マンガが“manga”で通用し、マンガ喫茶もあるフランス。しかし、もちろんBD(bande dessinée)というフランス語もきちんとあり、マンガに関しても長い歴史を持っています。日本でもお馴染みの「タンタンの冒険旅行シリーズ」(Les Aventures de Tintin)も、作者はベルギー人のエルジェ(Hergé)ですがフランス語で書かれており、フランス語圏のBDとみなされています。
そして、何事につけ、権威づけのうまいフランスは、マンガでも国際的な賞を創設しています。1974年から始まった「アングレーム国際漫画祭」(Festival international de la bande dessinée d’Angoulême)がそれで、マンガ界におけるカンヌとも言われています。
フランス西部、ポワトゥー=シャラント(Poitou-Charentes)地域圏にあるアングレーム市が開催しているマンガ祭です。因みに、この地域圏のトップは、2007年大統領選挙の社会党候補だったロワイヤル女史(Ségolène Royal)が務めています。
毎年1月に開催されるアングレーム国際漫画祭。前年に出版された作品が対象ですが、例外があります。最も権威ある賞であるグランプリがそれ。長年マンガの発展に寄与したマンガ家を毎年1名選出し、選ばれた作家はマンガ・アカデミー会員となり、翌年の審査委員長を務めることになります。この新たなアカデミー会員、つまりグランプリの受賞者は、会員の投票によって決められています。
アカデミー会員などと言うとたいそう重々しくなりますが、映画が第七芸術と言われるように、マンガは第九芸術と言われているフランスですから、奇異に思われることもなく、その価値はしっかり認められているようです。
マンガのアカデミー会員になる、つまりマンガの殿堂入りした漫画家たちですが、あくまでフランス国内で出版された漫画の作者が対象ですから、ほとんどがフランス人。外国人受賞者はごく一部です(ベルギー人4名、アメリカ人2名、イタリア人1名、スイス人1名、ユーゴスラビア人1名、アルゼンチン人1名)。不公平な気もしますが、このあたりが、権威づけとその中心に鎮座ましますことの上手なフランス人ならでは。私たちは指をくわえて羨ましがるしかありません。
「マンガ」がそのままフランス語の言葉として通用し、マンガをきっかけに日本語を学ぶフランス人学生が多いとはいえ、アカデミー会員になった日本のマンガ家はまだ一人もいません。しかし、部門賞受賞者はいます。
<過去の日本人受賞リスト~ウィキペディアより>
谷口ジロー『遥かな町へ』(2002年、最優秀脚本賞、優秀書店賞)
浦沢直樹『20世紀少年』(2004年、最優秀長編賞)
谷口ジロー『神々の山嶺』(2005年、最優秀美術賞)
辰巳ヨシヒロ(2005年、特別賞)
水木しげる『のんのんばあとオレ』(2007年、最優秀作品賞)
水木しげる氏の作品は、1991年にマンガ作品として日本で出版されていますが、フランスでは2006年に出版されたのでしょうね、2007年の受賞になっています。
上記のように、日本人漫画家の受賞者はわずか4名です。しかも谷口ジロー氏と浦沢直樹氏はフランス人漫画家メビウス(Moebius:本名はJean Giraud:ジャン・ジロー)の影響を強く受けており(谷口氏のペンネームはジャン・ジローに因むのでしょうか)、フランス人の好みが反映されているのかもしれませんね。もちろん、上記4名の方々の作品が十分に素晴らしいことは、敢えて言うまでもありません。
さて、今年のアングレーム国際漫画祭の受賞作品を、30日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。
1月30日、第38回のアングレーム国際漫画祭のグランプリ(Grand Prix de la Ville d'Angoulême)が、『マウス』(“Maus”)の作者であるアメリカ人作家、アート・スピーゲルマン(Art Spiegelman)に授与された。数年前からスピーゲルマンの名はグランプリ候補に取り沙汰されていたが、ついに受賞。『マウス』一作だけの作家だとか、優れた作品だが、もう古いとか言われていたが、こうした批判にもかかわらず、マンガ・アカデミー会員たちはスピーゲルマンを仲間に迎え入れることにした。なお、今年の審査委員長は、フランス人漫画家・バル(本名はHervé Barula)が務めていた。
自分の出版社“Raw”から、1981年~1991年にかけて出版された『マウス』は大きな衝撃を与え、マンガ作品としては初めての、そして今日でも唯一のピューリッツァー賞受賞作品(1992年)となった。ユダヤ系ポーランド人として、アウシュビッツを生き延びた実父の経験を題材とした作品。ユダヤ人はネズミ、ナチは猫、ドイツ人は犬と擬人化されている。ショアーに関する寓話であるこの作品は、今日では30カ国語に訳され、学者の研究対象にもなっている。
風刺雑誌“Mad”の愛読者だったスピーゲルマンは、『マウス』の成功の後、1993年に雑誌『ザ・ニューヨーカー』に入社。2001年、9・11直後の号の表紙に、一見まっ黒に見えるが、よく見るとワールド・トレードセンターが描かれているというイラストを描き、評判を取る。しかし、その1年後、『ザ・ニューヨーカー』の編集がブッシュ政権へおもねっているという理由で退社してしまう。なお、夫人のフランソワーズ・ムーリー(Françoise Mouly:フランス人)は、『ザ・ニューヨーカー』のアート・ディレクターである(夫人がフランス人ということが今回の選考に影響したのではないかと思えないこともありません、なにしろ自国愛の強烈なフランス人ですから)。
その後、個人的にもトラウマともなった9・11とその影響を描いた『消えたタワーの影のなかで』(A l’ombre des tours mortes)を発表。今回の受賞に際しては、フランス・マンガの支援を、前にグランプリを受賞したアメリカ人作家、ロバート・クラム(Robert Crumb)に負けないようしっかり行っていきたいと述べている。
最優秀作品賞(Fauve d'or du meilleur album)は、パリに住むイタリア人漫画家、フィオ-ル(Emanuele Fior)の“Cinq mille kilomètres par seconde”(秒速5,000km)に贈られた。遠距離恋愛の物語で、新しい科学技術が重要な役割を演じている。非の打ちどころのない洗練さが特徴となっている。
審査員特別賞(Prix spécial du jury)は、フランス生まれのアメリカ人漫画家、マッツッケッリ(David Mazzucchelli)の“Asterios Polyp”に、最優秀シリーズ賞(Prix de la série)は、フランス人作家のヴァレー(Sylvain Valée:画)とニュリー(Fabien Nury:作)による4巻シリーズ“Il était une fois en France”にそれぞれ贈られた。ニュリーは現代最高の漫画作家と言われている。
最後になるが、「manga」の国、日本から唯一、最終候補58点の中に入っていた浦沢直樹の“Pluto”(『プルートウ』)は世代間賞(Prix Intergénérations)を受賞した。
・・・ということなのですが、『プルートウ』は、あの手塚治虫の『鉄腕アトム』、その「地上最大のロボット」をリメイクした作品。傑作は時代を超える、の一例ですね。
それにしても、アメリカで、ヨーロッパで、アジアで、多くのマンガが描かれ、多くの読者を獲得している。さすが、「第九芸術」です。その中で“manga”で通用するのですから、日本のマンガは大したもの。日本の文化戦略にとって大きな財産ですね。頑張れ、マンガ。そして、漫画家たちの創作意欲を減退させないような国の支援も、ぜひ。
そして、何事につけ、権威づけのうまいフランスは、マンガでも国際的な賞を創設しています。1974年から始まった「アングレーム国際漫画祭」(Festival international de la bande dessinée d’Angoulême)がそれで、マンガ界におけるカンヌとも言われています。
フランス西部、ポワトゥー=シャラント(Poitou-Charentes)地域圏にあるアングレーム市が開催しているマンガ祭です。因みに、この地域圏のトップは、2007年大統領選挙の社会党候補だったロワイヤル女史(Ségolène Royal)が務めています。
毎年1月に開催されるアングレーム国際漫画祭。前年に出版された作品が対象ですが、例外があります。最も権威ある賞であるグランプリがそれ。長年マンガの発展に寄与したマンガ家を毎年1名選出し、選ばれた作家はマンガ・アカデミー会員となり、翌年の審査委員長を務めることになります。この新たなアカデミー会員、つまりグランプリの受賞者は、会員の投票によって決められています。
アカデミー会員などと言うとたいそう重々しくなりますが、映画が第七芸術と言われるように、マンガは第九芸術と言われているフランスですから、奇異に思われることもなく、その価値はしっかり認められているようです。
マンガのアカデミー会員になる、つまりマンガの殿堂入りした漫画家たちですが、あくまでフランス国内で出版された漫画の作者が対象ですから、ほとんどがフランス人。外国人受賞者はごく一部です(ベルギー人4名、アメリカ人2名、イタリア人1名、スイス人1名、ユーゴスラビア人1名、アルゼンチン人1名)。不公平な気もしますが、このあたりが、権威づけとその中心に鎮座ましますことの上手なフランス人ならでは。私たちは指をくわえて羨ましがるしかありません。
「マンガ」がそのままフランス語の言葉として通用し、マンガをきっかけに日本語を学ぶフランス人学生が多いとはいえ、アカデミー会員になった日本のマンガ家はまだ一人もいません。しかし、部門賞受賞者はいます。
<過去の日本人受賞リスト~ウィキペディアより>
谷口ジロー『遥かな町へ』(2002年、最優秀脚本賞、優秀書店賞)
浦沢直樹『20世紀少年』(2004年、最優秀長編賞)
谷口ジロー『神々の山嶺』(2005年、最優秀美術賞)
辰巳ヨシヒロ(2005年、特別賞)
水木しげる『のんのんばあとオレ』(2007年、最優秀作品賞)
水木しげる氏の作品は、1991年にマンガ作品として日本で出版されていますが、フランスでは2006年に出版されたのでしょうね、2007年の受賞になっています。
上記のように、日本人漫画家の受賞者はわずか4名です。しかも谷口ジロー氏と浦沢直樹氏はフランス人漫画家メビウス(Moebius:本名はJean Giraud:ジャン・ジロー)の影響を強く受けており(谷口氏のペンネームはジャン・ジローに因むのでしょうか)、フランス人の好みが反映されているのかもしれませんね。もちろん、上記4名の方々の作品が十分に素晴らしいことは、敢えて言うまでもありません。
さて、今年のアングレーム国際漫画祭の受賞作品を、30日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。
1月30日、第38回のアングレーム国際漫画祭のグランプリ(Grand Prix de la Ville d'Angoulême)が、『マウス』(“Maus”)の作者であるアメリカ人作家、アート・スピーゲルマン(Art Spiegelman)に授与された。数年前からスピーゲルマンの名はグランプリ候補に取り沙汰されていたが、ついに受賞。『マウス』一作だけの作家だとか、優れた作品だが、もう古いとか言われていたが、こうした批判にもかかわらず、マンガ・アカデミー会員たちはスピーゲルマンを仲間に迎え入れることにした。なお、今年の審査委員長は、フランス人漫画家・バル(本名はHervé Barula)が務めていた。
自分の出版社“Raw”から、1981年~1991年にかけて出版された『マウス』は大きな衝撃を与え、マンガ作品としては初めての、そして今日でも唯一のピューリッツァー賞受賞作品(1992年)となった。ユダヤ系ポーランド人として、アウシュビッツを生き延びた実父の経験を題材とした作品。ユダヤ人はネズミ、ナチは猫、ドイツ人は犬と擬人化されている。ショアーに関する寓話であるこの作品は、今日では30カ国語に訳され、学者の研究対象にもなっている。
風刺雑誌“Mad”の愛読者だったスピーゲルマンは、『マウス』の成功の後、1993年に雑誌『ザ・ニューヨーカー』に入社。2001年、9・11直後の号の表紙に、一見まっ黒に見えるが、よく見るとワールド・トレードセンターが描かれているというイラストを描き、評判を取る。しかし、その1年後、『ザ・ニューヨーカー』の編集がブッシュ政権へおもねっているという理由で退社してしまう。なお、夫人のフランソワーズ・ムーリー(Françoise Mouly:フランス人)は、『ザ・ニューヨーカー』のアート・ディレクターである(夫人がフランス人ということが今回の選考に影響したのではないかと思えないこともありません、なにしろ自国愛の強烈なフランス人ですから)。
その後、個人的にもトラウマともなった9・11とその影響を描いた『消えたタワーの影のなかで』(A l’ombre des tours mortes)を発表。今回の受賞に際しては、フランス・マンガの支援を、前にグランプリを受賞したアメリカ人作家、ロバート・クラム(Robert Crumb)に負けないようしっかり行っていきたいと述べている。
最優秀作品賞(Fauve d'or du meilleur album)は、パリに住むイタリア人漫画家、フィオ-ル(Emanuele Fior)の“Cinq mille kilomètres par seconde”(秒速5,000km)に贈られた。遠距離恋愛の物語で、新しい科学技術が重要な役割を演じている。非の打ちどころのない洗練さが特徴となっている。
審査員特別賞(Prix spécial du jury)は、フランス生まれのアメリカ人漫画家、マッツッケッリ(David Mazzucchelli)の“Asterios Polyp”に、最優秀シリーズ賞(Prix de la série)は、フランス人作家のヴァレー(Sylvain Valée:画)とニュリー(Fabien Nury:作)による4巻シリーズ“Il était une fois en France”にそれぞれ贈られた。ニュリーは現代最高の漫画作家と言われている。
最後になるが、「manga」の国、日本から唯一、最終候補58点の中に入っていた浦沢直樹の“Pluto”(『プルートウ』)は世代間賞(Prix Intergénérations)を受賞した。
・・・ということなのですが、『プルートウ』は、あの手塚治虫の『鉄腕アトム』、その「地上最大のロボット」をリメイクした作品。傑作は時代を超える、の一例ですね。
それにしても、アメリカで、ヨーロッパで、アジアで、多くのマンガが描かれ、多くの読者を獲得している。さすが、「第九芸術」です。その中で“manga”で通用するのですから、日本のマンガは大したもの。日本の文化戦略にとって大きな財産ですね。頑張れ、マンガ。そして、漫画家たちの創作意欲を減退させないような国の支援も、ぜひ。