goo blog サービス終了のお知らせ 

当院の塩対応2

2024年05月28日 | 日記・エッセイ・コラム
 来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや 藻塩の 身もこがれつつ
 百人一首の選者でもある藤原定家の歌ですが、まつほの浦とは淡路島北端の松帆浦、現在の淡路市岩屋、そして藻塩とはホンダワラなどの海藻を海水に浸して乾燥させたものを焼いて水に溶かし、煮詰めて精製した塩のことです。藻塩は海水成分に海藻由来のうまみが加わり、まろやかでコクのある塩です。製造に手間がかかり、収量も少ないので、現代では高級品です。因みにアジシオは藻塩を模して開発されました。塩の粒子をうまみ成分のグルタミン酸で化学的にコーティングした商品です。
 塩には岩塩と海水を原料としたものがあり、岩塩は5億年ほど前に元々海だった場所が、海水が閉じ込められたまま陸になり、塩分が岩石化したもので、世界的には岩塩が主流です。我が国では岩塩が採れないので、太古より現在まで海水から塩を得ています。
 海水から塩を得るには海水を蒸発させなくてはなりません。雨が降らない地域では陸に海水を引き込み、天日で乾燥させることで、天日塩が得られます。自然に蒸発した塩湖から採取される塩もあります。我が国は雨が多いので、天日塩を得ることは難しく、塩田に海水を引き天日で濃縮し、濃縮した海水を釜で煮つめる煎熬(せんごう)によって塩を得ていました。松帆の浦のある淡路島から山口県の沿岸部と四国、瀬戸内地域は製塩が盛んで、赤穂の天塩、伯方の塩などのブランド名にもなっています。
 現代はイオン膜を使って海水を短時間で大量に濃縮することができるようになり、国内で流通している塩のほとんどはこの手法です。ソルト(salt)がサラリー(salary)の語源であるぐらい貴重品だった塩の価格は、大量生産ができるようになり大幅に下がりました。
 海水の塩分濃度は3.4%で、塩分の内訳は重量比で、塩化ナトリウム 77.9 %、塩化マグネシウム 9.6 %、硫酸マグネシウム 6.1 %、硫酸カルシウム 4.0 %、塩化カリウム 2.1 % その他 0.3%です。いわゆる塩、塩化ナトリウム以外の成分もかなり含まれていることがわかります。
 天日塩や塩田で濃縮した海水を煮詰めて作った塩には、塩化ナトリウムだけでなく、マグネシウムやカルシウム、カリウムの成分がそのまま含まれます。イオン膜濃縮の海水を原料にした場合には、99%以上の純度で塩化ナトリウムだけが得られます。岩塩は採取地によって異なりますが、天日塩よりも塩化ナトリウム比率がかなり高い傾向があります。

 ナトリウムの過剰摂取が高血圧の原因の一つですが、カリウムやカルシウム、マグネシウムは血圧を下げる作用があることがわかっています。
 カリウムイオンが細胞内に入ると、ナトリウムが細胞外に排出されます。細胞外のナトリウム濃度を下げるため、血液中の水分が減り、血圧が下がります。また、摂取したナトリウムとカリウムは腎臓でろ過された後、尿細管で必要量が血液中に再吸収されます。カリウムが多いとナトリウムの吸収を阻害するため、血中のナトリウム濃度が下がり、血圧が下がります。
 カルシウムには血管収縮作用があり、カルシウムイオンが血管内皮細胞に入ると、血管が収縮して血圧を上げます。カルシウムの働きを阻害する「カルシウム拮抗薬」は、強い降圧作用を持つ高血圧治療の中心的な薬です。ではカルシウムは摂らない方がいいかというと逆で、カルシウムの摂取が減ると骨からカルシウムが溶け出て、逆に血中カルシウム濃度を上げてしまうのです。
 そして、マグネシウムにはカルシウムの作用と拮抗して血管を拡張して血圧を下げる作用があり、カルシウムとマグネシウムの血中比率は一定になるように保たれています。
 DASH食は、「Dietary Approaches to Stop Hypertension」の略で、米国で高血圧を防ぐ食事法として推奨されています。塩分と炭水化物を抑えて、カリウム、カルシウム、マグネシウムの多い食材と食物繊維を取る食餌療法で、同国の臨床試験ではDASH食を2ヶ月続けたところ、最高血圧が平均して11.4mmHg下がったという報告があります。
 古来の製法の塩にもカリウム、カルシウム、マグネシウムは多く含まれています。
 減塩するだけでなく、塩化ナトリウム99%以上の食卓塩ではなく、他のミネラル含有量の高い古来製法の塩に変えることで、より効果的に血圧を下げることが期待できます。食卓塩が刺すような塩味であるのに対し、古来製法塩は塩味がまろやかで複雑さがある、そして産地によって味わいが異なります。ただし、食卓塩よりも値段がかなり高いのが難点です。
 私は常に複数の天然塩を用意していますが、調理には使いません。塩水を作ってみればわかりますが、塩を液体に溶かした場合、相当量使わないと塩味を感じません。高い塩を調理に使ってしまっては経済的ではない、そしていかに天然塩とはいえたくさん使えば塩化ナトリウム摂取量も増えます。皿に少しずつ複数の天然塩を並べて、少量を食品に付けて味比べを楽しんでいます。同じ地域のお刺身と塩が再会して、味がぴったり合ったときなど、至福の喜びです。
 塩を買う時には、製法と成分表をみて、古来製法に近い作り方をしていて、カリウム、カルシウム、マグネシウムの比率を高い商品を選んでみてください。
 降圧効果だけでく、食生活も豊かになります。