WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

発掘狂騒史②

2021年04月04日 | 今日の一枚(O-P)
◎今日の一枚 490◎
Oliver Nelson
Blues And The Abstract Truth
 「発掘狂騒史①」(→こちら)の続きである。
 捏造発覚前に藤村らの旧石器を批判したのは、小田静夫、チャールズ・T・キーリー、竹岡俊樹、角張淳一、竹花和晴に限られる。捏造発覚前の考古学界は、批判的な学者や研究者を排斥したり圧力を加えたりしてきたのだった。 
 このうちの角張淳一君とは、大学時代同じ史学科3組だった。専攻も違い、特に仲が良かったわけではなかったが、顔も名前も思い出すことができる。上原善広『発掘狂騒史』(新潮文庫)は、角張君のことにも多くの紙数を割いており、私はこの本で捏造事件と角張君の関わりを知ったのだった。
 発掘調査会社アルカの代表だった角張君は、もともと捏造した藤村とは友人であり、彼らによる新しい発見が出るたびに一緒に喜んでいたという。ところが、不自然な発掘の状況から、藤村らの石器に疑問を抱くようになり、竹岡俊樹に相談して指導を受け、捏造に確信をもつようになる。角張君は、親友と捏造告発の間で悩み、引き裂かれていった。そもそも一大ブームを巻き起こしていた前期旧石器を、発掘を請け負う調査会社が批判するなど、会社の存亡の危機にかかわることだ。ダブル・バインドだ。角張君は、どんどん酒量が増えて健康を害していったようだ。2000年7月、ついに角張君は自社のHPに「前期・中期旧石器発見物語は現代のおとぎ話か」と題する論文を発表する。この論文が捏造発覚の起爆剤となるわけだが、返ってきた反応は考古学ファンらからの脅迫電話や、学者・研究者からの嫌がらせ、考古学界長老からの脅しだったという。毎日新聞のスクープで捏造が発覚してからも、角張君はアルコールに溺れ、酔っては友人・知人に電話をかけ続けたという。ある人物には「捏造を暴露したことを後悔している」といったという。捏造発覚後の検証委員会の委員には、角張君も竹岡さんも呼ばれず、結局、角張君は2012年5月に52歳という若さで急死してしまう。
 旧石器捏造事件は、誠実な一人の研究者の命をも奪ったのだ。

 今日の一枚は、オリバー・ネルソンの『ブルースの真実』だ。1961年録音作品。パーソネルは、次の通りである。
Oliver Nelson(as, ts)
Eric Dolphy(as, fl)
Freddie Habbard(tp)
George Barrow(bs)
Bill Evans(p)
Paul Chambers(b)]
Rey Haynes(ds)
 すごいメンバーである。こんなに4番バッターだけ集まったら演奏が破綻してしまうんじゃないかと思ったりするが、破綻しないのはオリバー・ネルソンの編曲の才能なのだろう。オリバー・ネルソンが提示したフォーマットの中で、メンバーは自分のスペースを与えられ、エリック・ドルフィーが、フレディー・ハバードが、そしてビル・エヴァンスが斬新で輝かしいソロを展開する。そして最後は全員でブルースに収斂していく。今日はこの文章を書き、角張君のことを考えながら、ボリュームをしぼって聴いている。ボリュームをしぼっても、まったく違う形でこのアルバムの良さを感じることができる。いい感じだ。闇の中から、静かに音の響きが立ち上がってくるようだ。今日は禁酒日にしようと思っていたが、ウイスキーが飲みたい心持になってしまう。

発掘狂騒史①

2021年04月04日 | 今日の一枚(C-D)
◎今日に一枚 489◎
Cello Accustics
Paris 1256
 2000年に発覚した、旧石器捏造事件についての話である。
 民間考古学団体、東北旧石器文化研究所副理事長の肩書をもっていた藤村新一という人が、自分で埋めた石器を旧石器として発掘していたことを毎日新聞がスクープした事件である。
 それ以前、高校教科書には、座散乱木遺跡や馬場壇A遺跡、高森遺跡、上高森遺跡などの名とともに、約60万年前の原人段階の文化の存在が記されていた。私自身、授業でそう教えていた。それらの遺跡の多くが宮城県だったことに一抹の疑問はあったが、芹沢長介門下の東北大学系の考古学研究者が多数関わっていたことで、その疑問は深まらなかった。それどころか、宮城県は民間考古学団体が積極的に発掘に参加できる《ひらかれた》風土ゆえに、前期旧石器が多く発掘されるのだと思っていた。
 旧石器の捏造が発覚する数年前、結婚式で学生時代の友人たちが集まった際、考古学専攻だった連中から「お前のところの旧石器遺跡は絶対おかしい。北関東の研究者はみんなそう思っているよ」と口を揃えていわれた。まさかそんなことはあるまい、とその時は思った。数年後、旧石器捏造が発覚し、東北旧石器文化研究所の関わった遺跡は全部だめだということになった。その時点での日本の前期旧石器文化の存在は、事実上否定されたといっていい。なぜ、専門の研究者が一緒にいながら、このような事件が起きたのか。まったく理解に苦しむことだった。
 捏造発覚後、旧石器捏造事件関連本がいくつか出版されたが、関係者たちの自己弁護のために書かれたといわれても仕方ないようなものもあった。その中で異彩を放っていた本がある。上原善広という人の『石の巨塔 発見と捏造 考古学に憑かれた男たち』(新潮社)という本である。丹念な取材に基づいたノンフィクション作品である。この本は、のちに『発掘狂騒史 「岩宿」から「神の手」まで』(新潮文庫)として文庫化された。私が読んだのは文庫版の方だ。「登呂の鬼」といわれ、明治大学に考古学王国を築き上げた杉原荘介と、その弟子でありながら杉原と対立して東北大学に去った芹沢長介の確執を軸に戦後の日本考古学史を俯瞰し、その中に捏造事件を位置付けようとした本だ。それは、捏造事件が、藤村という人ひとりの愚かな行為にとどまらない広がりをもっていることを示唆していた。実際、藤村らの旧石器を批判する論文が捏造発覚前にいくつか発表されていたが、それらはすべて「学界」から黙殺されて、逆にパッシングを受けていたのである。 
 今日の一枚は、Cello Acousticsの『Paris 1256』だ。伊藤秀治という人のプロデュースによる1992年録音作品である。
 パーソネルは、次の通りだ。
Niels Lan Doky(p)
Vincent Courtois(cello)
Paul Pichard(cello)
Marie-Ange Martin(cello)
Helene Labarriere(b)
作品のコンセプトは、伊藤秀治さんの次の文章の通りだ。
いい音色の代名詞とも言えるチェロのみでアンサンブルを構成し、これが中音域中心にサウンドを安定させる。その前をピアノの88鍵が縦横無尽に動き回る。やはり低域はコントラバスに任せて重量感が出る。
 やはりニルス・ランドーキーのピアノが聴きものだ。安定したサウンドの中を駆け巡るニルスのピアノのスピード感がいい。ときどき聴きたくなる一枚だ。