ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

アフリカ支援も、先立つものは予算だ。

2011-07-29 22:13:52 | 社会
“Oxfam”(オックスファム)という団体をご存知でしょうか。27日の『ル・モンド』(電子版)の記事の見出しに出てきました。“Famine en Afrique:Oxfam se gausse de la diplomatique française”(アフリカの飢餓・・・オックスファム、フランス外交を嘲笑する)

Oxfamとは・・・オックスファム・ジャパンのホームページによると、「オックスファムは世界98カ国で、そこに住む人びとと共に活動する民間の支援団体」だそうで、「貧困に生きる人びとがその貧困から抜け出そうとする努力をサポートし、また貧困そのものを根本的になくそうとする活動」を行っているそうです。浅学菲才の身にとっては、初めて聞く名前でした。

それにしても、オックスファムとはどこに由来する名前なのでしょう。ちょっとユニークな名前ですよね。再び、ホームページによると、「1942年、ナチス軍による攻撃で窮地に陥っていたギリシャ市民に、オックスフォード市民5人が、食糧や古着を送ったことが、オックスファムの始まりです。『オックスフォード飢饉救済委員会(Oxford Committee for Famine Relief)』という名で活動を行なっていましたが、その後、オックスファム(Oxfam)と名称を改め」たそうです。つまり、イギリスのオックスフォード市民による飢餓対策活動が起源になっていることから、Oxford+FamineでOxfamとなったようです。因みに、オックスファム・ジャパンは2003年12月に設立されています。

さて、こうした民間団体がフランス外交を嘲笑した・・・その背景を、『ル・モンド』の記事が紹介しています。

7月27日、フランス農業省が干ばつの犠牲になっているアフリカ諸国に対する支援国会議をケニアのナイロビで行うと発表するや、オックスファムはフランス外交のこうした活動を嘲笑し、そのような国際会議など行われないと述べた。

「ここ数日、フランス政府、特に農業相のブリュノ・ルメール(Bruno Le Maire)はアフリカの角と呼ばれるソマリアでの食糧危機に対応すべく外交活動を集中的に行ってきた」、とNGOであるオックスファムの声明文は語っている。

声明文は続けて、「食糧危機の影響を最も深刻に受けている地域への職員派遣とFAO(国連食糧農業機関)による緊急会議の招集を受けて、フランスは数日前から27日にナイロビで支援国による重要な会議を行うと発表してきた。しかし、問題は、そのような会議は行われないということだ」と、述べている。

最近、フランスが行ってきた外交活動は経済支援の少なさを隠すための煙幕でしかなかったのだろうか・・・オックスファム・フランスのジャン=シリル・ダゴルン(Jean-Cyril Dagorn)は、声明文の中で自問している。

国連人道問題調整事務所(OCHA:フランス語表記では、Bureau de coordination des affaires humanitaires des Nations unies)は27日、ナイロビで支援国の駐ケニア大使を集めたが、それは単にソマリアの現状を分析する通常の会議だった。

G20の議長国であるフランスのイニシアティブの下、FAO(国連食糧農業機関)が本部のあるローマで25日に開いた会議は、多くの人道団体を失望させるものだった。

国連食糧農業機関代表のジャック・ディウフ(Jacques Diouf:セネガル人)は、「アフリカの角」地域への大規模かつ緊急の国際支援を明確に求めた。しかし、その具体的な支援の輪郭は曖昧なままだ。国連は、1,200万人もの人々がソマリア地域で干ばつの影響を受けており、過去数十年で最悪な状態になっていると述べている。

国連世界食糧計画(WFP、仏語表記では、Le Programme alimentaire mondial)は、ソマリアの干ばつ被害者を支援するため、27日午後、ヘリコプターによるピストン輸送を開始したと発表。モガジシオへ向けて第一便が栄養失調に苦しむ子どもたちへの支援物資10トンを積んで出発した。目標は、10数回のフライトでトータル100トンの食糧を運ぶことだ。

・・・ということで、フランスの言葉は踊り、会議は雲散霧消する。そして、支援は届かない。どうしてか。予算がないから。G20の議長国として、さっそうと多くの国々を仕切って、実績を残したいフランス。しかし、予算がない。結果として、コトバと曖昧な計画、実体のない対策が宙に舞うばかり。

干ばつと飢餓を前に、実体のない対応は意味をなさない。口だけなら、引っ込んでいろ、フランス! とばかりに、WFPやNGOが独自に行動を開始しています。人命がかかっている時に、言を弄するだけで行動が伴わないのでは、何の役にも立たない。コトバより、実行。

とくれば、日本の出番ではないでしょうか。男は、黙って。背中で語る。実行あるのみ。極東からアフリカは遠く、ソマリア国内の政治情勢、治安状況がネックとなり、具体的な支援活動は難しいようですが、それでも毎日栄養失調で死んでいく子どもたちを見捨てるわけにはいきません。ソマリアに地下資源が多くないためか、主要国からの支援も滞りがち。日本の国際貢献が発揮できる場所かもしれません。ジブチに海賊取り締まりの基地もあることですし。なんとか支援を始められないものでしょうか。予算とやる気があるかどうかが、問題ですが。

労働移民を削減せよ・・・就労ビザ対象職種を半減するフランス。

2011-07-28 21:16:21 | 社会
ノルウェーでのアンネシュ・ブレイビク容疑者による銃乱射と爆破事件。背景にあるのは反移民感情のようですが、同じ感情を共有する人々も増えているようで、反移民政策を掲げる政党が北欧を中心に多くの国々で勢力を伸ばしています。スウェーデンの民主党、フィンランドの真正フィン人党、デンマークの国民党、オランダの自由党、ドイツの国家民主党、そしてフランスの国民戦線。民主や自由が政党名に冠されているのが、アイロニーを感じさせますが・・・

反移民を掲げる極右政党としては老舗と呼ぶこともできるフランスの国民戦線(Front national:FN)。しかし、暴力とは一線を画しているようです。

 FNは27日、あるFN党員がブレイビク容疑者をブログで「西側の守護者だ」などと擁護したとして党員資格を停止した。FN幹部のスティーブ・ブリオワ氏は「右翼政党は今回の出来事を乗り越えていくだろう」と述べ、「ノルウェーのテロ事件とわれわれを関連づける風潮はスキャンダラスだ」と語った。
(略)
 極右関係者は、彼ら極右が不当に非難の標的になっていると指摘。たとえブレイビク容疑者が極右と政治的な見解を共有しているとしても、極右は決して暴力を認めないと語った。 
(7月28日:ウォール・ストリート・ジャーナル)

ということで、暴力には訴えない、しかし移民排斥運動は今後も続けていくということのようです。

こうした極右政党ほどには明確なメッセージを出さないとはいえ、右翼政党もできれば移民を削減したいとは思っているようです。現にフランスの政権与党・UMP(国民運動連合)も不法移民を年間の目標数字まで決めて国外追放しています。そして、追い出すだけではなく入ってくる移民も削減しようと、今度は労働移民を受け入れる職種を削減する法案を用意しました。その素案が内務省から労働組合側に提出されました。どのような内容で、どのくらいの移民に影響が出るのでしょうか。25日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

4月、クロード・ゲアン(Claude Guéant)内相は、受け入れる正規労働移民の数を削減したいと述べ、政府もフランス国内で外国人に認める労働許可を半減させたいという意向を示していた。この目標を達成するために、内務省と労働省はEU以外出身の外国人に認められる必要性の高い職種のリストを改定する法令案を労働組合側に提示した。この新しいリストにより、外国人に開かれる職種は2008年のリストから半減することになると、日刊経済紙“Les Echos”(レゼコー)が伝えている。今までは30の職種がEU以外の外国人に認められていたが、今後は15の職種になってしまう。

労働組合側に渡された雇用・職業訓練総局(la Délégation générale de l’emploi:DGEFP)の文書によれば、新しいリストは最も熟練性と特殊性のある職種に絞ったものであり、労働力をいま最も必要としている職種と一致している。しかし、これらの職種の労働許可は新たな申請者に認められるのであって、すでにフランス国内にいる外国人にすぐに認められるものではない。

このリストにはもうひとつ新しい措置が含まれている。地域ごとの必要に応じて適用できるという点だ。県知事は、そのエリアに必要でない職種があれば、15職種から削除することができる。レゼコー紙によれば、極端な場合、1職種にまで削減しようと思えばそうできるそうだ。

すでに移民が働いていないような職種、例えば保険代理業、エレベーター設置業、測量技師などは新リストから削除されている。最も影響の大きい職種は、IT産業と建設公共事業部門(Bâtiment et travaux publics:BTP)だ。レゼコー紙は、これらの業種に関わる研究者、現場監督などもリストから外されることになり、花形であるIT産業で認められるのはCGデザイナーだけになると、伝えている。

労働省は、このリストはまだ修正できるものであり、8月上旬に最終決定されると語っている。組合側はこのリストを非常に問題視しており、政府のナショナリスト的手法だと批判している。一方、経営陣は、リストの改定は優先課題ではないと判断している。

現在フランスでは、毎年2万ほどの就労ビザが発行されている。その多くはすでにフランスに滞在している外国人が滞在許可のステイタスを変更して取得しているのだが、今回の新しい規制が労働市場にどのような影響を及ぼすのかを判断するのは時期尚早だ。しかし、レゼコー紙の予想によると、1万から2万の職が外国人の手からこぼれ落ちるのではないか、ということだ。

・・・ということで、入り鉄砲に出女、ならぬ、入り移民に出移民。入ってくる移民の数を制限し、少しでも多くの移民を国外に追い出す。そうすれば、移民の少ない社会となり、犯罪は減少し、失業率は低下し、購買力は向上する。バラ色の社会、“La societé en rose”・・・となるのでしょうか。

3Kなどの仕事を誰がやるのか、サッカーのレ・ブルーはどうなるのか、文学の地平が狭くなりやしないか。それに、何しろ、出生地主義のフランス。移民の二世たちはすでにビザや滞在許可の必要のない立派なフランス人。彼らの多くは今でもバンリュー(都市の郊外)に暮らさざるを得ない状態が続いています。彼らをどう同化させるつもりなのでしょうか。彼らまで切って捨ててしまうつもりなのでしょうか。

多文化主義を諦め、移民排斥運動を進展させるヨーロッパ。一方ユーラシア大陸の反対側では、毎年のように首相が代わり、政治不信から閉塞感が重くのしかかる社会。いつか来た道・・・いつどこで出口を求めてマグマが爆発してもおかしくないような状況になりつつあるような気がしてなりません。どこかに、見事な解決策はないものでしょうか。今ブームの数学のように、理論を積み重ねて解を導き出すことは、できないものでしょうか。せめて、暴発を食い止める良い歯止めがあってほしいものです。

パリ祭・・・花火の代わりにクルマを燃やす、郊外の若者たち。

2011-07-27 21:12:06 | 社会
Le 14 juillet・・・日本ではパリ祭とか言われていますが、言うまでもなく、バスティーユ監獄を襲撃した日、革命記念日です。午前中にはシャンゼリゼ通りでパレードが華麗に繰り広げられ、夜になると(と言っても、日没が遅く、午後10時半頃からですが)、エッフェル塔周辺で花火が打ち上げられます(写真は弊ブログ『50歳のフランス滞在記』2006年7月16日・パリ祭②をご覧ください)。

そして、その花火に対抗するかのごとく、バンリュー(banlieue:郊外)を中心に燃え上がるのが、クルマ。2005年の郊外での騒動の際にも、多くのクルマが燃やされましたが、路上に停められたクルマが夜間、燃やされるのは年中行事の観もあります。しかし、特に革命記念日を祝うかの如く、7月14日を中心に、燃やされるクルマの数は一気に増加します。

以前は、燃やされたクルマの数を公表していたフランス政府ですが、いっこうに台数が減らないため、その対応を批判されるのが嫌になったのか、ここ数年、公表を止めています。しかし、メディアはそれなりのルートで、その数字を把握し、政府の代わりに公表しています。今年も、『ル・モンド』(電子版)が、18日に伝えていました。今年、革命記念日に燃やされたクルマの台数は・・・

前任者のブリス・オルトフー(Brice Hortefeux)に倣って、クロード・ゲアン(Claude Guéant)内相も13日夜から15日朝までの2夜に燃やされたクルマの数を公表しないことに決めた。しかし、『ル・モンド』はパリ近郊3県(Hauts-de-Seine、Seine-Saint-Denis、Val-de-Marne)で燃やされた車両の数を入手することができた。

2夜に3県で燃やされたクルマの数は214台。昨年は197台だったので、かなりの増加だ。特に、13日夜から14日朝にかけては、149台に火がつけられた。県別では、149台中61台がセーヌ・サン・ドニ県で燃やされたのだった(パリ滞在3年のはじめの1年間は、この県の南の端に住んでいました。それも2005年。幸い、近くで燃やされたクルマはありませんでしたが)。 

治安の分野ではパリ市内とこれらの3県を管轄するパリ警視庁は13日夜から15日朝までの間に、545人に職務質問を行い、220人を拘留した。しかし、拘留した人数は前年より減少している。2010年の同じ期間には、581人に職務質問をし、306人を拘留している。

他の地域では、被害に遭ったクルマの台数にばらつきがみられる。パリ郊外のイヴリヌ県(Yvelines)では、Val-Fourré市からMantes-la-Jolie市にかけてのエリアで燃やされたクルマは十数台、ピカルディ地方・オワーズ県(Oise)のCreil市からCompiègne市にかけてや、イル・ド・フランス地方のEssonne県、Seine-et-Marne県でもほぼ同数が燃やされている。

2009年までは、内務省が大晦日や革命記念日前後に燃やされたクルマの台数を発表していた。その数字は、フランス国内の犯罪の増減を示す指標の一つになっていたのだが、燃やされたクルマの台数を公表することにより、地域ごとに競ってクルマを燃やそうとするグループが増え、結果として火をつけられるクルマが増えてしまうという理由で、昨年、政府は公表を控えたのだ。

一方この16日、社会党は下院議員で全国書記のJean-Jacques Urvoasが、内務省が数字を公表しないのは、治安に関する政府の失敗と怠慢を隠すためだという声明を発表し、政府与党を批判した。

・・・ということで、今年も多くのクルマが燃やされたようです。アパルトマンなど集合住宅の多い都市部では、車道が地域住民のパーキングになっています。白線で囲まれ、PAYANT(有料)と書かれたエリアが路上駐車場で、昼は文字通り有料ですが、19時から翌朝9時までは無料。ですから、火を放ちたい人にとっては、獲物がごろごろ状態。火をつけては燃えがあがるクルマに喝采。警察が来れば、一斉に、蜘蛛の子を散らした状態。それでも、逃げ遅れるのか、多くの若者が捕まっているようです。

なぜ、バンリューと言われる郊外で、多くのクルマに火が放たれるのでしょうか。そこに住んでいるのは、多くが移民とその子どもたち。フランスは出生地主義を取っていますので、移民の子とはいえ、フランスで生まれればフランス国籍を有します。しかし、名前や肌の色などで移民の家系とわかると、就職で有形無形の差別を受け、バンリューの若者の失業率は40%前後とも言われています。

差別による就職難、そして貧困。住んでいるのもHLM(habitation à loyer modéré)といわれる低家賃住宅、あるいは古いホテルやアパルトマン。狭いうえに、老朽化し、とても快適とはいえない住環境。将来に希望を持てという方が無理なのかもしれません。

絶望から犯罪に走る若者たち。犯罪まで行かなくても、フラストレーション発散の一環としてクルマに火をつける・・・フランスでは民族(エスニシティ)別の人口統計を取っていないため、詳細はなかなか分かりにくいのですが、労働政策研究・研修機構のデータによると、1999年時点で移民は431万人、全人口の7.4%を占めています。

こうした現象をみるにつけ、移民排斥を訴える極右政党が勢力を伸ばしています。10%近い失業率、いっこうに改善されない購買力・・・いわゆる白人の側にもストレスはたまり、そのはけ口、あるいはスケープ・ゴート(bouc émissaire)としての移民へ暴力が振るわれる。

多文化主義は失敗した、と述べる首脳が増えています。しかし、ヨーロッパ生まれの移民二世が増えている今、彼らを追い出すことはできないのではないでしょうか。諦めず、多文化主義のヨーロッパをどう実現していくのか。そこにヨーロッパの知恵が試されているのだと思います。

極右へと向うヨーロッパ・・・ついに、ノルウェーでも。

2011-07-24 22:21:08 | 社会
ノーベル平和賞の授賞式の行われるノルウェーの首都・オスロ。その平和の町で、爆弾テロが。そして、30kmほど離れた島では銃の乱射によって多くの若者が犠牲になりました。32歳のノルウェー人が拘束され、取り調べを受けていますが、その目的や背景などが明確になるには、もう少し時間がかかるようです。

今までの情報では、キリスト教原理主義者で、極右の政治思想に傾倒しているそうです。ヨーロッパで広がる極右の輪・・・フランスの国民戦線はもちろんですが、デンマーク国民党、スウェーデン民主党、フィンランドの真正フィン人党など、北欧でも国会の議席を獲得するような極右・民族主義政党が台頭してきています。

背景の一つは、反移民感情。西欧各国が経済成長を遂げていた頃は、移民は発展を支える労働力として歓迎されましたが、それは、いわば、出稼ぎ労働者としてでした。その後、定住し、家族を呼び寄せ、社会に根付く頃には、経済成長も失速。今では、ヨーロッパ人の職を奪う邪魔者と見做されるようになり、深刻な失業問題など社会に渦巻く不満のはけ口として移民排斥を訴える人たちが増えています。しかも、宗教、文化が異なる移民たち・・・反移民を訴える極右政党が勢いを伸ばしています。

そうしたヨーロッパを覆うトレンドの中で、今回のノルウェーでの惨劇も起きたのでしょうか。23日の『ル・モンド』(電子版)が日本時間、24日早朝時点での状況を伝えています。

金髪、誠実そうな表情・・・これが23日に新聞社が公開した容疑者の写真だ。彼、アンネシュ・ブレイビーク(Anders Behring Breivik)は、92名もの犠牲者を出した、ノルウェーにとって第二次大戦後最悪の惨劇の容疑者としてその名前と写真が世界中に配信されている。しかし、ノルウェーの警察当局は、身元を確定するにはもう少し取り調べる必要があると語っている。

アンネシュ・ブレイビークは、22日の夜遅く逮捕され、23日の朝、容疑者として拘留された。警察は、彼をオスロ中心街での爆発、ウトヤ島での銃撃、両事件に関係しているとして取り調べを行っている。その担当官の一人は、彼を容疑者とするに足るだけの理由はすでに手元にあると、語っている。

しかし、警察は今のところ、容疑者のプロフィールなど詳細はほとんど公表していないが、その少ない情報によると、32歳の生粋のノルウェー人で、キリスト教原理主義者、極右と反イスラムの政治思想に傾倒している。しかし、こうしたことが事件の背景になっているのかどうか、判断を下すには早すぎると、警察トップは述べている。

農場を経営しているアンネシュ・ブレイビークは、5月4日に6トンもの肥料を購入しているが、これらの化学品が爆発物製造に使われたのではないかとみられている。また彼は、ピストル1丁、カービン銃1丁、自動小銃1丁の所持許可を得ている。

ノルウェーのメディアによれば、アンネシュ・ブレイビークが容疑者であることは間違いない。彼はいったいどのような人物なのだろうか。フェイスブックのプロフィール欄には、保守主義者、キリスト教徒、独身、趣味は狩りと“World of Warcraft”や“Modern Warcraft 2”などのゲームだと、自ら書き記している。

警察発表によれば、オスロの商業学校で卒業資格を取得した彼は、オスロの北方にあるレナ(Rena)という町で2009年から“Breivik Geofarm”という有機農園を経営している。またフランスの週刊誌“Le Nouvel Obs”(ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール)は、彼は母親と二人で暮らしており、収入は、ノルウェーでは住所、氏名とともに一般に公開されているのだが、2009年には一切所得がなく、2010年にもごくわずかな収入しか得ていないと、伝えている。

惨劇の起きる6日前、7月17日に彼はツイッターに奇妙なメッセージを書き込んだ。「信念のある一人の人間の力は、利害しか頭にない人間10万人に匹敵する」。イギリスの哲学者、ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill)からの引用で、今では挑戦状のようにも読める。ドイツの週刊誌“Spiegel”(シュピーゲル)によれば、彼はまた、オスロ射撃クラブの会員だそうだ。

ノルウェーのタブロイド紙“Verdens Gang”は、子どもの頃の友人が、彼は20代後半になって極右に近づき、過激な意見を言うようになったと語っていると、伝えている。

警察は犯行の動機を明らかにするため、極右サイト“Document.no”などいくつかのサイトに彼が書き込んだ30ほどのメッセージを詳しく調べている。それらのメッセージの中で、彼はナショナリストとしての意見を披歴し、多文化共生という意見に反対を表明している。

例えば、「多くの移民はマルクス主義のもたらした結果に過ぎず、経済的あるいは文化的な必要に迫られてという背景はほとんどない。興味深い質問がある。日本人や韓国人は、どうしてナチやファシストのように汚名を着せられることがないのだろうか」という文章を書き込んでいると、“Le Nouvel Obs”は紹介している(日本や韓国が移民をほとんど受け入れていないにもかかわらず、世界で非難の対象となっていないことを指しているようです)。

また、彼の次のようなメッセージを日刊紙“Le Figaro”(ル・フィガロ)が紹介している。「素晴らしい多文化主義がヨーロッパに何をもたらしたのか、それをしっかり認識する必要がある。ヨーロッパのキリスト教社会、伝統、文化、国家のアイデンティティ、崇高さがシステム的に崩壊してしまったではないか。こうした政治メカニズムはヨーロッパのイスラム化をもたらすだけだ」。

また『ル・フィガロ』によれば、彼は反人種差別主義者、反汎欧州主義者、自由貿易支持者、反国連主義者だと自ら語っており、ナチ、マルクス主義、イスラム教を、嫌悪に基づく思想だとして、激しく批判している。

アンネシュ・ブレイビークはかつて、ポピュリスト的右翼「進歩党」の党員で、青年部会の活動に参加していた。入党したのは1999年だが、2006年に名簿から削除されている。党員の一人は、「メンバーだった彼を知っている人は、ちょっと引っ込み思案で、議論にはめったに加わることのない青年だったと語っている」と述べている。

・・・ということで、爆発物の原料となる肥料を大量に購入しても怪しまれないように農場を始める、銃の所持の許可を得る、目立たないようにすると、用意周到だったことがうかがわれます。背景は、やはり、移民排斥なのでしょうか。移民受け入れに積極的な与党・労働党への批判から、このような実力行使に出たのでしょうか。

移民と言えば、多文化主義は失敗したと、メルケル首相やキャメロン首相はすでに白旗を上げています。しかし、それでも移民はやってきます。実際、EU加盟国が2008年に受け入れた移民の数は380万人。ドイツは、人口の減少分を移民で補い、総人口8,000万人強を維持しているそうです。

人口の減少と言えば、日本。労働人口の減少分を補うために、移民を積極的に受け入れるべきだ、という意見がよく出てきます。1,000万人必要だという意見も、聞くことがあります。経済面、あるいは社会福祉の資源から見れば、移民が必要なのでしょうが、文化や習慣の異なる人たちとの共生をどうやって実現するのかという課題を、受け入れによって問題が発生してしまう前に、解決しておくべきです。日本が将来受け入れる可能性のある移民が東アジアや東南アジアからだけであれば、習慣などは異なっても、宗教的衝突がほとんどないだけ、受け入れやすいかと思いますが、出身国が広がると、様々な問題に直面する可能性があります。後の祭りにならないよう、早めの議論が必要なのだと思います。

また、ノルウェーの容疑者が言うように、日本と韓国が移民を受け入れずとも、世界で批判されずやってきているのなら、それを継続するのも一方法です。しかし、この場合、人口減少に日本人だけでどう対処すべきなのかという、大きな問題が残ります。

いずれにせよ、人口減少とその対策、早めの対応が求められているのではないでしょうか。

大統領の椅子へトップを走るフランソワ・オランド・・・しかし、難問が。

2011-07-23 21:24:40 | 政治
François Hollande・・・1954年8月12日、ジャンヌ・ダルクが1431年に火刑に処せられた町として有名なルーアン(Rouen)に生まれる。HECパリ(l’Ecole des hautes études commerciales de Paris)、パリ政治学院(l’Institut d’études politiques de Paris)、ENA(l’Ecole normale d’administration)とグランゼコール3校で学位取得。ENAを学年7番目の成績で1980年に卒業。その後、会計検査院勤務。社会党には1979年に入党。ジャック・アタリ(Jacques Attali:『21世紀の歴史―未来の人類から見た世界』や『国家債務危機』でお馴染みの経済学者・思想家)の推薦で、フランソワ・ミッテラン(François Mitterrand、元大統領、1981-95年の2期14年間)の経済顧問に。

1981年にジャック・シラク(Jacques Chirac)と同じ選挙区から下院議員選挙に立候補するも、落選。1988年の下院議員選挙で、リムザン(Limousin)地方圏コレーズ(Corrèze)県チュール(Tulle)市の選挙区から立候補し、当選(93年まで)。88年から91年まで、母校・パリ政治学院の教授を務める。

社会党内では、当初、ジャック・ドロール(Jacques Delores:1985-95年、欧州委員会委員長、マルティーヌ・オブリー社会党第一書記は娘)に近かったが、後、リオネル・ジョスパン(Lionel Jospin、1997-2002年に首相を務める)の側近となる。1994年に社会党の経済担当全国書記。95年、社会党の報道官。

1997年、下院議員に返り咲くとともに、首相となったジョスパンの後を継いで社会党第一書記に(2008年まで)。下院議員は2002年、07年と当選を重ねる。選挙区であるチュールの市長(2001-08年)を務めた後、2008年にはコレーズ県議会議長に。そして、今年3月31日、2012年大統領選挙の社会党公認候補を決める予備選挙への立候補を表明。秋の予備選へ向けて選挙活動中。

私生活では、1970年代末にENAのパーティで出会ったセゴレーヌ・ロワイヤル(Ségolène Royal、2007年大統領選の社会党公認候補)との間に4人の子どもを儲ける。2007年にパートナー関係を解消。現在のパートナーは政治ジャーナリストのヴァレリー・トゥリエルヴェイエ(Valérie Trierweiler)。

こうした経歴のフランソワ・オランド、来年の大統領選にターゲットを絞って以来、ふっくらとしていた体型をスリムに、笑顔の絶えなかった表情に厳しさを湛え、家父長的信頼感の醸成に取り組んでいます。私からは、やつれてしまったようにも見えるのですが、すでに4カ月以上、同じ体型・表情ですから、フランス人の間では受けがいいのでしょうね。

このフランソワ・オランドが、DSK(Dominique Strauss-Kahn、前IMF専務理事)の突然の逮捕劇以降、大統領選の世論調査でトップを走っています。そして今月の世論調査でも、サルコジ大統領に大差をつけて優位な戦いを進めていることが明らかになりました。その調査結果を、10日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

2012年の大統領選挙の第1回投票で、フランソワ・オランドとマルティーヌ・オブリーはいずれもニコラ・サルコジを抑えて1位通過し、第2回投票でもサルコジ大統領を抑えて当選すると、調査会社・LH2がヤフーの協力で行った世論調査の結果が語っている。その調査結果は10日に公表されたものだが、フランソワ・オランドが社会党候補になった場合、彼は第1回投票で29%の得票となり、ニコラ・サルコジの21%を8ポイントも上回ることになる。

マルティーヌ・オブリーが公認候補になった場合でも、彼女は26%を獲得し、サルコジ大統領の21.5%を上回る得票となる。しかし、セゴレーヌ・ロワイヤルが社会党候補の場合、ニコラ・サルコジが23%、極右政党・FNのマリーヌ・ルペン(Marine Le Pen)党首が15%と上位を占め、ロワイヤルは13.5%で決選投票に進めないことになる。この組み合わせの場合、中道政党・Modemのフランソワ・バイルー(François Bayrou)党首が13%で4位になる予想だ。

マリーヌ・ルペンは、社会党候補がオランドの場合は13%、オブリーのケースでは15%といずれの場合も第1回投票で敗退となる。他の候補者は、社会党の公認候補者により、バイルーは10~13%、中道右派・急進党(Parti radical)のジャン=ルイ・ボルロー(Jean-Louis Borloo)党首が7.5~10%、右派ドゴール主義の共和国連帯(Republique solidaire)のドヴィルパン(Dominique de Villepin)党首が3~4.5%、ヨーロッパ・エコロジー緑の党(Europe Ecologie-Les Verts)の公認候補となったエヴァ・ジョリー(Eva Joly、欧州議会議員、ノルウェーとフランスの二重国籍)が6~10%という幅で得票することになる。

第2回投票では、フランソワ・オランドが60%対40%で、マルティーヌ・オブリーが58%対42%で、それぞれニコラ・サルコジに勝利する予想だ。大統領になってほしい人物としても、オランドは全体で46%、左派支持者の間では55%の支持を集めており、オブリーの全体で33%、左派支持者の中で39%を抑えて優勢となっている。また、全体の63%の回答者がもし社会党が大統領選で勝利したとしてもDSKが首相となることに反対している。DSK首相を容認するのは全体で35%、社会党支持者の間でも46%と半数を下回っている。

・・・ということで、今月上旬の世論調査の結果では、フランソワ・オランドがかなり優勢になっています。

また、調査会社・Ipsosが行った調査でも、

 調査機関イプソスが実施してポワン誌に掲載された世論調査によると、フランスのサルコジ大統領の支持率が、6月に比べ5ポイント上昇して35%となった。数カ月ぶりの大幅上昇となった。
 ただ、野党社会党のオランド元第一書記とオブリー第一書記の支持率はそれぞれ54%と48%で、依然サルコジ大統領を上回っている。
 イプソスは「サルコジ大統領は依然概ね不人気だが、支持率は再び上向いている」と述べた。
 調査は15─16日に行われた。
 (7月19日:ロイター)

と、社会党の二人が現職大統領をまだ大きく上回っているようです。

しかし、DSKがアメリカで逮捕され、大統領選に出馬できない状況になった今、次は、まるでモグラ叩きのごとく、大統領の座へ向ってトップを走るフランソワ・オランドに難問が降りかかっています。

 国際通貨基金(IMF)のストロスカーン前専務理事(62)を、フランスの女性ジャーナリスト(32)が性的暴行容疑で告訴した問題で、仏捜査当局は20日、来春の仏大統領選の有力候補であるオランド社会党前第一書記(56)から事情聴取した。オランド氏が女性から問題の通告を受けたとされるためで、今後、オランド氏の信用問題に発展する可能性も出てきた。
 女性側は前専務理事を03年に取材した際、暴行を受けたと主張。「暴行を(知人の)オランド氏に通告した」と証言。だがオランド氏は「無関係」を主張している。オランド氏は一部調査で、大統領選の最有力候補とされているが、前専務理事が同じ社会党幹部だったため、「問題をもみ消した」(大統領支持者)などの批判が出ていた。前専務理事側は女性の訴えについて「想像の産物」として、名誉侵害で告訴している。
 (7月21日:毎日)

渦中の女性ジャーナリスト・作家は、トリスタヌ・バノン(Tristane Banon)といい、2003年にDSKを取材した際、暴行されそうになったそうです。しかし母親(Anne Mansouret)が社会党の地方議員のため、告訴を見送ったと言っていました。それがここにきて、フランソワ・オランドに相談していたと証言したようで、フランソワ・オランドもDSKと一蓮托生、ともに沈んでしまうのでしょうか・・・

不信を越えて、新たな一歩を踏み出せるか―――大震災後の日本

2011-07-22 21:24:00 | 社会
いまの日本には本当の政治家はいない。政治をなりわいにしている人だけだ・・・こうした厳しい声が経団連から発せられています(7月22日:産経・電子版)。漂流する日本の政治。政治家のイニシアティブなしで、日本は立ち上がれるのでしょうか。官僚がいる、と胸を張って言えるのでしょうか。それとも、企業が頑張るしかないのでしょうか。あるいは、企業の中でも、現場が頑張るしか再生の道はないのでしょうか。

「大震災後の日本」・・・フランスから見た日本の現状と今後について、13日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

ここ半世紀で最悪の原子力災害となる危険性のある福島原発事故。その制御という、長い時間を要する戦いを、日本はようやく受け入れたようだ。その一方で、将来へ向けての第一歩を踏み出そうという前向きな意見も聞こえてくる。例えば、日経・論説委員の岡部直明氏は「今回の災害は、失われた数十年の最終点になるかもしれない」と書いている。失われた数十年というのは、1990年代初頭のバブル崩壊とその後の経済危機により、日本がなかなか抜け出せずにいるリセッションのことなのだが、岡部氏は、「日本が自らの落日を目にすることはない。今回の惨事を再生へのスタートとすべきだ」と述べている。再生とは被害に遭った地域の復興だけではなく、日本の成長という大きなフレームワークを再考することだ。

復興には16兆から25兆円という巨額の予算が必要だ。しかし、その衝撃の大きさ、戦後最大の人的被害にも拘らず、世界第3位の経済大国である日本が再建のためにその経済力、技術力を総動員することは疑いのないことだ。その中でも特に、日本には節度と我慢を示すことのできる人的資源がある。そうした国民的特徴は、節電あるいは被災者への連帯を示すために消費を控えることなどに見て取ることができる。日本は社会の道徳観によって、予想されている以上に早く苦境から脱することだろう。しかし、この再生はどのようなベースの上に成し遂げられるのだろうか。

国や電力会社の責任、危険なエネルギーの管理にさらなる透明性を求めることさえできない政治の影響力のなさ、こうしたことが問題として提起されるべきである。さらには、日本はその経済、特にエネルギー政策のベースをどこに置くかを、専門家に丸投げするのではなく、国家として再考するよう求められている。

それは、原発建設の地元住民、特に自分たちの視点や現状から反対意見を言ってくる少数の農家や漁師に対して、居丈高に振る舞えば良いということではない。かれらは官僚の自信満々で横柄な態度の前では何ら力を持ちえないのだ。「原発の利用は専門家の知識を超えた次元での再考が求められるべき事柄だ」と、経済評論家の内橋克人氏は語っている。

1960年代以降、日本は急激な経済成長を遂げてきたが、国民には大きな危険の伴うものだった。例えば水俣病のように国民の健康を害するという結果をもたらしている。被害者は数千人に上っている。市民による長い闘いが功を奏して、汚染をもたらした企業の責任を問うことはできたが、健康被害を抱える被害者への補償はまだなされていない。水俣病と福島原発の事故は、その歴史的、経済的背景、およびその危険性において、それぞれ異なっている。

しかし、事故の予防に努め、地域住民の健康を優先するという原則を守っていないという点で、両者のメンタリティはかけ離れていると言えるのだろうか。水俣病などの汚染のケースは、断固とした臆面もない対応だった。福島原発の場合も、十分には責任を認めておらず、たぶん似ているかもしれない。両者とも、短期的な採算を長期的な安全の原則よりも優先させてしまった。このことは東電だけの問題ではない。すべての電力会社が同じ傾向を示している。

しかし、福島原発の事故を日本独自の問題として片づけてしまうのは間違いかもしれない。日本では、政治的指導力の欠如、行政と国民の利害の衝突といった点が際立っているだけだ。原子力であろうと他の課題であろうと、同じ問題が至る所で見て取れる。原子力の管理を、採算のロジックで動く民間企業に任せておくべきなのだろうか。もしそうであるなら、地域住民の利害を守るべき政府はどのように、いわゆる企業の社会的責任を尊重するよう企業に命ずることができるのであろうか。

国家によるコントロールの強化には、選択が加わる。「日本人はジレンマに直面している。今では現実のものとなった危険があるにもかかわらず、今までと同じように権力の座にあるエリートに唯々諾々として従っていくべきなのか、あるいは永続性のある発展を選択すべきなのか、というジレンマだ。同時に両者を選択することはできない」と、立教大学教授のアンドリュー・デウィット(Andrew DeWitt)は強調している。

福島原発の事故はまだまだ収束からは程遠いが、この惨劇によって日本は新たな時代に入ったようだ。それは、歴史の転換点にいること、これからは自ら主張すべきこと、現在の指導者層に自らの人生や社会を委ねるべきでないことなどを国民が自覚したことであり、日本の将来はこの国民の自覚にかかっていると言えよう。

・・・ということで、福島原発事故の被災者の皆さんには再起へ向けてエールを送るものですが、しかし同時にこの事故を奇貨として新たな日本へのスタートとすべきなのではないかという声が、日本でも、フランスからも聞こえているようです。

政治はお上のもの、という伝統から脱却して、国民一人ひとりが自分で考え、自分で判断をしていく社会。国民主権を実践する社会です。

新たな時代へのターニング・ポイントで、権力の座にしがみつくための政局しか行わなかったがゆえに、結果として国民が主役の社会へと国民の背中を押してくれた内閣として菅内閣は歴史に名を残すかもしれません。

状況は整いつつあります。後は、国民が一歩を踏み出すだけです。右顧左眄して、みなさんに合わせるのではなく、一人ひとりが主体的に一歩を踏み出すことです。その覚悟は、大丈夫ですか。

自然エネルギーは雇用をもたらす・・・フランスの場合。

2011-07-21 21:29:19 | 社会
浜岡原発は停止だ、他の原発にもストレステストを、脱原発、節電を・・・さまざまな言葉が永田町からは発せられていますが、脱原発への具体的な道筋が見えてきません。どのようなスケジュールで、何を、いつまでに、どのように行うと、原発のない社会になるのでしょうか。ある朝突然にはならないので、それまでの経過措置も必要です。会議は踊る、ならぬ、言葉は躍る。

しかも、原発の海外輸出は継続するのか、再検討するのかも、はっきりしない。再検討という声も、どう検討するのか、詳細が語られず、個人的夢でしかないようで、鴻毛の軽さと言われるしまつ・・・脱原発を進めたいと言いながら、原発を他国に輸出していいものでしょうか。

許せない、と思ってしまったりするのですが、政治の世界は、魑魅魍魎。原発を輸出しておきながら、国内では自然エネルギー、再生可能エネルギーへ舵を切りつつある国は何も日本だけではないようです。そう、原発大国のフランスでも、国内では自然エネルギーの開発に力を入れ始めています。もちろん、原発は危険だなどとは言っていません。安全な原子力エネルギーを中心にしつつ、再生可能エネルギーも活用する。その一環として、例えば、風力発電。

風力発電の場合、回転するプロペラが発する低周波の音が周辺住民へ何らかの影響を与えるのではないかとも言われています。そこで、フランスが進めているのは、周辺に人のいない海上に設置する風力発電システム。何基つくるのでしょうか。いつまでに。発電量は・・・11日の『ル・モンド』(電子版)が紹介しています。

8か月前から待たれていた海上風力発電に関する入札がついに政府によって発表された、と日刊経済紙“La Tribune”(トリビューン)が伝えている。2月に産業界の専門家に委託された入札方法は、11日のその詳細が発表されることになっている。発電業者たちは、電力買上げ価格が当初発表されたものより引き上げられることを期待している。

今回の入札対象は、フランス本土の沖合に2015年までに建設する600基の風力発電装置。発電量は3,000MW、建設費は100億ユーロ(約1兆1,200億円)の投資になるとみられている。環境省によると、政府は2020年をめどに、海上風力発電量を6,000MWにすることを目指しており、その建設費は、将来のコスト削減を見込んでも総額で150~200億ユーロ(約1兆6,800億円~2億2,400億円)になる予想だ。

環境相のナタリー・コシウスコ=モリゼ(Nathalie Kosciusko-Morizet)は、「私の目標は、今回の事業により、フランス国内に多くの雇用を創出することだ。産業界は数万人の雇用を生み出せると言っているが、私は慎重派なので、1万人以上と言っておく。過大な期待は抱かないでほしい」と11日に述べている。

海上風力発電事業に関心のある企業は、英仏海峡および大西洋上に設定された5か所の候補地のどこに応札するかを2012年1月11日までにエネルギー規制委員会(CRE:la Commission de régulation de l’énergie)へ届け出ることになる。

この市場に参入すべく、すでにいくつかのコンソーシアム(企業連合)が結成されている。発電装置を設置する予定の5か所は、Dieppe-Le-Tréport(Seine-Maritime県)、Courseulles-sur-Mer(Calvados県)、Fécamp(Seine-Maritime県)、Saint-Brieuc(Côtes d’Armor県)、Saint-Nazaire(Loire-Atlantique県)の沖合だ。第2期は2012年4月に入札が公示される予定だが、場所は未定だがやはり5か所での建設となる。

1,200基の発電施設プロジェクトを2期に分けたのは、すべての建設予定地が確定していないためだ。「却って第2期での入札の際に計画を調整することができ、好都合とも言える」と環境省の担当者は語っている。

フランスは、この計画により、海上風力発電における遅れを取り戻そうとしている。本土だけで5,800kmもの海岸線を有しながら、フランスは現在、海上風力発電装置を1基も稼働させていない。この6月末時点で、EU各国の合計は950基にも達している。このプロジェクトはまた、雇用の創出にも大きく貢献することを目標としている。

・・・ということで、2015年までに600基、その先2020年までにさらに600基、合計1,200基の海上風力発電装置を設置しようというフランスの民活プロジェクトです。

しかし、『ル・モンド』が表記しているフランスの海岸線の長さ、間違っているようです。日本の海岸線の長さを調べようと、“CIA World Factbook”(あのCIAです、Central Intelligent Agency)のサイトを見たところ、日本の海岸線は29,751kmで世界6位。ついでにフランスの欄をみたところ、3,427kmしかない! 国境線+海岸線の合計の長さがほぼ5,800kmに近い数字になっています。スペイン、イタリア、スイス、ドイツ、ルクセンブルク、ベルギーなどとの国境線も含めてしまっているのでしょうね。『ル・モンド』にしても、このような細かいミスはよくあります。何を言いたいのかという論旨と、その論理的展開が肝心であり、論旨にあまり影響のない数字・データには細心の注意を払わないようです。

一方、完璧を求めるわれらが祖国では、細部にも正確さが求められ、時には重箱の隅をつつくようにチェックすることが主目的になってしまっているケースさえ散見されます。彼我の差ですが、経営陣などトップ層に人材の多いフランスと、生産現場の力が支えている日本、その差がこんなところにも見え隠れしているような気がしてしまいます。もちろん、『ル・モンド』の数字の間違い、日本人ゆえ気づいたわけです。

ところで、上記の3万kmにも達するほどに長い海岸線を有する我らが日本。その自然を生かした発電はどうなっているのでしょうか。風力発電、潮力発電、そして海底資源を活用したエネルギー。エネルギー争奪が大きなテーマになろうという時代にあって、日本は実は資源大国なのではないかとも思えてきます。自然とともに共生してきた我々が、少し自然の恵みをエネルギーに転換させてもらっても、大丈夫なのではないでしょうか。問題は、いつ、だれが、どうやって・・・そうしたマスター・プランを作る人がいるのか、いないのか。作る気のある人がいるのか、どうなのか。なでしこジャパンに元気と勇気をもらった、という人が多くいます。21世紀のエネルギー政策を提示できる人が、永田町や霞ヶ関から登場することを願ってやみませんが、現場頼みの国では、叶わぬ夢なのでしょうか・・・

ますます進む、フランス人のワイン離れ。

2011-07-20 21:01:53 | 社会
4月から大学院の授業を受けており、自分の発表直前には、年取った学生は呻吟・苦悩、ブログの更新もままなりません。10日ほど間があきましたが、再開です。

浅学菲才の身を顧みず取らせていただいている授業の準備で頭を抱えている間にも、世の中ではいろいろなことが起こりました。特筆すべきは、なでしこジャパンのW杯優勝! 発表準備で時間がないとか言いながら、ライブで観てしまいましたが、見ごたえバッチリ、見どころ満載で、すばらしかったですね。何しろ、世界一。しかも、ビジュアル系もそろっているのですから、メディアがほっておくはずがありません。19日・20日とテレビに出ずっぱり。しかし、週末にはなでしこリーグが再開。体調管理が心配になってしまいますが、女子サッカーの普及・振興にはいいチャンスです。

なでしこジャパンの優勝をファンはさまざまなカタチで祝っていました。ハイタッチを繰り返す人、万歳三唱をする人、飛び跳ねる人、感涙にむせぶ人・・・中には、マスターの粋な計らいでシャンパンの栓を抜いた店も。もちろん、ビールで乾杯、あるいはワインで乾杯。

世界一になると、対戦申し込みも増えるようで、さっそく、8月21日のなでしこリーグ・オールスター・ゲームを、9月にあるロンドン・オリンピック・アジア予選へ向けた強化試合にする案が浮上。対戦候補には、ブラジル、フランスなどが挙がっているようです。

ワイン、フランス、と続いたところで、ちょっと強引ですが、今日の話題は、ワインの本場・フランスでワインの消費が減っている!

数年前からフランスのワイン消費量が減っていると報じられていましたが、最近の調査でも、確認されたようです。14日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

研究者たちによると、フランスにおけるワイン消費量の減少に今後いっそうの拍車がかかるだろうとのことだ。実際、18-30歳の世代にとってワインを飲むことは普通の事ではなくなっており、この世代は今後もワイン消費量の少ない世代になるだろう。

ここ8年で、フランスのワイン消費量は17%も減少している。65歳以上のヘリテージ世代(la génération héritage)、30から40歳のジェネレーションX、18から30歳のジェネレーションYという三つの世代に対して行った聞き取り調査が、世代ごとのワインに対するイメージとその消費傾向を明らかにしている。

調査に関わった研究者の一人は、ワインとの対し方に世代による大きな違いがあると、次のように述べている。「世代ごとにワインに対するイメージがある。65歳以上にとってはテーブル・ワインであり、30代にとってワインとは“AOC”(Appellation d’origine contrôlée:原産地呼称統制銘柄)であり、18-30歳にとってはワインはブドウの品種と結びついている。」

三世代ともに、ワインを飲めば和気藹々としてくるという点では一致しているが、飲酒頻度は大きく異なっている。65歳以上は定期的に、あるいは毎日ワインを飲んでいるが、30歳代はお祝い事などがあるときに飲み、30歳以下は健康への影響を心配したり、ワインは贅沢品だと見なしているため、彼らにとってワインは身近な飲み物ではなくなっている。

2010年の一人当たりワイン消費量は、フランスが50リットルでまだ世界一の座を保ってはいるが、世代が下るにつれワインを飲む人の割合が減っている現実を考慮に入れれば、ジェネレーションXやジェネレーションYの影響によりフランス国内のワイン消費量が全体として減少し続けていくだろうことは容易に想像できる。実際、コンスタントにワインを飲んでいる人の割合は、1980年の51%が今日では17%に減っており、2015年には13%程度まで落ち込むだろうと予想されている。逆にワインを一切口にしないという人の割合は、1980年の19%が2010年には38%に増え、2015年には43%まで増えるだろうと言われている(半分近くのフランス人がワインを一滴も飲まない時代がすぐそこまでやってきています!!)。

・・・ということで、ワイン大国・フランスも、しばらくすると、ワイン生産大国、ワイン輸出大国ではあっても、ワイン消費大国ではなくなってしまうかもしれません。ボジョレ・ヌーヴォーの輸入が一気に増え、日本がワイン消費大国になるのではと言われたものですが、バブル崩壊とともに、世界一は遠くにかすみ、21世紀になるや中国が怒涛の勢い。ワイン消費でも、中国が世界一になる日もそう遠くないのかもしれません。ただし、一人当たりの消費量では、13億以上の人口を抱える中国、そう簡単にはトップになれません。GDPと同じ状況です。

中国とワインと言えば、10年以上も前の駐在時代、赤ワインを炭酸で割る飲み方が多くみられました。今でも同じ状況なのでしょうか。それとも、時代は代わって、うんちくを傾けながら飲むようになっているのでしょうか。自分がおいしいと思うワインがいちばんだと考える人間にとっては、どちらもどちら。炭酸割りは甘みも加わり、飲みやすいとは思うのですが、はじめに知った味を舌が覚えてしまうと言いますから、もったいない気もします。しかし、日本でも、昔は赤玉○○○でしたから、他人様のことは言えません。

他人様とアルコールと言えば、タイのビールはアルコール濃度が高かった(今でも?)。どうしてか・・・ここではビールの炭酸割り。炭酸で割って飲むのにちょうどいいアルコール濃度にしてあったと記憶しています。

ワインやビールを炭酸で割るなんて・・・しかし、ウィスキーを炭酸割りで飲んでいる国々もありますから、飲み方自由自在でいいのではないでしょうか。国により、個人により、飲み方、いろいろです。

DSKは21世紀のドン・ファンか。

2011-07-11 21:16:30 | 政治
ドン・ファン(Don Juan)・・・17世紀スペインの伝説上の放蕩児、ドン・フアン・テノーリオ(Don Juan Tenorio)のことで、プレイボーイの代名詞として使われる。フランス語ではドン・ジュアン、イタリア語ではドン・ジョヴァンニと呼ばれる。元になった伝説は簡単なもので、プレイボーイの貴族ドン・ファンが、貴族の娘を誘惑し、その父親(ドン・フェルナンド)を殺した。その後、墓場でドン・フェルナンドの石像の側を通りかかったとき彼の幽霊に出会い、戯れに宴会に招待したところ、本当に石像が現れ、大混乱になったところで、石像に地獄に引き込まれる・・・(ウィキペディア)

モリエール(Molière)の“Don Juan”(1665年)やホセ・ソリーリャの『ドン・ファン・テノーリオ』でお馴染みの、ドン・ファン。上記にあるように、プレイボーイの代名詞ですが、プレイボーイで思い出されるのがDSK(Dominique Strauss-Kahn)。アメリカのホテル客室係から強姦未遂などで訴えられたものの、訴追を免れるかもしれないという状況になるや、今度は母国・フランスで、作家・ジャーナリストの女性から暴行未遂で訴えられました。

与党・UMPは早い時点から、2012年の大統領選で強敵になるかもしれないDSKのアキレス腱は女性問題だと看破していたといいます。それゆえに、陰謀説もなかなか消えないのですが、いずれにせよ、DSKと女性問題は切っても切れないようです。

21世紀のドン・ファン・・・「よっ、DSK」と掛け声もかけたくなってしまうほどですが、実際、その年齢(1949年4月25日生まれですから、62歳)からは想像できないほどの精力あふれる政治家のようです。その精力の持って行き場所がちょっと問題なのですが。実際、ニューユーク・ソフィテルの従業員からは、DSKの行状についてさまざまな情報が発せられているようです。8日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

ソフィテル・ホテルから、新たな暴露が・・・ニューヨーク・ソフィテルの二人の従業員が、DSKが逮捕される前夜、別々にだが、自分の部屋に来ないかとDSKに誘われたものの断ったと、警察に証言している。このように、8日付のニューヨーク・タイムズが伝えている。

ニューヨーク・タイムズはさらに次のように紹介している。逮捕の前日にあたる5月13日の深夜、正確には14日の午前1時20分頃、上記の証言をした二人とは別の女性とDSKが一緒にエレベーターに乗って同じフロアで降りているのが、ビデオに写っている。この女性は身元が分かったが、ホテルの従業員ではなく、またDSKの部屋を訪れた理由などについて取り調べに応ずることを拒否している。この情報は、匿名を条件に、警察からもたらされたものだ。

その翌日、つまり14日の朝9時24分に、DSKは朝食一人前だけをルーム・サービスで頼んでいる(件の女性は部屋を後にしているのでしょうね)。そして数時間後、客室係の訴えにより、DSKは性的犯罪容疑で逮捕された。

7月1日、DSKは24時間監視付きの自宅軟禁を解除された。それは、当日の公判の際にヴァンス検事(Cyrus Vance)が明らかにしたことだが、客室係の証言に誤りが多く見つかり、公判を維持することが難しくなっていることによるようだ。不起訴となる可能性さえ出てきている。しかし、検察当局は、DSKの弁護団との打ち合わせの後、捜査は継続され、訴追は取り下げられていないと語っている。

・・・ということで、5月13日、ホテルの従業員二人に声をかけ、断られると、深夜1時過ぎに別の女性とともに、部屋へ。14日の朝食は、一人きり。そして、その後、部屋の掃除に来た客室係と、どうやら、合意の上であろうと、ベッドを共にしたのは事実のようです。頭のどこに世界経済があるのだろうと、私のような凡人は思ってしまいますが、そこはDSK。頭の中はすべて世界経済の舵取りのことでいっぱいだが、身体は別のものを欲しているだけだ、ということなのでしょうね。

職責を全うしてくれれば、プライヴェートは問わない。それが、フランス流なのでしょうが、過ぎたるは・・・などと思ってしまいます。しかし、男社会のフランスでも、女性解放(なんと懐かしいコトバでしょう)は時々、思い出したように前進します。作家・ジャーナリストがDSKを訴えましたが、その直前には現職閣僚がセクハラで訴えられ、辞任に追い込まれました。

DSKは社会党、辞任閣僚はUMP。左右を問いません。ただ、みなさん、エリートぞろい。「小間使い」に手を出すのはまったく問題ない、という伝統が21世紀の今も生きているような感じですが、それでも、裁判に訴える女性が増えたり、国民やメディアの見る目も少しは厳しくなっているようで、フランスの領主さまのやりたい放題も、徐々に制限されてきているようです。

傷んだフルーツを持ちかえろうとした店員の処分は・・・モノプリの場合。

2011-07-09 20:19:07 | 社会
日本のスーパーやコンビニでは、賞味期限を過ぎた商品をどう扱っているのでしょうか。廃棄処分にしているところが多いのでしょうね。その分、損失になるので、なんとか売り切りたいと、閉店間近になると、思い切った割引をしています。それでも売れ残った場合は、やはり、廃棄処分が多い。もったいない。

しかし、店によっては、店員が持ち帰ってもよい所もあるようです。ただし、不正に繋がる場合もある。例えば、欲しいものを他の商品の陰など目立たない所に置いておいて、売れ残るよう画策。売れ残った商品を嬉々として持ち帰るようなことも、考え得るそうです。

食品以外の、賞味期限のない商品を扱っているデパートやブティックなどでは、店員の万引き防止を兼ねてでしょうか、個人の持ち物を透明の小さなバッグに入れているところもありますね。

店員と商品の微妙な関係・・・フランスの場合は、どうなっているのでしょうか。8日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。舞台は、モノプリ(Monoprix)。記事の詳細に入る前に、若干の情報を。

・フランスにおける流通の形態
  ハイパー(hypermarché):2,500㎡以上の売り場面積、カート使用、広い駐車場、
               食品およびそれ以外の商品の幅広い品ぞろえ
               Carrfour、Auchan、E.Leclerc、Casinoなど
  スーパー(supermarché):400~2,500㎡の売り場面積、食料品中心に衣料なども
               Monoprix、Casino、Franprix、Shopiなど
  小型スーパー(supérette):120~400㎡の売り場面積、食料品
               Daily Monop’、Petit Casino、Franprix、Shopiなど

・モノプリ(Monoprix)
  1932年、デパートのギャラリ・ラファイエットの創業者、Théophile Baderによって創設される。
  現在は、Group Galeries LafayetteとGroup Casino(ハイパーなどを運営するカジノ)が50%ずつ所有。
  2007年には301店舗を所有、特にパリ市内に多店舗展開。
  因みに、私は在仏時、はじめの1年はSt.Mandéのモノプリとフランプリ、
  次の2年間はLa Motte Picquet GrenelleのモノプリとBoissièreのショッピを愛用していました。

さて、『ル・モンド』です・・・

4日、マルセイユにあるモノプリで、廃棄物用コンテナに捨てられていたメロン6個、サラダのパッケージ2点を持ち帰ろうとしたとして一人の従業員が解雇されたが、その後の話し合いで8日、職場復帰したとモノプリのコミュニケが伝えている。

6日、マルセイユのモノプリ経営陣と職場代表との話し合いが行われ、社内規則を遵守しなかったことによる停職1日という決定になり、他のいかなる処分も科されなかった。このように、コミュニケは述べている。

上記の社内規則は、傷んだ商品の消費による社員の健康被害を避けることを目的としたもので、従業員が上司の承認なしに店の商品を個人目的で持ち出すことを禁じている。廃棄処分にする商品に関しても同じ規則が適用される。

モノプリによれば、持ち出そうとした社員は59歳、6人の子持ちで、モノプリでの勤務歴は8年。4日、退店する際、出口での持ち物検査でメロンとサラダを持っていることが発覚。しかし、労働組合・CGT(Confédération générale du travail)のアヴリーノ・カルヴァロ(Avelino Carvalho)によれば、その店員は、まだ店の外に出てはいなかった。傷んだメロンとサラダを廃棄用コンテナから拾い上げただけで、まだ持ち出してはいなかった、ということになる。

「店の管理職がその従業員が商品をコンテナから拾い上げるのを見ていて、保安担当に連絡したのだ。実際に起きたことと解雇という処分が非常にアンバランスで、スキャンダラスな決定だった。カダール(Kadar:店員)はすっかり打ちのめされてしまった。後2年で定年を迎える状況なのだから。事件が大きく報道されたため、彼は事の顛末を家族に語らねばならなかった」、このようにCGTのカルヴァロは7日、語っている。

・・・ということで、今日でも労働組合の強いフランス。その労働組合流の交渉術を見せてもらったような気がします。店を出ていなければ、持ち出し禁止の規則を破ったことにはならない。

確かに、そうですね。日本でも同様なのでしょう、万引きGメンが、犯人が店外に出るまで見張っていて、店を出たところで捕まえるというシーンを、テレビの特集番組がよく紹介していました。その点、日本の流通の方がしっかりしているかとも思いますが、「しっかりしている」ことでは人後に落ちないフランスのこと、客にはしっかり対応しているのでしょうが、店員にはつい勇み足をしてしまったのかもしれないですね。

すでに5年前でも、パリ郊外のカルフールでは、店舗入り口で来店客のデイパックやバッグなどのファスナーやチャック部分をビニール製のひもでしっかり固定し、開けることができないようしていました。客にとっての問題は、そのビニールひもを切るにはハサミがいること。店外に出て、別のところで何かを入れようとしても開けられないことでした。客の都合よりも、店の万引き防止が優先。嫌なら、バッグ類など持ってくるな、ということなのでしょうね。客を見たら、万引きと思え・・・そんな印象を与えていました。そうした経営陣の考えも一因になっているのでしょうか、カルフールは中国を除くアジア諸国の多くから撤退しています。中華思想の国同士は、気が合うのかもしれないですね。