ヒーメロス通信


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つのぶえ学習塾、小林稔第三詩集『白蛇』(旧天使舎)以心社1998年刊より

2012年07月31日 | 小林稔第3詩集『白蛇』

小林稔第三詩集『白蛇』(旧天使舎)以心社1998年11月刊より


つのぶえ学習塾
小林稔


 鶏の鳴き声と羽音が聞こえたので、もうすぐだな、とアキ

オは思った。

 農家が左右にまばらに建っている細い道。

 アキオの家と一キロメートルと離れていないのに、ずいぶ

ん遠くへ来てしまったように思う。そこは養鶏場も経営する

幼稚園。夕方、中学生を教える塾に、と園長は考えた。

 道の真向かいに教室があった。アキオは急いでブレーキを

引いた。砂利にタイヤを取られ自転車は傾いた。その場にア

キオは手をついて倒れてしまった。

 初めてはめた鎖の腕時計のバンドに血が少しついていた。

左の手首に、ひりひりと痛みが走った。

 このまま帰っちゃおうかな、とアキオは思った。とにかく、

道に散らばった教科書とノートを拾わなければならない。

 アキオはちょっと顔を上げた。

 鶏舎の方から 女の人がやって来るのが見えた。屋根に落

ちた夕陽が、その人の着ている木綿の衣服に注いで 薄紫色

に染めていた。

「アキオくんね。先生が教室で待っています」

 その人はアキオをしばらく見ていたが、また歩き出し ア

キオの近くに来て言った。

「そんな細い腕では、折れてしまうわ」

 女の人はアキオの腕をそっと持ち上げた。背が高く、瞳が

薄い青色をしている。園長の奥さんだろうと思った。

 アキオの手首の傷口から血が滲み出ている。

 きれいな人だ、とアキオは思った。大人の女性を感じたの

は 初めてのことであった。

 アキオはさっきから 一言も言葉を発していなかった。そ

の人は消毒液をアキオの傷口に浸し、包帯を巻いた。

 消毒液が傷口にしみていたが、その女性の優しさに包み込

まれ、アキオは幼子(おさなご)のように立っていた。




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