ヒーメロス通信


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射的場、小林稔第三詩集『白蛇』(旧天使舎)以心社1998年11月刊より

2012年07月25日 | 小林稔第3詩集『白蛇』
小林稔第三詩集『白蛇』(旧天使舎)以心社1998年11月刊より

射的場
小林稔

 アキオの歩いていく方向に逆らって 中学生の一団が通り

過ぎた。そのとき、横を歩いていた友達がいないことに気が

ついた。遠くまで視線をやったが、見つからない。ジェット

コースターから喚声が上った。

 遊園地に来たのは初めてだった。いくつもの顔から 友達

の顔を探そうと 背伸びして見回した。人の流れが壁のよう

に立ちはだかり、何重にもアキオを取り巻いているように思

えてくる。瞳が潤んできた。こんなところで友達の名前を呼

ぶわけにはいかないだろう。

 人の流れが切れると すきまができる。アキオはそこに身

を置き、何度か繰り返しているうちに もといた場所からは

ずいぶん離れてしまっていた。入口さえ辿れない、と思うと

不安が増してきて 次第に伏し目がちになっていた。

 そのとき、人に流れの切れ目に 異様なものの気配を嗅(か)

いだ。まさか、と思って今度は瞳を瞠(みひら)いたが、もう

疑いはなかった。それはアキオの動きを追う銃口であった。

眼球を抜かれたような銃口が 執拗にアキオを捕らえて離さ

ない。全身が凍てついたように感じた。通行人の背中に隠れ、

またすぐに現われ、銃口がアキオに向けられていた。

 アキオのうしろでコルクを抜き取ったような音がして跳び

上った。そのあと続けて二回鳴った。

 銃口は狙いを逸らした。中学生が銃を肩から降ろして 背

中を見せ 群衆の背中に消された。アキオは群衆の壁に分け

入った。射的場だったのだ。棚に景品が並んでいた。さっき

の中学生が ゲームウオッチを倒すと、見ている子供たちか

ら驚きの声が湧き上がった。アキオは恐怖から放たれ、脱力

感を感じて立ちつくしたまま、コルク玉の行方を眼で追って

いた。

 息が止まるような恐ろしさを 身を持ってしたアキオは、

もう以前の自分に戻れない、と思った。


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