ヒーメロス通信


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小林稔「阿修羅」 詩誌「ヒーメロス」36号 8月15日発行

2017年08月20日 | ヒーメロス作品

阿修羅

小林稔

 

 

樹林を縫うようにくねる道を抜け

きらきら光を反射させる湖面に眼差しを晒し

私たちは足を止めた

――あの夏の日盛り

少年という季節の頂で

君は一歩を踏み出す心もとなさに

私の差し伸べた手をためらった

私はひとり過ぎ行く時の流れを見送り

成熟への坂をひたすら昇り急ぐ君に

時折垣間見せた阿修羅の面差し

 

 鐘の声に耳を研ぎ澄ます

 眉間に左右から皺を引き寄せ

 秘めた鬼の殺気が稲妻を走らせる

 雨に烟(けぶ)る細い道を背後に曳いて

 両の掌をみぞおちで合わせる正面

 少年の潔癖と自尊の歯車は止まらず

 自らの火中に棲む魔神を鎮め

 統べる神と闘い世界の法(のり)を所有する

 天平の仏師に顕われ出でた阿修羅

 

確かに私はその存続を自らの身体に求めた

胸に宿る傷は刻印され未だ消えず

私の生そのものに放たれる火箭(ひや)

すべては斜陽し無に返されていくなかで

君のいとけない眼差しの先に

何がその時捉えられていたのか

捨て置かれた君の仮面を水面に浮かべ

かつて共有したひと夏の日々は

前世の記憶のように遠ざかり

客人(まらうど)になり果て意識の深みに沈み

私の修羅は益々鬼の形相を刻んでいく

 

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