いかりや爆氏の毒独日記

最近の世相、政治経済について「あれっ?と思うこと」を庶民の目線から述べていきたい。

ざまーみやがれ:言葉の壁

2010-05-23 11:32:20 | 日記

明け烏:
 これに見合う英語が、It serves good!であることだけは知っている。数十年前、オーウェルの「動物農場」に感服して、珍しく原本を読んでみようとペンギン版を取り寄せてみた際に覚えたものだった。まだ純情な高校生だったわけである。
 それから幾星霜、折に触れ英語のブラッシュアップには努めてきたつもりだが、才能がなかったせいか、ちっとも上達しなかった。無論、細かなニュアンスなど分かるはずもなく、映画を観ていたり、英語の雑誌などを読んでいると「ああ、この表現はこういう場合に、こんな感じで使うものなんだな」と思い至ることが、しばしばである。浅学菲才を画に描いたようなものである。

 ここで官房機密費を受け取って、居直っている三宅某の口ぶりを借りるのであれば、新聞社やテレビ局で英語を扱っている俊秀たちも私と五十歩百歩のお粗末なものではないかと思うのである。独断的に言わせてもらえば、文章や発言の裏や襞まで解するような英語力を持った人間は日本人の中では、ほんの一握り。マスコミ界に限定すれば両手・両足の指で足りるのではないか。実際、アメリカに駐在していた某新聞社の人間と某マスコミの人間が、私とどっこいの英語力であったことを知っている。報道関係者がこれであるから他の業種の駐在員も推して知るべし。何しろアメリカでは日本人は固まって住んでいるのだ。また、やけにアメリカかぶれしていた竹中某の英語でのスピーチが極めて拙劣な英語であったこともこれを補完する。

 私が危惧するのは、この程度の英語力の駐在員たちがアメリカのテレビや新聞に載っていたものを誤訳・珍約・勘違いしたまま日本に向かって発信し、それを何か有難いご託宣であったかのように日本人が真に受けているのではないかということである。しかもそれは戦後60年間、否、明治維新このかた250年近く続いてきたのではないかということである。
 今は国会議員となっている元女性キャスターが鳩山首相に対してloopyという野次を飛ばして問題になっていることを知り、書いた。

いかりや:

ざまあみやがれ、
>これに見合う英語が、It serves good!であることだけは知っている。数十年前、オーウェルの「動物農場」に感服して、珍しく原本を読んでみようとペンギン版を取り寄せてみた際に覚えたものだった。

 すごいなあ、オーウェルの原本をですか。僕なんか必要に迫られて、ビジネス・イングリッシュを少し勉強した程度、強いて言えば学習用にエロ本を原文(訳付)で読んだ程度です。

>文章や発言の裏や襞まで解するような英語力を持った人間は日本人の中では、ほんの一握り・・・

 同感です、逆に言えば、外人さんも日本語の真髄まではわからない。よく言われることですが、「古池や蛙飛び込む水の音」という日本人には最も親しい俳句ですが、この句がかもし出す雰囲気や風情を外人には理解できない。
 昔、『誤訳:ほんやく文化論』という本を読んだことがある、専門家でも誤訳が実に多いということを知りました。言葉の壁を越えるのはほんとうに難しい。

 しかし、簡単な日常会話くらいでも知っているのと知らないとでは大きな差が出ることもあります。
 30数年前の話です。パリで一泊経由でマダガスカル出張のとき、パリに着いたら小生の旅行バッグが行方不明になった。フランス語を全く知らない小生はいくら英語で問いかけても、英語で答えてくれないし、フランス語はちんぷんかんぷんでした。数時間かけてやっとみつけたのも言葉の力によるものでした。

 捜しあぐねて最後に尋ねた男が身振り手振りを交えて答えてくれたフランス語の言葉の中に、「アフトウブス テー」という言葉が何度もあった。フランス語は全く解さないけれど、ロシア語は少し解る、「アフトウブス」というのはロシア語でバスを意味する。Tというバス停留所へ行って、そこに荷物集積所があるからそこで聞いてみろということだった。これでやっと旅行バッグは戻った。が、パリ一泊を利用してパリ見物するつもりでしたが、すっかり時間の浪費と疲れでホテルに着いてベッドの上でちょっと一休みの積りが、爆睡して気が付いたら深夜でした、これでパリ見物はぱーになった。

 ところが、言葉によるトラブルはこれで終わりませんでした。マダガスカルの首都タナナリブ(現在はアンタナナリブと言っている)から、パートナーのいるアンツィラベにに行かねばならない。汽車で行くという方法もあったけれど、タクシーで行くことにした。時間にして約3時間くらいかかる。タクシーの運ちゃんが、これまた英語を全く話さない(マダガスカルは旧フランスの植民地)。このため二人の間は、言葉が全く通じないのでお互いだんまり

 市街地を出ると、平原のなかの一本道を走る。そのうち当方もうとうとしていたら、突然どどどーっと車が道をはずれて草原に突っ込んでしまった。たいした事故にもならなかったからよかったけれど、言葉がお互い話せないので、運ちゃんも眠気がさして、運転を誤ったのです。言葉は命です(笑)。