烏有亭日乗

烏の塒に帰るを眺めつつ気ままに綴る読書日記

ヒトは食べられて進化した

2007-09-27 23:53:20 | 本:自然科学

 『ヒトは食べられて進化した』(ドナ・ハート、ロバート・W・サスマン著、伊藤伸子訳、化学同人刊)を読む。
 本書は人類の祖先をMan the Hunter(狩るヒト)ではなく、Man the Hunted(狩られるヒト)として捉えるほうが正しいと主張する。すなわち人類は他の動物たちの捕食の危険に曝されながら、それをうまく回避して子孫を残すように進化してきたのだというわけである。この説によれば、私たちの脳の進化も標的をうまくしとめるためではなく、うまく逃げおおせるために役に立ったというわけである。
 傍証として著者らは、ヒトを捕食する動物種がいかに多いかを説明する。トラやヒョウはむろんのこと、クマ、ハイエナ、ヘビ、ワニ、猛禽類などが猿やわれわれの祖先を餌にしている(いた)ことを説明している。これが本書の一つの中心である。この部分で紹介されている剣歯ネコという種は初期ヒトと共存しており、彼らはヒトを捕食していたという。その証拠として例えば、ノタルクトゥスという霊長類の頭蓋骨の化石にあいた穴は、ウルパウスという捕食者の歯にぴったりと符合することをあげる。大型ネコ科が大きな口を開けて、初期ヒト科の頭に齧り付いている様子が骨格を透視する形でイラストとなっており、説得力を感じさせる。ヒトが殺しあってあいた穴ではなく、捕食されていた証拠だというわけである。
 こうした並み居る敵たちに対して、我らが祖先は、どうしたであろうか。現在サバンナに生息するパタスモンキーは、相手の予測できない動きをとったり,小さな集団が広い範囲に分散したり,夜間出産する多くの霊長類に反して日中の出産するなどの戦略をとるという。ヒトの祖先は、身体の大型化、群れを作る社会性の形成、認知能力の向上、逆襲攻撃を対捕食者戦略としてとっていたと著者らは推察する。そして二足歩行や言語はヒトとなってから進化したものだろうと仮説を述べる。
 こうした特長が捕食者から逃れるのに役立ったのは確かだろうが、なぜヒトではここまで脳が進化し、言語が発達したのか、そしてそれは捕食という淘汰圧と必然的な関係があったのか、そのあたりはどうも説得力に欠けるように思う。
 ヒトをHunterとして理解する思考様式は、著者によるとキリスト教的原罪思想に関係しているという。しかし科学の仮説というのは、ある一定の思考パターンの延長や類推や逆転によって生まれる(ダーウィンの自然選択理論然り)から、その源がどこにあるかということで直ちにその科学的仮説を偏見だと断罪することは誤りだと思う。問題はそうした仮説が根拠なく社会へと適用されるところにある。