ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

フランスの外人部隊・・・今でも戦い、死んでゆく。

2011-12-30 20:24:37 | 社会
外人部隊・・・この言葉には、哀愁、そして、そこはかとないロマンを感じてしまいます。懐かしの名画に登場してくるからでしょうか。1930年製作のアメリカ映画『モロッコ』が外人部隊をかなり詳細に描いています。主演は、ゲイリー・クーパーとマレーネ・ディートリヒ。ご覧になった方も多いことでしょう。はじめて日本語字幕が付けられたトーキー映画でもあるそうです。

また、“Le Grand Jeu”(日本語ではそのものずばりの『外人部隊』)というタイトルの作品も二つあります。まずは、1934年のフランス映画で、ジャック・フェデー(Jacques Feyder)監督の作品。デュヴィヴィエ(Julien Duvivier)監督の『舞踏会の手帳』(Un Carnet de bal)などに出ていたマリー・ベルが出演しています。もう一つは、1954年の仏伊合作映画で、ロベール・シオドマク(Robert Siodmak)監督、出演はジャン=クロード・パスカル、イタリアの美人女優、ジーナ・ロロブリジーダ、『天井桟敷の人々』(Les enfants du Paradis)でお馴染みのアルレッティなど。ジャック・フェデーはこの作品ではシナリオを担当しています。

訳ありの男たちが、明日をも知れぬ戦いの場に身を投じる。偽名で、過去に封印をして。そして、女に出会う。出会う場所は、酒場。紫煙の向こうで、激しい恋が始まる・・・と、勝手な想像が膨らんでしまうのですが、実際は、兵隊。そんなロマンチックなものではないのでしょう。

昔は傭兵が中心だった戦い。スイス人傭兵が名高く、今でもスイス衛兵隊としてバチカンにいます。しかし、これはもはや観光名物。戦争のためではありません。傭兵は今日ではジュネーブ条約で禁止されているそうです。傭兵が徴兵制に変わったのは、ナポレオン配下の国民軍が圧倒的に強く、各国がその制度に倣ったためとか。しかし、その後、成年男子が減ったフランスは、外人部隊を1831年に創設。100カ国以上から集まっていたそうで、1930年代には日本人60名ほどが在籍していたとか。最近でも35名の日本人が加わっているというレポートもあります。

外人部隊、フランス語では“Légion étrangère”ですが、名前が傭兵ではなくなっても、戦場へ派遣されるのは同じ。21世紀になっても、コートジボワールなど旧植民地を中心に、紛争地域へ派遣されています。

外人部隊の兵隊は、“légionnaire”、レジオンドヌール勲章佩綬者と同じ呼び名ですが、兵隊は兵隊、危険と隣り合わせで、死亡することがあるのは言うまでもありません。昨日、29日にも、二人の外人部隊兵士が、死亡しました。戦闘で、銃弾によって命を奪われた。場所は、アフガニスタン。しかも、その死に方には、アフガニスタンの現状が映し出されている・・・どのように亡くなったのでしょうか、29日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

二人のフランス外人部隊兵士、一人はモハメド・エル=ガラフィ准尉、39歳。もう一人は名前が明らかになっていないが、伍長。ヴォクリューズ県(南仏、アヴィニョンが県庁所在地)のサン・クリストル(Saint-Christol)に基地を置く第2外人工兵連隊(2e régiment étranger de génie:REG:第27山岳歩兵旅団に属する連隊)所属の兵士だ。この二人の兵士は、エリゼ宮(大統領府)の発表によれば、29日、アフガニスタンで、アフガニスタン正規軍(l’Armée nationale afghane:ANA)のある兵士によって、誤射ではなく、狙い撃ちで殺された。

そのアフガン兵士はすぐさまフランス軍により射殺されたと、参謀部の報道官、ティエリー・ビュルカール(Thierry Burkhard)は公表している。彼はまた、二人の兵士を殺したアフガン兵士は首都カブールの北東、カピサ(Kapisa)地方の山岳部に配置されているANAの常備別働隊の一員だとも語っている。この別働隊は、共同作戦の場合、フランス軍と行動を共にすることになっている。参謀部によれば、ANAの兵士がフランス兵に対し銃口を向けたのは今回が初めてとのことだ。

エリゼ宮や参謀部が二人の死亡を公表する少し前、アフガニスタン駐留NATO軍もコミュニケを発表し、タリバン勢力が浸透しているカピサ地方で、アフガニスタン正規軍の制服を着た一人の男により、NATO軍指揮下の二人の兵士が殺されたと伝えていた。

大統領府はツイッタ―で、二人の外人部隊の兵士はタガブ渓谷でアフガニスタン正規軍支援の任務に就いていたが、あるアフガン兵に狙われ、射殺されたと発表している。サルコジ大統領は、沈痛な想いと遺族への衷心からのお悔やみを表明した。

ここ2年ほど、同じような事件が起きている。その動機は必ずしも明らかにはなっていないが、こうしたケースはアフガニスタン現政権に対する反抗勢力が正規軍にかなり浸透していることを物語っており、2014年末にはNATO駐留軍に代わりアフガニスタン正規軍が治安維持を担うことになっているだけに、より一層大きな脅威となっている。

10月末にも、アフガニスタン南部で正規軍の制服を着た兵士により、NATO軍の兵士3人が殺されている。アフガニスタン国内の反抗勢力による攻撃のいくつかは、今回のケースのように、アフガニスタン警察か正規軍の制服を着た人間によって、あるいは正規軍内部の手引きによって、行われている。

今までで最悪のケースは、今年4月27日、カブールの空軍基地内で、7人の士官、そして職業訓練に当たっていた民間人1人、合計8人のアメリカ人が1人のアフガニスタン兵によって殺害されたことだ。動機は不明なまま。2001年以降、アフガニスタンで死亡したフランス兵は78人に上る。

・・・ということで、NATO軍の一翼を担うカタチでアフガニスタンへ派兵しているフランス。しかし、ここ10年で78人の兵士が死亡しています。来年に大統領選挙を控え、社会党は2012年末までにアフガニスタンからの撤退を行うと述べていますが、一般国民からすぐにでも撤兵すべしという声が上がっているとは、聞いていません。やはり、世界の大国、主要国としての責務と思っているのでしょうか。国連安全保障理事会の常任理事国。EUのキープレーヤー。フランスは今でもフランス、大国としての重責を自覚している・・・のでしょうか。

“noblesse oblige”・・・「直訳すると『高貴さは(義務を)強制する』を意味し、日本語では、しばしば『位高ければ徳高きを要す』などと訳される。一般的に財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを指す。(中略)最近では主に富裕者、有名人、権力者が社会の模範となるように振る舞うべきだという社会的責任に関して用いられる。」(『ウィキペディア』)・・・大国には大国なりのモラル上の責任があるということなのでしょう。ということは、フランス国民は、このことを認識しているということなのでしょうか。路上を埋め尽くすようなデモも起きていないようです。外人部隊の兵士だけでなく、フランス国籍の兵士も犠牲になっています。それでも、派兵反対の声がうねりとならない。遺族への連帯を示す行動は多いのですが。

一方、中国に抜かれたとはいえ、世界第3位の経済大国、日本。その経済力に見合うだけの責任をどう果たしているのでしょうか。責任の担い方は、いくつもあるはずです。なにも軍事に限るわけではなりません。環境への貢献、弱者への支援、新たな価値の創造、新技術の開発・・・「大国」という名に酔っているだけでは、淋しい。「大国」としての利益追求だけでは、哀しい。ノブレス・オブリージュ、日本は十分に果たしていると、胸を張って言えますか? 果たしていると言えるにせよ、日本の貢献できる余地はまだまだあるのではないでしょうか。

バカだね~、男は。頭の中は「女」のことばかり。

2011-12-29 21:26:49 | 社会
師も走る。生徒も走る。疲れたおじさんも走る。何かと慌ただしい年の瀬、なかなか落ち着いて机の前に座れないのは、自分の弱さと自戒するものの、更新が飛び飛びに。まるでクリスマス休暇。このまま正月休みへ突入かと思ったりするわけですが、毎日200人前後の方々にアクセスしていただき、感謝、感謝の師走。大つごもりを前に、今日から、再開です。

再開第一弾(という、大層なものではないのですが)は、「男はバカだね~」という話題です。何を分かり切ったことを、とお思いの方も多いことかもしれませんが、どうやら、科学的にも実証されているようです。

男のどこがバカなのか・・・23日の『ル・モンド』(電子版)を覗いてみましょう。

科学の分野では、次のような言い方になる。人類のオスの認識行動は異性と会うことにより劣化するのか? とても魅力的な女性のいるパン屋さんに行くと、ロベールは(すべてのロベールに事前に謝っておくが)良く焼けたバタール(bâtard)を注文するのを忘れ、クロワッサンだけを買って店を出てしまう。こうした状況をテクス・エイヴリー(Tex Avery:アメリカのアニメ作家、1908-1980)は、「ポカーンと開けた口を閉じろ、あほが、何か喋れ」という状態だと表現している。心理学では、認識テストにおいて、異性愛の男性は女性について話した後では、その前よりもテストの結果が悪くなる、という研究成果が発表になっている。女性の場合では起きないそうだ。どうしてなのだろう。

平均的に言ってだが、男性は女性以上に日常生活のシチュエーションに性的な意味合いを持ちこむ特徴がある。「こんにちは、お隣さん。ゴミを出す姿もお美しい」などと言っているのだが、生物学者によれば、異性から発せられるシグナルに過剰反応する男性の能力は、交尾のチャンスを逃さないよう促された進化の側面だそうだ。しかし、常に交尾のチャンスを追い求める本能ゆえに、認識テストの結果が劣るといった代償を払わされることになる。なぜなら、男性は、相手の生殖者としての能力を判断し、感情をコントロールし、自分のイメージがよく見えるように、他人に良い印象を与えることができるようにと気を配ることによって、認識能力(「知性」とは敢えて言わないでおこう)を必要以上に使い、疲れきっているからだ。

従って、異性との出会いの後では明らかな影響が出る。しかし、出会う前では? 女性と会うと思っただけで、平均的な異性愛男性はかなりの認識力を失うことになるのだろうか。『アンナ・カレーニナ』(Anna Karénine)の冒頭の部分で、トルストイは地主・リョーヴィン(Levine)を登場させている。リョーヴィンは凍ってスケート場となっている池へ向かうのだが、そこで恋に落ちた相手の若い女性と合うことになっていた。「小道を辿りながら、リョーヴィンはつぶやいた。『落ち着け、動揺するな。何をしたいのだ。何ができるのだ。黙れ、このバカ者が。』このように、彼は自らの心に語りかけた。しかし、落ち着こうとすればするほど、感情があふれ出し、息苦しいほどになった。知り合いが通りかかって彼に声を掛けたのだが、リョーヴィンは気づくことすらなかった」・・・気の毒な若者だ。こうした「リョーヴィン現象」を確かめるために、オランダの心理学者チームが、ある実験を行い、その結果を11月、学術誌“Archives of Sexual Behavior”に発表した。

その心理学チームは、言語に関する実験だという嘘の背景説明をし、90人の男女に意味を理解するテストを行った。被験者には、調査員が後に部屋に入って行くので、調査員が出す二番目のテストの開始合図を待つように、そして待つ間、ウェブカメラの前でテキストを読むようにと伝えた。被験者には調査員のファーストネームが伝えられ、男性か女性か分かるようになっている。仕掛けは、やがて入ってくる調査員への期待を膨らませることだ。この条件で実験を行ったところ、女性の場合、やってくる調査員の性別による変化はほとんど現れなかった。一方、男性の被験者の場合、女性の調査員が入ってくると思うと、テキストを読むテストの結果は調査員が男性と思われる場合よりも悪くなった。しかも、滑稽なことに、実際には女性は部屋に入って行かないにもかかわらず、こうした結果が出たことだ。

・・・ということで、これではまるで、男は「パブロフの犬」。女性が部屋に入ってくると思うだけで、そわそわ、ドキドキ、妄想も膨らみ、テキストを読むことに集中などできなくなる。それも、女性など入って来ないというのに。哀れな者よ、汝の名は、オ・ト・コ。

鳥や魚、動物など、確かにオスのほうが見た目が美しい生き物が多いですね。見映えでメスの関心を惹くのでしょう。しかし、一方、オス同士の激しい戦いを経て、勝者だけがメスと交われる、つまり子孫繁栄のために強い肉体と闘争本能が求められる種類もあります。オスは見映えが肝心、いや、オスは強くなければ生きていけない。さあ、人間のオスは、どうあるべきなのでしょうか・・・幸いなことに、十人十色、“Chacun a ses goûts.”が受け入れられる余地があります。強く生きたい男、美しくありたい男。そして、それぞれを支持する女性たち。似た者同士であれば、外野がとやかく言う必要はないのかもしれません。しかし、似た者同士で終生連れ添うことができるのは、意外と少ないのではないでしょうか。似た者同士と思っていたら、実は価値観が違っていたり・・・人生、ままなりませんね。

国際分業の時代に、「バイ・フレンチ」は効果があるのか?

2011-12-22 22:38:18 | 経済・ビジネス
フランス語ですから、もちろん“achetez Français”になるのですが、「“Made in France”を買おう」という掛け声が、大統領選が近付くにつれ、左、中道、右、それぞれの候補者から合唱よろしく聞こえて来ています。

背景は言うまでもなく、高止まりする失業率、工場の海外移転、低迷する経済成長、そして欧州債務危機。先進国に共通する問題で、リーマン・ショックの後、アメリカでは「Buy americans」という掛け声が響きました。日本では、聞こえてきませんね。外国ブランドがお好きな方々が多いのでしょうか。あるいは、安いのが一番と、中国や東南アジアからの輸入品に飛びついているからでしょうか。

いずれにせよ、欧米からは自国製の製品を買おうという声が聞こえてきます。しかし、21世紀の今、そうした運動が自国の雇用を増やし、経済を後押しすることに繋がるのでしょうか。

懐疑的な意見を、フランスのあるシンクタンク(cercle de réflexion)が発表しています。“Fondapol”と呼ばれるシンクタンクで、正式名称は“Fondation pour l’innovation politique”(政治改革財団)。2004年4月に、現与党・UMPの支援で設立された財団で、政治的立ち位置は中道右派。特にシラク(Jacques Chirac)前大統領に近く、自由主義を標榜しています。このシンクタンクの研究員、アレクシス・ブノワ(Alexis Benoist)氏の文章が、16日の『ル・モンド』(電子版)に掲載されていました。どのように、語っているのでしょうか・・・

フランソワ・バイルー(François Bayrou:中道政党・MoDemの大統領選候補)の“achetez Français”(フランス製を買おう)から、サルコジ(Nicolas Sarkozy)大統領の“produire en France”(フランス国内で生産しよう)、そしてフランソワ・オランド(François Hollande:社会党の大統領選候補)の“patriotisme industriel”(愛国心ある産業)まで、“Made in France”を擁護することが選挙の争点になっているが、はたしてそのことが脱工業化の時代において効力のある対策なのかどうか自問するだけの価値はありそうだ。

“produit en France”(メイド・イン・フランス)は、12月4日にフランソワ・バイルーがフランスの再工業化を強調して以降、大統領選挙の一つの旗となった。しかし、もううんざり、といった気分だ。なぜなら、ジョルジュ・マルシェ(Georges Marchais:フランス共産党の書記長を1972年から94年まで務めた政治家)がすでに1981年の大統領選の際、“Produison français !”(フランス製を作ろう)を選挙運動のスローガンにしていたからであり、1990年代には、極右の国民戦線(FN)がそれをすっかり真似て、“produire français avec des Français”(フランス人の手でフランス製品を作ろう)と提唱していた。しかも、同時期、幾分トーンダウンした形で、商工会議所が広告で“Nos emplettes sont nos emplois”(フランス製を買うことは雇用に繋がる)と、消費者、そして市民としての務めを訴えかけていた。国産品を買おうという訴えはどうしてこうも周期的に大きな声になるのだろうか。そうした運動は、フランスの産業界を覆っている危機を解消することができるのだろうか。

最近提唱されている市場における愛国心は、労働者階級の困窮に対する政治的対応だ。フランス国内の脱工業化によって引き起こされる問題を無視することは、不可能に近い。工場閉鎖や工場の海外移転、そしてそれらにまつわる悲劇・・・こうした事柄は、多くの人々が主張する通り、夜8時のニュースの視聴者を感動させるために繰り返し持ち出される単なる話題ではない。フランス産業界の雇用者数は1980年の530万人から2010年には300万人に減少している。30年間で40%以上も激減したことになる。こうした労働者数の減少は、選挙戦の状況を変化させ、国民戦線が伝統的な工業地域で支持を広げる結果となっている。従って、大統領選の候補者たちが政治に不信を抱く労働者たちの周りに次々と集まり、少なくとも言葉では、国産品を守ろうと声を張り上げているのも、不思議ではない。

労働者の票だけでなく、“Made in France”は激変する世界の中で、フランスの将来に不安を募らせている多くの声なきフランス人に、サブリミナルなメッセージを送ることになる。グローバル化が古い経済構造を揺るがし、EUが根幹からぐらつき、共和国的政策が共同体の崩壊により試練にさらされている今、国民的感情を刺激することが選挙民を突き動かすのに効率的なエンジンとなっているのだ。

また、フランス製品を支援しようという提唱がクリスマスの数週間前に行われているのは、偶然というわけではない。カトリックの伝統的義務として、クリスマスを前に連帯に心を砕くのがフランス人にとっての習わしとなっている。その意味で、“Made in France”購入の呼びかけは、再工業化や経済的愛国心、深刻な危機に直面しての国民的連帯心などを見込みのあるテーマとして持ち出すうまい方法だと見做すことができる。

見逃されていた産業を取り巻く現状へのこうした訴えかけは、提唱者の本気度にもよるが、幻想、あるいは手品の類と見ることもできる。アダム・スミス(Adam Smith:1723~90、イギリス人の経済学者、『富国論』はとくに有名、「経済学の父」とも呼ばれています)以降、商売と思いやりがお互い相容れないものであることは広く知られている。フランスの消費者が慈悲的気持ちを高揚させることができるにせよ、その消費行動は生産国がどこであろうと、品質と価格の関係(コスト・パフォーマンス)で商品を選ぶということになっている。コスト・パフォーマンスを良くすることにより、製造の国際分業はフランス人の購買力を向上させるのに役立っている。フランス人は喜んで購買力を“Made in France”の祭壇に捧げることはしないと断言できる。働いていた工場の閉鎖を嘆くフランス人が、限られた購買力のせいで、近くのスーパーで中国製品を買っている。一人の個人の中に、こうして利害の反する消費者と生産者とが同居しているのだ。

産業界での雇用の減少という実際の問題に対し、国産品を買おうという呼びかけは、誤った処方箋による間違った対応ということにもなる。実際、フランス国内で生産された製品は雇用の維持につながると考えるような、偏った見方は欺瞞だ。コルベール(Jean-Baptiste Colbert:1619-83、ルイ14世の財務総監、重商主義や保護主義を採用し、ゴブラン工場などの製造業を設立・保護しました)によるマニュファクチュアの時代に帰るのならいざ知らず、今日の競争を生き抜くためには、フランス企業も生産性を常に向上させねばならないということを認めざるを得ない。生産性の向上のためには、機械化や生産方法の効率化が必要となる。Schumpeter(ヨーゼフ=アーロイス・シュンペーター:1883-1950、オーストリアの経済学者、起業家の行う不断のイノベーションが経済を変動させるという理論を構築しました)によって分析されたように、創造的破壊(destruction créatrice)という残酷な名のプロセスは、避けようもなく最も非生産的な職場を削減させることに繋がる。こうした国内の生産手段の変化がフランス国内の労働者数減少の第一の原因であり、国際競争よりも大きな影響を与えている。こうしたデータを前に、フランス製の商品を買おうという運動は何もできないのだ。製造の国際分業により、ほとんどすべての製品が生産国がバラバラの部品を組み立てることになっているだけに、いっそう“Made in France”を買おうという提唱は効き目がないことになる。結局、フランス製の製品(produit français)とは、何を指すのだろうか。

・・・ということで、高失業率、経済の停滞、購買力の低下という背景もあり、国民の愛国心をくすぐることは、選挙戦で有利に働くのではないかという判断があるようです。そこで、“Made in France”を買おうという提唱が陣営の左右を問わず聞こえてくるわけですが、では、そのフランス製の製品とは何なのか、という疑問を持ちざるを得ないのが今日の現状です。

国際分業。数カ国にまたがるサプライ・チェーンを構築し、最終的にどこかの国で製品を組み立てる。この場合、その製品はどこの国で作られたものと断言できるのでしょうか。例えば、部品を、ハンガリー、トルコ、アイルランドで製造し、最終的組み立てだけをフランスで行った場合、どこの国の製品になるのでしょうか。そして、最終的組み立てがフランスだからと言って、その製品をより多く買うことが、国内雇用の増加にどれだけ役立つのでしょうか。最終組み立てほど機械化が進んでいる場合が多く、部品メーカーのある国の雇用増にはつながっても、フランスの雇用を増やすことには、あまり大きな影響を及ぼさないのではないか・・・なるほど、という指摘ですね。

では、日本で「バイ・ジャパニーズ」が叫ばれないのは、国民がこうしたことを良く理解しているからなのでしょうか・・・それなら、素晴らしいことです! 連帯心がないから、とは思いたくないものです。

多様性を求めるのか、外国人を排除するのか・・・フランスが、選ぶのは?

2011-12-20 22:16:39 | 社会
不法移民の国外追放に関しては、目標数字まで掲げて躍起になっているフランスですが、最近では、合法的な労働移民の人数も削減し、さらにはフランスで大学を卒業し、フランス国内で就職も決まった学生のビザ切り替えを認めず、国外へ追いやる動きも出ています。フランスは、外国人をどこまで減らしたいのでしょうか。コスモポリタンな魅力がなくなってしまうと思うのですが・・・一時的な、選挙対策にすぎないのでしょうか。

こうした状況に、当の外国人留学生たちが立ち上がり、デモ行進を行いました。その列に、日本人留学生はいたのでしょうか。そのデモの様子を、18日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

外国人留学生と、不法滞在者たちが一緒に、18日、パリでデモ行進を行った。この日は、国連の定めた「世界移民の日」であり、12の団体がゲアン(Claude Guéant)内相の移民政策に抗議すべく呼び掛けたものだ。

警察の発表で950人、主催者発表で3,000~5,000人がデモ行進を行ったが、その先頭を行く横断幕には、“Ensemble pour les droits et la dignité des migrant-e-s”(移民の権利と尊厳のために一緒に闘おう)と書かれている。“Réseau éducation sans frontières”(RESF:国境なき教育ネットワーク)は、合法的であろうと違法であろうと、その立場がますます脆弱になっている移民に対して法律を厳格化しているフランス政府を批判し、この件を政局に利用している政治屋たちを糾弾している。

“Etudiants étrangers indignés = diplômés, recrutés, explusés”(怒れる外国人留学生・・・学位を取り、就職が決まっても、国外追放)という横断幕で、学生たちは5月31日のゲアン通達を取り消すよう求めている。この通達のために、学位を取得した多くの留学生が、フランス企業から採用通知をもらったにもかかわらず、ビザを学生から就労者に切り替えることができないでいる。

「フランス政府は、修正すべき適用の誤りはあったとは認めるものの、是が非でもわれわれ外国人留学生を追い払いたいのだ。今でも起きている運用の過ちを避けるための明確な指示が知事たちに出されるのはいつになるのだろうか」と、“グループ・5月31日”の広報、Hajer Gorgiは語っている。

彼女によれば、「900件の適用過ちが指摘され、その内250件が修正された。しかし毎週、新たな運用過ちが加わっている。しかも、企業の人事担当者(DRH:Directeur des ressources humaines)は今日ではついに外国人留学生の採用数に制限を設けるようになっている。これは政府によって強いられた就業差別であり、まったくもって違法な行為だ。」

彼女はまた、学位を持っていること、および母国語が異なることで、留学生はフランス人失業者と職探しでバッティングすることはない、とも語っている。そして、「覆水盆に返らずで、今日ではフランスのイメージは多くの国々で色褪せてしまっている」と、述べている。

・・・というわけで、せっかくフランスの大学に留学し、無事卒業、フランスの企業から採用通知ももらったのに、就労ビザに書き替えができずに、強制送還される留学生が増えています。

移民、あるいは留学後もフランスに留まった人の中から芸術家やノーベル賞受賞者が出て、そのことがフランスを「文化大国」たらしめてきたのではないかと思うのですが、もう、留学生はいらない、ということなのでしょうか。これでは、フランスへ留学したいという学生、さらには、フランス語を学びたいという人が更に減少してしまうのではないでしょうか。文化大国・フランスは、それでいいのでしょうか。移民などの新しい刺激があったればこそ、フランスに文化の花も咲いてきたと思うのですが・・・

こうして外国人排斥が行われている一方で、フランスで生まれ育った移民2世たちは、さすがに排斥できなのでしょう、同化させようという動きが出ています。

「アファーマティブ・アクション」(弱者集団の不利な現状を、歴史的経緯や社会環境を鑑みた上で是正するための改善措置のこと。この場合の是正措置とは、民族や人種や出自による差別と貧困に悩む被差別集団の進学や就職や職場における昇進においての特別な採用枠の設置や試験点数の割り増しなどの直接の優遇措置を指す~『ウィキペディア』)に近い施策なのですが、恵まれない地域や家庭で育った高校生に大学やグラン・ゼコールの門戸をより広く開放しようという動きです。特にそうした対策に熱心なパリ政治学院(Sciences Po:名門グラン・ゼコール)の新たな試みを、12日の『ル・モンド』(電子版)が伝えていました。

パリ政治学院は12日、学生のプロフィールにより一層の多様性をもたらすために、2013年の入試から抜本的な改革を行うつもりであると、コミュニケを通して発表した。

筆記試験は、3月、バカロレアの前に行われ、バックでの「成績優秀」(mention très bien au bac)による入学許可は廃止される。面接や外国語の口頭試問による評価が導入される一方、筆記試験の科目数は4教科から3教科(歴史、国語、選択科目から一教科)に削減される。

こうした改革は他の入試、つまり外国での入試、優先的教育協定(conventions éducation prioritaire)、2校就学(double diplôme)や大学院の入試においても適用されることになる。

パリ政治学院は、メディア・ディレクターのRichard Descoingsの指揮の下、10年前から社会的多様性を積極的に受け入れる施策を行ってきた。特に、“conventions ZEP”(ZEP=zones d’éducation prioritaire:何かと問題の多い郊外に育った高校生を一般入試とは別枠で入学させる制度)が有名だ。2年前にも改革を行ったのだが、2013年に新たな改革を行うことになった。というのも、1998年から2011年の間にパリ政治学院に入った、工員など労働者階級出身の新入生の割合は、3%から12%へと4倍に増えたが、それでも一般大学での30%前後には程遠い状況だからだ。

・・・ということで、フランスに生まれ育った移民の子どもたちには、たとえエリート校であるグラン・ゼコールでもその門戸を広げよう、という動きですね。現状では、受け入れに積極的なパリ政治学院でも、郊外に育った労働者階級の子どもの割合は、12%に過ぎません。さすが、階級社会。格差が固定しているようです。なにしろ、経済的ゆとりのある家庭では、孟母三遷、いわゆる名門リセに入学させるために、ヌイイやヴェルサイユ、パリなら6区や7区などに住んでいることが多いようです。

しかし、格差の固定が、郊外を中心に多発する社会問題の一因になっているのではないか。そうしたことから、移民の子どもなど恵まれない家庭で育った高校生を優先的に入学させ、社会階層の上へ昇っていける環境を提供することによって、フランス社会への同化を図りたい、ということなのでしょうね。

格差社会が喧伝される我らが日本においても、世帯収入などを基に、優先的に入学を認める制度が必要になる日もやってくるのかもしれません。しかし、その前に、奨学金の拡充や入学金・授業料の免除・減額などといったすぐできる支援が、広く実施に移されてほしいものです。

フランスのフォアグラは、EUのルールに違反している!

2011-12-19 21:28:47 | 社会
クリスマスや新年が近づくと、待ち遠しさに思わず涎が・・・というフランス人もいるほどの人気を誇るフォアグラ(le foie gras)。レヴェイヨン(réveillon:クリスマスや新年前夜の晩餐)に欠かせない食材ですが、実際には一年中、店頭に並んでいます。シャルル・ド・ゴール空港の免税店でお土産に買う外国人も多くいます。かく言う私も、その一人でした。

キャビア、トリュフと共に「世界の三大珍味」と言われるフォアグラ。世界の生産量の80%をフランス産が占めており、フランスの味という印象ですが、歴史をさかのぼると、古代ローマに行き着くそうです。

『ウィキペディア』によると・・・

「古代ローマ人が、干しイチジクをガチョウに与えて飼育し、その肝臓を食べたのが始まりと言われる。大プリニウスの『博物誌』によると、古代ローマでは、ガリアからもたらされたガチョウに強制肥育を施して、食材としていたことが記録されている。これにある美食家がさらに工夫を加えて、無花果で肥育させた上に、肥大した肝臓を蜂蜜入りの牛乳に浸して調理する技法を発案したと伝えられている。
ローマ帝国崩壊後にこれらの技法はいったん衰退したが、徐々に復活し、ルネサンス期にはフォアグラ生産業が定着して、食材として認知されるようになった。フランス革命前までは、フォアグラの製造にはガチョウだけではなくニワトリなども用いられたが、19世紀になると、ガチョウがフォアグラの素材の定番として定着した。」

ということで、フォアグラのルーツもイタリアなんだそうです。「も」と書いたのは、カトリーヌ・ド・メディシス(Catherine de Médicis)を思い出したからです。フィレンツェのメディチ家出身でアンリ2世に嫁いだ彼女が、イタリアから食事作法や料理、調理方法をもたらしたことによって、フランス料理が洗練され、その幅が広がったと言われています。彼女が来るまでは、フランスでは手づかみで食べていたとか。アイスクリームやマカロンなどのスイーツも彼女がイタリアから持ち込んだもの。

さて、肝心のフォアグラですが、実体は強制肥育による脂肪肝。食する人間の健康にいいのかどうかはともかく、フランスの味覚となっています。しかし、その飼育をめぐっては、EU、フランス政府、動物保護団体の間で、微妙なやり取りがなされています。

どのような意見や規則が出され、どのような対応が見られるのでしょうか・・・14日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

動物保護団体“L214”(ホームページは、www.l214.com)によれば、フランスで販売されている鴨のフォアグラの大部分がEUの規則に適っていないということだ。L214は生産者が使用している個別ケージによって鴨が身動きできない状態で飼育されていると指摘している。

鴨に関するEUの勧告が今年の1月から適用されているが、その内容は、飼育場内で鴨が自由に身動きできること、羽ばたきができること、鴨同士が通常な状態でいられることを確保するべし、というものだ。エピネット(épinettes)と呼ばれる鴨を強制肥育させる際に入れる固定ケージは、この勧告に適っていないと、L214は強調している。

L214によれば、フランス政府は勧告の適用を2015年12月31日まで一方的に延期したそうだ。しかし、L214へ宛てた6月9日付の手紙の中で、欧州委員会は、勧告が強制力を持つものであり、フランス政府が状況を改善すると約束したと記している。

L214は、今日でもフランス南西部で生産されるフォアグラの85%が肥育の12日間をエピネットで飼育された鴨のもので、赤ラベル(1965年以降、養禽業者が品質を保証する目的で導入したシステム、ワインのAOC・原産地呼称統制と似た制度ですね)では30%、赤ラベルでないものでは96%がエピネットによって飼育された鴨のフォアグラだということだ。

EUの規則が適用されていないだけでなく、フランスで消費されているフォアグラの三分の二ほどが実はハンガリー産のガチョウのフォアグラであることも明らかにされた。南西部のフォアグラ生産業者たちは、フォアグラの生産地と特徴を保証し、傾いた産業の活性化を図るために、IGP(indication géographique protegée:地理的保護指標)を創設しようとしていたが、さまざまなデータは彼らにとって残念なものとなっている。しかし、フランス産のフォアグラはほとんどが鴨のフォアグラであり、ガチョウのフォアグラはフランス市場ではわずか5%しか占めていない。しかも、ガチョウはエピネットで飼育されるのではなく、公園で放し飼いにされている。

・・・ということで、農業大国、フランスはEUの規則を独断で先送りしてしまっています。しかも、フォアグラはフランス文化の遺産であるという決議を2005年に下院で行っています。フォアグラはフランスが世界に誇る食文化、他国にとやかく言われたくない・・・大国意識の強いフランスらしい対応です。

しかし、歴史は、フォアグラのルーツがイタリアであることを示しています。辺境の地、「ガリア」はその食文化の多くをイタリアに負っていました。ルーツは、古代ローマにあり。しかし、ローマの衰退に反比例するように、フランスが中央集権国家として強大になり、ローマの進んだ文化を受け入れ、進化発展させた。その巧さは称賛されるべきですが、それでも、ルーツはローマであることを忘れてはいけないのではないかと思ってしまいます。

手づかみで食べていた「ガリア」の末裔たちが、イタリアから輿入れした王妃にフォークなどの食事作法を学んだ。それが、今では西洋料理の食事マナーとして世界に広がっているわけです。

日本とは似ても似つかぬ国と思いがちなフランスですが、歴史的には「辺境」の国であり、先進の文化を受容し、洗練させてきたという点においては、意外と似た者同士なのかもしれません。21世紀でも辺境意識が抜けていないかどうか、という差はありますが・・・

右も左も一刀両断・・・マリーヌ・ルペンの舌鋒、どこへ向かう?

2011-12-18 22:00:42 | 政治
閉塞感に覆われる時代には、極右や極左、あるいはアナーキズムに対して追い風が吹くことがよくありますが、今日も世界的に閉塞感が広がっています。グローバル化の影響か、世界同時株安と同じように、世界同時閉塞感。しかも、来年には多くの国々で、大統領選挙や首相選挙、総統選挙、国家主席の交代などが行われます。争乱、動乱の一年になるのでしょうか・・・

フランスでも大統領選挙が行われます。現状は、ご存知のように、社会党(PS)のフランソワ・オランド(François Hollande)がリードし、与党・UMP(国民運動連合)の現職・ニコラ・サルコジ(Nicolas Sarkozy)が追い、さらに極右・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン(Marine Le Pen)が追いかける状況になっています。しかも、中道からはMoDemのフランソワ・バイルー(François Bayrou)、ゴーリズムの元首相・ドミニク・ド・ヴィルパン(Dominique de Villepin)など多士済々の候補者が名を連ね、いつも以上の混戦になるかもしれません。

ユーロ圏の債務危機・信用不安や高止まりする失業率、企業の海外移転、増える移民・・・国民の苛立ちが昂じる状況にありますが、その受け皿となっているのが、やはり、FNのマリーヌ・ルペン党首。右派からも左派からも支持者を増やしつつあります。右派のUMPには騙されたと思う有権者、左派はもう時代遅れだ、頼りにならないと思う有権者。左右いずれもダメだという出口の見えない状況下、もともと愛国心の強いフランス国民の心の琴線に触れているのが極右の国民戦線、ということのようです。

世論調査ではまだPSのオランド候補が優勢を保ってはいますが、テレビのインタビューなどでは、長年左派を支持者してきた労働者の中から、かなりの人々がFNに流れているようです。もちろん、右派支持者からもサルコジ政治に失望して極右へ走る人々も多いようです。

こうした情勢の中で、マリーヌ・ルペン候補が、正式立候補後、初めての大規模集会を行いました。どんなことを語って、いや、叫んでいたのでしょうか・・・11日の『ル・モンド』(電子版)です。

マリーヌ・ルペンは「忘れ去られた人々の候補者」(la candidate des oubliés)になろうとしている。「忘れ去られた人々、苦情を訴えるすべのない人々、その存在が顧みられない人々、その声に聴き耳を傾けてもらえない人々」の候補者だ。11日にメッツで行った初めての大規模集会で国民戦線の候補者であるマリーヌ・ルペンは左派右派どちらにも背を向け、そして、左右両陣営に失望した人々に自分の周りに集まるよう訴えかけた。

「目を見開いてください。数十年にわたって覆っていた嘘のベールがはがれようとしています。目の前の真実を直視してください、たとえ好ましいものでなくとも、傷つくことがあろうとも。拝金主義でモラルを失った右派と堕落して自由奔放なブルジョワと化した左派が手を組んで、皆さんを道の端に置き去りにしようとしているのです」と、800人分の席が用意された会場に、平均5ユーロの会費を払って入場した1,000人以上の聴衆へ向けて、マリーヌ・ルペンは語りかけた。

マリーヌ・ルペンはまた、「現実回帰の候補者」(la candidate du retour au réel)になろうともしている。「あまりしゃべらず、多くのことを実行していきたい。フランス国民は、国の最も高い所に愛国心を置こうとしている。フランスを心底愛している大統領、政治に忘れ去られた人々が生きているその現実へ立ち戻ろうとする大統領を、選ぼうとしているのです」と、語った。

保守派が主流のロレーヌ地方では、サルコジ政治に失望した多くの人々が極右に馳せ参じており、極右・国民戦線の党首は、まずは右派の人々に語りかけた。「皆さんに対してなされた公約は守られませんでした。大統領選を数カ月後に控え、再び語られる約束は、子守唄に過ぎないのです。」

しかし、彼女がさらに激しく攻撃したのは、左派陣営だった。しかも、現実は彼女の左派批判を後押しするものだ。特に、自ら立候補してきたエナン・ボモン(Henin-Beaumont)市のあるパ・ド・カレ(pas-de-Calais)県の社会党支部に対してかけられた買収賄疑惑は、彼女自身数年前から糾弾してきたことでもあり、かなりの票田を彼女のものとするのに好都合となった。

「左派支持者の皆さん、社会党が皆さんの夢をどうしたのか、よくご覧ください。左派は今やどうなっているのか、進歩をもたらし、弱者を支援し、働き、苦しむ人々を守り、楽しい明日をもたらすべき左派がどうなっているのかをしっかりと見つめてください。左派はすべてを投げ出してしまいました。すべてを裏切り、今やカネと権力に骨の髄まで蝕まれているのです」と訴え、左派は大量でコントロールの効かない移民、犯罪者、つまり治安悪化の共犯者なのだと決めつけた。

左派への投票が期待できる外国人への参政権を例に、マリーヌ・ルペンは辛辣な批判の矛先を社会党へ向けた、その堕落ぶりは、贅沢な人生を送るゴロツキのようだ、と。そして彼女は次のように声を大にした。「左派は至る所でモラルを失い、闇世界の前で目をそらし、鼻をつまんでいるだけで、昔から汚職、汚いカネ、贈収賄に関わってきたのです。左派を支持してきた皆さん、権力とカネのために、左派は皆さんの夢を葬り去ったのです。右派の下品な拝金主義者と同じように、左派は金融市場、ウルトラ自由主義のヨーロッパ、野蛮な競争に屈し、銀行と銀行のカネ、ユーロを守っているのです。」

工場の海外移転や閉鎖に言及し、彼女は特権階級のグローバリスト(UMPとPS)とナショナリスト(FN)の間に広がる差を強調した。そして、愛国心は、グローバル化とそのお先棒担ぎ、反フランス・汎欧州主義に対する砦であると、父のジャン=マリー・ルペン前党首を彷彿とさせる口調で訴えた。また、ベルナール=アンリ・レヴィ(Bernard-Henri Lévy)とジョルジュ=マルク・ブナムー(Geotges-Marc Benamou)という左派に属しながらサルコジ大統領との関係を維持している二人の編集者・作家を名指しして揶揄した。雑誌“Globe”の記事に基づいて、彼女は二人を愛国的でないと批判したが、その記事が出たのは1985年のことだった・・・

・・・ということで、右派にも、左派にもがっかりした人々が、第三の道として極右の国民戦線に歩み寄っているようです。その数をさらに増やそうと、党首のマリーヌ・ルペンが有権者に必死に訴えかける。第1回投票まで4カ月と少々、実質上の選挙戦は一気にピートアップしそうです。

そして、我らが祖国は・・・自民、民主に失望した有権者は、はたして橋本新党へ雪崩を打つのでしょうか、それとも、不信感から政治にいっそう背を向けるのか、何か大きな力によりかかるのか、あるいは「怒れる人々」の列に加わるのか。閉塞感の向こうに、何が待っているのでしょうか。「アラブの春」から始まった2011年、そして2012年は、未来から振り返ると、歴史のひとつの大きな転換点となるかもしれません。角を一つまがった先に、より良い社会が待っていることを願うばかりです。

除草剤を使用する農民・・・健康被害者か、環境への加害者か。

2011-12-13 21:30:30 | 社会
“Chaque médaille a son revers.”・・・物事には裏がある、といった意味ですが、良かれと思ってやったことが、思わぬ悪影響を及ぼすことがありますね。例えば、地域の発展を目指して、スキー場を整備し、観光客を誘致したところ、スキー場の建設自体が自然破壊のもとになったり、スキー客による観光汚染が広がったり。

実は、上記の例、今年の“DALF / C1”の口頭試問のテーマとその事例なんだそうですが、こうしたケースは私たちの周りでもよく起きていますね。再び、例えば、ですが、農薬。効率的な農業ができる半面、環境破壊につながる、あるいは農業従事者の健康に悪影響を与える場合もあります。

そうした場合、農業従事者は、農薬メーカーの被害者なのでしょうか。それとも、環境への悪影響をもたらした加害者なのでしょうか。みなさんは、どう判断しますか。

除草剤の農民の健康への影響と環境への影響をめぐる裁判がフランスで始まりました。その背景は・・・12日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

環境的権利を争点とした初めての裁判だ。12日、リヨン大審裁判所(日本の地裁に相当)第4民事小法廷が、シャラント(Charente)県の農民、ポール・フランソワ(Paule François)による訴えを審査することになっている。健康へ重大な影響を及ぼす除草剤を製造したとしてバイオ化学品の巨大メーカー、モンサント社(Monsannto:セントルイスに本社を置くアメリカの多国籍バイオ化学メーカー。遺伝子組み換え作物の種子は世界シェア90%を握っています)を相手取って訴えを起こしたものだ。

モンサント社側は、誰も法廷で発言しようとはしていない。PR担当役員も、係争を担当する企業弁護士も。フランス法人の本社をリヨン近くのブロン(Bron)に置くモンサント社は、黙って嵐が過ぎ去るのを待つ戦術のようだ。一方、裁判所の前では組合の農民同盟(la Confédération paysanne)が集会を開くことになっている。

シャラント県ベルナック村(Bernac:人口400人ほど)に住む47歳の農民、ポール・フランソワにとって、この裁判は長くつらい戦いの帰着点となっている。穀物栽培農家であるポール・フランソワはもはや短期間しか働けず、慢性疲労、しつこい頭痛に悩まされている。医師たちは、モンサント社製の強力な除草剤、ラッソ(Lasso)を吸引したことが彼の中枢神経に悪影響を及ぼしていると判断している。

事故が起きたのは、2004年4月27日。トウモロコシ畑の世話を終えた後、ポール・フランソワはタンクの掃除をしたのだが、その時タンクからガス状の蒸気が漏れだした。彼は気を失い、記憶喪失を患うようになった。2008年、その後遺症はシャラント県の社会保障事件裁判所(TASS:le tribunal des affaires de sécurité sociale)により労災と認定された。そして、この認定は、2010年1月、ボルドーの控訴院(la cour d’appel)にて追認された。「この除草剤は極めて重大な危険をもたらした。モンサント社は知らなかったなどと言えるはずがない」と、ポール・フランソワは語っている。

「メーカーを裁判に訴えることは、農産物食品加工業界において初めてのケースだ」と、原告、ポール・フランソワの弁護を引き受けたラフォルグ(François Lafforgue)弁護士は強調している。ラフォルグ弁護士は公衆衛生の事件を専門的に扱うパリの弁護士事務所に所属しており、今までにアスベストや原子力実験、トゥールーズにあるAZF工場の爆発事故(2001年9月21日に起きた、化学工場の爆発事故で、31人が死亡、2,500人が負傷しています)などの被害者の弁護にあたってきた。「今回の件では、過ちを明確にすることが目的だ。我々は、製品の化学成分に起因する重大なリスクについてメーカー側が警告を怠っていたと考えている」と、弁護士は述べている。

除草剤「ラッソ」は特に、塩素ベンゼンとアラクロールという2種類の有害物質を含んでいる。ラフォルグ弁護士は、この除草剤はその販売がカナダでは1985年に、ベルギーでは1990年に、イギリスでは1992年にそれぞれ禁止されたが、フランスで禁止されたのは2007年になってからだった、という点を指摘している。また、弁護士によれば、モンサント社は販売を正当化するために、販売禁止以前に出されていた国家による認可を立てに責任逃れをするかもしれない。しかし、「メディアトール事件(l’affaire Mediator:太り過ぎの糖尿病患者に処方されていた薬で、Servier社製。アンフェタミンに近い成分が含まれており、弁膜症や高血圧を誘発。2009年11月に販売が禁止されましたが、それまでに500~2,000人が死亡したと見られています)以降、政府の認可があっても、メーカーは情報を十分に開示すべきであることを消費者は理解している。しかも、政府の対応が不十分だからといって、メーカー側の責任が不問に付されるわけではない」と、弁護士は述べている。

ポール・フランソワは、裁判に訴えたことにより、フランスの農民たちの健康状態について広く関心を惹きたいと思っている。それは、多くの農民が除草剤などに起因する病気に苦しんでおり、しかも、その事実を公言しようとしていないからだ。「農民たちは、健康問題に黙って耐えようとしている。鼻からは出血し、目は痛み、頭痛はひどいというのに。事を荒立てずに済まそうとしているが、化学品による中毒はついには重篤な病気に至るものだ。死に瀕している農民もいる」と、彼は話している。では、なぜ声を発しないのだろうか。ポール・フランソワによれば、農民たちは罪の意識のせいで、立ち上がろうとしない、ということだ。環境や健康に有害な製品を使用していることを非難されるのではないかということを恐れているのだ。それゆえ、彼らは論争の種を撒くのを恐れて、自らの病気について公にしようとはしないのだ。「農民は死んでいく。しかも、非難されてもいる。農民は糾弾されるというのに、農薬を製造した化学メーカーは利益を挙げ続けている」と、ポール。フランソワは憤っている。

農民たちは、作業を改善しようとしている、ゆっくりとだが、確実に。しかし、環境に対するリスクは常に自覚している。ポール・フランソワは、「高速道路を時速250kmで飛ばすドライバーがいるように、農民にもいわば間違った人間がいる。しかし、大部分がそうだということではない」と語っている。彼は判決を聞くのが待ちきれない。「毎朝モンサント社のことを考えながら目を覚ますというわけではないが、今回の訴訟は重要なステップだ、たとえ何年もかかろうとも。一刻も早くこの試練を乗り越えたい。化学品に関われば、利害の衝突に巻き込まれることになり、状況は複雑になる。私はシンプルな一市民だ。私はモンサント社のような巨大な力に抵抗するいかなる代表でもない。しかし、我々の権利を主張するために、そこに裁判所があるのだ」と、農民、ポール・フランソワは述べている。

・・・ということで、除草剤などの農薬の使用により、自らの健康を害している農民たち。しかし、農薬は自分たちの健康だけでなく、環境にとっても有害であることを自覚していればこそ、健康被害を言い出せずにいるフランスの農民たち。農薬の使用を非難され、黙って死んでいくことになります。このままでいいのか・・・そこで、立ち上がったのがポール・フランソワ氏、というわけです。

しっかりとした「個」を持ち、主張すべきは主張するのがフランス人、というイメージがありますが、農民たちの態度は、遠慮の塊。ただひたすら面倒を避けようとしているわけで、日本的ですらあるように思えてしまいます。

物事には裏がある・・・国民性にも、裏表があるのかもしれません。十把一絡げで、何人はこうだ、と決めつけては、別の面を見逃してしまうのかもしれません。裏まで見るのは大変ですが、裏があるから面白いとも言えます。しかも、それは、国民性だけでなく、個人でも。思わぬ一面があるから、互いに飽きないのかもしれません。時には、見たくない一面を見せられることもありますが・・・

ド・ヴィルパン、立候補する・・・首相ならいいんだけどね~。

2011-12-12 21:35:38 | 政治
「いい人なんだけどね~」・・・なかなか縁遠い人や、友だち以上の関係に進みにくい人を評価する時、こんなふうに言ったりしますね。良い人であるのは認めるけれど、それ以上に、何か惹き付けるような魅力にちょっと欠ける。

こんな言葉を思い起こしたのは、ドミンク・ド・ヴィルパン(Dominique de Villepin)元首相に関する二つの記事を続けて読んだせいなのかもしれません。どのような記事かといいますと・・・

まずは、直近、11日の『ル・モンド』(電子版)です。ドミニク・ド・ヴィルパンがついに、大統領選挙への立候補を表明したことを伝えています。

ドミニク・ド・ヴィルパンは11日、夜8時からのテレビ局・TF1のニュース番組で、「2012年の大統領選への立候補を決意した。フランスが持っているべき確かな思想を守りたい。私には、信念がある。2012年の選挙においては、真実、勇気、意思を国民に約束したい」と、語った。

自ら立ち上げた新党、「共和国連帯」(République solidaire)の代表の座を降りたド・ヴィルパンは、番組の中で、さらに続けて、「ますます厳しい緊縮策を要求してくる市場の原理にフランスが屈するのを見るのは忍びない。フランスは今や屈服させられてしまっている。しかも、ろくに考えもせず、あれやこれや楽しげに語らっているだけの政党の下す決定に従わざるを得ない。何たる放逸さか」と、社会党(PS)とヨーロッパ・エコロジー緑の党(EELV)との間で交わされた原子力や国連安全保障理事会でのフランスの立場に関する協約を例に挙げて、現状を憂えている。

クリアストリーム事件(l’affaire Clearstream:台湾へのフリゲート艦売却に端を発する収賄疑惑。収賄側がルクセンブルクの銀行、クリアストリームに隠し口座を持っているという噂が流れた。そこで、当時首相だったド・ヴィルパンが対外治安総局のトップにその口座リストを調査するよう命じ、ニコラ・サルコジの名を含むリストが出回ったが、後に虚偽のリストであることが判明。ド・ヴィルパンが諜報部門を使って政敵を引きずり落とそうとしたのではないかという嫌疑をかけられた事件です)では、控訴院(Cour d’appel)で無罪が確定したド・ヴィルパン元首相は、ルレ・エ・シャトー(Relais & Châteaux:世界55カ国、470の独立系高級ホテルやレストランが加わるネットワーク)に関する訴訟事件、特に盗聴への関与でも疑われたが、全く無関係であることを強調した。

ドミンク・ド・ヴィルパンは12日に記者会見を開き、選挙公約を発表することになっている。エロー(Hérault)県選出の下院議員であり、「共和国連帯」の代表を引き継いだジャン=ピエール・グラン(Jean-Pierre Grand:下院では与党UMPの会派に所属)は、コミュニケを発表し、ド・ヴィルパンの決断を称賛して次のように述べている。「大統領選での討論で、ド・ヴィルパンの力強く、自由闊達な意見が間もなく聞けるようになる。彼のビジョン、経験、勇気があれば、債務危機に対する挑戦、フランス人にとっての社会的正義、新たな国民の再建という彼の政策を実現するのも難しいことではない。」

・・・ということで、ドミニク・ド・ヴィルパンが大統領選に立候補しました。シラク大統領の下、外相としてアメリカのイラク戦争にはっきりと「ノン」を突き付けた颯爽として優雅な姿。多くの日本女性を虜にしたものですが、しかし、今日の現状は厳しく、各種世論調査では、1%前後の支持率しか得ていません。どう見ても勝ち目はなさそうなのですが、それでも、敢えて立候補。政敵、ニコラ・サルコジの再選だけは防ぎたいと、中道右派の票を少しでも奪いたいのか。それとも、第1回投票ははなから捨てており、もし決選投票が接戦になった場合、自分の数パーセントの票が帰趨を決する、つまりキャスティング・ボードを握るつもりなのか。

TF1の番組で、自分は右派でも左派でもない、独立したゴーリスト(gaulliste indépendant:ゴーリストとは、ド・ゴール主義者のこと。ド・ゴール将軍(元大統領)が体現したフランスの独自性を追求する保守的な政治イデオロギーの信奉者です)だと言っていた元首相。はたして、どれくらいの票を獲得できるのでしょうか。

大統領選では、厳しい戦いを強いられるドミニク・ド・ヴィルパンですが、首相としての実績評価では、トップクラス。ド・ヴィルパン内閣が導入しようとしたCPE(Contrat première embauche:初期雇用契約)をめぐる争乱をパリで目の当たりにした身には、にわかに信じ難いデータですが、4日の『ル・モンド』(電子版)が伝えていました。

左派ではピエール・ベレゴヴォワ(Pierre Beregovoy)、右派ではドミニク・ド・ヴィルパンが、1981年以降に就任した首相の中で国民の評価が最も高い・・・調査会社“IFOP”が11月3日から15日に、35歳から65歳の1,001人を対象に行った「理想の内閣」をテーマとした調査がこのような結果を示している。

過去30年の間に就任した首相の中で最も評価できるのは誰かという問いに、31%がフランソワ・ミッテラン大統領の下、1992年から93年に首相を務めた社会党のベレゴヴォワを挙げた。同じく左派では、1992年から97年まで、ジャック・シラク大統領とのコアビタシオン(cohabitation:保革共存政権)を組んだリオネル・ジョスパン(Lionel Jospin)が25%、1988年から91年に首相を務めたミシェル・ロカール(Michel Rocard)が24%で続いた。

右派では、2005年から07年のド・ヴィルパンと、1986年から88年にフランソワ・ミッテラン大統領とのコアビタシオンで首相の座についたジャック・シラク(jacques Chirac:30年以上前ですが、1974年から76年にも首相の座に就いています)が共に25%、そして現首相のフランソワ・フィヨン(François Fillon)が20%の支持を集めている。

閣僚では、財務相としてはジャック・ドロール(Jacques Delors:社会党)が、国防相としては女性のミシェル・アリオ=マリ(Michèle Alliot-Marie:UMP)、内相はシャルル・パスクワ(Charles Pasqua:UMP)が最も高い評価を得、社会党のジャック・ラング(Jack Lang)は文化相と国民教育相の二つのポストで最高の評価を得ている。

外相では社会党所属でありながらサルコジ大統領の要請を受け入れ就任したベルナール・クシュネル(Bernard Kouchner)が選ばれた。法相は死刑を廃止したロベール・バダンテール(Robert Badinter:社会党)が圧倒的な評価を得た。

・・・ということで、右派の首相としてはトップの評価を得たドミニク・ド・ヴィルパンですが、大統領選では苦戦しています。どうしてなのでしょうか。

フランス国民が大統領に求めるのは、「家父長」としてのイメージ。2007年のサルコジ大統領の誕生が、そのイメージをずいぶん変えましたが、それも一時的。来年の再選に向けては、やはり「家父長」としての落ち着き、リーダーシップが求められています。

その点、ド・ヴィルパンはどうなのでしょうか。端正なマスクに家柄のよさを如実に表す優雅さ、つまり、かっこいい。男性としては人気があるのかもしれませんが、家父長としては、「?」。一般的国民と距離があり過ぎるのかもしれません。

同じく25%の対象者から評価された社会党のリオネル・ジョスパンも、2002年の大統領選では第1回投票で、国民戦線のジャン=マリ・ルペンの後塵を拝し3位と、決選投票へ進めませんでした。ジョスパンのイメージは、有能な官吏、あるいは学者。どう見ても「家父長」としてのぬくもり、親しみに欠けているようです。

では、さて、来年の大統領選挙。新たな「家父長」は、誰になるのでしょうか。ニコラ・サルコジは、兄貴から父親へと自らのイメージを変換することができるのでしょうか。減量までして人の良いおじさんとしてのイメージを払拭しようとした社会党のフランソワ・オランドは、家父長としての頼りがいをどうイメージづけることができるのでしょうか。極右・国民戦線のマリーヌ・ルペンは、女性としての家父長となるべく、どのようなイメージを形作るのでしょうか。「家父長」としてのイメージに現状で最も近いのは、中道・MoDemのフランソワ・バイルーなのではないかとも思われるのですが、はたしてその支持率は・・・大統領選まで、残されたのは、5カ月弱です。

EU首脳会議の前哨戦、欧州人民党大会でも、対立は深まる。

2011-12-09 22:20:07 | 経済・ビジネス
「欧州人民党」・・・ご存知ですか。浅学の身にはなじみがなかったのですが、1976年に創設された、欧州の保守主義政党と中道政党、キリスト教民主主義政党からなる政党組織だそうです。ヨーロッパ39カ国の73政党が所属。欧州議会では欧州人民党グループという会派を作り、265議席を有しています。

主な所属政党は、フランスのUMP(国民運動連合)、ドイツのキリスト教民主同盟(メルケル党首)、イタリアのフォルツァ・イタリア(ベルルスコーニ党首)、スペインの国民党(ラホイ党首)、ポルトガルの社会民主党(バローゾ欧州委員会委員長がかつて党首)、ベルギーのキリスト教民主フラームス(ファン・ロンパウ欧州理事会議長が所属)などで、ドーバー海峡を渡るせいか、イギリスの政党は加わっていません。大陸側とは共同歩調を取らないことが多いイギリスですが、ここでもまた、孤高を保っています。

さて、この欧州人民党、フランス語ではPPE(le Parti populaire européen)となりますが、その党大会が4年ぶりにマルセイユで開催されました。それも、ユーロ危機を協議するEU首脳会議の直前。まるでEU首脳会議の事前打ち合わせのような会議ですが、そこでもやはり、さまざまな意見の対立があったようです。どのような対立で、誰がどのような発言をしたのでしょうか・・・8日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

8日夜から9日にかけてブリュッセルで行われるEU首脳会議で各国は一致点を見出すことができるのだろうか。マルセイユで行われたやり取りを信じるにせよ、8日(木)の時点ではゴールにたどり着けてはいない。

EU加盟27カ国の首脳が一堂に会する夕食会を前に、ほとんど同じ顔触れだが、EU諸国の保守主義政党出身の首脳たちが、サルコジ大統領の招きで、欧州人民党(PPE)の4年ぶりの党大会に集った。右派の首脳の中では、イギリスのキャメロン首相だけがそこにいなかったが、それはイギリスの保守党がPPEのメンバーでないからだ。

午前中に行われた非公開の会議、そして欧州議会議員を前にした公開討論で、いくつかの国の首脳たちの立ち位置がどのように異なっているかを推し測ることができた。アンゲラ・メルケルとニコラ・サルコジが妥協策を月曜に発表した後、各国の対立は2点に絞られた。まず、仏独首脳が強力に提唱する改革案は、もしイギリスなどが実質的な条約改定に反対した場合には、ユーロ加盟諸国だけで実施するのだろうか。たとえユーロ加盟17カ国と加盟していない10カ国との間に深刻な亀裂が生じようと。もう一点は、フランスとドイツは、他のEU諸国や欧州のさまざまな機関を出し抜いても、危機を乗り切る主導的な立場を占有しようとするのだろうか、という点だ。

党大会の会場となったマルセイユの会議場で、一部の首脳たちは曖昧な態度に終始したが、他の首脳たちは歯に衣着せぬ物言いをした。壇上に登る首脳が替わるたびに、バックのスクリーンに登壇者の国の首都の風景が映し出され、多くの国旗が空を埋め尽くした。

まずはニコラ・サルコジが登壇した。前夜、フィヨン首相が行ったように、サルコジ大統領も、状況を大仰に語った。「EUが今ほど解体の危機に瀕したことはない。もし金曜日、合意を得られなければ、二度とチャンスはない」と、攻撃的な口調で語った。

サルコジ大統領は、続いて、欧州大陸の平和と安定に果たすべきフランスとドイツの役割を強調し、「仏独両国は、他の国々よりも大きな義務を負っている」と述べた。さらに、仏独首脳の提案、就中、EUの条約を改定することに反対する首脳たちに、「変革が必要なのだ」と忠告を発した。合意がなされれば27カ国、合意に至らない場合は17カ国で行うことになる。サルコジ大統領の決意は固く、「ユーロ圏では反対する国はない」と語った。

サルコジ大統領の後、大きな拍手と共に登壇したメルケル首相のトーンはかなり協調的なものだった。首相は、ユーロ圏のうち、規定の成立に加わりながら、財政規律を厳格に適応して来なかった国々の首脳の放任主義を指摘した。そして、今回に決定は、間違いなく数年にわたりしっかりと遂行していかなければならないものになるだろうと述べ、「発言は必ずしも守られてこなかったわけであり、コトバだけでは不十分だ」と付け加えた。

想定されている改革がユーロ圏内に限定されることに反対する人がいるとすれば、それはユーロ圏に加わっていない国々の首脳だ。例えば、ポーランドのドナルド・トゥスク(Donald Tusk)首相は、聖書の表現を使いながらその点に言及した。「神が我々の言葉に混ぜ物をしたという印象を持っている。数ヶ月前から、波長を合わせることはいっそう難しくなっているのだ」と、バベルの塔に関する神話を持ち出して語った。

トゥスク首相は、過去数カ月、重要だという首脳会議が続いたことを指摘した上で、「結局、なにも解決しなかった。先ほどの会議でも、もし我々が目覚めなければ、金曜日に決定に至るチャンスはもうないと言っていたが」と、述べた。そして、ポーランドにとって、最も危険なことは、ユーロ加盟国だけで対応しようとする試みだと認め、「27カ国の結束をより強固にすべきだ。他の選択をすれば、取り返しのつかないことになる。27カ国のヨーロッパを壊してしまえば、今回の危機は我々の棺を用意することになるかもしれない」と語った。

ルーマニアのトライアン・バセスク(Traian Basescu)大統領は、現実的な議論に賛意を表した。「ユーロ加盟国ではないとはいえ、ルーマニア経済はユーロ圏で起きていることに大きく影響されている。危機の解決策が決まらない間に、利回りは5%から8%に上昇した。ルーマニアは、二つのカテゴリーに分かれたEUを受け入れることはできない。ルーマニアもユーロ圏の決定に参画することを望む。なぜなら、その決定はユーロ圏の外にも影響を及ぼすからだ」と述べた。

出席者たちは、11月20日のスペイン総選挙で勝利し、EUの会議で初めて演説を行うマリアノ・ラホイ(Mariano Rajoy)首相をあまり積極的にではないが一応拍手で出迎えた。ラホイ首相は、直前にサルコジ大統領と一対一で会談したのだが、会場の演説では、社会党のサパテロ前内閣と同意した、憲法に記載された予算案の財政均衡化目標(la règle d’or)を可及的速やかに実施すること、労働市場を改革すること、不動産バブルの崩壊以降、困難に直面している銀行のリストラを進めることなどを約束した。そして、EUが支援してくれるのであれば、EUの改革すべてに対応する用意があると述べた。

木曜の夜、今度はキャメロン首相がブリュッセルの舞台に登場する番だ。しかし、EUの歯車に油を点す役割は、彼が担っているのではない。

・・・ということで、債務過剰に端を発するヨーロッパの信用不安は、今が、山場。どう動いているのでしょうか。

「欧州単一通貨ユーロ圏17カ国と非ユーロ圏6カ国で政府間協定を結び、財政規律を強化することで合意した。EU新基本条約の制定は英国の反対で断念した。国際通貨基金(IMF)の支援を仰ぐため、ユーロ圏を中心にまず最大2千億ユーロ(約21兆円)をIMFに拠出する方針だ。」(12月8日;産経・電子版)

と報道されていますが、10日朝には、EU首脳会議のさらに詳しい結果が伝えられることでしょう。

ユーロをめぐる混乱は、首脳たちが指摘しているように、ユーロに加盟していない国々にも影響します。しかも、それはヨーロッパに限らず、世界的に影響を及ぼします。ここは、ぜひとも「ヨーロッパの知恵」を結集して、危機を乗り切ってほしいものです。「ヨーロッパの知恵」は、まだ油を点すほどには錆びついていないはずです。そして、もう一点。フランスだけではなく、全ヨーロッパの知恵を結集してほしい・・・フランスの国威発揚の手段としないことを願っています。

『ル・モンド』の託宣・・・ユーロ崩壊の予測はもはや信じ難いことではない!

2011-12-08 21:10:35 | 経済・ビジネス
「ユーロは、崩壊する。銀行へ、急げ!」では、イエロー・ペーパーの見出しになってしまいますので、ここは、冷静に、『ル・モンド』の記事“Prédire la fin de l’euro n’est plus inconcevable”を読み進めることにしましょう。出典は7日の電子版です。

誰も敢えて信じようとはしないが、みんなその事態に備えている。パズルをはめ込むように、ユーロ圏が崩壊していく・・・ユーロ圏が南北に分裂する、あるいは一部の国が離脱する。こうした事態は専門家が考える経済の近未来に関するシナリオからもはや排除できなくなっている。しかし、信じ難くはないとはいえ、実際に対応するのは容易ではない。

金融グループUBS(Union Bank of Switzerland:本部はスイス)ロンドンオフィスのエコノミストたちが上記のようなユーロ圏崩壊のシナリオを語っている。その際、規模や完成度は異なるものの、ユーロと同じような統一通貨で、20世紀において挫折した4つのケースを例としてあげている。いずれも、経済、社会、政治のお粗末な状況の結果としてもたらされた挫折事例だ。

1919年のオーストリア=ハンガリー帝国の崩壊(皇帝カール1世の退位は実際には1918年11月11日です)、世界大恐慌の1932年から33年におけるアメリカの封鎖的経済(経済のブロック化)、1992年から93年におけるソビエト連邦の解体(正確には1991年12月26日をもって解体しています)、1993年のチェコとスロバキアの分離(1993年1月に平和的に分離し、ビロード離婚とも言われました)がその4例だ。これに、2002年1月にアルゼンチンが1ドル=1ペソというドルペッグ制から離脱したことを加えることができよう(1月に公定レートと実勢レートの二重相場制を実施し、2月に変動相場制に移行しました)。

しかし、こうした参照事例がどれほど的確であろうと、専門家たちの意見は次のように一致している。ユーロ圏の崩壊は「カオス」と同義語だ・・・UBSのチームも、「疑いようのない大災害になる」と述べている。

専門家のシナリオは、闇から闇へと進む、連鎖的破綻を描いている。パニックを起こした預金者たちは、1919年の大恐慌時にアメリカで起きた、預金を引き出すために預金者が銀行の窓口に殺到する、いわゆる“bank run”を再現し、それをきっかけに銀行は倒産。誰もが困窮化し、国ごとに程度の差はあれ、リセッション入りする。つまり、簡単に一掃することのできないカタストロフィとなる。このようにブリュッセルにあるシンクタンク(un cercle de réflexion)、ブリューゲル(Bruegel:2004年に設立され、イタリア首相になったマリオ・モンティが2005年から08年に会長を務め、現在は名誉会長になっているシンクタンクです)のジャン・ピザニ=フェリー(社長)は語っている。

カタストロフィにはどのようなプロセスで至るのだろうか。いくつかのネガティブな要素が重なる必要があるようだ。投資銀行・ナティクシス(Natixis:貯蓄銀行・Caisse d’ épargneと国民銀行・Banque populaireの傘下にあります)のエコノミスト、シルヴァン・ブロワイエ(Sylvain Broyer)は、欧州の政治指導者たちが危機解消のための行動を長期にわたり躊躇うこと、経済規律をなおざりにする国々を救済するのに嫌気がさしたECB(欧州中央銀行:仏語ではBCE=la Banque centrale européenne)が、支援を止めること、イタリアの国債が投機筋の激しい攻撃にさらされることを、例としてあげている。イタリア10年債の利回りが9%に留まるようだと、状況はイタリアにとって耐えがたいものとなり、1兆9,000億ユーロ(約200兆円)に上る国債の金利を払うことは不可能になると、ブロワイエは見ている。

その次の段階は? 未知の領域に入ることになる。しかし、各国が元の通貨に戻ることを想像することはできる、リラ、マルク、フラン、と。シルヴァン・ブロワイエは、理論上、このことは南欧の主要な国々が、北欧の国々に対する競争力を取り戻すために、自国通貨を30~40%引き下げることを意味すると、述べている。輸出品の価格が引き下げられ、輸入品の価格は急騰するということだ。

しかし、家計はすぐさま直撃を受ける。購買力は大幅に目減りするからだ。実質給与は30~40%減少するが、一方輸入品は今まで通り流通する。南欧や他の国々の預金者は、資産が大幅に目減りすることを目撃することになる。その変動がどれほどのものになるかを示すため、ジャン・ピザニ=フェリーは自著“Le Réveil des démons. La Crise de l’euro et comment nous en sortir”(悪魔の眼醒め。ユーロの危機とそこからの脱出)の中で、2010年末時点で、フランスの個人、企業、銀行は1兆2,000億ユーロ(約125兆円)もの投資をユーロ圏の他の国々で行っている、というデータを提示している。

自国通貨に戻ることにより、借金が収入を得ている通貨よりも強い通貨建てではないという条件をクリアしていれば、債務者は困難からより容易に抜け出すことができる。しかし、強い通貨での債務があれば、最終的には個人、産業、企業の破産という可能性を抱えることになる。

ドイツは他国よりも影響が少なくてすむだろうが、何年にもわたって築きあげてきた競争力があっという間に消滅してしまうことを目の当たりにすることになる。外国に投資した資産の目減りにより困難に陥った銀行を国家として救済する必要に迫られるだろう。

シルヴァン・ブロワイエは、今後ユーロ圏全体がマイナス3%前後の顕著なリセッションに3年ほど陥り、同時にアメリカやイギリスも2年ほどのリセッションを経験することになるかもしれないと見ている。

しかし、こうしたことは、理論上のことだ。次々と惹き起こされるパニックをどう見積もればいいのだろうか。避けられないユーロ圏からの資金流出をどう抑えることができるのだろうか。考えられているシナリオは、経済に致命的な打撃を与え、貧困を拡大する通貨の無秩序に拍車をかけることになる。

ジャン・ピザニ=フェリーは次のようなことを紹介している。アルゼンチンは2002年1月に1ドル=1.4ペソという為替平価に固定したが、6カ月後、ペソは75%もその価値を目減りさせてしまった・・・

・・・ということで、ユーロ圏の崩壊もあながち否定できない状況になって来ているようです。目下の注目は、この後(日本時間9日未明)に行われるEU首脳会議で、どのような結論が出されるかですね。EUが一致団結してユーロ危機に対処できるのでしょうか。ユーロ危機を回避するのに有効と思われる手段を構築できるのでしょうか。そして、実際実施していけるのかどうか。課題は一朝一夕に解決できるものではないだけに、ユーロ危機が解消するには、まだ長い時間がかかりそうです。その時間をどれほど短縮できるかどうか、「メルコジ」を中心とした政治指導者たちに、大いなる期待が寄せられているわけです。

今後のシナリオについては、シティ・バンクも、「向こう数年のうちにユーロ圏から離脱する国が出ることや、『無秩序なデフォルト』に追い込まれることはメインシナリオではないが、こうしたサブシナリオの実現可能性は無視できなくなりつつある。」と予測しているようです。舵取りを一つ間違えれば、ユーロ消滅という事態になりかねない・・・

持っているユーロはすずめの涙ほどという私にとって、直接的な影響は少ないのでしょうが、100万円、1,000万円単位でユーロを持っている人には、大きな心配事ですね。しかし、「バタフライ効果」(l’Effet papillon)で、誰でもがいつ影響を蒙るかもしれません。他人事ではいられませんね。何しろ、バタフライ効果などとかっこいいコトバで言わなくとも、思わぬことが、思わぬところに影響することは江戸時代から知っている日本人ですものね。「風が吹けば、桶屋が儲かる」・・・ユーロの今後、いっそう注目です。