いせ九条の会

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鳩山法相の発言を考える/山崎孝

2008-06-22 | ご投稿
既にブログでも述べましたが、鳩山法相は6月17日に就任以来4度目の死刑執行を発表しました。その会見の席で鳩山法相述べた発言を聞いて、私が持った感想を新聞社の読書投書欄に投稿しました。以下、その文章です。

2008年6月21日付朝日新聞「声」欄掲載文(法相の発言は編集スペースの都合で割愛変更された部分がありそれを補充しました)

「正義の実現」法相に違和感

鳩山法相は幼女連続誘拐殺人事件の宮崎勤死刑囚ら3人の死刑囚に対して死刑を執行したと発表した。鳩山法相の下での死刑執行は、4度目で13人となった。

鳩山法相は、記者会見で「正義を実現し、法が支配する国を実現していくために、粛々と死刑を執行している」と述べた。

私は死刑を執行することが正義の実現という肯定的な意味を持つとは思わない。凶悪犯罪を犯せば、死刑で罰せられる法律を定めていても、凶悪犯罪を防止できない社会は、社会秩序の敗北と社会の有り様にも欠陥があることを意味する。

幼い時から人を殺してはいけないと教えてきても、人を殺してしまう人間が出るのは、教育の有り様の敗北を意味する。

「法が支配する国を実現」するには、政府が憲法違反と言われるような行為をしない。政治家、官僚や公務員、企業経営者など社会的責任が重い人が法律を守るだけでなく、人に恥じる行為をしないことが重要である。

(以上)

今日の社会の大きな欠陥は、市場原理主義のもとで余りにも強い競争原理が支配する社会になっていることだと思います。この社会は一人一人の人間を大切にするということより、人間を競わせ勝者が弱者を蹴落として自らの豊かさを獲得していくような仕組みを持っている社会であり、この社会は人間らしい心を強く失わせる社会であると思っています。

自分の人生が追い詰められたと思った人は、自棄自暴になり他人に危害を加えることで幾分でも心の鬱屈を晴らそうするケースが生まれ、極端な場合は自分が死刑になりたくて人を殺したと述べる事件さえ起きています。自己責任だけを追及するだけでなく、社会の大きな矛盾に目を向けないと極悪な犯罪は防げないと思います。

そしてこのような社会は、多国の脅威が宣伝されると対話より軍事的解決に傾く危険性を内包する社会になってしまうと思っています。