いかりや爆氏の毒独日記

最近の世相、政治経済について「あれっ?と思うこと」を庶民の目線から述べていきたい。

いずれにしろ、日本国民は大変な未来がまっているということだ・・・もう手遅れ?

2013-03-28 18:27:50 | 日記

木綿:

 甘やかすと目に余るまで行く

 我が子を見ていて「育て方を間違えた。」という親御さんは、それなりにいることでしょう。それでも世間に迷惑をかけない子なら、さほどのことはありません。

 問題になるのは、甘やかされて自己の欲望だけが肥大し、そのくせ自分ひとりでは生活するスベを持たず、他人や社会にたかって生きていくしか能のない子に育ってしまったとき。あとのまつりですが、矯正しようとすればものすごいコストがかかることになりますし、それでも直ればいいですけど、たいていは矯正できず無駄骨に終る。

 矯正に失敗すると、逆に統御できなくなって、家庭内なら家庭内暴力、社会的には弱いものいじめ、ひどいのは暴力に依る社会的自己実現を図ったりするものも出る。

 全ては甘やかしに始まるのだろう。

 マスコミや権力を日本人は甘やかしすぎてきた。今更、直そうにもかえってこっちが危ない目に遭わされそうな状況でもある。

 かつての横暴な陸軍と官僚と資本家は米国が滅ぼしてくれた。ところが、今度はその米国と組んだ官僚と資本家が、さらに厚かましく、人権を侵害し、横暴に君臨支配しようとしている。日本人は、いや世界はアメリカを甘やかしすぎた。手遅れではないかと思われるほどに。

 おそらくは、米国が滅ぶまで日本国民のこの不幸な状態は続くことだろう。だが、かといって米国が滅びる時は世界の秩序が失われるときでもある。いずれにしろ、日本国民は大変な未来がまっているということだろう。

いかりや:

>甘やかされて自己の欲望だけが肥大し、そのくせ自分ひとりでは生活するスベを持たず、他人や社会にたかって生きていくしか能のない子に育ってしまったとき・・・

>矯正に失敗すると、逆に統御できなくなって、家庭内なら家庭内暴力、社会的には弱いものいじめ、ひどいのは暴力に依る社会的自己実現を図ったりするものも出る。

 犬は小さいときからの躾が大切とよくいわれます。躾を誤ると、そこいらじゅうオシッコをしまくり、気に入らないと唸り声をあげる。下手に手を出すと手を噛まれる・・・これが昔からよく言われる「飼い犬に手を噛まれる」という現象?(笑)。

ビル・トッテンさん(3/17日記)は、

””犬がしてはいけないところに糞をすると、飼い主はその糞に犬の頭を押さえ近づけ、臭いをかがせることがある。これは「躾」の一つだ。””という。 

 犬の場合、去勢することで或る程度おとなしくなるそうですが、それでも甘やかして育った大人の犬を躾けるのは大変難しいそうです。結局、飼い主は犬を捨ててしまうか、保健所送りになるという。人間の場合去勢するというわけにも行きませんしなあ・・・。

 躾け教育を受けていない育ちの悪い米猛犬が、わがもの顔にのさばっている。今や、猛犬の方が飼い主を意のままに操っている・・・猛犬が飼い主さまの首に鎖をつけて飼い主を翻弄しているようなもんとちゃいますやろか? アベノキミ麻呂さんは、この鎖を益々強固なものにすると叫んでいる。

>米国が滅ぶまで日本国民のこの不幸な状態は続くことだろう

 誰か早くこの猛犬の頭を押さえつけ「臭い糞」に近づけて臭いをかがして「躾け」ることはできないものですかねえ? もう遅い? やっぱ、保健所送りしかないか?

 だからと言って、「米猛犬」を保健所送りするのが難しい。先ずは国民全体が「日米安保」、「日米地位協定」のいかがわしさを自覚しなければならない。

「日米地位協定入門」(前泊博盛著)90ページには次のように述べている。

 現在の世界において超大国が他国を支配する最大の武器は、軍事力ではなく法律だからです。日本がなぜアメリカに対してこれほど従属的な立場に立たされているかというのも、条約や協定をはじめとする法的な枠組みによって、がんじがらめにしばられているからなのです。

 人間を、武器をつきつけて二四時間思いどうりに動かすことはできません。でも法律でしばっておけば、見張っている必要もありません。その国(支配されている国)の検察や裁判所が、自分たちで自国民を逮捕したり罰したりしてくれるのですから、なんのコストもかからないのです。

 その上更に今、アベノキミ麻呂さんは、TPPという新しい縛り道具(環太平洋戦略的経済連携協定)を求めて、国民とともに自縄自縛(じじょうじばく)しようとするのだから、もう完全に倒錯したマゾヒストというしかない。

そうなると、
>おそらくは、米国が滅ぶまで日本国民のこの不幸な状態は続くことだろう。だが、かといって米国が滅びる時は世界の秩序が失われるときでもある。いずれにしろ、日本国民は大変な未来がまっているということだろう。