TOTOからはじまったイモづる式音楽日記

旧タイトル:TOTOからはじまるLA FUSION CONNECTION~ネタはフュージョンやらAORやら。

なんか馴染めん

2009-03-31 23:20:55 | Weblog
何の気なしに夕刊のテレビ欄を見ていた。
たまたま一番はしっこを見たら、「ビューティーコロシアム」とやらで出演が杉田かおるとか渡辺絵美とか書いてあって、「おぉ~いかにもテレ東っぽいキャスティングだこと。」などと思いつつ次の番組が「ハンサムスーツ」とゆうドラマ。最近はテレ東もガンバッテんだな~などと何の疑問も持たずにすっかりテレビ東京の番組表と思い込んでいた…がしかし。
あぁ~そうだ、すっかり忘れてた。昨日から地上波デジタルのチャンネル順にテレビ欄の配列が変わったんだった。ってことは一番はじっこになるのがフジテレビなのね…。

やっぱ申し訳ないけどテレ東さんは一番はしっこという固定観念が強いもので。こういっちゃなんですがテレビ東京になってからはだいぶガンバッデすけど、昔の東京12チャンネルを知る者からするとどうもちょこっとマイナーなイメージがどうしてもつきまとってしまう。ところがその位置に今はフジテレビ。この配列が日経新聞だけでないとしたら…フジテレビの欄にあんまり目がいかなくなるかも。ってことはあんまり見なくなってしまうのかも。テレビ番組表の配列って普段あんまり意識しないけど、こうして見ると思いのほか大切なんだな。フジテレビさんはやはり「8」に対するこだわりがあるみたいですからそれはそれでいいんでしょうけど、その実一番割りを食ってしまいそうな気がする。テレ朝に至ってはテレビ欄のド真ん中に栄転ですからね。地デジにも悲喜こもごもなんですな。
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MAKIN' ROCK / 奥本亮

2009-03-30 23:52:58 | TOTO&FUSION
最近買ったCDネタ。今回は奥本亮「MAKIN'ROCK」です。

全曲でJEFF PORCARO & STEVE LUKATHERがプレイしているというなんともゴージャスなアルバム。しかもJEFF & LUKATHERの作品が2曲も入ってるんです。こりゃ聴かなあきまへんがな。

1曲目「KEEP ON ROCKIN'」。なんともベタベタなタイトルとメチャメチャハードロックしてる演奏にいかにもなボーカルがあんまりな気もしましたが、聴きこむにつれそれがクセになってしまいそうな。JEFFがこれでもかとばかりに叩きまくってます。BAKED POTATOの「BOMP ME」並みに。めっちゃカッコエエ。このドラミングだけでも一聴の価値大有りですね。
2曲目がJEFF & LUKEの作品「CRYSTAL HIGHWAY」。一転して今度はほんわかしつつもミステリアスなフュージョンナンバー。これはDAVID FOSTERでしょうか、エレピの音が印象的です。だからといってTOTOっぽいわけでもない。どっちかつうと昨日のSPICY KICKIN'じゃないけど70年代クロスオーヴァーっぽさプンプンです。まあ80年の作品ですから当然なんでしょうけど。
3曲目「SOLID GOLD」。これまたハードなインストナンバー。シンセとLUKATHERによるテーマのユニゾンがドラマチック。
4曲目「L.A.EXPRESS」。この曲もDAVID FOSTERのエレピが印象的なイントロから始まりますが、一転してグルーヴィなプログレっぽいハードフュージョンが展開されます。ギターのリフがまたカッコエエのです。
5曲目「FREEDOM」もまたストレートにロックしてます。途中のサビだけに入るボーカルがキマってます。奥本さんのボーカルがまた日本のハードロックの典型みたいな感じがいいですね。そして途中からまるでTOTOの「JAKE TO THE BONE」じゃないかというような7拍子のJEFFのドラミングに乗ってLUKEがソロを弾きまくる。解説にも書いてありましたけど、「JAKE~」の元ネタはこの曲では?という説には大いに同意します。
6曲目もJEFF & LUKEの作品「ORIGINAL VIEW PLUS」。こちらもやはりTOTOっぽいという感じではなくて、(むしろ「FREEDOM」の後半がモロTOTOな感じだったですが)やはりかわいい系70年代クロスオーヴァー。ていうか奥本氏のシンセがプログレっぽいんでそこがちょいと妙な具合です。終盤で(4:20あたり)JEFFがスネアを叩き損なってるのがわかるのがなんとも楽しい。ラストで全然違う曲に変わってしまうんですが、これまたセッションで遊んでる雰囲気が伝わってきてなかなか興味深い。
7曲目「MYSTERY WHITE」はさわやか系変拍子ナンバー。この変化をハーフタイムシャッフルでこなしてしまうJEFFはやっぱりスゲェ。
8曲目ラストナンバーはソロピアノの小作品「MORNING JOINT」。ソロピアノで締めるところがまた憎い演出ですね。

全体としてはフュージョン、というよりハードロックインストの趣が強いかな。もう少しファンキーさがあればたまらんのでしょうけど。CHARの「U.S.J」が近い雰囲気ですかね。
奥本さんには申し訳ないけど、やっぱりこのアルバムの聴き所はJEFF & LUKATHERに尽きます。ここまで最初から最後まで多彩なバリエーションで叩きまくってるJEFFというのもなかなかない。JEFFファンはやはり必聴です。

MAKIN'ROCK / 奥本亮
RYO OKUMOTO(keys,vo)JEFF PORCARO(ds)NEIL STUBENHAUS(b)STEVE LUKATHER/JAY GRAYDON(g)DAVID FOSTER(keys)
コメント (2)
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SPICE IN SPACE / SPICY KICKIN'

2009-03-29 18:12:41 | J-FUSION
久々に最近買ったCDネタ。SPICY KICKIN'の1STアルバム「SPICE IN SPACE」です。

以前から気になってはいたんですね、このメンバー。特に昔はNHKの「わんパーク」のハウスバンドでお馴染みでしたが、今や浜崎あゆみのツアーメンバーをつとめる、キーボードの宮崎裕介氏、そしてフュージョン系若手ベーシストとしてかなりメジャーになりつつある坂本竜太氏。そんなメンバーがフュージョンのアルバムを出すっていうんで興味津々だったところ、坂本竜太氏のMYSPACEで試聴してみたんですね。「SPEAKEASY」という曲なんですが、これが思いっきりツボにハマってCD即買いしてしまいました。CD帯のコピーには「懐かしくも温かいクロスオーヴァーサウンド!、ジャズとロックの融合の黎明期、最も良質なエレクトリック・インストゥルメンタル・サウンドを輩出していた時代へのオマージュ。」とありましたが、まさに嘘偽り一切なし、全くこのコピー通りのサウンド。何をどうすればこういう雰囲気の作品が出来上がるんでしょうね。音の作り方?それともコード進行とか?どっかに秘密の隠し味があるんでしょうな。とにかくなんだかわかんないんだけど、このCDをかけるとそこには70年代を思わせるような、言い方は良くないけど古臭さ満載の音空間が拡がるんです。しかもこういう音を30代そこそこの、70~80年代初頭の実体験があんまりない人たちが演ってるんだからすごいな。今後注目のグループです。

ちなみにバンド名は元々スパイシー基金だったとか。CDデビューするにあたりSPICY KICKIN'に変更したそうで。ていうかそもそもKICKIN'だったのに漢字を当てていたということかな。カミさんにKICKIN'は前は漢字だったんやで~と話してたら、どうもカミさんの頭の中では「スパイシー飢饉」になっていたようで。それって更に辛そうな飢饉やね。

SPICE IN SPACE / SPICY KICKIN’
HAJIME MATSUDA(g)RYUTA SAKAMOTO(b)YUSUKE MIYAZAKI(keys)YUICHI HOKAZONO(ds)
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シモンズといえば…RUSH

2009-03-28 16:46:45 | その他の音楽
シモンズといえば…シリーズ、今回はRUSH。

RUSHもシモンズが出てきた時にすぐに飛びついたバンド、というイメージがあります。
ちょうどRUSHがバンドの方向性としてシンセサイザーを多用し始めた頃。その流れのイメージチェンジにシモンズサウンドが丁度良かったんでしょうかね。
1984年リリースの「GRACE UNDER PRESSURE」ではおよそ半数の曲でシモンズサウンドを聴くことができます。当時のNEIL PEARTのド派手なセッティングを見ると、BILL BRUFORD並みのもの凄いシモンズの使い手っぽく見えたんですけどね、とはいえ結局この次の「POWER WINDOWS」ではシモンズを使いながらもいわゆるエレドラサウンドは陰を潜め、既にトリガーパッドとしての役割に終始してしまうようになります。そう考えると言うほどシモンズに染まっていたわけでもないのかな。
シモンズサウンドの聴けるRUSHの代表曲といえば、「RED SECTOR A」
この数年前のRUSHでは考えられないようなシンセ一色シーケンサーバリバリなところが異色な曲。であるが故、シモンズサウンドが余計に引き立つ。シモンズサウンドあっての曲かもしれないですね。
ちなみに1988年のライブビデオ「SHOW OF HANDS」でもシモンズを使ってますが、エレドラ音色を使うのをやめてしまってますね。なんか工業的?みたいな音になっちゃていて、ちょいと曲の印象が違うものになってしまってます。
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シモンズといえば…GENESIS

2009-03-26 23:17:48 | その他の音楽
シモンズといえば…シリーズに戻りまして、今回はGENESIS。
もう「INVISIBLE TOUCH」のシモンズサウンドは日本ではCCBと並ぶ代表曲ですね~。今までもさんざん書いたけど、やっぱりこの曲に触れないわけにはなるまい。
でもそれだけに、ライブではCHESTER THOMPSONが叩くドラムは生ドラムにセンサー仕込んでそれっぽい音にしてましたけど、やっぱりシモンズの音と違う。シモンズの流行が終わったGENESIS末期には普通に生ドラムの音で叩いてましたしね。この曲はやっぱりシモンズじゃないと全然印象が変わってしまう典型なんです。他のものでなかなか代用できない、そこがシモンズのオリジナリティであり、融通の利かないとこでもあるんだろうな。

GENESISではアルバム「GENESIS」「INVISIBLE TOUCH」において、他にもシモンズ使用のナンバーはありますが、秀逸なのは「GNESIS」収録の「SECOND HOME BY THE SEA」
こちらは「INVISIBLE~」と違って典型的なほとんどインストのプログレナンバー。こういう雰囲気もやはりシモンズじゃなきゃ出せない味です。このバスドラのダブルストロークがカッコエエんだな~。この曲めっちゃ好きです。
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全面禁煙

2009-03-25 23:22:11 | Weblog
4月1日から首都圏のJRの各駅が全面禁煙になるそうで。
まあ…わからないでもない。最近ではどこでも路上喫煙禁止という時代の流れ。とはいえ、駅前に喫煙所を設置してくれてるありがたい区もあるんだけど、千代田区みたいに一切NGなんてところも。そのおかげで有楽町とか東京駅の喫煙所はえらいことになってましたからね。あの辺は駅の喫煙所以外タバコ吸えるとこが一切ないんですから。ありゃ苦情でるわ。結局行き場を失った喫煙者が集中すればするほど、余計に濃厚になった煙が目立ってしまうという悪循環。時代の流れとはいえ、なんかハメられてるような気も…。

で、こないだの金沢旅行、26年前の帰りの特急では車内が霞んでしまうほどのタバコの煙でえらい目に合いましたが、今回はその全く逆。ほぼ禁煙を強要された帰りの行程でした。
ホテルで一服したあと、加賀温泉駅まで行ってそのまますぐに電車に乗り込む。金沢駅がまたどういうわけか既に全面禁煙の駅になっていて、(どうも高架になってから駅全体に屋根があるもので煙が逃げない構造になっているから、ということらしい)駅構内(当然喫煙できるとこなんて無し)で土産屋行ったり昼飯食いに行ったりして、2時間ほど時間をつぶして帰りの特急「北越」。これがまた全車禁煙だったりするわけで。長岡に着いたのが4時半頃。10時頃にホテルを出てから長岡駅の喫煙所に至るまでの6時間半、一切タバコを吸えるところが無かったのでした…。もちろん上越新幹線も全車禁煙。実は長岡駅の喫煙所でも乗り換え時間が12分しかないという状況において、乗り換え改札で北越の特急券も一緒に改札機に入れろとかややこしいことを言うものだからあっちこっちで改札閉まりまくりで入場にやたらと手間取ったおかげで、まともに1本吸う時間もなかったんだけどね。今から思えば意地になってそこで吸わなかったら家に着くまで更に2時間禁煙持続で8時間半の禁煙記録達成!てなものでしたが。
~しかしあの改札の混雑は酷かった。改札機より駅員の数の方が多かったくらいで本末転倒の様相。高性能な機械はたまにしか旅行しない人にはややこしすぎるんですな。

タバコ嫌いの方は不快なのはわかりますし、こういう環境のおかげで昔に比べるとタバコの量も減ったのは自分にとってもいいことなんですけどね。喫煙権などを主張するつもりもありませんけど、なにもここまで虐げてくれなくても…なんて思うのはタバコ吸いの身勝手なんでしょうかね…。
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金沢&片山津温泉

2009-03-24 00:22:40 | 旅行記
先週末の金沢方面家族旅行の話。(本編)

21日朝の上越新幹線でまずは越後湯沢に。それにしても早い。大宮から越後湯沢まで1時間かかんないんですから。あっとゆーまにそこは雪国だったのであります。そして特急「はくたか」に乗り換えてそのまま金沢へ。昼前には現地についたのでした。

金沢でどこ行こうか、なんてことまであんまり考えてなかったので、(正直金沢ってシブすぎちゃって決して子供が行って喜ぶようなところじゃないんだよな)何はともあれとりあえず兼六園に向かう。それにしても天気がよくてあったかかった。おかげで兼六園はめちゃくちゃ繁盛。おなじみの撮影スポット(まさに前回載せた写真のような)なんて人だかりでえらい状態になってました。これほど人だらけの兼六園も初めて見たな。梅も結構咲いててね、桜ほどの派手さはないんだけど、つつましやかに咲き乱れているところがかわいいものです。そういえば金沢城址石川門、以前中に入ったらそこは大学のキャンパスだったという印象が強烈に残ってたんですが、今は城址公園として整備されてるんですな。城跡に大学があるっていうアンバランスな感じがカッコエエな~なんて思ってたんだけど、こうして公園になってしまうのは当たり前すぎてなんか面白みに欠けるような…。隣接する金沢神社では小生が26年前に買ったのと同じお守りを息子に買い与える。今でも売ってるんですね、懐かしかった。絶対失くすなよ~。
ぶらぶらしながら土産物屋を覗きつつ、「金箔ラスク」やら「金箔ソフトクリーム」やらに大受けしながら長町の武家屋敷跡の通りへ移動する。昔行ったことあるような気はするんだけどな…風景を見ても全く思い出せない。土壁に挟まれた細い路地がいくつも並んでいて、こういう天気のいい日に散策するにはなかなか良い雰囲気でありました。たまにはこういう非日常的な世界もいいかもね。そういや以前行ったことのある柳井の街並みもかなり非日常的かつ幻想的な世界だったことをちょっと思い出した。

金沢観光はこんくらいにしといて、(ってそんだけかい、って感じですが)実はこの旅のメーンイベントは宿泊。金沢から特急「雷鳥」に乗って加賀温泉に移動。片山津温泉は加賀観光ホテルに宿泊したのでありました。
部屋の窓からは湖が一望できて、その真ん中あたりから時折噴水が上がるのを見て娘が喜んでたな…。今回の旅行で唯一娘が喜んでたのがそれだったのかもね。
このホテル、風呂がやたら凄い。打たせ湯やらジャグジーやら壷湯やらなんやらかんやらといっぱい風呂があるんです。そう、いわゆる日帰り温浴施設のような。それもかなり大規模な。普通のホテルの温泉ゆうたら大浴場と露天があるくらいのもんなんですけどね、風呂入るだけでかなりお腹いっぱいになってしまうんです。お湯もぬるめで入っているのにしんどくないし、結構何かの濃度が高めなお湯。肌はトゥルットゥルになるし、風呂上がったら口のまわりがなんかしょっぱいし。かなり良さそうな温泉であったのに加え、料理もカニが丸ごと1人に一つ出てくるし、肉のかたまりも出てくるし、金沢名物のじぶ煮とやらもでてくるし。もう温泉と料理で腹はち切れんばかりの宿でしたわ。
おかげで、後でカミさんとバーに行こうとか言ってたんだけど、そのまんますぐに寝てしまった次第です。やっぱり温泉入って酒飲んで腹一杯になったら…寝てしまうのが一番気持ち良いものなんです。
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金沢への想い

2009-03-22 23:31:43 | 旅行記
すったもんだしながらも、この21・22日と金沢方面に家族旅行をしてまいりました。

いや~19日には花粉症がピークになってしまい、朝から鼻水が止まらなくなってしまい、更に夜になると発熱まで。そして20日になると38度を超える発熱が…って花粉症で発熱したことは今までにも何度かありましたが、38度を超えたのは今回が初めて。インフルエンザかと思った…といいながらもなんとか21日には復活を果たし、旅立ちを果たせた次第です。まあその日の夜には今度は親知らずが痛み出して再び発熱、そして22日午後には再び鼻水の洪水に陥ってしまうという、どこまで行ってもぐだぐだな旅ではありましたが。

今回は初めて家族旅行ということで行きましたが、鉄な小生にとっては金沢は今までに思いだせないくらい幾度となく訪れたところでもあります。
中でも小生が高校1年~2年になる春休み、初めての一人旅を敢行したのがこの金沢。今から26年前のこと。
そのルートは新幹線で名古屋に行き、犬山城と名古屋城に登ってから大阪に向かい、夜行列車(当時走っていた急行「立山」という列車でした)で金沢に到着。早朝の兼六園を散歩し、(ちなみに写真は当時撮影した早朝の兼六園です…さすがに誰もいやしない)石川門から金沢大学を覗き見てから歴史博物館を見学中、ベンチで一休みしてたら眠りこけそうになったなんてこともあったな。そして夕前の特急「白山」で帰るという1泊(車中)2日の東海道~北陸一回りの強行軍でありました。夜行列車では同じような連中数人と席が近くなり、当時連結されていた食堂車(もちろん非営業でしたけど)に移動して話こんだりとか、金沢駅に到着してまず最初に喰ったのが「白山そば」なる駅ソバだったんだけど、これがいわゆる関西風ダシの初体験だったとか、兼六園近くの金沢神社で買ったパウチされたカードタイプのお守りをその後受験の時までず~っと生徒手帳に挟んで持っていて結構ご利益があったのかな~なんてこともあったり、帰りの特急では車内が霞んでしまうほどのあまりのタバコの煙に目が開けられないくらいに痛くなったり(当時は禁煙車なんてなかったですしね…ま、今回は全くその真逆の体験をするハメになるんですが…時代は変わるものです)とか…初めての一人旅だっただけに今でも思いだせることはいろいろあるものです。
その後も幾度となく訪れている金沢、住んだことはないけれど、小生の心の故郷の一つなのかもしれません。

そんなこんなで思い入れのある金沢。26年の時を経て、家族4人で訪れるというのも感慨深いものでした。
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シモンズといえば…CASIOPEA

2009-03-20 23:27:49 | J-FUSION
シモンズといえば…シリーズ、お次はCASIOPEA。

多分CASIOPEAファンの方は憶えていることでしょう、マクセルビデオカセットのコマーシャル。CASIOPEAが海ん中で「THE SOUNDGRAPHY」を演奏してたんですが、ここで神保さんが叩いていたのがやっぱりシモンズ。実際「JIVE JIVE」のあたりからCASIOPEAではシモンズサウンドが使われてましたが、1曲まるまるシモンズで演奏してたと思われるのはこの「THE SOUNDGRAPHY」だけじゃないのかな。神保さんの凄いところはだからといって、完全にシモンズセットに走るんじゃなくてあくまでもタム音触のバリエーションの1つとして使っているところ。あくまでも主役は生ドラムであって、シモンズはタムの1種類でしかない。それが一番よくわかるのが、「CASIOPEA LIVE」。生ドラムとエレドラの融合とでもいいましょうか、とにかくシモンズの使い方が絶妙なんです。元々シモンズを使っていなかった「EYES OF THE MIND」とか「ASAYAKE」、「GALACTIC FUNK」にもシモンズサウンドが追加されることにより、また新しい魅力が生まれる。むしろその3曲ではシモンズの方が合っていると今でも思います。シモンズってYMOみたいな完全なテクノならともかく、普通に使う場合はこうしたスパイス的な使い方が正しい使い方なのかもしれないな。そんな神保さんのセッテイング、当時小生も思いっきりパクらせてもらいました。生ドラムにエレドラパッドを2つ加えてセッテイングするとそれだけで結構ドラミングのバリエーションが増えるんでやってる方も結構楽しいものでしたね。最近ではTRIXでも熊谷さんがエレドラパッドをセッティングに加えてますけど、そういうエレドラに対する思想はやはり今でもすたれずに残っているものなんです。

ちなみに神保さん、YAMAHAからエレドラが発売されるに至ってシモンズからYAMAHAのエレドラに転向しますが、その頃から既にエレドラとしてだけ使うのではなく、パーカッションの音をサンプリングして使うようにもなりました。(「CASIOPEA PERFECT LIVE」~「JOIA」あたりで見られます)それがワンマンオーケストラに受け継がれて現在に至っているんですね。そう考えるとエレドラの究極の使い手というのはやっぱり神保さんなのかも。
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シモンズといえば…オフコース

2009-03-19 23:26:53 | その他の音楽
シモンズといえば…シリーズ、お次はオフコース。

オフコースから鈴木康博が脱退し、2年間のブランクを経て1984年にリリースされたのがアルバム「THE BEST YEAR OF MY LIFE」。で、先行してリリースされたオフコースファンが待ちに待ったシングルが「君が、嘘を、ついた」だったわけです…。びっくりしましたね、あのイントロ。いきなりシモンズ感バリバリ、ていうかシモンズじゃなきゃ再現できない典型的な音から始まったんですから。
う~んオフコースも時代に乗っかって今っぽくなったもんだなんて思ったものです。
ちなみに「君が~」のビデオクリップ、確か「オレたちひょうきん族」だけで、しかもこの1回だけしか流さない、ということで必死こいて見ましたわ。大間さんもしっかりシモンズのセットを叩いていてね、全く今までと違うオフコースがそこにいたんですな。このビデオって結局DVDかなんかになったんだろうか…?

続いてリリースされたアルバム「THE BEST YEAR OF MY LIFE」、これまた確かほとんどの曲のドラムがシモンズだったという大胆な作品でもありました。
でもシモンズドラムの音って、良くも悪くも曲の印象をものすごい作ってしまうんですね。このアルバムの曲ってシモンズサウンドだからこそ、という色があるように思います。「夏の日」とか、シングルの「君が~」とか、それがいい効果を出してる曲であればなおのこと、同じ曲を生ドラムでやるとやっぱり全然印象が変わってしまう。1度シモンズを使ってしまうとなかなか融通が利かない。この次の作品「AS CLOSE AS POSSIBLE」では、結局ほとんど使われなくなってしまいます。やはり早くもシモンズを使うことの限界に至ってしまったんでしょうね。また、ライブでは当然生ドラムセットにシモンズを組み込むような大規模なセッティングにならざるを得ず、それが足かせになっていったというのもシモンズが一過性の現象になってしまった原因の一つなんでしょうな…。
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