愛宕塚古墳を出て、しばらく農免道路をめざして、山麓を登っていく。農免道路を南に下り、途中にある山道を100mも行っただろうか、そこから大窪・山畑36号墳、通称河内ドルメンを探すために、道を外れて、藪こきをしながら進んでいく。正直、標識等もないので先人の歩いたであろう跡を探して進んでいくことになる。
藪こきをしながら、道なき道を進んでいくと、大きな木の陰に隠れている石室を見つけることができる。
姿を確認した瞬間、思わず見つけた!と声を張り上げてしまう。何しろ過去からこの古墳を探して、周辺をうろつくも何回か遭難して姿を見つけることができなかった。正直、八尾市の石標だけでは無理。
近年になって、農免道路が出来て、近くまで行くことが可能となり、藪こきをしながら何とか古墳を見つけることができた次第である。
大窪・山畑36号墳については、古くから、ドルメンと言われて知られている古墳ではあるが、このドルメンという言葉は、通常支石墓を指すものである。明治時代に、この古墳を見たモース(大森貝塚を発見したあのモースである。)が、横穴式石室の一部だけが露出して残っているだけのこの古墳を、「日本におけるドルメン」という著書の中で紹介したことによる。
横穴式石室の羨道部分の一部が残っているだけで、側壁だったと思われる石に天井石が乗っているだけである。かなり危ういバランスで残っているので、大きな地震でもあれば、崩れてしまうのではと思ってしまう。
かなり危ういバランスである。
大窪・山畑36号墳については、発掘調査等全く行われていないため、詳細はわからない。
実際の所、ほとんど古墳の体裁をしていないので、考古学的には価値は少ないのかもしれないが、学史的には十分価値はあるだろうし、何回も挑戦して、やっと見つけることができたという感動は格別なものがある。
この後は、再び藪の中を歩いて、農免道路まで戻った。さあ、次の古墳を探そう!
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