学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

『津軽』本編 一 巡礼

2008-09-07 20:51:47 | 読書感想
朝はすがすがしい天気だったにも関わらず、夕方からどしゃ降り。不安定な天気はまだまだ続きそうです。

昨日の続きで太宰の『津軽』。本編の一は「巡礼」です。不思議なタイトルです。自分の故郷へ行くのに「巡礼」なのですから。太宰にとって、もはや故郷は聖地と化していたのか、いや少なくとも荘厳なイメージを持たせる意図は感じられないのです。

そこで出てくるのが、「巡礼」の始まりの文章。旅に出る理由を聞かれた太宰は「苦しいからさ」と言います。続けて「正岡子規三十六、尾崎紅葉三十七…」と三十歳後半で「ばたばた」亡くなった作家、詩人たちの名前を7名挙げるのです。「これくらいの年齢の時が、一ばん大事で、」と述べ、そうして苦しい時なのかと聞かれると、「ふざけちゃいけない」と言う。初めに「苦しい」と述べていたのに、後半はそれを否定している矛盾があります。結局、苦しい理由を太宰は述べずに旅に出ます。太宰は何を言いたかったのでしょう。

人生50年、と当時(昭和19年頃)言えたのかどうかは判然としませんが、少なくとも勢いで頑張ってきた20歳代から30歳前半。けれども、30歳半ばぐらいになると、勢いで走ってきた道を少し振り返りたくなる時期なのかもしれません。とすれば、作家にとって、これまで自分が何を残してきたのかを振り返る最初の時期。太宰も足跡を振り返り、力及ばぬことが多く、苦しみを感じていたのかもしれません。初心を取り戻す、あるいは苦しみからの解放を故郷の巡礼に求めたのではないでしょうか。

さて、太宰は青森で金木時代に仲良く遊んだT君と再会します。一緒に蟹田へ行こうと誘おうとしますが、遠慮して誘えない太宰。「大人とは、裏切られた青年の姿である」が印象的な言葉です。大人になると遠慮を覚えて、誰とでも他人行儀に接してしまう。それは裏切りと恥から成り立つと述べるのです。何とも彼らしい発想ではありませんか。



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