いしころにっき

石原石子の日記です

呑んだ

2012-11-24 00:48:03 | 血縁
いま私は酔っています。


ということで
きょうは従妹の結婚式にいってまいりました。
明日の予定を鑑みて
それはもうたんと飲みました。
めったにないことです。

さて
きょうは少し早めに
結婚式のおこなわれるホテルに到着して
確認のためホテルの入り口にあった
本日結婚式をする人たちのリストを見ました。
けれど私の従妹の名前と旦那の名前がありません。

なぜだ。

私はホテルをひとまわりしました。
結婚式の日にちを間違えたのか
場所を間違えたのか
招待状をあらためてみると
間違いなく
合っています。

なぜだ。

私はホテルの入り口のリストを
もう一度見ました。

○井様・田○様
   ・
   ・
   ・
   ・
   ・

N + M Wedding party

といくつもの名前がつづくなか
下のほうに

N + M Wedding party

とあります。
私は最初そこらの壮行会みたいなパーティだと
おもっていました。

NとM

でも新郎は確か久○で従妹は染○
だからNとMのイニシャルは違うし…

イニシャルか

下の名前が…
招待状を見ます。

N と M です。

そんなもの私にわかれだなんて。
ひどい仕打ちがあったものです。
しかもあなたたちだけです。
そんな書き方をしているのは。
私は昔から
芝居でもなんでもそうですが
題名で英語を見た瞬間
古文書の世界の
専門家のみぞ知る言語と
認識してしまうからです。

理解などはなからしない流儀です。



ホテルはにぎわっていました。
そこらへんで
花嫁と新郎
花嫁と新郎
花嫁、花嫁、新郎、親族
多発結婚式が勃発しており
もう
ありがたみといいうか
祝宴の喜びというか
そんなものが
一切合財
ベルトコンベアーで製造された
産業革命の排泄物のように感じられ
私がここに来た意味はもはや
おいしい料理を食べる
そのことに尽きるなぁ
と思うばかりです。

とはいえ

ここでなくても
結婚式に呼ばれるときは
いつもそのことしか考えておりません。

おいしかったです。

きょうの料理も。

紹興酒があったので
グラスで一杯
と思って頼んだら
デキャンタできて

ふざけんなー

とおもいつつ
飲みましたが。


けっきょく
シャンパン5杯
赤ワイン2杯
ビール1杯

紹興酒

いつもより飲みました。
そんな飲み心地できょうは
おしまいです。


略式記号

2012-06-28 02:20:53 | 血縁
弟から結婚式の招待状がとどきました。
仮にも私の弟なので参加しようとおもいます。
招待状の中身にはいくつかの用紙がはいっており
時間や場所、招待に関する文章などが印刷されております。
そのなかで料理は日本料理かフランス料理か
選択することになっており
出欠の返信用ハガキに記入欄があります。
私としてはどちらも献立がほしいところですが
最終的にはフランス料理に決定をしました。
そこでハガキをあらためて見てみるわけですが

フランス料理ならば○のなかに「フ」
日本料理ならば○のなかに「和」

そのように名前の横に書くよう指定されています。
私はここでおもいました。
「フ」で合わせるのなら
日本料理は「日」あるいは「ニ」ではないか。
もしくは「和」に合わせるのなら
フランス料理は「仏」といったところだろうか。

それを昌美にいったら


「仏」はやめな


とたしなめられました。
たしかに結婚式向きの字ではありません。
そこでさらに昌美は


「和」なら「洋」でしょ


と。
私はごもっともだとおもいました。
迂闊にもそこにきづきませんでした。
これですっきりです。

「フ」と「ニ」
「和」と「洋」

そして

「日」と「仏」

これならば対比としては気持ちがよいです。
しかしもう一度ハガキを見てみますと
やはり

「フ」と「和」

来てしまったものはいたしかたありません。
なんだかすっきりしませんが
これはこれで「仏」に似たようなものではなかと
私は考えるのです。

「フ」と「和」

つなげると

「フ和」

おあとがよろしくないようで・・・。




だいじょうぶ

2011-07-20 00:19:43 | 血縁
ついこのまえの地震のこと。


私の母からメールがとどきました。



大丈夫



と、ひとこと。


いきなり大丈夫と宣言されても
意図がわかりにくいことこのうえないです。
私を心配しての大丈夫なのか
私は心配していないが母はあえて大丈夫と申したのか
なにが大丈夫なんだか不明なので
とりあえず私は



余裕



と、ふた文字。

書きそえて送りかえしておきました。

枕元の酒盛り

2010-10-11 20:34:06 | 血縁
ついこのまえ
私のおばあ様が亡くなったので
実家に帰りました。


私の母上に連絡をいれると

酒盛りがはじまった

とのことです。


行ってみると
数人の親戚たちが
呑んでおりました。


私の父上の弟さんは
昨日の夜八時から
ずっと呑んでいるとのことです。


時計をみてみると
夜の八時でした。


私はしばらくのあいだ


12時間も呑んでいるのかぁ
すごいなぁ


とおもっていたのですが
よくよく考えてみると
私の勘ちがいでした。

自分の物差しで考えてはいけません。

教訓になりました。


さてそれからは
私と昌美もくわわり
夜中の二時まで呑みました。

父上の弟さんもそこで帰りました。

どこまでも呑めそうでした。




翌朝



この日は通夜です。

私が十時すぎに起きて
ぼぉーっとしていると
父上の弟さんがやってきて


ちょっと呑むか


とおっしゃりました。
私は冗談かとおもって
とりあえず断りました。



弟さんがビニール袋を持っています。
よく見てみると
ビールの缶がはいってました。


冗談じゃありませんでした。
彼は本気でした。
缶をあけます。
呑みます。
迎え酒です。


私には到底成し得ません。


おばあ様の枕元で
たまに線香をあげながら
お酒を呑みたいようです。

ちょっとばかり重い話

2010-10-06 22:35:49 | 血縁
ここ一年
人の死にめにあいます。


それはもう
でくわします。


肉親から他人まで。


いま
私には
なにかとりついているようです。


私に接触する方々はみなさま
お気をつけくださいませ。



そういったわけで、さて、


さくじつ


私のおばあさまが亡くなりました。

開かずのドア

2010-09-25 22:15:59 | 血縁
昌美と二人で
私の実家に帰りました。


夜も遅かったので
私の母上に車でむかえにきてもらいます。

あらかじめ到着時刻をメールしておきました。

さて
駅に着くと
それらしき車を発見しました。
ハザードをだして止まっています。
車のガラスが薄黒くなっているので
ちょっと見えずらいですが
運転席に母上がいるようです。
そしてなぜか
後ろの席には弟もいるようです。

わざわざついてきたのかと

おもいました。


とりあえず助手席にすわろうと
ドアの取っ手を

ガツっ

引きます。
ところがあきません。

あれ?

とおもって
もう一度やってもあきません。

いたしかたないので
後ろのドアをあけようと

ガツっ

これもまたあきません。

車のなかでは二人とも
なにも言わず私のほうを見ています。
鍵はいちおうかかってはいないのかなと
おもって
もう一度助手席のドアを


ガツっ


あきません。


あれ?


おかしいな




ガツっ


昌美も
どうしたのー
と言って後ろのドアを


ガツっ


二人して


ガツっ

ガツガツっガツっ


あれ?


ガツっガツガツガツっあれ?



あれ?あれ?







よーくみたら


見知らぬ人でした。


私がそれにきづいて
動きが止まると


車は

すうーっと

ハザードをだしたまま
申し訳なさそうに消えていきました。




そうしてすぐに母上から

ごめん
お風呂入ってた
いまから行く

と電話がありました。




はやく来い



そうおもいました。

ヨイチョコ

2010-02-14 20:01:38 | 血縁
昌美が実家に行って
帰ってきたら
昌美の妹の文ちゃんと
お母様の町子さんから
バレンタインチョコをあずかったと
チョコを渡されました。

どんなかなー

とおもって
あけてみると


町子さんのチョコは


芋焼酎&大吟醸ボンボンでした。


私の頭のなかで
路地裏にある赤提灯の飲み屋が並びました。


次に文ちゃんのチョコレイトの袋をあけてみました。


ピンクでかわいらしい
しゃれた感じの箱でした。
こちらは原宿の香りがしました。

私はなんのチョコだろうと
箱の裏をみてみます。



商品名:ストロベリー&シャンパン



地上50階
大東京を望む
品の良いレストランの景色が私の頭に浮かびました。



なぜ


二人そろってお酒のチョコなのだろう



疑問が残りました。

正月に寝込んでいたので今ごろ帰省

2010-01-19 22:59:49 | 血縁
昌美といっしょに私のほうの
実家にいってきました。

現在私のおじいちゃんは
とある高尾山のふもとの病院に
収容されています。


そこでまずは
おじいちゃんの見舞いにいきました。
行ってみるとおじいちゃんは
私のことはすっかり忘れていて
弟と私の区別もつきませんでした。


ところがおじいちゃん


昌美のことは覚えていました。


孫、かたなしです。


おじいちゃんのなかでは
弟と私は息子でした。

惜しいです。
ニアピン賞です。


もうひと越えと
思いました。



それから見舞いにいったあと
実家にもどって
私が3月に出演する
「春琴しよう」のチラシを
母親とおばあちゃんに渡したところ


チラシにのっている虫を



母親は


ゲンゴロウ


と言い

おばあちゃんは


カメムシ


と言いました。


カメムシは百歩ゆずったとして
ゲンゴロウはさすがに
勘弁ねがいたいと思いました。


弟は


カナブン


と答えました。


私はそれだ

と思いましたが
そこへ


コガネムシ


という意見がどこかからきました。
誰が言ったか忘れましたが
そこで私ははたと困りました。


このチラシの虫は


コガネムシなのか
カナブンなのか


私にはよくわかりません。



仮にも私が出演する
公演のチラシ存在している虫なので
いづれ
調査したいと思います。


調査したあかつきには
気が向いたら
またなんか書いてもよいかもなと
思っている私でした。


本日はこれまで。

おばあ様の生卵

2009-08-03 18:29:42 | 血縁
きょうは珍しく仕事がお休みになったので
実家に帰らせていただきました。


おもにおばあ様のお加減をお伺いに。


さて


おばあ様とお話しをしていると
私のお父様がテキサス風な格好でお帰りになられました。
おじい様が生息しているホームをうかがったあと
津久井湖をまわられ
そのほとりで放逐されている鶏の卵を
買ってお帰りになられたのです。


それは良質な鶏卵でした。


おばあ様はその生の卵を
いただきたいとおっしゃったので
ひとつ
お渡しすると
しわしわの指先で
卵の上部を砕き
殻を排除なされると
じるじると呑みこんでいかれました。


私はそこに野生をみました。


はかなくも病弱にみまわれたときでさえ
大正のころから
悠久の刻をすごされた
生命の強さをかいまみた瞬間でした。