(JB PRESS 5/20より一部転載)
Buzzwordで読む世界 谷口 智彦
(略)3月、4月と連続して中国海軍史上前例のない規模に達した艦隊行動があり、遂に彼らが言う第一列島線を超える動きが本格化したと思われるからである。
そんな折も折、海兵隊にとことん沖縄から出て行かせ、テニアン辺りにひっこませようとは、安全保障に対する感受性それ自体の持ち合わせがそもそもないのではと疑いたくなる。
岡田克也外務大臣は楊潔篪(ようけっち)・中国外交部長と5月15日に韓国・慶州で会談した際、「我が方艦艇へのヘリ近接事案・・・について抗議し、再発防止及び中国側の抑制的な対応」を求めたところ、「中国側海軍は正常な訓練を行っており、日本側の監視活動が妨害となった」と逆に切り返された。
つまりこっちが一言「抑制的」に言ったら、向こうにぴしゃりと跳ね返されて終わった様子を、外務省が発表した「日中外相会談(概要)」の行間から窺うことができる。
これだけでは後世の人々はおろか、今日ただ今の日本国民にも、何のことだったのやらわからない。事実関係を補っておく必要がある
■10隻の艦隊で宮古海峡を抜けた中国海軍
中国は3月と4月、立て続けに最新鋭艦を含む艦隊をそれぞれ青島と寧波の海軍基地から押し出し、宮古島と沖縄本島が挟む海峡(宮古海峡)を通過させ、西太平洋へと送り出した。
3月は、6隻を2隻ずつ3グループに分け、4月は10隻をひとかたまりの艦隊編成にし、かつ潜水艦2隻の護衛つきで派出したものだ。ちなみに10隻とは、中国海軍の遠洋行動として未曾有の規模という。
現場へ出た海自の護衛艦「すずなみ」に、中国の対潜戦闘用ヘリコプターKa-28が90メートルの至近距離まで接近したのは、この、10隻がフォーメーションを組んで出て行った4月8日のことである(4月21日にも同種の事態発生)。
岡田外相は、これが、物騒だった、危ないじゃないかと抗議した形。どことなく、歩いていたらアンタが自転車で脇を走り抜けたから恐かった、気をつけるか、ゆっくり行ってくれなきゃ困りますよといったふうな抗議だ。
■第一列島線突破を既成事実化か
その実は、このたびの艦隊行動とは、中国海軍がいよいよ本格的に、彼らの言う「第一列島線」を超えて力を投射する能力を具備した事実を天下に示威するものだった。
中国の言う第一列島線とは、九州を起点に沖縄、台湾、フィリピンをつなぐ線のことで、この内側(西側)に閉じ込められている限り、中国海軍は台湾を取りに行けない。だからどうしても出る必要がある。一度や二度でなく、常々出ておくことが望ましい。それをいよいよ実地に移し始めたのが、2カ月連続の艦隊行動だったのである。
中国海軍研究で長らく孤塁を守ってきた平松茂雄氏(前杏林大学教授)はつとに、山東半島の青島軍港と沖ノ鳥島近辺、それに潜水艦基地などがある海南島の各頂点を結ぶ三角形の海域において、中国海軍は制海権を握りたいのだと指摘している。
■台湾を包囲へ・沖縄の高まる戦略性
すると台湾がその中にすっぽり入るからで、これを固めた暁、中国の米海軍に対する接近阻止・領域拒否(anti-access, area-denial)能力は、飛躍的に強化されるためである。
グアムに加えサイパン、テニアンを含む北マリアナ諸島は、くだんの三角形に対しその外側に位置する。沖縄の海兵隊をごっそりそちらへ移そうとする企図は、問題海域の制海権を中国に無償譲渡する意思表示となるに等しく、間違って実現でもしたときには多大の禍根を残すだろう。
中国が沖ノ鳥島に狙いを定め、ただの岩礁に過ぎないなどとしてその国際法的地位に何かといちゃもんをつける背景もこれで諒解できるところだが、同島の命運もまた風前の灯ということになりかねない。
ともあれ今度のこの一件くらい、中国海軍が急速に実力を蓄えつつあることと、その実力を日本列島・琉球弧を超え太平洋に向け投射するのを一切ためらわなくなった事実を印象づけるものはなかった。沖縄の戦略的重要性は高まるばかりだということを、中国が直接教えにきてくれたようなものだ。
そんな時、民主党の沖縄等米軍基地問題議員懇談会の面々は海兵隊追い出しの方途を探るべく、テニアンまで出かけて行ったわけである。
■東京でなくジャカルタが憂慮する
このたび中国海軍が見せた行動について、最も詳報を伝えたのが我が国メディアではなく、「ミリタリー・バランス」の発刊で有名なロンドンのシンクタンク(IISS)が出すニューズレターだったというのも、つくづく考えさせる話だ。
それによると南シナ海では最近ベトナムと中国がとみに緊張を激化、漁業権を争点として中国側が大型パトロール船を南シナ海に繰り出す一幕があった。これにはなんと202隻(!)もの警備艇が随伴したらしい。
宮古海峡を抜け太平洋に出た中国艦隊は、実弾発射訓練やら対潜戦闘演習やらを随所で繰り返した後、バシー海峡を通って南シナ海へ入り、実効支配下に置く環礁に寄港した後、マラッカ海峡近辺まで足を伸ばす露骨な示威行為をしたという。
これを知り憂慮するのも、東京の言論空間でなく、インドネシアのメディアである。インドネシアのジャカルタ・グローブ紙は5月2日、「竜が、南シナ海パワープレイで頭をもたげる」と題した論評を次のように結んだ。
「南シナ海はこのままいくと『中国の池』になってしまう可能性がある。これを防ごうと、アジアの国々には米国との関係改善に乗り出すところが現れた。それはなにもインドネシアやインドばかりではない。まさにそんな時、日本はというと沖縄から基地を取り除きたいあまり、米国との絆を掘り崩しつつある。皮肉と言うほかない」
Buzzwordで読む世界 谷口 智彦
(略)3月、4月と連続して中国海軍史上前例のない規模に達した艦隊行動があり、遂に彼らが言う第一列島線を超える動きが本格化したと思われるからである。
そんな折も折、海兵隊にとことん沖縄から出て行かせ、テニアン辺りにひっこませようとは、安全保障に対する感受性それ自体の持ち合わせがそもそもないのではと疑いたくなる。
岡田克也外務大臣は楊潔篪(ようけっち)・中国外交部長と5月15日に韓国・慶州で会談した際、「我が方艦艇へのヘリ近接事案・・・について抗議し、再発防止及び中国側の抑制的な対応」を求めたところ、「中国側海軍は正常な訓練を行っており、日本側の監視活動が妨害となった」と逆に切り返された。
つまりこっちが一言「抑制的」に言ったら、向こうにぴしゃりと跳ね返されて終わった様子を、外務省が発表した「日中外相会談(概要)」の行間から窺うことができる。
これだけでは後世の人々はおろか、今日ただ今の日本国民にも、何のことだったのやらわからない。事実関係を補っておく必要がある
■10隻の艦隊で宮古海峡を抜けた中国海軍
中国は3月と4月、立て続けに最新鋭艦を含む艦隊をそれぞれ青島と寧波の海軍基地から押し出し、宮古島と沖縄本島が挟む海峡(宮古海峡)を通過させ、西太平洋へと送り出した。
3月は、6隻を2隻ずつ3グループに分け、4月は10隻をひとかたまりの艦隊編成にし、かつ潜水艦2隻の護衛つきで派出したものだ。ちなみに10隻とは、中国海軍の遠洋行動として未曾有の規模という。
現場へ出た海自の護衛艦「すずなみ」に、中国の対潜戦闘用ヘリコプターKa-28が90メートルの至近距離まで接近したのは、この、10隻がフォーメーションを組んで出て行った4月8日のことである(4月21日にも同種の事態発生)。
岡田外相は、これが、物騒だった、危ないじゃないかと抗議した形。どことなく、歩いていたらアンタが自転車で脇を走り抜けたから恐かった、気をつけるか、ゆっくり行ってくれなきゃ困りますよといったふうな抗議だ。
■第一列島線突破を既成事実化か
その実は、このたびの艦隊行動とは、中国海軍がいよいよ本格的に、彼らの言う「第一列島線」を超えて力を投射する能力を具備した事実を天下に示威するものだった。
中国の言う第一列島線とは、九州を起点に沖縄、台湾、フィリピンをつなぐ線のことで、この内側(西側)に閉じ込められている限り、中国海軍は台湾を取りに行けない。だからどうしても出る必要がある。一度や二度でなく、常々出ておくことが望ましい。それをいよいよ実地に移し始めたのが、2カ月連続の艦隊行動だったのである。
中国海軍研究で長らく孤塁を守ってきた平松茂雄氏(前杏林大学教授)はつとに、山東半島の青島軍港と沖ノ鳥島近辺、それに潜水艦基地などがある海南島の各頂点を結ぶ三角形の海域において、中国海軍は制海権を握りたいのだと指摘している。
■台湾を包囲へ・沖縄の高まる戦略性
すると台湾がその中にすっぽり入るからで、これを固めた暁、中国の米海軍に対する接近阻止・領域拒否(anti-access, area-denial)能力は、飛躍的に強化されるためである。
グアムに加えサイパン、テニアンを含む北マリアナ諸島は、くだんの三角形に対しその外側に位置する。沖縄の海兵隊をごっそりそちらへ移そうとする企図は、問題海域の制海権を中国に無償譲渡する意思表示となるに等しく、間違って実現でもしたときには多大の禍根を残すだろう。
中国が沖ノ鳥島に狙いを定め、ただの岩礁に過ぎないなどとしてその国際法的地位に何かといちゃもんをつける背景もこれで諒解できるところだが、同島の命運もまた風前の灯ということになりかねない。
ともあれ今度のこの一件くらい、中国海軍が急速に実力を蓄えつつあることと、その実力を日本列島・琉球弧を超え太平洋に向け投射するのを一切ためらわなくなった事実を印象づけるものはなかった。沖縄の戦略的重要性は高まるばかりだということを、中国が直接教えにきてくれたようなものだ。
そんな時、民主党の沖縄等米軍基地問題議員懇談会の面々は海兵隊追い出しの方途を探るべく、テニアンまで出かけて行ったわけである。
■東京でなくジャカルタが憂慮する
このたび中国海軍が見せた行動について、最も詳報を伝えたのが我が国メディアではなく、「ミリタリー・バランス」の発刊で有名なロンドンのシンクタンク(IISS)が出すニューズレターだったというのも、つくづく考えさせる話だ。
それによると南シナ海では最近ベトナムと中国がとみに緊張を激化、漁業権を争点として中国側が大型パトロール船を南シナ海に繰り出す一幕があった。これにはなんと202隻(!)もの警備艇が随伴したらしい。
宮古海峡を抜け太平洋に出た中国艦隊は、実弾発射訓練やら対潜戦闘演習やらを随所で繰り返した後、バシー海峡を通って南シナ海へ入り、実効支配下に置く環礁に寄港した後、マラッカ海峡近辺まで足を伸ばす露骨な示威行為をしたという。
これを知り憂慮するのも、東京の言論空間でなく、インドネシアのメディアである。インドネシアのジャカルタ・グローブ紙は5月2日、「竜が、南シナ海パワープレイで頭をもたげる」と題した論評を次のように結んだ。
「南シナ海はこのままいくと『中国の池』になってしまう可能性がある。これを防ごうと、アジアの国々には米国との関係改善に乗り出すところが現れた。それはなにもインドネシアやインドばかりではない。まさにそんな時、日本はというと沖縄から基地を取り除きたいあまり、米国との絆を掘り崩しつつある。皮肉と言うほかない」