烏有亭日乗

烏の塒に帰るを眺めつつ気ままに綴る読書日記

系統樹思考の世界

2006-07-31 06:35:20 | 本:自然科学

 『系統樹思考の世界』(三中信宏著、講談社現代新書)を読む。基本は生物を分類する方法論の話であるが、およそ世界の中にあるありとあらゆるものを「分類する」営みについて書こうという新書としてはだいぶ欲張りな野心的な本である。繰り返しのない進化という現象を分類という営みでどのように再現するのかということは、当然歴史をどう記述するのかという方法論を避けては語れない。著者がパースやギンスブルグを引用しているのも当然だろう。



理論の「真偽」を問うのではなく、観察データのもとでどの理論が「より良い説明」を与えてくれるのかを相互比較する-アブダクション、すなわちデータによる対立理論の相対的ランキングは、幅広い領域(歴史科学も含まれる)における理論選択の経験的基準として用いることができそうです。
 第三の推論様式としてのアブダクションは、さまざまな学問分野において、”単純性(「オッカムの剃刀」)”とか”尤度”あるいは”モデル選択”というキーワードのもとに、これまでばらばらに論じられてきました。しかし、将来的には統一されていくだろうと私は推測しています。


と控えめに書かれてあるが、そこからは著者のこれからの展望についての旺盛な意欲が伺える。
 方法論としての説明は第3章にあるが、ほんの入り口を紹介したという感じであった。ひょっとするとあまりに大部になりすぎて、この本には今回入れられなかったのではないだろうか。これからするとこの本は「序章」というべきものだろう。おそらく将来「本論」がハードカバーで出版されるのだろう(期待しています)。
 読み通してみると、系統樹にまつわる方法論よりも著者の研究生活の「歴史」がところどころに語られていて、そちらの方がずっと面白かった(特にプロローグとあとがき)。というと何だか本論を軽く見ているようで著者に失礼だろうか。いや人間は生まれてから何かに興味をいだき、成長してそれぞれどこかの枝に迷い込みながら歴史を作っていくのだ。私たちは人生で何かを分類しそこにやりがいを見出し、自分も歴史という大きな樹木の中に分類されているのだということが分かり、愉快な本だった。