音楽でプレリュード(le prélude)と言えば、フランスの作曲家ならラヴェルやドビュッシーなどの名曲が耳元に甦ってきますが、政治の世界ではまさに嵐の前触れです。今、フランス政界で政党分裂の始まりではないかとさえ言われているのが、与党・UMP(l’Union pour un mouvement populaire:国民運動連合)の党内対立。それも、幹事長と首相の対立です。
政権与党と言っても、その中には、保守主義、保守自由主義、自由主義、ゴーリズム(シャルル・ド・ゴール元大統領の体現していたフランスの独自性・いわゆる大きな政府という政治姿勢を受け継ぐ派)、中道右派などさまざまなグループがあり、意見の違いは出やすいのでしょうが、今回は何しろ「幹事長」対「首相」ですから、大きな騒ぎとなっています。
幹事長はジャン=フランソワ・コペ(Jean-François Copé)。外見上は、政策通というより、政局に強そうな政治家に見えますが、パリ政治学院とENAを卒業したエリート。2012年にはサルコジ大統領に再選してもらい、その次の2017年を狙っていると、もっぱらの評判です。一方、首相は言うまでもなく、フランソワ・フィヨン(François Fillon)。大統領選への立候補準備からサルコジ大統領を支え、首相として4年。その温厚な人柄・態度から、大統領をしのぐ支持率で、最近の調査では、右派支持層から次期大統領選に出馬してほしい政治家のトップに推されています。ただし、本人にそこまでの野望があるのか、ないのか・・・
対立の種は、サルコジ大統領の提案。ブルカなど全身を覆う衣装の公共の場で着用禁止が実施に移される4月11日を前に、フランスの国是のひとつでもある政教分離(la laïcité)とイスラムの問題について、具体的な方策を論じる討論を喚起しようというものです。しかし、フィヨン首相は、こうしたテーマでの国民的議論は極右の国民戦線を利することになるだけではないかと、積極的ではありません。一方、サルコジ大統領の跡目を狙うコペ幹事長は大統領の意を汲んで、それ行けどんどん。対立の始まりです。
テレビ番組で幹事長が首相の態度を批判。それに対して、首相側近たちが反撃に出て、与党内で非難の応酬。サルコジ大統領も、冷静になるよう呼びかけましたが・・・さて、どうなっているのでしょうか。29日の『ル・モンド』(電子版)です。
29日朝に行われた与党の朝食会でホットな話題となったのは、前日の夜、コペ幹事長がフィヨン首相の態度を批判したことだ。4月5日に予定されている政教分離(la laïcité)に関する討論を前に、首相の対応が大統領や党の方針に沿っていないという批判だ。
予想されたように、朝食会の席上では、フィヨン首相が幹事長の意見に合わせたようだが、それでも、首相との争いごとをテレビで公表するようなことは慎むべきだ、と首相は述べたようだ。それに対しコペ幹事長は、自説を曲げず、フィヨン首相とはいろいろ話し合ったが、意見の食い違いも埋まってきた。言いたいことを言おうと思っただけだ。小郡選挙(県議会議員選挙)が終わった後であればこそ、忌憚なく言い合えるはずだ。フィヨン首相も、自分に落ち度があったことを認めている。
首相は、同じ29日、非公開の与党議員の集まりで、コペ幹事長との問題は終了した。意見の違いが政教分離での討論に尾を引くことはない、と語っていたと、参加した議員が語っている(内容がマスコミに筒抜けになるようでは、非公開の意味がないですね。どこの国の政界にもスピーカーはいるようです)。
実体がどのようなものであれ、与党にとって党内緊張が高まっている証しだ。サルコジ大統領も29日の朝、朝食会への出席者に冷静になるよう呼びかけた。しかもその前日にも同じように呼びかけていたのだが、ほとんど効き目がない。
職業教育担当大臣であるナディーヌ・モラノ(Nadine Morano)は、29日の昼、テレビ番組で、党分裂に言及しているパント議員やほかのUMP所属議員たちには、あなたたちがやっていることは分裂ごっこでしかない、と言いたいと述べ、平静さを呼び掛けた。
同じ日の朝、フィヨン首相に近いエティエンヌ・パント議員(Etienne Pinte)は、政教分離に関する討論に対し首相と意見を異にするなら、コペ幹事長は辞任すべきだ。早ければ早いほどいい。第五共和制において、党幹事長がこのように激しく野卑な態度で首相を攻撃したことはかつて一度もなかったと、テレビ番組で語っている。
パント議員によれば、責任を取るべきはコペ幹事長だ。なぜなら、こうした状況は、党の制度そのものの問題になるからだ。首相は共和国大統領によって指名されており、もしそうした首相に異を唱えるなら、与党幹事長の職を辞すべきであり、UMPの幕引きにならないためにも、早く辞任すべきだ。イヴリン(Yvelines)選出のパント議員はこう述べている。
ヨーロッパ問題担当大臣のローラン・ヴォキエ(Laurent Wauquiez)は、大統領選を1年後に控える今日、与党の分裂などあってはいけない。特にコペ幹事長は冷静になる必要があると、テレビ取材に答えて述べている。
担当大臣は続けて、連帯を強めなければいけないときに、幹事長が首相を非難するなど、責任放棄に等しい。コペ幹事長は、もともと組織で働くタイプだ。少しでも早く、チーム・スピリットを思い出してほしい。私の知っている限り、首相は政教分離に関する討論を止めようなどとは一度も言っていないと、語っている。
こうした間、元環境相で、党首を務める“Parti radical”(中道右派の政党)所属の議員ともども連立政権から離脱するのではないかと言われているジャン=ルイ・ボルロー(Jean-Louis Borloo)も、ちょっとしたメッセージを発している。ただしコペ幹事長を批判するものではない。コペ幹事長は実直な人間だ。ここ数週間、大統領、首相とともに、微妙な問題に関し党内合意を取り付けなくてはいけないと思っていたはずだ。しかし、何人かの議員たちの態度、必ずしも首相ではなく、その取り巻きたちの態度にうんざりしてしまったのだろう。与党はもう一度しっかりまとまるべきであり、最も大切なことは政府が冷静さを取り戻し、首相は率先して失業問題、雇用の創出、購買力の向上に取り組むべきだ。
・・・ということで、どうも党分裂含みの情勢にあるようです。そういえば、小郡選挙の第1回投票の後も、コペ幹事長とベルトラン労働雇用厚生相(Xavier Bertrand、前UMP総裁)は第2回投票が社会党と国民戦線の戦いになる選挙区では自由投票を呼びかけ、極右への投票も黙認する態度でしたが、フィヨン首相は国民戦線の台頭を抑えるべきだと述べ、社会党への投票も辞さない構えでした。2012年へ向けて極右も抱きこんで右翼票を統合したいという思惑で動くグループと、あくまで共和国精神を守ろうとするグループの戦いがあるようです。
政権与党内での政争・・・日本の場合は、自民党がそうでしたが、どんなに意見が食い違おうと、最終的には「権力の座」が求心力を発揮して、何とか一つにまとまることが多いようです。どうしても与党の立場でいたい。政権与党としての権力や権益を失いたくない。そのためなら、妥協だろうが謝罪だろが、何でもやる。
しかし、フランスの場合は、どうなのでしょうか。自分の主義主張に殉じる覚悟なのでしょうか。それとも、やはり、権力闘争を潜り抜けようやく手にした政権与党の中枢の座、少々のことには目をつむってでも、党分裂は回避するのでしょうか。
UMPが今後どう動くのか、まさに生きた教材になりそうです。
政権与党と言っても、その中には、保守主義、保守自由主義、自由主義、ゴーリズム(シャルル・ド・ゴール元大統領の体現していたフランスの独自性・いわゆる大きな政府という政治姿勢を受け継ぐ派)、中道右派などさまざまなグループがあり、意見の違いは出やすいのでしょうが、今回は何しろ「幹事長」対「首相」ですから、大きな騒ぎとなっています。
幹事長はジャン=フランソワ・コペ(Jean-François Copé)。外見上は、政策通というより、政局に強そうな政治家に見えますが、パリ政治学院とENAを卒業したエリート。2012年にはサルコジ大統領に再選してもらい、その次の2017年を狙っていると、もっぱらの評判です。一方、首相は言うまでもなく、フランソワ・フィヨン(François Fillon)。大統領選への立候補準備からサルコジ大統領を支え、首相として4年。その温厚な人柄・態度から、大統領をしのぐ支持率で、最近の調査では、右派支持層から次期大統領選に出馬してほしい政治家のトップに推されています。ただし、本人にそこまでの野望があるのか、ないのか・・・
対立の種は、サルコジ大統領の提案。ブルカなど全身を覆う衣装の公共の場で着用禁止が実施に移される4月11日を前に、フランスの国是のひとつでもある政教分離(la laïcité)とイスラムの問題について、具体的な方策を論じる討論を喚起しようというものです。しかし、フィヨン首相は、こうしたテーマでの国民的議論は極右の国民戦線を利することになるだけではないかと、積極的ではありません。一方、サルコジ大統領の跡目を狙うコペ幹事長は大統領の意を汲んで、それ行けどんどん。対立の始まりです。
テレビ番組で幹事長が首相の態度を批判。それに対して、首相側近たちが反撃に出て、与党内で非難の応酬。サルコジ大統領も、冷静になるよう呼びかけましたが・・・さて、どうなっているのでしょうか。29日の『ル・モンド』(電子版)です。
29日朝に行われた与党の朝食会でホットな話題となったのは、前日の夜、コペ幹事長がフィヨン首相の態度を批判したことだ。4月5日に予定されている政教分離(la laïcité)に関する討論を前に、首相の対応が大統領や党の方針に沿っていないという批判だ。
予想されたように、朝食会の席上では、フィヨン首相が幹事長の意見に合わせたようだが、それでも、首相との争いごとをテレビで公表するようなことは慎むべきだ、と首相は述べたようだ。それに対しコペ幹事長は、自説を曲げず、フィヨン首相とはいろいろ話し合ったが、意見の食い違いも埋まってきた。言いたいことを言おうと思っただけだ。小郡選挙(県議会議員選挙)が終わった後であればこそ、忌憚なく言い合えるはずだ。フィヨン首相も、自分に落ち度があったことを認めている。
首相は、同じ29日、非公開の与党議員の集まりで、コペ幹事長との問題は終了した。意見の違いが政教分離での討論に尾を引くことはない、と語っていたと、参加した議員が語っている(内容がマスコミに筒抜けになるようでは、非公開の意味がないですね。どこの国の政界にもスピーカーはいるようです)。
実体がどのようなものであれ、与党にとって党内緊張が高まっている証しだ。サルコジ大統領も29日の朝、朝食会への出席者に冷静になるよう呼びかけた。しかもその前日にも同じように呼びかけていたのだが、ほとんど効き目がない。
職業教育担当大臣であるナディーヌ・モラノ(Nadine Morano)は、29日の昼、テレビ番組で、党分裂に言及しているパント議員やほかのUMP所属議員たちには、あなたたちがやっていることは分裂ごっこでしかない、と言いたいと述べ、平静さを呼び掛けた。
同じ日の朝、フィヨン首相に近いエティエンヌ・パント議員(Etienne Pinte)は、政教分離に関する討論に対し首相と意見を異にするなら、コペ幹事長は辞任すべきだ。早ければ早いほどいい。第五共和制において、党幹事長がこのように激しく野卑な態度で首相を攻撃したことはかつて一度もなかったと、テレビ番組で語っている。
パント議員によれば、責任を取るべきはコペ幹事長だ。なぜなら、こうした状況は、党の制度そのものの問題になるからだ。首相は共和国大統領によって指名されており、もしそうした首相に異を唱えるなら、与党幹事長の職を辞すべきであり、UMPの幕引きにならないためにも、早く辞任すべきだ。イヴリン(Yvelines)選出のパント議員はこう述べている。
ヨーロッパ問題担当大臣のローラン・ヴォキエ(Laurent Wauquiez)は、大統領選を1年後に控える今日、与党の分裂などあってはいけない。特にコペ幹事長は冷静になる必要があると、テレビ取材に答えて述べている。
担当大臣は続けて、連帯を強めなければいけないときに、幹事長が首相を非難するなど、責任放棄に等しい。コペ幹事長は、もともと組織で働くタイプだ。少しでも早く、チーム・スピリットを思い出してほしい。私の知っている限り、首相は政教分離に関する討論を止めようなどとは一度も言っていないと、語っている。
こうした間、元環境相で、党首を務める“Parti radical”(中道右派の政党)所属の議員ともども連立政権から離脱するのではないかと言われているジャン=ルイ・ボルロー(Jean-Louis Borloo)も、ちょっとしたメッセージを発している。ただしコペ幹事長を批判するものではない。コペ幹事長は実直な人間だ。ここ数週間、大統領、首相とともに、微妙な問題に関し党内合意を取り付けなくてはいけないと思っていたはずだ。しかし、何人かの議員たちの態度、必ずしも首相ではなく、その取り巻きたちの態度にうんざりしてしまったのだろう。与党はもう一度しっかりまとまるべきであり、最も大切なことは政府が冷静さを取り戻し、首相は率先して失業問題、雇用の創出、購買力の向上に取り組むべきだ。
・・・ということで、どうも党分裂含みの情勢にあるようです。そういえば、小郡選挙の第1回投票の後も、コペ幹事長とベルトラン労働雇用厚生相(Xavier Bertrand、前UMP総裁)は第2回投票が社会党と国民戦線の戦いになる選挙区では自由投票を呼びかけ、極右への投票も黙認する態度でしたが、フィヨン首相は国民戦線の台頭を抑えるべきだと述べ、社会党への投票も辞さない構えでした。2012年へ向けて極右も抱きこんで右翼票を統合したいという思惑で動くグループと、あくまで共和国精神を守ろうとするグループの戦いがあるようです。
政権与党内での政争・・・日本の場合は、自民党がそうでしたが、どんなに意見が食い違おうと、最終的には「権力の座」が求心力を発揮して、何とか一つにまとまることが多いようです。どうしても与党の立場でいたい。政権与党としての権力や権益を失いたくない。そのためなら、妥協だろうが謝罪だろが、何でもやる。
しかし、フランスの場合は、どうなのでしょうか。自分の主義主張に殉じる覚悟なのでしょうか。それとも、やはり、権力闘争を潜り抜けようやく手にした政権与党の中枢の座、少々のことには目をつむってでも、党分裂は回避するのでしょうか。
UMPが今後どう動くのか、まさに生きた教材になりそうです。