山の頂から

やさしい風

欲に底なし

2011-01-22 00:34:10 | Weblog
 遠縁者が亡くなった。まだ60歳代だった。
大腸癌で体重が健康な時の半分ほどになってしまったと聞いていたが、
化粧を施され棺に横たわったそのひとに痛々しさは感じられず、
まるで眠っているようだった。
参列者の誰もが、若すぎるその死を悼んでいた。
愛する者を送った後の家族は日が経つにつれて淋しさが募る。
見るもの触れるものによって涙が溢れてしまう。
死に因る別れは数年経ってもそうである。

 京都市左京区で「人体の不思議展」なるものが開催されているとの報道に、
胸が悪くなった。何時であったか海外で開催されているとwebで知ったが、
まさか日本でも開催されているとは知らなかった。
「プラストミック」と呼ばれる技術で特殊加工された人体標本は、
中国の死刑囚の人体を使ったとの噂である。
それを入場料を払って見に行く人間がいるというのだから、
本当に驚きである。会場内では触れることも出来るというのだから、
何ともはや言葉にもならない。

 【通州事件】を起こす残虐さを思えば、
中国人は人体の標本造りなど何の躊躇いもないのであろう。
そしてそれが金になるのだから・・・
中国の諺に<欲 壑 難 填>というのがある。
~欲のためには物の道理がわからなくなること。
人は欲に目がくらむと正邪善悪の判断が迷って道を踏みはずしたりする。
との意味だそうだが、まさに中国人そのものを言い表している。

 血縁者でないひとの死であっても、
告別式に参列し嘆き悲しむ人達の気持ちを察すれば、
2~3日は故人を偲びつつ冥福を祈るものだ。
日本人はそうであったと思うのであるが・・・・
訴訟問題も起きているらしい今回の「人体の不思議展」
主催者の精神構造は、いったい如何なるものなのか!?