WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

勇気あるご意見

2013年10月12日 | 今日の一枚(M-N)

◎今日の一枚 347◎

Miles Davis

Sorcerer

Scan

 ジャケット写真の女性は、のちにマイルスと結婚することになる女優、シシリー・タイソンである。マイルス・デイヴィスの1967年録音作品、『ソーサラー』だ。ウェイン・ショーター入りの、第2期クインテットの最高傑作とされる作品だ。先日取り上げた『ネフェルティティー』同様、すごくかっこいいサウンドである。決して取っつきやすいサウンドではないが、そのかっこよさに魅了される。非常に明快なサウンドでありながら、全編に漂う独特の浮遊感のようなものが心地いい。これが後の『イン・ア・サイレント・ウェイ』の超現実的な浮遊感覚へとつながっていくのであろうか。

 中山康樹『マイルス・ディヴィス』(講談社現代新書:2000)は、当時のマイルスが、非ジャズ的なものの追究、ジャズ的なものからどこまで遠くに行けるかという探究の中で、ロックに接近していったことを力説しているが、この浮遊感はその過程で生まれたものなのかも知れない。

 ところで、中山氏は前掲書の中で、このアルバムについて、次のように述べている。

マイルスの全アルバム中、どう考えても『ソーサラー』ほど不憫な一枚はない。傑作であるにもかかわらず、録音時期のまったく異なる、しかもボブ・ドローなるヴォーカリストの歌をフィーチャーした演奏が一曲入っており、そのたった一曲のために『ソーサラー』は" 無実の罪 "をきさせられつづけて今日にいたる。しかし、本来『ソーサラー』は『ネフェルティティー』と連作として聴かれるべきものなのであり、そのためにもボブ・ドローの一曲をカットすることが急がれる。

 確かに、他の曲が1967年録音なのに対して、件のボブ・ドロー入りの⑦Nothing Like You だけが1962年録音であり、編集の過程で「謎の追加」がなされたのかもしれない。サウンド的にも何か一つだけ場違いな感じは否めず、特に前の曲⑥Vonetta の持つ異次元的な浮遊感とのかい離は、あまりといえばあまりといいたくなるほど、はなはだしいものがある。

 私には、この「謎の追加」の本当のところを知る術はないが、「オリジナル盤の制作者の意図」にあえて疑義を投げかけ、この曲のカットを主張する中山氏のご意見は勇気のあるものだと思う。

 なお、ジャケット写真の女性、シシリー・タイソンは、当時マイルスと交際中だったようで、その後一旦関係は終わり、マイルスは他の女性と結婚したが、またよりを戻して、1981年に結婚、しかし1988年に離婚している。