烏有亭日乗

烏の塒に帰るを眺めつつ気ままに綴る読書日記

書物の敵

2006-02-18 22:09:25 | 本:社会

 『書物の敵』(ウィリアム・ブレイズ著、高橋勇訳、八坂書房刊)には、蔵書の保存にあたり憎むべき害悪を列挙してある。著者ウィリアム・ブレイズ(1824-1890)はヴィクトリア朝イギリスに生きた書誌学者で、最初は印刷工として出発したと冒頭に紹介されている。本にとって恐るべきものを列挙して「地震、雷、火事、おやじ」ならぬ「炎、水漏れ、紙魚、埃」といったものが取り上げられている。
 この本の第六章は「紙魚の襲撃」と題され本を喰う虫たちが紹介されている。紙魚は、節足動物門昆虫綱無翅類総尾目(シミ目)シミ科の昆虫の総称であるが、紙の繊維を分解するセルラーゼを分泌して紙を喰う。本を開いた時に申し訳なさそうに頁の表面を這い回り、逃げていく様は、まさに紙のプールの上を泳いでいく魚のようだ。この本でブレイズが指摘しているのは、本に真に甚大な被害を与えるのは、この紙魚ではなくアノビウム種とオイコポラ種であるという。
 アノビウムAnobiumは、ギリシャ語で「蘇生する」という意味に由来する。英名は、「死時計虫deathwatch beetle」といわれ、家の中でこの虫が時を刻むような音を立てると死人がでるという迷信から名づけられている。和名はこの英名を訳して「死番虫」という。暗い蔵書庫にひっそりと住まい、夜中にボリボリと音を立てて本を食べているのを想像すると気味が悪いが、本では書誌学者のエティエンヌ・ガブリエル・ペニョーが二十七巻本の本が一匹の虫によって喰い貫かれているのを発見したというのを紹介している。
 オイコポラ・プセウドスプレッテラOecophora pseudospretellaは、ネジロマルハキバガという蛾の幼虫である。ブレイズは、本につく虫を知り合いから送ってもらい、一匹を十八ヶ月近く飼育したと書いている。この虫はアテネから大英博物館へ届けられたヘブライ語聖書注釈書の中から発見されたものだった。「ギリシヤ生まれでヘブライ語の知識を身体に詰め込んだ」虫の飼育は、なかなか難しかったようだが、もし本を食べることで永遠にその知識を身につけることができるのならば、羨ましいかぎりである。
 このほかにもゴキブリやネズミ、イエバエ、キクイムシなど本を齧ってしまう生き物が紹介されているが、同じくこの書物の中で紹介されている本を暖炉の炊きつけに使う掃除婦や書物で狼藉をはたらく腕白小僧に比べれば、可愛いものである。
 巻末の高橋勇による解題、監修者の高宮利行の「書物の敵あれこれ」も面白い。