標柱では縄文時代中期の遺跡と書かれて、傍らには馬頭観音の石塔があり貝殻が散らばっています。近くの千葉西病院が建築する際の事前調査で、この周辺には旧石器・縄文時代の貝塚があったことが判りました。
(金ヶ作 132)
標柱では縄文時代中期の遺跡と書かれて、傍らには馬頭観音の石塔があり貝殻が散らばっています。近くの千葉西病院が建築する際の事前調査で、この周辺には旧石器・縄文時代の貝塚があったことが判りました。
(金ヶ作 132)
本土寺にユニークな型の石碑があります。「翁の碑」と呼ばれています。江戸時代の芭蕉没後百十年の文化元年(1804)十月の芭蕉忌に建立されたもので「御命講や 油のやふな 酒五升 翁」と刻字されています。
(平賀63 本土寺)