元ラーメン屋店主のツイート集

ラーメン屋を10年経営し、今は閉店し、介護士をしています。

嫌がらせをしている人々へ

2005年01月31日 | 雑記
もういい加減にしてくれ!
僕のブログの運営権を乗っ取り、僕名義で滅茶苦茶書いたり、
真夜中に無言電話を立て続け鳴らしたり、
当店駐車場に爆竹を投げ、車で走り去ったり、嫌がらせにも
程がある。今まで相手しなかったが、久々に2ちゃんねる
を見たら、当ブログのパスワードやIDを公開したり、
電話番号を教えたり、陰湿な嫌がらせすぎる。
 あなた達がやっている事は犯罪行為ですので、物的証拠持参で
明日警察署に相談に行きます。
 おいしいラーメンをお客さんに食べてもらいたい
だけなのに、何で嫌がらせを受けなきゃいけないんだ!
 あなた方は、僕が誰だか知っていて、僕の顔や、店だって
知ってるかもしれない。だが、嫌がらせ受けている当方は、
何処の誰だか分からない奴から攻撃されている。
 もういい加減にして下さい。最終警告です。

一般のお客様には無関係ですし、感謝しています。一部の人
のせいで迷惑被っていますので、彼らに意見しました。

コメント停止の、お知らせ

2005年01月30日 | れいんぼ~情報
お客様と本音の交流の場としても、当ブログを運営して
おりました。しかし、荒し的書き込みの多さから、
閲覧者のコメント入力は停止いたしました。
 今後は、当方の一方通行的ブログになりましたが、
サービスや、新作情報なども流しますので、今後共
閲覧をお楽しみください。
 翌々は、再開も検討中です。某掲示板番外編に
なりつつあるブログでは、閉鎖せざるおえなくなりま
すので、皆様のご理解、ご協力お願い致します。
 ラーメン斬り及び、皆様が不快に思う内容は慎みます
ので、勝手ながら「店主の独り言スタイル」で運営します。

遠方からの来店者の皆様へ

2005年01月29日 | れいんぼ~情報
当店は、遠方からも多くの方々に来て頂いて
おります。
 喋った方でも、島根県松江市、
大分、山口、佐賀市、有田、武雄、佐世保、
長崎、北九州、久留米市、福岡市、前原市
等から来店して頂きました。
 特に福岡市の方が多く、当店目当ての為だけに
来て頂いたお客様には、感謝でいっぱいになります。
 当然、観光・ドライブがてらや、用事ついででも、
、沢山の店から当店を選んでいただけた事が嬉しいです。
 高速・有料道路料、電車代、タクシー代、及び貴重な
時間を割いて来店して頂いておりますので、「来て良かった」
と思える商品を提供したいです。
自分の作ったラーメンには愛着がありますので、
客観視するのは非常に難しいですが、
わざわざ行く価値あるラーメンを目指します。
 遠方からの来店者は、100%ネットにおける情報で
来られています。数名の方は、当店付近を数時間迷わ
れたり、交番、通行人に道を散々聞き、苦労の末、来店
されたりしていますので、それ相当の商品力に高めたいです。
 遠方のお客様で、もう何回も来て頂いてる方は、
当店を気に入って頂き来店されていると思いますので、
期待を裏切らないように精進したいです。
 某有名掲示板の影響からか、開店当初並に新規遠方客
が来店されています。今は、あの掲示板でどんな話題を
しているか知りませんし、知りたくも無いですが、
興味本位でも来て頂き、ありがたいです。
 あの掲示板に、僕が書き込む事は絶対無いですし、
ラーメンサイトへの書き込みも止め、当ブログ内での
ラーメン斬りも終了しました。ですので、僕があれこれ
ラーメン界について言うのでは無く、これからは
当店のラーメンこそが僕の真意であり答えです。
 あの掲示板に書き込まれている方々は、興味本位でも
いいから当店のラーメン食べて頂けば、ラーメンにより
人生が変わった男の魂の叫びが伝わると思います。
 毎度ながら脱線しましたが、当ブログ閲覧者及び、
今まで来店された全てのお客様に感謝致します。
ありがとうござます。またのご来店お待ちしております。

ラーメン中間報告

2005年01月29日 | れいんぼ~情報
今回は、当店ラーメンに対する中間報告を致します。
開店当初から味の向上を目指し、昨年末以降は一時的
には、自分自身の満足出来るラーメンを作れたと思っている。
当然完成形では無く、現時点で出来るだけの物を作っている
だけだ。いい物が出来ても、明日以降同じレシピで作り安定
させよう!とは思わない。現状に満足出来ない、飽き易い性格
だからこそ、柔軟な発想が出来ると思っている。
当然、前日より酷い物は作れない。この毎日少しづつハードルを
上げて行く試練こそが、年月を重ね大きな向上に繋がると信じたい。
 ただ、闇雲に実験しているのでは無く、確かな方向性が掴め
つつあります。当店では、一口目のインパクトなんて皆無です。
一口目は「???」と、あまり印象残らない味だと思います。
それは、口当たりの良さを求め、味の時間差を作っているからです。
口に入れて数秒後「ふわ~」と風味、深みを感じれるように
意図的に味の時間差研究をしました。当店のスープに、鷹の爪を
入れ唐辛子の辛さを加味したのも、味の時間差強調の為です。
唐辛子の辛味も、口に入れた直後より、数秒後が「ぐ~ん」と
辛味を感じるからです。そして、通常の醤油ラーメン店より
深いコクを目指しています。トンコツラーメンのコクには
到底及ばないですが、あっさりした口当たりの割には、
深みを感じると思います。深いコク=しつこい・クドイ
では年配層に受け入れられません。高齢者にも
トンコツラーメン好きにも受け入れられる味が、唐津での
キーポイントであり目標です。
 醤油ラーメンなのに、中火でガンガン煮込む製法も、スープ
の透明感・キレイさを無視し、味の濃さ、深みを強調する為です。
最近の当店ラーメンは、油分を控えめにしていますので、
様式美麺では油ギトギトの背油、鶏脂コッテリ・ラーメンを
提供致しております。チャーシューも、あっさりと甘みある
味つけに変えました。以前までの強調しすぎるチャーシューでは、
全体バランスを崩すからです。
また、数ヵ月後ぐらいに中間報告いたします。
2、3口目からが当店の本領発揮です。ラーメン界では、インパクト
が有る、無い、が頻繁に言われていますが、強調しすぎない
静かなる深みも感じ取って欲しいです。

れいんぼ~の邦楽ルーツ

2005年01月24日 | ≪創作活動≫★状況報告★
僕の青春期の洋楽話が続き、ブログ閲覧
し来店されたお客様から「邦楽は聴かんと?」
と質問される事が数回ありましたので、今回
邦楽について書きます。
 小学時代からTMN、ブルーハーツ、BOOWYとかの
ファンが周囲にいましたが、僕は音楽に興味無かった
です。BBクイーンズ、たま、米米クラブ、チャゲ&飛鳥
がヒットチャート賑わせた、小学6年の末ぐらいに
音楽番組に興味を持ち出しました。BBクイーンズの
近藤の声や、米米クラブの華麗なるエンターティナー性
溢れるステージに魅了された。森高千里の美貌にも
ノックアウトされ、音楽番組はチェックしまくった。
 ラジオのチャート番組で、ビーズの「アロン」を聴いた時
は痺れた。今は無き、老舗の某レコード屋で初めてCDを買った。
ただ、店員が誤って、
「リスキー」をレジに持って行き、「アロン」未収録
のアルバムを買う羽目になった。でも、名盤であり興奮しまくった。
その後、当然「イン・ザ・ライフ」も購入し、ビーズ色に
染まった生活が始まった。今は閉店している「パーム」
(CDレンタル専門店)には、週に4回は通い、当時のヒット
曲は片っ端から借りた。おそらく、僕が中学1年~中学3年ま
でのオリコンチャート50位内の曲は、イントロで分かると
思う。特にT-BOLAN、X(X-JAPAN)、電気グルーブ、
サザンオールスターズ、米米クラブ、ワンズ等好きだった。
 すかんちを中学2年ぐらいで知ってから、より洋楽
ハードロックに興味を持ったのだ。ローリーのギタープレー
は、ブライアン・メイ、ジミー・ペイジ、ウルリッヒー・ロート
とかの影響をモロ受けていて、曲もビーズと並ぶ程パクリ
ソングが多い。ロック系が好きだったが、突如フォーク好き
になった。チューリップを聴いた時にジ~ンと感動した。
チューリップは全アルバムチェックし、海援隊、ジローズ、
松山千春、長渕剛、永井龍雲、谷村新司とか聴きまくった。
スマップが人気出てきた頃、光ゲンジを聴きだした。
もう、光ゲンジは解散してた頃だと思うが、曲が素晴らしかった。
 洋楽でジャクソン5好きだったのもあって、フィンガー5を
聞き出した。日本人が海外のバンドからモジッた、バンド名
に興味あったんだ。BBキングからBBクイーンズにしたり、
SEXピストルズからSEXマシンガンズにしたり・・・。
フィンガー5は、超はまった。沢田研二(ソロになってから)
の曲も目茶目茶好きになった。まだ、第1線に来ていない
頃の「エレファント・カシマシ」の情熱的歌唱、グルーブ感
ある演奏にも度肝抜いた。
RKBラジオ「足達ヒデアのHiHiHi」のヘヴィ・リスナーでも
あったから、足達さんのバンド「たけのうちカルテット」も
夢中で、好きを超えて崇拝の域であった。ファンクラブにも
入り、貴重音源を多数入手した。たけカルにより、プログレ
の世界にのめり込んだ。
無名時代の、セピアン・ローゼス、L→R等、洋楽的香りの
する物を発掘する為、無名のバンドをレンタルしまくっていた。
正直ハズレが多く、やっぱ第1線にいないバンドは駄目か?
と変な錯覚起こしていた時期もあった。でも、バチカブリ、
かまいたち、ガーゴイル、レディース・ルーム等発掘した。
 その後、宗次郎、喜太郎、Y.M.O、アースシェイカー等
インスト系を一時聴いていた。ビーズの松本が作った
インストゥルメンタル集のソロアルバムに感動したのが
キッカケだ。高校に入り、ハードロック系バンドを探す
ようになった。もう、ビーズの新譜には興味無くなってきた
のだ。イン・ザ・ライフ~7thBULUSまでは名盤だが、
リアル・シング・シェイクスって名曲を作っていながら、
それ以降の曲に不満あった。(と、言いつつ今だにビーズの
アルバム、ビデオ出たら買っています)
沖縄バンドが近年熱く、モンゴル800、オレンジレンジ、
HYとか人気ありますが、元祖沖縄ロックバンドは
「紫」だと思う。ディープ・パープルにモロ影響受けているのが
分かる曲調で、ちょっと物足りない感はあるが悪く無い。
フラワー・トラベリン・バンドは、日本独特の和旋律と、
ハードロック融合していて好きだった。
 ジャパメタ系は、アンセム、バウ・ワウ、ラウドネス、スライ、
ユナイテッド、アウトレイジー、ホワイトタイガー、
聖飢魔Ⅱ、筋肉少女隊(?)、コンチェルト・ムーン、
ダブル・ディーラー、ブラインドマン、アムドゥシアス、
ロックン・ロール・スタンダード・クラブ・バンド、
等など聴いたが、一番好きだったのがツインザーだ。
ツインザーの生沢は、和性デヴィッド・カバーデールと
言われていてソックリだ。歌唱法、声質が類似していて、
どんなタイプの曲も歌えるオールマイティー・シンガーだ。
 アニメタル、ナツメタル、王様 みたいな企画物も聴いていた
が、SEXマシンガンズの出現は嬉しかった。久々の第1線
メタルバンドだから期待もした。X-JAPAN以来かもしれない。
歌詞が、コミックバンド的だが、演奏、曲はかっこいい。
解散したって話もあるが、また第1線復帰してもらいた。
福山雅治のオールナイト・ニッポンのファンでもあり、
福山のCDは沢山買った。いい曲が多いんですよね。
高校卒業後、邦楽系は殆ど買っていないと思う。音楽番組も
高校中盤ぐらいから見なくなった。グレイ、ラルクアン・シェル、
安室とか出てきた頃は、もうヒット曲に無関心だった。
ミスターチルドレンは好きだったが、レンタルで済ませる程度
にしか興味持てなかった。今も時々聴くのは、ビーズ、大黒まき
ぐらいだ。ついでに言うと、嘉門達夫も大好きで嘉門ワールド
には相当はまった。広末涼子のCDも持っているが、歌には興味
無いです。10年間広末涼子一筋ですが、オタク的に色々グッズ等
集めてはいないです。(カレンダー、写真集も買った事無いです)

ドラマー時代の僕

2005年01月21日 | ≪創作活動≫★状況報告★
前項で言った通り、ドラマーには妥協から成った。
最初、ドラムに全く魅力感じなかったが、スタジオ
セッション積むにつれ、魅力にとり付かれた。
それまで音楽聴く時、ドラムパートを気にしていなかったが、
集中しドラムを聴きだすと、凄いドラマーばかりだ。
手数多い、イアン・ペイス、重たいジョン・ボーナム、
コージー・パウエル、カーマイン・アピスらに影響され
まくった。僕のバンド内ニックネームもコージー・パワフル
とし、僕を誘ったギタリストはリッチー・ホワイトモアになった。
リッチーは、今も福岡でリッチーの名前でやり続けている。
 当然ながら半年足らずで、ギターから妥協しベース、
ボーカルやっていた奴は脱退し、外部募集した。
楽器屋のメンバー募集張り紙だ。凄いベーストと出会え、
僕もドラムに1段と気合が入った。とにかく、リズムに
厳しいベーシストで、初心者の僕は怒られまくったが、
悔しさで練習を重ねた。ボーカルは、日替わりで
次々変わった。リズム・ギターも脱退し、一時期は
3人で活動し僕が、ドラム叩きながら歌っていた
時期もあった。そうこうしていると、就職活動が多忙
になり、遊びバンドは自然消滅した。
 僕は印刷会社に就職し、リッチーは北九州の音響会社で
PAエンジニアをしていた。なんと、入社2ヶ月でリッチー
はクビになり、唐津へと帰郷した。しばらくやる気を無くした
リッチーは、部屋に篭り曲を作りまくった。
僕も12万円程の給料でAM7:30~PM11:00、時には
AM3:00まで仕事やっている日々に虚しさを感じ1年勤務
し辞めた。そんな時リッチーが、10枚程のMDに130曲程
収録したオリジナル曲を持ってきた。半日以上かけ2人で
MDを聴いた。リッチーが「またバンドやろう!熱くなろう!」
と言ってきた。僕の新たな職場は、時間的余裕持て、日曜休み
だからバンド活動は可能であった。リッチーがMTRで作った
曲は素晴らしく、歌詞には彼の怒りが詰っていた。
あの時、リッチーがバンドをやっていなかったら、彼は
廃人と化していたかもしれない。楽器屋メンボでメンバーを
集め始動した。久々のドラムに感激もしたし、17,18歳の
頃の感覚が戻ってきた。正直楽しく、興奮したのは結成半年までの
初期メンバーまでであった。リッチーの完璧主義さに、メンバー
の性格、人間性は関係無く、とにかく上手い奴を探し始めた。
それから、次々とメンバーの入れ替えを行い、親しくなって
きたらクビにし、新メンバーを発掘してきたんだ。
「俺は下手ドラマーだから、脱退する」と言っても、
「いや、お前には可能性ある」と毎回押し問答だった。
もう、毎月みたいにメンバーが変わるバンドに嫌気が差して
24歳で脱退した。再三説得されたが、もうリッチーの
ワンマンさ加減には付いていけなかった。その頃ぐらいか
ら趣味でラーメン食べ歩いたり、自宅でラーメン作っていた。
ドラムから足を洗ってからは、ベースを始めた。バンド時代
もベースパートに集中しプレーしていたから、ベースの魅力
は充分知っていた。ギターより簡単と舐めていたら、
とてつもなく難しい。ベースで速弾きするのには、相当練習
積んだ。もうバンドはウンザリだったが、バンド時代の人脈
からベース助っ人で参加依頼が何度かあり、加入では無く
時々参加するのは純粋に楽しかった。ドラマーが一人で
スタジオ練習する時には、よくお呼びがかかった。
ジャム・セッションに夢中になった頃から、アドリブの王道
ジャズに目覚めた。フュージョンも多少聴くが、やっぱ
古典的なジャズの方が好きだ。
 色々言ったが、リッチーのお陰で沢山の経験積み、
皆で感動、興奮を共感
出来た。リッチーの、もっと、もっとと貪欲に音楽を追い求
める姿勢には感銘受けた。あのハングリー精神は、僕にも
伝染し、もっといい物、高い目標は今も持っている。
今のラーメン作りにも、ハングリーに取り組んでいる。
ロックバンドで鍛えた、反骨精神、クリエーティヴ、努力を
一杯のラーメンに注ぎ込みたいです。

ギター一色青春期

2005年01月21日 | 勝手にランキング
高校時代、男子生徒の3分の1程ギターを弾いていた。
僕も中一にビーズを聴いて以来、ギター信者と化した。
僕の友人は全員中学、高校でギターを始め、僕も欲しくて
たまらなかった。幼少期から、ファミコンもラジコンも
買ってもらえず、次第に物欲が薄れていた。そんな僕が、
エレキギターは、凄く欲しかった。バイトもさせてくれない、
厳格な親だったから、高価なギターは夢のまた夢だった。
必死に頼み込んで、やっと高校2年の末にエピフォンの
レスポール・タバコサンバーストを購入した。
それからは、寝ても覚めてもギター一色の生活であった。
高校3年では、友人のバンド・デモテープにもゲスト
参加し、オリジナル曲も作りまくった。友人皆、初心者
であり滅茶苦茶なセッションをしては楽しんでいた。
僕らの遊びと言うと、ギターだけであった。放課後や、
休日に友人宅や、我が家に集まると、皆でギターを
弾き、音楽について語り合った。ずば抜けたプレーを
する奴は、僕らの間では英雄であった。毎週みたいに
友人のバンドが、サウンド・スピリッツ・ガイル
(佐賀一のライヴ・ハウス)に出演していた。
学年で30バンド以上が活動していたから、
僕も義理でチケット買ったり、売りさばく助手をしたり
大変だった。自動車学校に通い出した頃、同年ぐらい
の初対面の人が突然「あの~、バンド組みませんか?
デモテープ聴いたんですけど」と喋ってきた。
初対面者が一言目で言うべきセリフでは無く、僕は
「???」ポカーンである。よくよく喋ってみると、
僕の親友と同じ高校に通う奴で、僕が進学する専門学校
に彼も行く事が分かった。専門学校に入ってから、
2人学校内でメンバー探しをした。その彼は、ギタリスト
であり、僕もギターと決まっていた。探してみると、
ギタリストばかりで他メンバーが居なかった。
結局5人のギタリストでバンド結成した。
初スタジオで、お互いギターの腕比べしたら、僕を誘った
彼は圧倒的凄く完成されていた。もう一人上手い奴がいて、
僕を含めた3人は遠く及ばないレベルだった。3人は、
ベース、ボーカル、ドラムと妥協し、パート決定した。
僕は、ベースがやりたかったが、スタジオでドラムを
適当叩きまくってたら「おまえは、YOSHIKIか?凄い!
ドラム決定!」と言われドラマーに転進した。
次の項目でドラマー時代を紹介します。

様式美麺 第5弾の先行販売

2005年01月21日 | れいんぼ~情報
時にはラーメン屋さんらしいコメント致します。
当店のブログでありながら、商品紹介、店紹介を
あまりしていませんでした。今後、時々紹介文を
挟みます。好評頂いた様式美麺 第4弾チーユ麺も
今月末で終了致します。第5弾は、焼きラーメン
ですが、当ブログ閲覧者のみ、一般販売に先駆けま
して先行販売致します。早く、焼きラーメン食べたいっ
て方は、気軽に「ブログ見た!焼きラーメン!」って
注文して下さい。誠に勝手ながら、調理に時間かかりますの
で店内混雑時、昼時は、作れない場合もあります。
来月から正式に様式美麺 第5弾として導入してからも、
店内混雑時は調理出来ません。歴代様式美麺一、手間の
かかるラーメン(?)です。

不親切な映画紹介

2005年01月21日 | 映画レビュー
今回は、解説抜きに僕の好きな映画をダダダと紹介するだけです。
興味がある方は、チェックしてください。
 コメディーは、摩天楼はバラ色に、ミスター・ビーン、
ビバリー・ヒルズ・コップ、最終絶叫計画、猟奇的な彼女
 サスペンスは、インサイダー、スクリーム、隣人は静かに笑う、
氷の微笑、ガラスの塔、ペリカン文書、ラストサマー、逃亡者、
今そこにある危機、クイズショー、羊たちの沈黙
 SFは、インビジブル、ジュラシック・パーク、サルの惑星、
スターゲイト、エイリアン、オーロラの彼方に、
 アニメは、ライオンキング、思ひでぽろぽろ、耳をすませば
 ホラーは、リング、呪怨、フランケンスタイン、デッドコースター、
ファイナル・デスティネーション
 ドラマは、エリン・ブロコビッチ、ロックスター、スタンド・バイ・ミー、
パーフェクト・ワールド、ロック・ユー!、34丁目の奇跡
まだまだ、紹介できないぐらい沢山面白い映画ありますが、
今回紹介していない映画で、潜水艦ものには駄作無しです。
戦争映画も駄作少ないですよ。邦画は、殆ど見ないです。
邦画は、年に3本ぐらい旧作見る程度です。
皆さんも、沢山の駄作を覚悟で、レンタルしまくってみては?

れいんぼ~の映画紹介

2005年01月20日 | 映画レビュー
ラーメン屋店主のお薦め映画なんて、あまり説得力無いが、
毎週映画館に行く日々を数年送ったり、一人暮らし時代は
ビデオを借りまくっていました。ケーブルTVでも相当観ました。
 映画に夢中になったのは、16歳からですので、周囲の友人
より遅れていました。ビデオデッキも我が家には無く、20歳で
初めてビデオデッキ買いました。だから、レンタルで旧作を
チェックしだしたのは20歳以降です。
 監督、俳優、原作者などで映画観たこと無く、あらすじ、映像、
ハイライトシーン等や、友人、知人の評価が全てです。
いい映画に出会っても、その監督の別作品や、主演俳優の別主演作
なんてチェックしません。だから、俳優名、監督名なんて気にしない
ですから、名前はあんまり知らないんです。しかも、僕は数年前から
吹替え派です。字幕派が圧倒的多いでしょうが、字幕の訳のせいで
駄作になっている作品が多すぎる気がするんです。
 人並み以下しか映画知らないですが、ここ3年で580本
映画観ています。単なる映画好きの戯言をお聞き下さい。
 まず、16歳の時観た、三銃士が全てのキッカケです。クールランニングを映画館に
観に行った時、同時上映で三銃士があった。圧倒されるスケール感と、
銃士達の仲間意識に感動し、エンディング曲の素晴らしさで泣いてしまった。
映画の素晴らしさに目覚め、毎週の映画館通いが始まった。
 いい映画が多すぎて、何から紹介していいか迷うが、まず
ヒューマン系感動超大作を数本上げます。一番好きなのは、「ショーシャンク
の空に」です。無実の人間が刑務所内で、夢を捨てず奇跡を起こす。
爽やかな感動を味わいたい方にイチオシです。「アルマゲドン」は、もう
10回以上観ました。地球隕石激突を、救う掘削隊の話。エンディングの
エアロスミスが再度感動を高めます。音楽系実話「シャイン」は、
スパルタ教育で子供の才能を伸ばすが、チャンスが来た時、父は子供の
才能をぶち壊そうとした。努力に努力を重ね超絶技巧曲を演奏中
倒れ、精神障害者になる。障害をかかえてから、純粋に演奏する喜びを
感じる。「ライフ・イズ・ビューティフル」は、前半コメディーか?
と思うが、強制収容所に送られてから、子供へ恐怖を感じさせない為
おどけたりウソを言い続ける父親の姿は、涙無く見れない。
 続いて映画の王道アクション。ハリウッドの得意分野、特撮、スタント
だ。ターミネーターや、ダイ・ハード、ランボー、ロッキー、沈黙シリーズ
、リーサル・ウエポン、ダーティー・ハリーとかシリーズ物も最高
に楽しいが、興奮しまくりアクション紹介します。「ハーレー・ダビッドソン&
マルボロマン」セリフや仕草サントラ、何をとってもカッコいい。
子供だまし的ストーリーだが、純粋に楽しめ、もう30回ぐらい見ている。
次は、「ドランクモンキー酔拳」ジャッキー映画は、どれも大好きだ。
ハリウッド進出より、香港映画時代の方が断然好きです。
生身のアクションで、ワイヤーやら、SFXやら、スタントマン等使わない
本物だからこそ惹かれる。最近見たタイ映画「マッハ!」にも同じ香り
があった。最近のジャッキー映画は、最初から滅茶苦茶強いが、
初期作品は修行を積むストーリーで、後半滅茶苦茶強くなっている。
努力を積み、成長していく内容は勇気づけられる。「酔拳2」より断然
1作目が好きだ。他、レオン、アンタチャブル、リベンジ・コップ、
暴走特急、グラディエーター、クリフハンガー、ジェイソンX(これは
ホラーかな?)、ラスト・ボーイスカウトとか好きです。

高校時代は、音楽探求の日々

2005年01月16日 | 勝手にランキング
高校は佐賀市内に行ったので、唐津の友人は
高校に一人も居なかった。だが、都会的(佐賀県内では
都会です・・・)な友人らからは、刺激されまくってました。
さすがにプログレ好きはいませんでしたが、HR/HM好きは
異常に多かった。ヤンキー系に多かったので、気が弱い僕は
仲間になれるか不安でしたが、ボン・ジョヴィ、ミスター・ビック、
イングヴェイ等の会話で、すぐ仲良くなった。L.Aメタルも
彼らの影響で聞き出したが、ガンズ&ローゼス、スキッド・ロウ
以外は全く興味無かった。モトリークルー、ラット、ドッケン等
好きな曲が数曲ある程度でしかなかった。
友人らと異なりメロディアスな美しき、華麗なる激しさと、超絶ギタープレー
夢中になっていった。中学時代ジャーニー、エックス、クイーン、イングヴェイ、
ヨーロッパとか好きだった頃の感性が復活した。引き金は、ウリ・ジョン・ロート
率いるエレクトリック・サンが、再盤された事から始まった。
当時すかんちの音楽が好きで、ローリーのギターに痺れていた。彼が、ジミー・ページ
、ブライアン・メイと並び、よく語っていたのがウルリッヒー・ロート
(現ウリ・ジョン・ロート)であり、エレクトリック・サンを絶賛していた。
レコード屋に問い合わせると、廃盤であり諦めていたのが、ウリ人気により
再発売されたのだ。3枚全て買い、クラシカル世界のトリコになった。
ボーカルはウリが歌っているから酷いが、曲、演奏は素晴らしすぎる。
ウリの弟のプロジェクト、ジーノがまた最高で、ロート兄弟は、
シェンカー兄弟(マイケル(MSG、UFO)とルドルフ(スコーピンズ))
と並ぶ偉大なるギター・ブラザーである。その、ジーノの元メンバーらで
結成されたフェア・ウォーニングは、叙情感たっぷり哀愁的であり、
爽やかな感動を与えてくれた。インペリテリ、ハロウィン、ガンマ・レイ、
ストラトヴァリウス、レイジ、プリティー・メイズ等北欧系パワーメタル
(一部ジャーマン・メタル含まれています)に夢中で、他ヴァン・ヘイレン、
スティーヴ・ヴァイ、エリック・ジョンソン、スティーヴ・モーズ、
ドリーム・シアター、ジョー・サトリアーニ等、超絶技巧派に痺れまくっていた。
同時進行で、レトロなギター・プレーも大好きで、ゲイリームーア、
エリック・クラプトン、ジェフ・ベックジミ・ヘンドリクス、リッチー・ブラックモア
は、別格の凄さがあった。
 高校2年中盤頃、暗黒の世界が僕の音楽人生を
塗り替えた。メタリカ、メガデス、ブラック・サバス、パンテラ、スレイヤー、
オジー・オズ・ボーン等との出会いだ。幸いグランジ、オルタナティヴ、デスメタル
ゴシック、ドゥーム、インダストリアル、モダン・ヘヴィネス、ミクスチャー、
クロスオーバー等の闇には迷わなかったが、スラッシュ・メタル、ブラック・メタル
的な極悪さがサウンドに出て、悪魔崇拝的音楽に惹かれた。それらに嵌ると、それまで
聴いていた音楽じゃ刺激が足らなくなる。連日連夜、通学中も聴いていて、体に染み込んでいた。
呪縛から解き放ったのが、レインボーである。レインボーは中学時代から知っていたが、
そんなに興味無かった。同じリッチー・ブラックモアでもディープ・パープル程の
衝撃は無かった。ブラック世界に夢中な頃レインボーの2ndをレンタルし聴いたら、
暗黒世界を彷徨っていた僕に一筋の光明が差した。激しさばかり追い求めてたが、
音楽とはメロディーが基本だな~と改めて感じた。それから、ネオ・クラスックは
勿論聴いていましたが、バッハ、パガニーニ、ベートーベン等の古典バロックが好きに
なりました。ネオクラ系のハーモニックマイナー系ギタープレーや旋律は、バロックを
参考にしていて、よりハードロック、ヘヴィメタルを楽しめるようになりました。
それから、ゴスペル、タンゴ、ルネッサンス・ミュージック、トラッド、ケルト等
あらゆる音楽に関心を持ち、ブルース、アメリカン・フォーク、カントリー等
旧マメリカン・スタンダード・ミュージックも色々聴きました。
今、元レインボーのリッチーも、ブラックモアズ・ナイトと言うケルト系や
17世紀中世ヨーロッパ・スタイルの音楽やっています。僕が最も尊敬し、感銘受けた
ギタリストです。彼のギターを聴かなければ、音楽好きの僕は居なかったでしょうから、
ギターも始めなかっただろうし、ドラムもベースも始めなかったと思う。
音楽つながりの友人、知人も出来なかったでしょうし、沢山の感動を味わえなかったと
思うとゾッとする。当然、当店屋号も○○亭、○○軒とか成っていたと思う。

音楽との出会い!中学時代

2005年01月16日 | 勝手にランキング
当店の屋号は、偉大なるハードロック・バンド“レインボー”
から拝借している事もあり、多くのロック・ファンが来店されます。
今回はロックについて語りたいと思います。
 中学入学と同時期ぐらいから、友人らが古い洋楽を聴き出した。
当時、僕はビーズの熱狂的ファンであり、ギターとボーカルのカッコよさ
に惚れ込んでいた。「ギター系なら・・・」友人がディープ・パープルの
ベストを貸してく、流した瞬間の衝撃を今でも覚えている。
今まで音楽で感じた事無い、体中が熱くなる興奮だった。CD一枚聴き終える
まで、体が硬直した。その、友人から次々CDを借り、毎日ハードロックについて
熱く語り合った。エアロスミス、レッド・ツェッペリン、ジミ・ヘンドリクス、
クイーン、マウンテン、グランド・ファンク・レイロード等に強く惹かれ、
今だ愛聴している。その頃から、彼らのルーツを探りたくなりインタビュー記事
や、彼らの事を書かれた本を読み出した。エルビス・プレスリー、リトル・リチャード、
バディー・ホリー、マーヴィン・ゲイ、レイ・チャールズ、ビートルズ等、
彼らが影響受けたミュージシャン
を片っ端から聴きまくった。ロカビリ、ソウル、ブルース、ジャズ等に夢中に
なり、1930年代のロバート・ジョンソンまで行き着きピリオドになった。
それ以前の音楽は、音源がCD化されていないからである。
ブルースの原点に触れた頃、周囲友人間ではモータウン、AOR、ソウルの風が来ていた。
友人らの薦めるマイケル・ジャクソン、ジャクソン5、シンディー・ローパー、
スティーヴィー・ワンダー、サム・クック、リック・スプレィング・フィールド、
マイケル・ボルトン、ビリー・ジョエル、エルトン・ジョン、ジャニス・ジョップリン、
アレサ・フランクリン・・・etc とにかく、友人らが所持しているCDは、
どれも素晴らしい物ばかりだった。ドップリと、80年代ポップにハマッタ頃、
ジェネシスの曲をFMで聴き「???」理解出来ない難解曲なのに、DJが
「いや~、やっぱり、いいね~。」とか言っていて、プログレッシブ・ロックを
理解したくなった。キング・クリムゾンを買い、毎日聴きまくった。???
だが、読解したい一心で聴いた。挫折し、ピンク・フロイド、イエス、カンサス
を聴いたら、「お~!これは聴き易い。」と感じた。慣れれば、良さが見えてきて
しだいに好きに成っていった。キング・クリムゾンに再チャレンジしたら、
滅茶苦茶いい曲、演奏に感じ一気に大好きになってしまった。中学3年にして、
プログレ・マニアと化していた。友人らは、カーディガンズ、セリーヌ・ディオン、
マライア・キャリー、ホイットニー・ヒューストン、グリン・デイ、UB40、
エンヤとか聴いている中(当時、馬鹿にしていたが、数年後聴いてみると
いずれも素晴らしいミュージジャン達ばかりだ)、僕は1曲40分もあったり、
10曲が組曲になっている奇妙な物を聴いていた。友人らに教えてもらいながら、
音楽の幅を広げたが、一ヶ所に留まらず、次々開拓していく精神は今のラーメン
作りにも通ずると思う。

チーユ麺!期間延長いたします。

2005年01月11日 | れいんぼ~情報
新春短期新作メニューの、チーユ麺は好評につき期間の
延長いたします。1月末まで提供予定です。
チーユ(鶏脂)と、背脂(精製前ラード)チャッチャは
唐津では珍しく、コッテリ志向の方々にも満足頂きました。
 2月からは、焼きラーメンを新作として導入いたします。
茹でた中太ちぢれ麺を、久留米スープ並の濃厚トンコツスープ
と炒め、特製タレで味つけした、自慢の一杯です。
油そばに近いですが、中華鍋で炒めて香ばしさを出し、
どちらかと言うと焼きソバとトンコツラーメンの融合タイプです。

当ブログ内容の改変

2005年01月06日 | れいんぼ~情報
僕は、開店前の安易なインターネット宣伝戦略に大失敗し、
沢山のクレーム、バッシングを受けた。メールアドレスを
公開したら、山ほど脅迫紛いの文面、建設的批判が届いた。
数サイトに絞り、交友関係を持ちたかったが、情報公開している
自覚無く、独り善がりな文面も敵を作る一方でした。
 正直に何でも言ったつもりが、本来言うべきでは無い
事を多く語りすぎたみたいです。
 当ブログでは、ラーメン界の問題点、ラーメンに対する情熱を
語ったり、店の裏話をしたかったが真意は伝わらなかった。
あらゆる掲示板で波紋を呼び、悪名を益々高めて行った。
悪意を持って書いたつもりは一切無く、本音・真実のみを公開
したが、不愉快に思った人は多数いたみたいだ。
 当ブログを批判する掲示板が出来たり、僕の偽物が出現して
滅茶苦茶やっている以上、ラーメン界を斬るのは控えるべきだと思いました。
 僕は敵を作る為ネットをやっている訳では無いし、彼らが面白がって
ネタとして当店を茶化すのにも嫌悪感を感じます。
 今後は、新作情報、サービス・デイ、臨時休業等の公開の場として
当ブログを利用します。より店と直結したブログとしてお楽しみ下さい。
 当ブログは、草野球チームの人が大リーガー選手の欠点突いたり、
田舎劇団員がハリウッドへの夢を語っている程、滑稽な文面に
思えたかもしれません。自分自身が駆け出しの新米のくせ、言う事だけは
大きく、反省すべき点もあったと思います。
 今後はラーメン斬りを凍結しますが、過去の内容ぐらいは残させて下さい。
あらゆるラーメンサイトでも、普通の書き込みすら許されない雰囲気あり
ますので書き込み控えますが、皆さんの書き込み閲覧ぐらい楽しませて下さい。
ラーメンフリークの方を批判した文面ありましたが、彼らの行動力、探究心
は作り手側としても気になります。ラーメン界を今後も盛り上げて下さい。