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【映画講評】アルキメデスの大戦(2019)【5】戦争は数学のみで結論は出し得えるのか

2019-08-14 20:13:12 | 映画
■令和に映画が回顧する昭和
 映画のネタバレ無しの予備知識特集は観艦式写真と共にお送りするこの第五回が最終回です。令和時代に昭和の戦争を回顧する映画、その特集を終戦記念日までに終わらせられました。

 日本が太平洋戦争に打ち勝つシナリオ、数十通りはあったのだと、おもう。しかしアメリカに負けるシナリオは数千通りあった、これは国力の差が大きい。ただ、打つ手が早ければ早い程、日独伊蘇四箇国同盟や日米英連合国の結成、戦争を回避する選択肢も見出せました。始まった後も若干あったが、手持ち戦力を最大限活用しなかった事は、悲惨でした。

 映画“アルキメデスの大戦”、主人公はアルキメデスの再来と云われる程の数学の天才的人物であり、帝大生を海軍が最良の人材として海軍へ誘致した、という。ただ、原作は既に16冊が刊行しているとの事ですが、映画は戦艦大和建造から、そのCMを視る限り戦艦大和が坊ノ岬沖海戦で撃沈されるまでをえがき、主人公は大和建造に反対していたという。

 終戦といいますと戦争は昭和、今はその後の平成を経て令和時代となりました。昭和は遠くになりにけり、とは戦後74年を経て実感するところですが、戦争映画、史実を元にしたフィクションとはどの程度史実を元にしたかの多寡は有るのですけれども、創作物を原作とした映画という一つの表現方法をもって広く公開する以上、求められるものはある、と。

 史実との境界線を曖昧としたものをそのまま放置しておくことは、果たしてどういうものなのだろうか、と考えるものです。アルキメデスの大戦、本作品の映画を念頭にしかし、戦艦大和、というものを扱う以上、これは戦艦大和そのものは、排水量から艦砲の口径はもちろんその最後まで情報を得ることは情報化社会、それほど難しいものではありません。

 しかし、多くの創作物や映画に示された戦艦大和とは対照的に、戦艦大和とその時代、という認識には視野狭窄になってはいないでしょうか。戦艦よりも空母を重視しなければ、という時代であってもそれがそのまま戦艦不要論に至るのは、戦闘機が多用途化し超音速機時代が到来する先の話です。これを度外視し大和型戦艦が叩かれるのはフェアではない。

 建造の背景や当時の海上戦闘、いや、シーパワーという広い視野まで俯瞰した上で戦艦大和をみなければ、その背景は一般論として誤解があるのではないでしょうか。しかしフィクションであるとしつつ、ここで知識を完結した場合に広がるものが誤解であり偏見ではないか、と思う、これが我慢できず、一視点を、こうした視点から本特集は作成しました。

 戦艦大和、反論有れば受け入れますが、日本の選択肢としてはあれが一つの最適解であり、大和型戦艦2隻の建造を他の航空母艦などに転用したとしても空母機動部隊の護衛という問題は解決できず、代替案としては戦艦大和2隻分の建造費用で4隻を量産でき、且つアメリカが計画する新戦艦、アイオワ級等に対抗し得る戦艦が在り得たならば、代替案として成り立ったのでしょうか。

 戦艦信濃、日本海軍は大和型戦艦三番艦をより少ない資材で建造可能な航空母艦へ建造中に変更しています。大和型戦艦を批判的に考えるならば、日本海軍は技術的奇襲を図り、大和型戦艦が諸外国の15インチ砲や16インチ砲を遥かに凌駕する18インチ砲を搭載する事を秘匿し、艦隊決戦にてその威力を実戦で奇襲的に発揮しようとした構図が在ります。

 批判的に考えるならば、アメリカの新戦艦が建造開始となった時点で、日本の新戦艦はアメリカの16インチ砲を凌駕する18インチ砲を搭載する事を抑止力として誇示していれば、ドレッドノートショック、最新戦艦誕生で一夜にして従来艦が陳腐化する、こうした影響を与え、アメリカ海軍に空母以上に戦艦を新造へ走らせる効果はあったかもしれません。

 しかし謎なのは現実の日本海軍です、何故戦艦を活用しなかったのか。アメリカ海軍よりも戦艦数で優位になった真珠湾攻撃、2隻を除けば1944年までに損傷戦艦は現役に復帰します、が、真珠湾攻撃の時点では日本の戦艦数が優位でした、アメリカは元々オレンジプランとして対日戦では戦艦の活用を構想していただけに日本の艦隊決戦回避は僥倖でした。この矛盾を映画で主人公は気付くのか。

 イギリス東洋艦隊への攻撃、日本海軍は開戦三日後のマレー沖海戦においてイギリス戦艦プリンスオブウェールズと順応戦艦レパルスを撃沈しました。しかし、イギリス東洋艦隊は拠点をシンガポールからインドのトリンコマリへ移設し、戦艦ウォースパイトやダーラム等戦艦5隻を派遣し、インド洋制海権維持に当りました。真珠湾攻撃はここでも衝撃だ。

 南雲艦隊のインド洋作戦、真珠湾のアメリカ戦艦全てを撃沈乃至大破させ例外的にドック入の戦艦が小破で済んだのみの状況を再現されてはたまらない、とイギリス東洋艦隊は戦艦を1300km離れた泊地に、続いてアフリカ沿岸マダガスカルまで退避させます、見敵必戦主義のイギリスには例外的な艦隊温存主義を採ったといえるのですが、此処が問題です。

 ドイツイタリアはイギリスとの間で北アフリカ地域において激戦を繰り広げ、太平洋戦争開戦と共にアフリカ戦線へもアメリカ参戦が本格化する中、地中海の要衝マルタ島を巡る攻防が激化、こうした中で物資供給と兵員供給の巨大な後方拠点であったインド亜大陸と欧州との兵站線遮断へ、日本へイギリス東洋艦隊撃滅を繰り返し要請しています。幾度も。

 イギリス海軍の1941年マレー沖海戦後での行動可能な主力装備は戦艦10隻と巡洋戦艦1隻に航空母艦9隻、内増派された東洋艦隊には戦艦5隻と空母3隻が配備されていました。この中で空母ハーミーズは南雲艦隊のインド洋作戦において撃沈されますが、戦艦5隻はアッズ環礁やキリンジニ、アフリカまで退避し無事でした。日本戦艦は活躍を期待される。

 イギリス東洋艦隊は戦艦ウォースパイト、戦艦レゾリューション、戦艦ラミリーズ、戦艦ロイヤルサブリン、戦艦リヴェンジ、等。日本が使用していなかった第一艦隊の戦艦長門、戦艦陸奥、戦艦伊勢、戦艦日向、戦艦扶桑、戦艦山城、を投入した場合は撃滅できた戦力比であり、この艦隊決戦を実現させていれば、北アフリカ戦線の状況は一変したでしょう。

 日本は艦隊決戦の好機を逸した、それもアメリカ太平洋艦隊が真珠湾攻撃後にアメリカ西海岸方面へ艦隊決戦を行う機会を逸したのに続いて、です。そして兎に角日本は第一艦隊を本土に温存しなければならない程の切迫した脅威はありません、強力な戦力を戦時下に放置に近い形で運用、同盟国の要望にも応えなかった、完全な運用失敗でしかありません。

 イギリスは、しかし本国艦隊に強力な戦艦群を温存する必要がありました、テルピッツの脅威が在ったため。ビスマルク級戦艦ビスマルク、その通商破壊作戦の阻止に出たイギリスは最大の水上戦闘艦である巡洋戦艦フッドを撃沈され、最新戦艦が大破、反撃に戦艦3隻と巡洋戦艦1隻に巡洋艦14隻と空母2隻を集中し、漸くビスマルクを撃沈しました。

 テルピッツが再度出航した場合に備えイギリスは戦艦を本土に温存する、逆に言うならば日本はアメリカ海軍を相手に全力で戦いましたが、世界第二位の海軍国イギリスが日本と戦いつつ、その巨大な戦艦群が1945年まで日本へ本格的に反撃を加えてこなかったのは、同盟国ドイツのテルピッツが、1944年10月まで一身に引き付けた為、といえましょう。

 アルキメデスの再来と云われる程の数学の天才的人物、実際には日本には数多居たとしても戦争指導に影響力を及ぼすほどの人物、人材を活用する能力はありませんでした。既存の戦艦さえ、しっかりと活用できていないように思いまして、戦艦を動かせば大量の燃料を消費する、故に使わないか、戦艦を護衛に充て更に大量の燃料を運ぶか、此処の違いが。

 強い軍隊とは、奇想天外な新戦術や運用方法を巧みに取り込む、幕僚と指揮官に支えられた組織、といえるのではないでしょうか、この点変人とか仙人と云われる参謀を日本は抱えていましたが、戦略論といいますか、作戦体系を一変させる様な天才の指摘を実運用に内部化、強い軍隊に必要な人材はアメリカ軍の方に揃っていた、といえるのかもしれない。

 海軍作戦部長キング大将と太平洋艦隊司令官ニミッツ大将、アメリカにアルキメデスの再来という程の天才が居たかはさておき、コロンブスの卵的な発想の天才は居ました。アメリカにとっての僥倖はその内の二人が海軍作戦部長と太平洋艦隊司令官であった、ということ。いや、この発想が出来るからこそ海軍作戦部長と太平洋艦隊司令官に着任できたか。

 太平洋戦争開戦当時、アメリカ太平洋艦隊はハワイの太平洋戦域司令部と豪州ブリスベーンの南西太平洋戦域司令部にニューカレドニアに南太平洋戦域司令部、続いて開戦半年後にアラスカに北太平洋戦域司令部が置かれました。戦域司令部が空母任務群や水上任務部隊を相互融通していたのですが、この運用には無駄が多い、遊兵の比率が高かったのです。

 第五艦隊と第三艦隊という運用がここで考案されました。大規模作戦を立案するには万全の事前情報と偵察や情報分析を行い戦力蓄積と物資集積を行う。これは時間と労力を要するものですが、主としてその任務は司令部と幕僚の主管、第一線部隊は作戦発動までそれ程影響がありません。その間に部隊を訓練だけ行い休養に充てるのは戦時下で無駄が多い。

 海軍作戦部長キング大将と太平洋艦隊司令官ニミッツ大将が考えた施策は、スプルーアンス大将に第5艦隊を、ハルゼー大将に第3艦隊を充てる、という結果で、その上で太平洋艦隊の全艦艇と航空機を、陸軍支援に充てる第7艦隊は別として、作戦に当るスプルーアンス大将第5艦隊かハルゼー大将第3艦隊、どちらかに全てを付与する、という案でした。

 スプルーアンス大将第5艦隊かハルゼー大将第3艦隊、スプルーアンス大将第5艦隊が作戦立案中にハルゼー大将第3艦隊が実任務の作戦に当り、これが完了したならばハルゼー大将第3艦隊が作戦立案中にスプルーアンス大将第5艦隊が実任務の作戦に当る、押印にも休養は必要ですが長期休暇を年に何度も充てる必要はない、その為のこの施策といえる。

 日本海軍はスプルーアンス大将第5艦隊とハルゼー大将第3艦隊、どちらが相手でもアメリカ太平洋艦隊の全力が向ってくるように見え、実際事実なのですが、両方に大量の艦艇が配備されていると誤解する参謀や指揮官も多かったようです。全ての艦艇を投入するからこその数の優位により損害は少ない、故に次も新造艦を加えて数的質的優位を維持する。

 コロンブスの卵的な発想です。もっとも、この発想は戦前に計画された対日戦争計画“オレンジプラン”が大西洋正面への戦艦と空母の必要性、更に真珠湾攻撃により戦艦部隊主力が一挙に作戦不能となり、当初の一年半で南西諸島まで漸減し、戦艦同士の艦隊決戦で日本海軍を全滅させる施策が戦艦戦力で劣勢となり瓦解した故の苦肉の選択肢でしたが。

 鳳翔、赤城、加賀、龍驤、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴、大鳳、雲龍、天城、葛城、信濃、祥鳳、瑞鳳、大鷹、雲鷹、冲鷹、飛鷹、隼鷹、龍鳳、海鷹、神鷹、千歳、千代田、日本海軍が太平洋戦争に投入の空母は以上の通り。戦艦は、金剛、比叡、榛名、霧島、扶桑、山城、伊勢、日向、長門、陸奥、大和、武蔵。日本はこれらを本当に使い切ったといえるのか。

 ハワイ作戦、真珠湾攻撃により戦艦の数で優位に立った日本に対しアメリカは艦隊決戦の構想を断念し、珊瑚海海戦により空母の戦力でも優位に立った日本は、しかし指揮系統の問題から、この時機を最大限活かす事が出来ませんでした。日本海軍には空母は戦艦の倍以上あり、更に踏み込んだ作戦を行うならば米豪遮断や太平洋艦隊根拠地制圧は出来得た。

 物量で負けた、とは太平洋戦争の回顧に定番となる表現でしたが、それだけなのか。あれだけの戦艦と空母を有していた日本海軍は集中運用を行えば戦域内の数的優位を維持できる局面は数多ありました。物量で負けたのではなく、保有する物量を集中運用させる為の努力の不徹底があった、と云代える事は、エセックス級空母の数が揃うまでは説得力があるように考える。

 映画“アルキメデスの大戦”、主人公はアルキメデスの再来と云われる程の数学の天才的人物という事ですが、戦争は数学のみならず哲学や歴史学と技術論も絡むものです。例えば装備で勝てずとも、将来的に物量で完全に優位を失うとしても、手持ちの戦力を最大に活かせるような、コロンブスの卵的な発想が出来る人物として描かれているのか、意見を集約し活かせる組織と出来る指揮官が居るのか、興味がありますね。

 こうした作品に対し、フィクションに辛辣であるような印象をもたれるかもしれませんが、史実を再現する創作物、史実を元にした創作物、史実に触れた創作物、細分化できるものです。その上で、幸いにしてと言うべきでしょうか、日本では外国からの帰化した方や外国人材の方々が母国で経験した戦争を除けば戦争に触れるには難しい社会となっています。

 戦争に反対することは簡単ですが、戦争を予防する具体的論理や戦争を回避する手法、逆に戦争を誘発する論理と戦争を回避できなくさせる手法の曖昧な、しかし確たる境界線については関心度はどの程度高いのか、と考えることもあります。すると、第二次世界大戦を扱う内容で、体系的な錯誤や脚色については、どうしても指摘したくなる、私見故に本論をまとめました。


北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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