いせ九条の会

「いせ九条の会」の投稿用ブログです(原稿募集中)。
会の趣旨に賛同される方、メールでご投稿ください。

戦争犯罪の調査国連幹部が提案/山崎孝

2009-01-12 | ご投稿
1月11日の朝日新聞に、ナバネセム・ピレイ国連人権高等弁務官は、9日、イスラエル軍によるガザへの攻撃に関し、国際人道法に抵触する可能性があるとして独立した調査しました。

特に問題視されたのは、ガザ市内で起きた事件で、ゼイドゥン地区に侵攻したイスラエル軍が住民約110人を1軒の建物に誘導、戸外に出ないように指示して、24時間後にこの建物を砲撃して、約30人が死亡した事件だとされています。

今までもイスラエルの不当な行為をしてきました。インターネットで収集したパレスチナ問題の経過を紹介します。

 第二次世界大戦が終わる頃、パレスチナのユダヤ人人口は60万人に達していました(人口の1/3)。パレスチナ人とユダヤ人の衝突とイギリスを標的とするテロの頻発に手を焼いたイギリスは1947年、問題解決を国連に委ねます。同年11月、国連はパレスチナをパレスチナ人とユダヤ人の国家に分割し、エルサレムを国際管理下におくというパレスチナ分割決議を採択します。

 人口で1/3、土地所有面積で6%弱のユダヤ人に57%の地域を割り当てる決議をユダヤ人は受入れ、アラブ人は拒否。1947年5月14日、イギリス軍が撤退するとユダヤ人は当事者間の合意がないまま、イスラエルの建国を一方的に宣言、分割決議に反対するアラブ諸国がイスラエルに攻め込み第一次中東戦争が始まります。戦争の結果、イスラエルは国連の決めたユダヤ人の領土をはるかに超えて侵略、追い出されたパレスチナ人70万人(100万人とも)が難民となりました。イスラエルが侵入しなかった東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区をとガザ地区はそれぞれヨルダンとエジプトが占領しました。

 以後、計3回の中東戦争がたたかわれ、67年の第三次中東戦争でイスラエルは全パレスチナを支配、シリア領ゴラン高原とエジプトのシナイ半島も占領しました。国連安保理は占領地からの撤退をうたった決議242号を採択しますが、イスラエルは受け入れず、1982年にシナイ半島は返還されたものの、基本的に占領状態を続けています。(以上)

イスラエルは、本年1月9日に国連安保理から、カザからのイスラエル軍の全面撤退につながる、即時、永続的で完全に尊重される停戦を要求され、ガザ全域での円滑な人道支援が出来る状況を求められています。

しかし、イスラエルの世論は(イスラエルの有力紙イディオト・アロハノトの9日付発表)インフラや民間人に被害があっても、カザへの空爆は正当化されると答えた人が92%に達しています。これは恐るべき独善的な考え方です。国際社会に経済制裁を受けないと目が覚めないのかも知れません。

フセイン政権下のイラクがクウェートを侵略し、北朝鮮が核実験を行い経済制裁を受けている基準から見れば、パレスチナ自治区を攻撃して民間人の多くを殺傷したイスラエルの行動は国際的な経済制裁に値するものです。

紹介したように、《国連安保理は占領地からの撤退をうたった決議242号を採択しますが、イスラエルは受け入れず、1982年にシナイ半島は返還されたものの、基本的に占領状態を続けています》という経過もあります。そして占領した土地でパレスチナ人を追い出して入植地を拡大させています。

私がイスラエルの世論で思うことは、日本が満州事変を起こして中国東北部を占領して国際連盟からこの行為は国際的に認められないと言われながらも、満蒙は日本の生命線だと独善的に多くの日本人が思っていた歴史です。1937年の「上海事変」では中国側に激しく抵抗され反撃を受けると「支那暴戻を庸懲」すると主張して南京と関東に爆撃を行なっています。

イスラエルの国民の多くも、当時の日本人と同じく独善的な国民になっているようです。いずれ将来にはこのような独善的な考え方は大きな「ツケ」を払わされると思います。