ヒーメロス通信


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魔物のように、小林稔第三詩集『白蛇』(旧天使舎)以心社1998年11月刊より

2012年07月15日 | 小林稔第3詩集『白蛇』

小林稔第三詩集『白蛇』(旧天使舎)以心社1998年11月より


魔物のように



    母親フミエが、浴室のガラス戸のすきまから 息子の裸体

を見てしまったのは、着替えを運んだときのことであった。
 
蜘蛛のように伸びた四肢には ぞっとするものがあった。

まぎれもなく私の産み落とした息子であったが、一個の生き

物が動き回っていることに 喜びを感じ、服従させてきたこ

とに 満足さえも感じてきた、とフミエは思った。

 ほとんど口をきくこともなくなったが、母親の意のままに

行為する息子ミサオの、男の姿態を見てしまったフミエには、


十四年間育んできた愛情が、忌まわしい嫌悪に刺し違えられ

る瞬間でもあった。

 水を得た魚のように、母親の手のひらに踊らされるからく

り人形でしかなかったが、それだけに、いつか私を逆襲する

不吉な生き物が 確実に育ちつつある、という思いに、フミ

エは恐怖するのであった。家庭教師に息子を預けたのも、そ

んな憶測からであった。

(ママ、ぼくには お兄さんがいたのですね。あなたはぼく

に隠していたけれど、ずいぶん前から知っていました。生ま

れてすぐに死んでしまったのですね。しかし、ぼくのそばで

息をしています。横になるとぼくの耳に息を吹きかけてくれ

ます。気持ちよくなって眠りに落ちます。ぼくをこんなすて

きな場所からさらっていく時間が憎いのです)

 フミエは夢から覚めた。息子の声が枕の上を浮遊している

ような錯覚に捕らえられた。

なぜか落ち着かない気持ちになり、起き上がって階段を降

りていった。天窓から月の光が洩れていた。息子の部屋の扉

の前に立ち、跪いて鍵穴に目を当てた。驚いたフミエは 叫

び声を上げそうになったが、声を殺し、息を飲み込んだ。
 
寝台の脚に蛇が絡んでいる。微笑みを浮かべて眠る息子の

傍らに、男の影が、ぴったりと貼りついていた。



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