日本に他人名義のパスポートで不法入国し、16年にわたって不法滞在していたフィリピン人夫婦が強制送還され、日本で生まれ育った一人娘の中学生だけが在留特別許可を得て日本に残ることになったのは2009年。記憶の片隅に残っている方も多いのではないかと思います。
不法入国及び超過滞在(オーバーステイ)を合わせて不法滞在といいますが、日本におけるその数は減少しています。法務省の資料によると、2004年1月1日には219,418人の不法滞在者がいましたが、2009年1月1日には113,072人とわずか5年でほぼ半減。新しい入国審査制度やオンライン情報受付といった取り組みが功を奏しているそうです。
そして上記のフィリピン人両親のように強制送還になった外国人は、2009年には年間32,661人だったそうです。毎日90人近くが強制送還されていることになります。短期ビザなどで入国し、オーバーステイしているケースが圧倒的に多いようです。
日本では、親子離れ離れになるなんて可哀そう、なんとか両親も一緒に日本に留まれないのか、といった同情論が喚起されるようなケース以外ではあまり話題にならない不法滞在外国人とその強制送還。“les quartiers sensibles”(微妙な問題を抱えた郊外)など、正規滞在、不法滞在を問わず、外国人、あるいはフランス生まれでフランス国籍を有するものの移民二世である若者たちとの関係が社会問題化しているフランスでは、不法滞在外国人の強制送還がよく話題になります。
最近では、強制送還外国人の目標数まで公表されるようになっています。しかも、所管する内務大臣が交代すると、どれだけ自分が使える人間か、どれだけサルコジ大統領に忠誠を誓っているかを誇示するかのように、前任者より大きな目標を掲げることがあります。
現在の内務大臣(le ministre de l’intérieur)は、クロード・ゲアン(Claude Guéant)。1945年1月生まれの66歳。パリ政治学院とENAを卒業後、エリート官僚として知事などを歴任。2002年からニコラ・サルコジの側近。サルコジ大統領誕生後は大統領府で働き、今年2月の内閣改造でブリース・オルトフー(Brice Hortefeux)の後任として内相に就任。与党・UMP内でもタカ派と見られており、実際、極右・FN(国民戦線)に近い主張などで物議を醸すこともあります。
さて、このゲアン内相の不法滞在外国人の強制送還にかける思いや、いかに・・・7月27日と8月8日の『ル・モンド』(電子版)の記事が伝えています。
(7月27日付)
内務省は、7月27日、強制送還される外国人の数が、5月以降、急増していることを公表した。年間3万人を強制送還できる勢いだ。前内相のブリース・オルトフーは今年の目標数値を28,000人としていた。
新内相のクロード・ゲアンは目標を上方修正するとは公式には述べていないが、今年上半期で15,000人、ひと月平均で2,500人が国外退去処分になっている。特に5月は3,397人が強制送還になり、対前年比32%も増加した。7月も同じ傾向が続き、対前年比7%増を実現しそうだ。
こうした増加の原因を、内務省は、6月16日に公布された移民に関する新しい法律に帰している。その法律により、不法滞在者の留置期間が32日間から45日間に延長され、それにより本国送還のための通行許可証が取り易くなり、また強制送還を各県の条例で決められるようになった。さらには、不法滞在外国人が留置される際、勾留か釈放かを決定する期間も2日から5日に延長された。
(8月8日付)
「年初、前任のブリース・オルトフーは今年の強制送還者数を28,000人としたが、30,000人に上方修正することに決めた。現状では、この目標はクリアできそうだ。もし達成できたなら、歴史に残るような素晴らしい成果となることだろう」と、クロード・ゲアンは語っている。
「7月までで、17,500人の不法滞在者を強制送還させたが、この数字は昨年より4%多くなっている。移民同化法(la loi immigration-intégration)、その中でも特に留置期間の延長のお陰で、より効率的に不法滞在外国人の送還ができるようになった」と、内相は指摘している。
「移民の流入をコントロールすることは、引き続き優先課題であり、そこには重要な政治的理由がある。つまり、フランスの将来ビジョンに関わることだ。フランスという国は、ひとつの歴史、多くのルーツ、ひとつの文化、世論に深く根ざした社会的司法的見解を同じくする集団を有しており、フランス国民はそれらを体現しているのだ」と、さらに言を進める。
ゲアン内相によれば、「移民の流入をコントロールすることにより、新たに正規滞在者としてやってくる移民たちはフランス文明を受け入れることができ、フランス社会に同化することができるのだ。さもなければ、小さな共同体、異なる文化、それぞれの歴史や宗教を持ったグループが並列する共同体主義のフランスになってしまうだろう。それは、ひとつにまとまった国になろうという考えとは相容れないものだ」と、述べている。ゲアン内相はまた、受け入れる正規移民の数を20万人から18万人に引き下げたいという持論を繰り返した。
さらに内相は、フランス国内でのテロとの戦いにおける尋問者の増加を自画自賛した。「テロリストの脅威は未だ大きなものがあり、十分な対応を取っている。今年の初めからで、DCRI(Direction centrale du renseignement intérieur:中央国内情報局)は34人の容疑者を尋問している。」
「それら尋問の対象者は、パキスタン・アフガニスタン地域とのネットワークを形成しており、トロリスト予備軍をリクルートし、訓練を施しているグループだ。34人のうちの10人は収監された」と、クロード・ゲアンは詳細を語った。
「フランス国内には、ふたつの脅威がある。ひとつは外国から入ってくるテロリスト集団であり、もうひとつは外国で訓練を受けたフランス人、あるいはフランスに居住する外国人だ。DCRIが特に注意を払っているのは、こうした訓練の場であり、外国の捜査機関と連携を取りながら対応にあたっている」と、現状を詳らかにしている。
「フランスは、ニカブやブルカなど全身を覆うベールの公共の場での着用を禁止したことや政教分離のライシテの原則を保持することにより、敵と見做され、マグレブ諸国のアルカイダからは幾度となく明らかな脅威を受けてきた。同時にフランス人は国外においても、脅威にさらされており、今年に入ってからだけでも12人が殺害され、数人が人質になっている」と、述べている。
・・・ということで、不法滞在外国人は、どしどし強制送還してしまおう、合法的移民も受け入れ数を削減していこう、というのがUMP(国民運動)の政策であるようです。外国人に認められる労働許可の対象職種も減らされることになりました。
しかし、ゲアン内相が「フランスには多くのルーツがある」と自ら語っているように、フランス人は様々な人々が混じり合って生まれてきました。フランスという国名は、フランク族に由来するとも言われていますが、フランス人はたった一つの部族から生まれたのではなく、いくつもの部族や民族が一緒になり、やがて一つの国家を形作っていきました。しかも、ポルトガル、スペイン、そしてイタリア、さらには東欧からの移民がたくさん入ってきて、混じり合い、今日のフランス人という国民が形成されてきたはずです。
しかし、フランス本土への同じ移民でも、ヨーロッパ大陸以外からの人々は受け入れがたいというのが正直な気持ちなのかもしれません。キリスト教世界に生を受け、古代ギリシャ・ローマからの伝統的文化の素養がある白人なら、国籍は問わず受け入れもするが、文化や宗教を異にする、しかも皮膚の色が違う人々は、共にフランスという一つの国家を維持していく国民として受け入れるのは無理なのではないか。あるいは、受け入れたくない。戦後の旧植民地からの移民とその子どもたちの現状を見れば明らかではないか・・・
そうした声が聞こえてきてしまうのですが、それは“minorité visible”(外見で分かるマイノリティ)としてパリに3年暮らした経験ゆえなのでしょうか。過敏、あるいは、ひがみ・・・
フランスの移民政策は、どこへ向うのでしょうか。
不法入国及び超過滞在(オーバーステイ)を合わせて不法滞在といいますが、日本におけるその数は減少しています。法務省の資料によると、2004年1月1日には219,418人の不法滞在者がいましたが、2009年1月1日には113,072人とわずか5年でほぼ半減。新しい入国審査制度やオンライン情報受付といった取り組みが功を奏しているそうです。
そして上記のフィリピン人両親のように強制送還になった外国人は、2009年には年間32,661人だったそうです。毎日90人近くが強制送還されていることになります。短期ビザなどで入国し、オーバーステイしているケースが圧倒的に多いようです。
日本では、親子離れ離れになるなんて可哀そう、なんとか両親も一緒に日本に留まれないのか、といった同情論が喚起されるようなケース以外ではあまり話題にならない不法滞在外国人とその強制送還。“les quartiers sensibles”(微妙な問題を抱えた郊外)など、正規滞在、不法滞在を問わず、外国人、あるいはフランス生まれでフランス国籍を有するものの移民二世である若者たちとの関係が社会問題化しているフランスでは、不法滞在外国人の強制送還がよく話題になります。
最近では、強制送還外国人の目標数まで公表されるようになっています。しかも、所管する内務大臣が交代すると、どれだけ自分が使える人間か、どれだけサルコジ大統領に忠誠を誓っているかを誇示するかのように、前任者より大きな目標を掲げることがあります。
現在の内務大臣(le ministre de l’intérieur)は、クロード・ゲアン(Claude Guéant)。1945年1月生まれの66歳。パリ政治学院とENAを卒業後、エリート官僚として知事などを歴任。2002年からニコラ・サルコジの側近。サルコジ大統領誕生後は大統領府で働き、今年2月の内閣改造でブリース・オルトフー(Brice Hortefeux)の後任として内相に就任。与党・UMP内でもタカ派と見られており、実際、極右・FN(国民戦線)に近い主張などで物議を醸すこともあります。
さて、このゲアン内相の不法滞在外国人の強制送還にかける思いや、いかに・・・7月27日と8月8日の『ル・モンド』(電子版)の記事が伝えています。
(7月27日付)
内務省は、7月27日、強制送還される外国人の数が、5月以降、急増していることを公表した。年間3万人を強制送還できる勢いだ。前内相のブリース・オルトフーは今年の目標数値を28,000人としていた。
新内相のクロード・ゲアンは目標を上方修正するとは公式には述べていないが、今年上半期で15,000人、ひと月平均で2,500人が国外退去処分になっている。特に5月は3,397人が強制送還になり、対前年比32%も増加した。7月も同じ傾向が続き、対前年比7%増を実現しそうだ。
こうした増加の原因を、内務省は、6月16日に公布された移民に関する新しい法律に帰している。その法律により、不法滞在者の留置期間が32日間から45日間に延長され、それにより本国送還のための通行許可証が取り易くなり、また強制送還を各県の条例で決められるようになった。さらには、不法滞在外国人が留置される際、勾留か釈放かを決定する期間も2日から5日に延長された。
(8月8日付)
「年初、前任のブリース・オルトフーは今年の強制送還者数を28,000人としたが、30,000人に上方修正することに決めた。現状では、この目標はクリアできそうだ。もし達成できたなら、歴史に残るような素晴らしい成果となることだろう」と、クロード・ゲアンは語っている。
「7月までで、17,500人の不法滞在者を強制送還させたが、この数字は昨年より4%多くなっている。移民同化法(la loi immigration-intégration)、その中でも特に留置期間の延長のお陰で、より効率的に不法滞在外国人の送還ができるようになった」と、内相は指摘している。
「移民の流入をコントロールすることは、引き続き優先課題であり、そこには重要な政治的理由がある。つまり、フランスの将来ビジョンに関わることだ。フランスという国は、ひとつの歴史、多くのルーツ、ひとつの文化、世論に深く根ざした社会的司法的見解を同じくする集団を有しており、フランス国民はそれらを体現しているのだ」と、さらに言を進める。
ゲアン内相によれば、「移民の流入をコントロールすることにより、新たに正規滞在者としてやってくる移民たちはフランス文明を受け入れることができ、フランス社会に同化することができるのだ。さもなければ、小さな共同体、異なる文化、それぞれの歴史や宗教を持ったグループが並列する共同体主義のフランスになってしまうだろう。それは、ひとつにまとまった国になろうという考えとは相容れないものだ」と、述べている。ゲアン内相はまた、受け入れる正規移民の数を20万人から18万人に引き下げたいという持論を繰り返した。
さらに内相は、フランス国内でのテロとの戦いにおける尋問者の増加を自画自賛した。「テロリストの脅威は未だ大きなものがあり、十分な対応を取っている。今年の初めからで、DCRI(Direction centrale du renseignement intérieur:中央国内情報局)は34人の容疑者を尋問している。」
「それら尋問の対象者は、パキスタン・アフガニスタン地域とのネットワークを形成しており、トロリスト予備軍をリクルートし、訓練を施しているグループだ。34人のうちの10人は収監された」と、クロード・ゲアンは詳細を語った。
「フランス国内には、ふたつの脅威がある。ひとつは外国から入ってくるテロリスト集団であり、もうひとつは外国で訓練を受けたフランス人、あるいはフランスに居住する外国人だ。DCRIが特に注意を払っているのは、こうした訓練の場であり、外国の捜査機関と連携を取りながら対応にあたっている」と、現状を詳らかにしている。
「フランスは、ニカブやブルカなど全身を覆うベールの公共の場での着用を禁止したことや政教分離のライシテの原則を保持することにより、敵と見做され、マグレブ諸国のアルカイダからは幾度となく明らかな脅威を受けてきた。同時にフランス人は国外においても、脅威にさらされており、今年に入ってからだけでも12人が殺害され、数人が人質になっている」と、述べている。
・・・ということで、不法滞在外国人は、どしどし強制送還してしまおう、合法的移民も受け入れ数を削減していこう、というのがUMP(国民運動)の政策であるようです。外国人に認められる労働許可の対象職種も減らされることになりました。
しかし、ゲアン内相が「フランスには多くのルーツがある」と自ら語っているように、フランス人は様々な人々が混じり合って生まれてきました。フランスという国名は、フランク族に由来するとも言われていますが、フランス人はたった一つの部族から生まれたのではなく、いくつもの部族や民族が一緒になり、やがて一つの国家を形作っていきました。しかも、ポルトガル、スペイン、そしてイタリア、さらには東欧からの移民がたくさん入ってきて、混じり合い、今日のフランス人という国民が形成されてきたはずです。
しかし、フランス本土への同じ移民でも、ヨーロッパ大陸以外からの人々は受け入れがたいというのが正直な気持ちなのかもしれません。キリスト教世界に生を受け、古代ギリシャ・ローマからの伝統的文化の素養がある白人なら、国籍は問わず受け入れもするが、文化や宗教を異にする、しかも皮膚の色が違う人々は、共にフランスという一つの国家を維持していく国民として受け入れるのは無理なのではないか。あるいは、受け入れたくない。戦後の旧植民地からの移民とその子どもたちの現状を見れば明らかではないか・・・
そうした声が聞こえてきてしまうのですが、それは“minorité visible”(外見で分かるマイノリティ)としてパリに3年暮らした経験ゆえなのでしょうか。過敏、あるいは、ひがみ・・・
フランスの移民政策は、どこへ向うのでしょうか。