烏有亭日乗

烏の塒に帰るを眺めつつ気ままに綴る読書日記

救われないとされること

2006-02-02 23:57:59 | 随想
 一神教を信仰する人間にとっては、存在するものは三種類あって、まず一つは人間でない存在、次に人間で正しい神を信仰している存在、三番目は人間で正しき神を信仰していない存在である。人間でない存在はひとまず今回の題材ではない。正しい神を信仰している人間は、救われる存在である。たとえ悪人であっても(社会的善悪は宗教的に義かどうかとは関係がない)。正しい神をもたぬ人間(したがって無神論者も含まれる)は、まずは救われない存在である。しかし未来永劫救われないかといえばそうではない。正しき神に帰依するならば晴れて救われる存在となることができる。これを入信とか改宗という。だが救われない存在は神の光を見ることのできない人間であるから、自力でこれを達成することは不可能である。では誰の助けを借りるか。正しき神を信仰する人間によってである。正しき神を信仰する人間が正しき神を持たぬ人間に働きかけて、正しき神を信じるようにさせるていく行為を布教という。そしてその使命を帯びた人間が宣教師である。

 彼らにとっては宣教する対象が、自分たちと同等のレベルに達するためには何はさておき同じ神を信仰する人間になることが大前提である。開国した当時の日本が西洋社会と同等な文明を享受するためには、宣教師たちにとって日本人がキリスト教へ改宗することが第一条件であった。以前触れたことのある『アメリカ文化の日本経験』という本では、当時日本でいかに熱心に(熱狂的に)彼らが布教したかが書かれてある。特に日本の生活に密着して活動した婦人宣教師は、「女性の尊厳や女性に対する敬意、あるいはその倫理的権威を保証するのはキリスト教だけであると確信していた」。

 その本の中には登場はしないがイギリス留学のために1900年(明治33年)日本を出航した夏目金之助は、その船上でノット夫人という女性に出会っている。彼女も何を隠そう宣教師であった。彼女の娘も宣教師で夏目が熊本五校で教鞭をとっていたころ、同地で布教活動をしていた。留学のことで夏目は偶々娘に会いに来ていたノット夫人に会っている。彼女は娘ほどではなかったもののしきりに夏目に改宗を勧めたらしい。船上での出会いは彼女との再会となるのであるが、彼は日記で「無暗ナ挨拶ヲスレバ危険ナリ」と評し、彼女を敬遠している。彼はロンドンでもノット夫人の知人のお宅に招かれたときに改宗を勧められている。夏目は、改宗を勧める宗教的情熱に「危険な」匂いを嗅ぎつけていた。路上で「神を信じますか」と話しかけてくる何だかアブナイ人であれば無視してしまえばいい。そこには危険はない。夏目が肌で感じた危険は、おそらく彼の信仰の問題にまでも触れようと手を伸ばしてくる、使命感に燃えた宣教師の危うさだったのだろう。論語に「君子危うきに近寄らず」という言があるが、孔子が避けようとした危うさというのも、こうした種類の危うさを意味しているのではないだろうか。正しいと思い込んでおり、その正しさを他人に強制する使命感に燃えている人間ほど危ういものはないのである。
 
 しかし最後まで改宗しなかった東洋人の夏目は、救われない人間となった。英語が堪能な知識人でも改宗しなければただの救われぬ異教徒に過ぎない。異教徒として眼差された夏目は、その視線に生涯悩んでいたのではなかったか。