両方のブログへアップしていきますので、しばらくはこちらも御贔屓によろしくお願いします。

 

(この記事は、引っ越し先のブログ記事にはアップしません。あくまで、こちらのブログのみでのご案内といたします)

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新しいブログ名は『おじさんのスポーツおたく奮戦記? 第3章:issanのさすらい日記!?』とします。

2025年04月17日 16時06分49秒 | 日記

はてなブログでの新しいブログ名は・・、

「おじさんのスポーツおたく奮戦記? 第3章:issanのさすらい日記!?」

に決めました。いつまで、諸国漫遊の旅ができるかどうかは分かりませんが、生きた証を残す記録は継続しようと思います。引っ越し先の URL はデータ移行が終わった時点と、9月末頃の goo blog への新規投稿ができなくなる前に掲載しようと考えていましたが、それ以外にもできるだけ頻度をあげてご案内しようと思います。

 

ただ、新ブログに関してはまだまだシステムがよく分かっていないこともあるので、暫くはこちらへの投稿がメインとなり、少しずつはてなブログへの投稿に慣れて行こうと思っています。

新ブログへのデータ移行は現状では順調に進んでいる模様です。半日で全データの1/4~1/3ぐらいの引っ越しができたように感じます。

teacupブログからgoo blog へのデータ移行は2年分を引っ越しするのに1週間弱かかったことを思えば、随分順調に進んでいるのかなと思います。しかも、画像移行を行う時間がありませんでした。今回はそれもできそうですね。

ピースウィングの画像を使っているのも、歴史的な中国ダービー勝利の直後に、驚天動地のgooサービス停止のニュースが流れたことも何かの縁なのかと思ったからであります。

 

こちらの新規投稿が可能な内は、こちらへのアップを継続しようと思っていますので、あと半年ほどですが暫くお付き合いいただけましたら幸いに存じます。

よろしくお願い申し上げます。

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色々混乱していますが、ブログ引っ越し先は「はてなブログ」に決めました。データ移行中はお見苦しいことにもなると思いますが、ご容赦くださいませ!

2025年04月17日 11時10分33秒 | 日記

前回、teacupブログから引っ越しする際には時間がなくて、全記事を引っ越すことができませんでした。今回はその失敗に学び、早い時期から引っ越し作業を進めようと思います。データ移行が終わるのには2~3週間かかると思いますので、引っ越し先は落ち着きましたらこちらに掲示しようと思います。

引っ越し先は「はてなブログ」になります。

何ではてなブログなのかというのは、詳しくは申せませんが、データ移行が最もスムーズにいくであろうという予測に基づきます。

もう一つの推奨引っ越し先のアメブロなのですが、これは多くのファジサポさんもブログを書いているサイトで、考えとしてなかったわけではありませんが、何せあそこはサイバーエージェントのサイトですよね。何が悲しくてFC町田ゼルビアの親会社に加担しなければならないのか? それを常に考えてしまいます。かつては、多くの芸能プロダクションが芸能人のオフィシャルブログを掲載し管理していたサイトでもありますが、昨今では情報発信の方法もSNSに様変わりしていてブログ自体は衰退していると感じます。

色々理由を並べてみましたが、はっきり言って私はアメーバブログが・・「大嫌いだ!」

という訳で、暫くは gooブログと はてなブログの双方に記事更新していくことになりそうです。バタバタしてお見苦しいことにもなるかも知れませんが、生暖かい目でお見逃しください。

よろしくお願い申し上げます。

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goo blog サービス終了に伴う今後の彷徨先を思案中!?

2025年04月15日 06時59分24秒 | 日記

2008年、ファジアーノ岡山がJ2昇格を果たし、遂に岡山にJクラブが誕生した時、このクラブと共に自らの生きた軌跡を書き残そうと始めたブログ。当初はteacupブログでした。確か、今のGMOインターネットグループが運営する以前だったように記憶しています。

アメブロに参加する方が圧倒的に多かった当時、どうもあそこには肌が合わないと本能的に感じ、小さなブログから始めようと思ったような気がしますが、当時は何がきっかけでteacupを選んだのかよくは覚えていません。

その時のブログタイトルは、「おじさんのスポーツおたく奮戦記?」です。

自分を振り返った時、最も好きなことを書き連ねることができればと考え、それがスポーツ分野だと思ったこと、それに加えて『プロスポーツ不毛の地』と揶揄され、「熱し難く冷め易い」岡山県民が長く熱中できるスポーツイベントはあるのか、ないのか、を考えた時、後に岡山がスポーツによって活性化できるのかどうかは、ファジアーノ岡山という弱小のサッカークラブが背負って行くのだと感じた為にファジアーノとともに歩むことを中心に、加えて岡山のスポーツ界の動向を追いかけて行けたら良いかなと考えました。

J2に昇格した頃のファジアーノ岡山は、それはもう弱かった。絶望的に弱かった。プロサッカークラブの体を為していない、リーグで殆ど勝てない。2009シーズンの51試合であげた勝利数はたったの「8」、断トツの最下位でした。当時はJ3もなく、JFLへの降格制度もなかったことからJ2に留まることができましたが、現在の状況ならすぐにでも消滅していたかも知れないほどに弱い弱いチームでした。

それから、ファジアーノ岡山がJ2を喘ぎながら泳ぎ続けた長い長い時間をずっと一緒に溺れながらついていったことは今にして思えば「よく途中で脱落、いや溺死しなかったものだ」と感慨深いものがあります。一歩間違えば「ぼくドラえもん」ならぬ「ぼく土座衛門」になっていたことでしょう。2024年12月7日(土)、ファジアーノ岡山がJ2生活16年という史上最長期間を経てJ1昇格を決めた日の感激は生涯忘れることはないでしょう。

そんな日々の中、2022年7月いっぱいで teacupブログがサービスを終了することとなり、全ての記事を引っ越しすることはあまりにも手間と時間がかかり過ぎると察したことから、teacupブログの直近の2年分ほどを携えてgoo blogに引っ越してきました。それ以前の記事はデジタルタトゥーになることなく消えましたが、それはそれで良かったことと思っています。

そんな経緯を経て今に至る訳です。goo blog でのタイトルを「おじさんのスポーツおたく奮戦記? 第2章:issanの諸国漫遊記!?」としました。ファジが中心なのは変わりありませんが、還暦を過ぎて仕事は継続しているものの時間的な余裕が増えたこと、コロナ禍の馬鹿騒ぎも収まりを見せ始めた時期でもあったので、諸国漫遊の旅に出ても良さそうだと思ったのでタイトルを少し変更しました。

NTTが運営母体の goo blog がこの時期でサービス終了するとは予想の斜め上を行っています。しかし、これは仕方のない事実です。

goo blog(gooブログ)

goo blog に移って3年弱、その間にファジがJ1昇格を果たす瞬間を目にすることができたことは良かったと思います。「生きている間にファジアーノ岡山がJ1に上がる」ことができるかどうかという漫然とした不安を抱き続けた16年間を乗り越えてJ1で戦うチームの姿を見ることができることに感謝してもし切れるものではありません。J1で「ファジが戦えるのか?」という最大の不安は今季の開幕からこれまでを見る限り杞憂のようです。これからは分かりませんが・・

 

絶対に行きたかったスタジアムの一つ、エディオンピースウイング広島に行くことができただけでなく、オリジナル10の名門チームのサンフレッチェ広島に勝利する瞬間を目に焼き付けることができました。

goo blog と歩んだ3年で素晴らしい出来事と遭遇することが多かったと思っています。多くの皆様と巡り合えることもできました。これから先を考えるとどのような道を歩んでいくのか何も見えていませんが、生存確認の為のブログとして命が尽きるまでは書き続けようと決意しています。

次はどこでお会いできるか分かりませんが、人生は一期一会。今後ともよろしくお願い申し上げます。

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とかくに人の世は住みにくい !?

2025年03月19日 20時32分13秒 | 日記

山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。
住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。あるは音楽と彫刻である。こまかに云えば写さないでもよい。ただまのあたりに見れば、そこに詩も生き、歌も湧く。着想を紙に落さぬとも璆鏘の音は胸裏に起る。丹青は画架に向って塗抹せんでも五彩の絢爛は自から心眼に映る。ただおのが住む世を、かく観じ得て、霊台方寸のカメラに澆季溷濁の俗界を清くうららかに収め得れば足る。この故に無声の詩人には一句なく、無色の画家には尺縑なきも、かく人世を観じ得るの点において、かく煩悩を解脱するの点において、かく清浄界に出入し得るの点において、またこの不同不二の乾坤を建立し得るの点において、我利私慾の覊絆を掃蕩するの点において、――千金の子よりも、万乗の君よりも、あらゆる俗界の寵児よりも幸福である。
世に住むこと二十年にして、住むに甲斐ある世と知った。二十五年にして明暗は表裏のごとく、日のあたる所にはきっと影がさすと悟った。三十の今日はこう思うている。――喜びの深きとき憂いよいよ深く、楽みの大いなるほど苦しみも大きい。これを切り放そうとすると身が持てぬ。片づけようとすれば世が立たぬ。金は大事だ、大事なものが殖えれば寝る間も心配だろう。恋はうれしい、嬉しい恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ。閣僚の肩は数百万人の足を支えている。背中には重い天下がおぶさっている。うまい物も食わねば惜しい。少し食えば飽き足らぬ。存分食えばあとが不愉快だ。……


漱石さんはやはりヨーロッパが嫌いなんでしょうね。次第に西欧化していく日本を危惧している様子も見て取れます。

何で草枕の冒頭部分を引用したかというと、漱石さんが描いた明治の頃、日露戦争当時の日本での生きにくさと、今の令和の日本の生きにくさとを比較したら、どちらの方がより生きにくいのだろうかと考えたからです。

考えようによっては、まだ未来を切り開く夢があった分だけ明治の頃の方が、未来に絶望を抱く人が多い現在より生きやすかったのかも知れません。

そんな住みにくく、生きにくい今の世の中ですが、小さくても夢や目標を持って生きていけたら、若干でも楽しいのかなと思います。

 

岡山がスポーツで活性化され、元気を取り戻す。それを荒唐無稽の夢物語だとおっしゃる方もいるでしょう。個人の考えはそれぞれです。抱く夢も目指す目標もその方にとってのものですから、それに向かって進んで行きましょう。

私にとっての最大の夢は「生きている内にファジアーノ岡山がJ1で戦う姿を見る」ことでした。そして、その夢はクラブ関係者や選手の皆さんが実現してくれました。このJ1昇格が岡山にもたらす経済効果は机上の計算よりも大きくなるかも知れません。既にその効果を肌感覚で感じられるようになりました。もっともっと、J1昇格効果を実感できるような地元の頑張りを期待したいですね。それが可視化できるレベルに到達したとき、新スタジアム建築に向けての具体的ゴーサインが出るのかな? などとやはり荒唐無稽なことを考えています。

次の個人的目標はファジの日本一であり、ACL制覇であり、いずれは世界的クラブになることです。

『岡山から世界へ!』

それが空虚な幻想でなくなりつつあること、その夢が生きにくさ、住みにくさを軽減してくれるものになるなら、みんなで幸せになれそうな気がしませんか? 

知らんけど・・

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『2月は西大寺が面白い』と言うけれど

2025年02月25日 20時38分36秒 | 日記

会陽の開催される2月は確かに1年で最も西大寺が賑わいを見せる月でした。過去形なのは、現状がそうなのか、それがそうとも思えないからです。

 

西大寺駅前の装飾も年々質素になってきたように思えます。会陽から1週間経った今だからなのか、最初からこんなだったのか、会陽当日の様子を見ていないのでよく分かりません。

「お福頂戴」の祭りではありますが、寶木を獲ることが本来の目的ではありません。

五穀豊穣、家内安全、子孫繁栄を祈願する歴史的な祭りです。後祭りが終わるまでが会陽ですが、これがどうも盛り上がらないと感じているのは私だけでしょうか?

コロナ騒動で中止を余儀なくされた期間があったのも確かに痛手ではあります。しかし、この肉弾戦が感染拡大に繋がると本気で思っている人々がいたとしたら、今ではとんだお笑い種ですよね。まあ、それは別に構わないのですが、神仏に捧げる供物であるべき祭りが、COVID-19のごとき存在の真偽すら未だに判別できないものにも劣ると判断されたのだとしたら悲しさしか残りませんね。

平成29年 第五百八会西大寺会陽のご報告 | 西大寺(観音院)-岡山県

西大寺は観音院の加護を受けて栄えた門前町です。寂れて見る影もなくなった門前の商店街を見るにつけ、何かできることはなかったのか? 変わってはいけないことは変えてはいけませんが、変わらないといけないことに躊躇していると置いて行かれます。

この街にはもっと成長できる力はないのか? 

西大寺がもっと面白い街に変革していくことを期待しましょう。

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