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元ラーメン屋店主のツイート集

ラーメン屋を10年経営し、今は閉店し、介護士をしています。

不条理と理不尽に耐える心優しき青年

2008年05月12日 | 店主の人生哲学
ブログなどで書くのは不適切だと重々承知の上で、本人の許諾
もとらずに、ある青年について書きます。

その青年の生き方は、今の若者の姿と言えなくも無いので、
今の若者象の実態解明の為に無断紹介をご了承ください。

その青年とは1ヵ月ほど前に知り合いました。

初対面の頃から、過去の事など色々お話して頂きましたが
学生時代はイジメに合い、友達もあまり出来なかったようです。

その後、人と接するのが苦手というコンプレックスから、就職は
1度もせず、家で家事の手伝いをしているようです。彼の楽しみ
は日課のパソコンと、ラジオ番組へのメール投稿らしいです。

外出も自由に出来ず、外出した場合も門限は夜7時という、女子
中学生並の厳しさです。

彼は、僕よりもずっと年上なのに、凄く腰が低く、心優しい好青年
ですが、劣等感が強く、自らを卑下する発言が多いです。大人として
謙遜はある程度すべきですが、自己嫌悪ぎみの過剰なコンプレックス
は、自分を苦しめるだけだと思えてならないです。

彼はピュアなハートを持っていて、大人社会で汚されていない分
ズル賢さや、世渡り上手さも持っていない感じで、人の良さが滲み
出ています。

しかし、今という時代は、善人、正直者には生きにくい世の中です。
社会は真面目な人間を、融通が利かないカタブツというレッテルを
貼る傾向にあり、八方美人で口から出任せを言い合法ギリギリを
やってのける方が評価される時代です。

人を信じる事は尊い事ですが、信じる者は騙されるのが現代です。

その青年は、サギ師紛いの人間から見るとターゲットにしやすい
部類だと思います。人が良いと利用され、人の良さに付け込まれ
ます。それゆえ、彼も苦い経験があるようです。だから、今は
家のチャイムが鳴っても出ないらしく、セールスの電話だと
すぐ切るようです。人間不信や、対人恐怖は、そういった経緯
からも生まれたらしいです。

彼は、気が小さい事を過剰に気にしていますが、彼ほど人との
争いごとや人との衝突を避けてきた人を僕は他に知りません。
友達や親と喧嘩の経験が一度も無いなんて、凄く平和主義です。

しかし、一方的に言われっぱなし、殴られっぱなしで我慢する
のは良くないと思います。穏やかで、おとなしい僕でも、理不尽
な場合は喧嘩もします。さすがに10代の頃みたいに殴り合い
の流血戦はありませんが、口喧嘩程度はしょっちゅうです。

本気で喋り、本気で人と接していたら、衝突は仕方が無い事です。

お互いに本心を曝け出し、相手の考えに同意出来ないから喧嘩
になります。それぞれ、譲れないラインてものがあり、その一線
を超えると喧嘩せざるおえないです。納得いかないまま、なあなあ
でやり過ごしていたら、深い付き合いなんて出来ません。
言いたい事も言えない間柄や、遠慮したよそよそしい付き合い
では友達とは言えません。親しき仲にも礼儀ありで、わざわざ
相手が気にしている事や、相手の揚げ足を取るような事を言う
必要はありませんが、相手に合わせるばかりでは「自分の
意見を持たない人」と思われます。

先ほどもお話したように、彼の両親は厳しく、籠の中の鳥の
ような生活を強いられていて、彼自身も理不尽さを感じています
が、彼自身その生活を抜け出そうとしていません。

親から怒られたら黙っているだけらしく、はむかわないようです。

従来、家族は言いたい事は何でも言える間柄です。厳しい親でも
言うべきことは言い、自己主張しないと、家の中での自分の居場所
が確立できないと思います。家の中は一番落ち着く場所であるべき
なのに、彼は週末の1人での外出を楽しみにしているだけで、
家での生活には窮屈さを感じているようです。

彼は、家族のコミュニケーションにも、やや違和感を感じているよう
で、母親との会話は緊張するらしいです。

男は、父親は目標であり脅威でありと近寄りがたい一面もあるが、
母親には友達感覚で何でも話せる人が多いです。

知覧の特攻隊の資料館にある、特攻兵の手紙にも「お母さん」
「お母様」とか、母に当てたメッセージが多いです。父親よりも
母親ってのが身近な存在のはずです。

でも、彼は、母親とは何を喋っていいのか戸惑うようです。

彼は、怒りや、悔しさを押し殺して生きてきたゆえ、人から
怒られないように・・・人とトラブらないように・・・と
過敏になりすぎているのかもしれないです。

まるで、「太宰治」の「人間失格」の主人公「大庭葉蔵」
のように、周囲の目を気にし、周囲に合わせる生き方が
ダブってしまいます。

もっと、ナチュラルにありのままの自分を出し、自分に
自信を持ち、少しだけ強くなって欲しいです。

彼がブログで自虐的になっていた際、僕が励ましたコメント
をコピペします。

皆、欠点、弱点、負い目、心の傷など抱えて生きています。
ハッタリでもカラ元気、自信過剰を演出してください。

あらゆる事に臆病になっていたら何も変わらず前進しません。
リスクや失敗を恐れたらダメです。

失敗しても、また這い上がればいいだけの事です。

ダメで元々と飛び込む勇気を是非持ってください。
たとえ結果が悪く後悔しても、何もやらなかったよりは良いはずです。

月並みですが、やらない後悔よりやった後悔の方が人間を大きくします。

保守的に安全道を歩く事は、人生を退屈にさせています。
波瀾万丈、紆余曲折で良いじゃないですか。
人生ギャンブルは賭けなければリターンはありません。
積極的に色々と手を出せば、幸福感を得る事もあります。
悩み続け、自己否定を続けていたら、精神的にまいってしまいますよ。

全人類が自分を否定しても、私自身が自分を好きであり、
自分を信じていたら大丈夫です。

自分で自分を信じれなくなり、自分に嫌悪感ばかりを持つようになった
ら終わりですよ。

口下手は、相手の気持ちや、空気を読めるゆえ喋りに臆病になる
自己防衛反応です。
だから、自己チューで無責任にベラベラ喋る奴より、
人を思いやれる人です。社交的で打ち解けやすい人より、
時間がかかっても、生真面目で正直で優しい人柄は誰からも受け入
れられますよ。

欠陥的なグズ人間が世にはばかっている現在こそ、
真の人間味ある人が受け入れます。

劇団ひとりの映画、陰日向に咲くを見てみてください。
一生懸命で真面目で正直なのに不器用で、全てが裏目裏目に出て、
からんだ糸をほどくとどんどん複雑に絡まるような人生を描いています。
結局、善良な人間こそ人間として最も尊いです。

悪事まみれで、地位や金や名誉を掴んだ人は偉くも何ともないです。


生きてこそ・・・同級生の殺人未遂事件について

2008年05月12日 | 唐津・からつ・カラツ・KARATSU
もうすでに全国区のニュースになっているのでご存知の方も
多いと思いますが、唐津市で硫化水素による母子の無理心中
の未遂により、殺人未遂で女性が逮捕されました。

硫化水素による殺人未遂での逮捕は、全国でも初めてなので
テレビやラジオでバンバン実名報道されています。

実は、その逮捕された女性は、僕の中学時代の同級生です。

マンモス校だったので、同じクラスには成った事はありません
し、喋った事も無い子ですが、同じ学年で過ごした女子が
こんな形でニュース報道されショックです。

テレビのニュース報道によると、交際中の男性と別れたショック
から息子と心中しようと犯行に及んだが、息子が泣き叫んだため
死にきれず、硫化水素の除去の為「唐津警察署」に通報したようです。

母子共に健康的被害は確認されなかったようですが、近隣住民の
任意的避難や、国道の2時間通行止めなど、周囲に多大な迷惑を
かけた一件でした。

身近で起こったショッキングなニュースですが、容疑者に同情も
哀れみもありません。

人間として最悪の行為は殺人です。人間として最低の行為は自殺です。

「無理心中」とは、その2つを行う行為であり、そんな事をしよう
とした人間に同情の余地はありません。人間は生まれる時も、死ぬ時も
自分では選べません。

長くなりそうなので、自殺だけについて書きますが、こんな身勝手な
死に方はありません。残された身内や、友達の悲しみも考えず、自分
勝手に死ぬ事が許されるはずがありません。

人間には自ら命を絶つなんて選択はありません。

いかなる状況下であっても、生きなければいけないのです。

この世に生を受ける事は尊い事なのです。生きたくても生きれなかった
人が大勢います。だからって、未練を持ちながら早死にした人の分
までも生きようなんて思わなくてもいいから、自分の人生ぐらいは
全うする義務があります。

「生きている意味がない」とか、幸せが麻痺し「平凡」「単調」な生活
の有難さを忘れている若者が多いけど、「生きている意味」なんて
誰もが分かりません。その、「意味」を見つけるのが人生ですし、
「生きがい」は、明日見つかるかもしれないです。
「生きている意味がない」なら「生きている意味」が見つかるまで
生き続ければいいのです。

「私なんて死んでも誰も悲しまない」とか言う人もいますが、悲しま
ない親なんていません。もし、親がいなくても友達、知人とか周囲が
悲しむはずです。もし、周囲に恨まれるばかりで、死んでも周囲に
喜ばれるような、落語「らくだ」ばりの人がいたとしても、それは
自らが今まで作ってきた対人関係や行いであり、それを改めれば
良いだけの話です。人生のリセットではないです。周囲から評判が
悪い人なら、マイナスから改善すべきです。当然、人並みの善徳で
は、周囲も認めてくれませんが、汚名返上・名誉挽回をすべく
日々の行いを良くすれば、砂漠にも草花が咲くはずです。

それでも駄目なら、逃避したっていいでしょう。でも、人生の逃避で
自殺に踏み切ってはいけません。場所や環境を変えれば、気分も一新
出来るものです。見知らぬ町で再スタートをきればいいです。
知り合いも誰もいない町で、徐々に自分を模索すればいいと思います。

僕も、友達との死別は何度か経験していますが、自殺が与える影響は
計り知れず大きいです。1年以上連絡をとっていなかった友人とは
いえ、突然の訃報・・・しかも、自殺だったと連絡を貰った時は
呆然としてしまいました。全ての気力を失い、気だるい脱力感が
襲ってきました。葬儀での、母親の半狂乱が目に焼きつき
大食の僕が食欲を失い、睡眠もとれない程ショックを受けました。
僕に何の相談も無くあの世に逝ってしまった友人に、僕は自分の
無力さを責めました。友人との馬鹿話や楽しかった思い出ばかりが
蘇り「なんでだよ。何でなんだよ」と悔やみ、酒を全く飲めない
僕がグデン・グデンに酔いつぶれました。
その友人とは悲しい別れになりましたが、彼と出会えて良かった
し、彼に感謝しています。
この友人の話をすると
泣けてきてしまうので、ここらで勘弁してください。

誰しも一人では生きれません。「俺は誰にも頼らず一人で生きている」
とか粋がっている人も、今着ている服だって、食べ物だって、作る人
や売る人など、多くの人に関わって、自分の手元にあります。現代人は
無人島や、人里離れた山奥で完全な自給自足生活なんて送れないで
しょう。

人は、人の助け無く生きれない生き物です。もし、自殺を考えている
人がいたら、昔の写真アルバムを開いてみて下さい。そこには、家族や
仲間と笑って写っているはずです。今は、辛く、悲しく、苦しい時期で
も、生き抜いてさえいれば、また笑顔に戻れるはずです。
生きてさえいれば、これからも良い出会いや人との繋がりを築けます。

僕も人並みに悩みや苦労はしていますが、本気で「死にたい」とか
思った事が無いし、自殺を考えるなんて僕には「ありえない」ので
自殺を考える人や、うつ病ぎみの人の気持ちは理解できません。
だから、僕には解決する術も分かりませんが、僕なりの考えを書きました。

逮捕された同級生の女性も、出所後は、同じ過ちを犯さず、希望を持って
強く生きて欲しいです。