害虫屋の雑記帳(ブログ人の保存版)

ブログ人のサービス停止に伴い、gooに過去記事を保管させてもらうことにした。

ユスリカのように飛ぶコウチュウ

2008-04-29 22:35:18 | 自然観察

「実験です。こちらをご覧ください・・・。みろやぁゴルラァ」などと、ダルそうにこちらを眺めやる同僚にも無理やり観察させながら、高い位置にかざした小さなコウチュウを落下させた。はねを少し広げたようにみえるムシが、ほぼ鉛直下方向の紙にヘロヘロと落ちたのを確認すると、同僚は黙って仕事に戻った。事務所内で実施される、マサカカツオブシムシ Thylodrias contractus のオスの飛翔実験は4年目を迎えるが、本年もあまり良い結果は得られなかった。4~6月の短い期間でしか生きたオスは現れないので、忙しくて険悪な空気の職場での観察になる。


 絶対飛ぶはずなのである。文献によれば、ユスリカのように飛ぶってことだし、複数の建物で天井からぶら下がったライトトラップの粘着紙に、うしろばねを広げた状態で捕獲されている。
なのに、飼育下ではちょっと羽ばたくところまではいくが、なぜか元気良く飛翔するところが観察できないでいる。それに、ほとんどのオスはうしろばねが退化していて、30個体のうち1個体くらいしか、うしろばねが発達した個体が現れない(飼育している容器によっては全く現れないこともある)。うしろばねの発達する形質の有無が遺伝的なものなのか、何か別に後天的な要因が関与しているのか全く分からない。Thylodrias_contractus01

マサカカツオブシムシは、メス成虫も変わっていて、はねが全然ない。20数年前に初めてメス成虫と遭遇したときは、環境調査などを手伝っていて、昆虫全般の大まかな分類ができる自信がついたばかりの頃だった。某研究機関の実験用マウスの粉末飼料の袋の縁を這っていたとかいいながら、イモムシに細い足がはえたような個体を渡されて、半日かけて調べたが「コウチュウ目のような気がするが、それすら自信が持てない」などと返答して迷宮入りにした苦い思い出がある。
このムシは本当に変わっていて、英語でもOdd Beetle(ヘンチクリンムシ)と呼ばれ、昆虫学者の巣穴仕事場から発見される事例が多いことからわかるように、虫の標本を食べることが大好きなヤツらだ。でも、成長する程に小さくなるっていうメイ・R・ベーレンバウム女史の面白おかしい有名な話は、ちょっと大げさな気がする。


Thylodrias_contractus02

室内性とされるコウチュウの一部には、うしろばねがあるけど飛ばなくなった種やあまり飛ばない種がいる。マサカカツオブシムシも、現在進行形でヒトの住環境に適応しつつあるってことで、将来的にはオスも全く飛ばなくなるのかもしれない。仕事にならないムシは、順調に増えるという鉄の法則どおりに、無駄にワラワラと増えるマサカカツオブシムシたちだが、コウチュウの飛ぶ仕組みというものを発生学的・形態学的に研究するための素材として、きわめて興味深い種と思う。残念ながら私には、ちゃんと研究する暇と能力が全くないのだけれど。