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【映画講評】最貧前線(2019)【第三回】太平洋ASW!もう一つの悲劇“特設捕獲網艇”の戦い

2019-12-05 20:13:40 | 映画
■狙うは一発!舶来大物潜水艦
 最貧前線の舞台は特設監視艇の悲劇でしたが、作品にも描かれていないもの、実は民間徴用船がASW即ち対潜戦闘に動員された事例もありました。後篇に続く付録です。

 最貧前線、月刊モデルグラフィックス誌に宮崎駿氏が掲載した作品の舞台化ですが、舞台となった特設監視艇とは別に、今回はもう少し悲しいといいますか方向性が疑問と云いますか、太平洋戦争の混乱が生んだ喜劇のような悲劇、特設捕獲網艇について紹介しましょう。特設監視艇については一定の効果が在った事は示した通りですが、こちらについて。

 特設捕獲網艇、1941年9月に海軍特務艇として徴用されたもので、特設捕獲網艇は終戦までに43隻が徴用されています。海軍は小型の遠洋漁船を特設監視艇、もう少し大きな木造遠洋漁船を特設掃海艇、大きいが金属船については特設駆潜艇としました。そしてさらに大きな小型貨物船が徴用され充てられた任務が、今回紹介します特設捕獲網艇というもの。

 潜水艦脅威の増大とともに日本海軍も潜水艦を重視しており、太平洋戦争、日米開戦が不可避となった時点でアメリカの潜水艦に対抗する装備の強化は当時喫緊の課題でした。特設捕獲網艇はその為の装備ですが、運用がなんというか独特でした。なにしろ捕獲網艇だ。

 捕獲網艇の任務は潜水艦を捕獲する事です。特設捕獲網艇という位ですので、それでは海軍に正規の捕獲網艇が在ったのかと問われるとそうではなく、任務はその名の通り、網を投じて漁船が漁獲する様に潜水艦を鹵獲する、というもの。鹵獲した際に敵の潜水艦が反撃してきた場合に備えて、特設捕獲網艇には57mm砲や75mm砲を搭載していました。

 対潜戦闘といえば、現代ではソナーはじめ様々な対潜機材から敵潜水艦の位置を標定し、真上からアスロック対潜ロケットや哨戒ヘリコプターにより短魚雷を投下する、もしくは対潜爆弾により航行不能状況へ追い込み撃破する、というもの。第二次世界大戦当時は探信聴音装置即ちソナー化襲撃行動前の潜望鏡をレーダーか目視で捕捉し、爆雷攻撃を行う。

 第一次世界大戦では日本海軍が船団護衛へ地中海へ進出した際に、ドイツ海軍のUボート制圧を実施する際、なにしろ日本海軍も潜水艦は研究中であり、その手法をイギリス海軍へ問うたところ、機雷処分用のパラベーン掃海器具により潜水艦を掃海索に巻き込む形で浮上させ、砲撃し破壊する手法を提示された、という歴史がありましたけれど、網、とは。

 パラベーン掃海器具、掃海器具を取り付けた索を海中航行させる為の水中推進装置で、実はテレビアニメーション“ハイスクールフリート”に攻撃を加えてきました所属不明の潜水艦を撃退する際に、爆雷のように相手を傷つけない方法としましてパラベーンが用いられる描写が在り、また古い方法で立ち向かうなあ、と放映時テレビの前で驚かされたもの。

 特設捕獲網艇、捕獲網を2基程度搭載し、また潜水艦を漁網、ではなく捕獲網に追い込むために数発の爆雷を搭載していました。鹵獲できれば大物、その上で自衛用に57mm乃至75mm艦砲を搭載していたのですが、探信聴音装置は簡易的なものしか搭載していなかったようで、僅かに残る特設捕獲網艇写真を観ますと、電探装置、つまりレーダーらしき装備も見えません。

 対潜戦闘を行うのに漁網のような捕獲網を主力装備として、追いかける。もちろん、太平洋戦争前の時点でアメリカの潜水艦には艦砲も機銃も魚雷も搭載されていますので、こんな特設捕獲網艇のような、貨物船を改造した網が武器の特務艇で太刀打ちできる訳ではありません。特設捕獲網艇の訓練に関しては、資料がほとんど失われているだけにほぼ不明なのですが、潜水艦の航路を塞ぐように捕獲網を展開し追い込む様式しか考えられません。

 43隻も特設捕獲網艇を徴用したのですが、まさか駆逐艦と協同する程の速力もありません。重要海峡等に配備し、双眼鏡などで潜望鏡をひたすら探し、潜望鏡を見つけたらば、中世の捕鯨の様に一斉に艦砲で威嚇しつつ敵潜水艦が先行すると思われる海域の周りに、定置網のように網を展開するのでしょう。そして爆雷で潜水艦を定置網へと追い込んでゆく。

 定置網、思い出せば映画“シン-ゴジラ”でもゴジラの生態を調べる為に東京湾に定置網を展開し捕獲できないか、と政府に招かれた不明生物の専門家が首相に意見する描写が在りまして、映画館が失笑に包まれていましたが、太平洋戦争における日本海軍は大まじめに定置網でアメリカ潜水艦を鹵獲しようとしていたのですから、余り笑っては居られません。

 特設駆潜艇ならば戦況に寄与した部分は大きいと云えます。例えばイギリス海軍が大西洋の戦いでドイツのUボート対策に用いたフラワー級コルベットはトロール漁船の設計に爆雷とロケット爆雷に小口径の艦砲と機銃にソナーを搭載したものを大量に量産していました、爆雷を備えた船が見回っているだけでも多少抑止効果はあります、ですが、網ではなあ。

 特設監視艇、本土防空へ大きな成果がありました。特設監視艇黒潮部隊が展開していたのは本州から400浬乃至600浬という遠距離、考えてみますと超水平線OTHレーダーを除けば現代でも600浬以遠の航空機を探知するレーダーはありませんし、実際、相当な犠牲を払いつつも本土防空に不可欠の情報を送り続けていました。そこで、特設駆潜艇、だ。

 特設敷設艇ならば潜水艦を制圧する能力はあったように思います、これは機雷原を洋上に構築するもので、完全封鎖すると自分も通れませんが一部を封鎖する、例えば戦時中のシーレーン防衛を描いた“海上護衛戦”等では重要航路を機雷原で防護し、対馬海峡や津軽海峡に敷設するだけでかなり敵潜水艦の行動を抑制する効果が在ったと回顧されています。

 特設防潜網艇のような用途であれば、これは敵小型潜水艇の軍港潜入を防ぐために湾口などに防潜網を展開する艦艇で、横須賀や呉と佐世保軍港では毎日実施されていたのですが、余り外洋で実施が向かないのに対し、日本本土の軍港では特殊潜航艇による被害を回避しました。実はシンガポール等ではイギリス特殊潜航艇によりリンペット機雷攻撃が在った。

 特設捕獲網艇、資料は残っていないのですが、一番の悲劇は戦闘中に喪失した事例が見当たらないといいますか、損耗が無いならば幸いではないかと反論が来そうですが、それ以上に真面目に戦闘に派遣された記録が見当たらないのですよね。何の為に海軍は徴用したのか、真面目に捕獲網で潜水艦を捕獲できると考えていたのか、意味無き動員が悲劇です。

 特設捕獲網艇は、その任務から排水量1000t前後の船舶を用いていますので、これだけの船舶ならば島嶼部輸送等に用いた方が、まだ戦局に寄与したでしょう。最貧前線は漁民が戦争に動員され大きな成果と共に多大な犠牲を強いられた悲劇ですが、何のために動員されたのかよくわからない徴用の悲劇、行われたというものも、忘れてはならないでしょう。

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2 コメント

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Unknown (ねこまんま)
2019-12-06 23:00:20
港湾や水道に、潜水艦の先入防止の為に防潜網を張った話は、歴史本を読んで知ってました。
トロールなら、数年前にイギリス沖で潜水艦が網に掛かった話はあります。でも、練習船なので、実戦では先に沈められそうです。

書いてある話では、爆雷と対潜水網を使った追い込み漁?
潜水艦の位置が確実に分かるのなら、爆雷で十分だと思うのですが?
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Unknown (流線形)
2019-12-07 00:31:51
次の時代は、個々のセンサーの優劣を競うのではなく、ノード化されたセンサーと、そのネットワークの強靭さが優劣を決するんでしょうね。
Defense Newsに”マンハッタン計画”を米空軍と海軍が立ち上げたというニュースが出てますね。
軍種の垣根を超えた、これまでに誰もが見た事が無いような徹底的にネットワーク化された指揮、武器統制システムを実現することを目的にしているそうです。
NIFCCAが呼び水になったんでしょうかね。
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