どうやら夢中になりすぎて、日本語の美しさと新奇な言語表現に陥っているような気がする。たぶん所謂「日本語中毒」になるかもしれぬ。
前回の文章を見たら、もう一週間前のものだった。ごめんなさいね。
南寧はまだ暑い。ちょっと歩くと、汗っかきでべたべたになる。「西安はもう秋めく感覚だ」と、友がメールを送ってくれた。
近頃、志賀直哉氏の小説を耽読している。「雨蛙」とか、「焚火」とか。今度は「感想文」などでも書いてみよう。
それに、中秋の日に、指導先生(所謂導師)が決まった。僕の董と同じ発音で、先生のは唐という苗字である。「唐代」の「唐」でもある。初対面だったけど、日本近代文学を研究する唐先生はとても親切だという感覚を与えてくれた。先生、これから、よろしくお願いしますね。
ともあれ、私はここで元気だ。この緑の世界にいて、私は黄金虫や飛ぶ虫などになりたい。一枚の葉っぱになりたい。
今胸いっぱいに味わっている甘美な日本語になりたい。
前回の文章を見たら、もう一週間前のものだった。ごめんなさいね。
南寧はまだ暑い。ちょっと歩くと、汗っかきでべたべたになる。「西安はもう秋めく感覚だ」と、友がメールを送ってくれた。
近頃、志賀直哉氏の小説を耽読している。「雨蛙」とか、「焚火」とか。今度は「感想文」などでも書いてみよう。
それに、中秋の日に、指導先生(所謂導師)が決まった。僕の董と同じ発音で、先生のは唐という苗字である。「唐代」の「唐」でもある。初対面だったけど、日本近代文学を研究する唐先生はとても親切だという感覚を与えてくれた。先生、これから、よろしくお願いしますね。
ともあれ、私はここで元気だ。この緑の世界にいて、私は黄金虫や飛ぶ虫などになりたい。一枚の葉っぱになりたい。
今胸いっぱいに味わっている甘美な日本語になりたい。