脳研究の最前線

 『脳研究の最前線』(理化学研究所脳科学総合研究センター編、講談社ブルーバックス)を読む。理化学研究所の脳科学総合研究センターが創立十周年を迎えるにあたって現在の研究の最前線をそれぞれの分野の第一人者たちが解説した本で上下二巻の構成である。
 前書きを書いている大御所の伊藤正男先生によると脳研究は大きく四つの柱があり、(1)感覚の入力から運動の出力までの経路の研究、(2)脳という器官の進化の研究、(3)脳神経回路網のモデル作製研究、(4)脳疾患研究であるという。本書は全部で12章あり、それぞれこのいずれかの分野の成果と展望を説明している。
 1400-1500gの中に約140億この神経細胞が複雑なネットワークをつくっているスーパーシステムであるから当然研究途上であり、「それを明らかにするのが難しいのは、多くの脳部位においてそれぞれの部位を構成している細胞の数があまり多く、それらの間の結合も複雑で、解析できるような規則性を見出すことが難しいから」である(第一章)。それでも感覚処理、運動処理の各システムの相互作用の解明が進められている。ここで脳の中である刺激を受け取ったところが出力の信号を出しそれを下位の部位に伝達するという信号伝達の「比喩」はまずいのではいかと疑義がもたれていることに注意したい。

問題の一つは「誰かが」という読み出しの主体を仮定してしまうところにあります。
 脳の中に小人がいて、その小人が脳の活動を見ている、あるいは読み出しているということとあまり相違がありません。だから、この考え方そのものに問題があります。

ではどういう仮説が妥当かというと明確な答えは現在ないところが隔靴掻痒の感がなきにしもあらずなのだが。
 続く第二、三、四章をみると脳は生存のために進化してきた精緻な「計算システム」であり、この計算は情動に色付けされているといえそうだ。欲望とは情動という色をもった計算なのだ。第十一章でも説明されているように対象を愛するという行為においても脳は”計算”しているようで、そこには合理的根拠がある。思うに脳が作り出したわれわれの社会は当初の予想を超えてあまりにも複雑化してしまったために脳はうまく計算できない場面に遭遇することが多々あるようになってしまったのではないだろうか。寿命が延びてしまったことにより癌や痴呆といった進化システムが想定していないような不具合に遭遇するようになったのと同様に、さまざまな社会病理は脳の想定を超えた(計算外の)問題なのかもしれない。それが精神疾患として反映しているのだろうか。第九章を読むとうつ病も統合失調症もなんらかの遺伝的基盤をもった脳の計算システムの病であるといえる。これらの疾病は分子レベルで解明されるだろうが、その表現形はそのときどきの社会や歴史を反映したものになるのもこのシステムが計算対象の”環境”に依存しているからだろう。精神分析のような作業仮説は精神疾患の解明という点からすると今やすっかり下火であるが、社会病理の説明という点ではある程度の効力をまだ持ち続けるだろう。

 脳の計算システムをシミュレートするとなると、これはとても困難な課題だろう(第十章)。生物システムを可能な限り模倣するモデルを構築しようとするアプローチは、当然のことながら「目標とする有機体の特性がよく知られていない場合に困難に直面する。脳科学の分野では多くの状況で実際にこの問題が起こっている」。これに対して現実の神経回路を模倣することではなく、「対象をある操作可能なレベルで抽象化したモデルのみを取り扱う」アプローチがあり、「対象である生物システムの種々の条件を仮定しながら可能性のあるモデルを列挙し、比較検討することによって一般化された原理やメカニズムに迫ろう」とする試みもある。工学的な細かいところはよくわからないが、全体を通してみるとデカルト的なモデルに代わるパラダイムが求められていることは間違いないようだ。

 

コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )
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お知らせ (ノース)
2007-10-27 12:22:58
難解な話のようですね・・・。それはさておき、勝手ながら、リンクを張らせていただきましたので、ご連絡いたします。
 
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