武田光弘画楽多製作日記

暇をもてあそび造形してます。作品として形としてまとめたものなどを見ていただきたい
と思っています。

民主主義を考える

2015年09月19日 | Weblog
東京の港区に「だらだら祭り」というのがあるそうだ。もちろん正式の名前でなく、ダラダラと十日ほど祭りをやるそうだ。現在はどうなのか不明。
国会もダラダラ・・・といえば怒られそうだ。緊迫といえばいいのか不明。

数がものをいう議会だから、個人の意見も出ず・・・少数だと分が悪い。まんじゅうを分ける話ではないので、こんなことでいいのか。

私が過ごした戦後の分教場で思い出すのは話し合いがもめたことだ。私が司会して困ったので頭のスミにある記憶だ。なんの話だったかも忘れた。困ったことでけ記憶にある。
クラスは8人だから私をぬくと奇数だ。戦後だから民主主義・・・多数決が王道だ。女の子は二人だが、ほぼ発言権はない。男子優先なのだ。元気のいい男はすぐ多数決という。

決まらなくて教員室に行く。先生は朝から具合が悪く仮眠中だ。(実は2日酔いなのだ)
「お前にまかす。良きにはからえ」とお沙汰が出た。
私はさっそく教室に行き「先生がこうしろって」・・・・・・それで話し合いは終わったのだ。それと国会は相当ちがうけど。

日本神話に挑戦ス

2015年09月18日 | Weblog
日本の神話ができたのは八世紀のはじめ。
この時代、国家のしくみを整えるため、天皇が国を支配する由来が必要であったのだろう。

おそれおおい題材に取り組むことにした。
イザナキ、イザナミが下界の海に矛をさしおろし島を作るのです。
それが「おのごろ島」という最初の島です。そしてふたりで淡路島、四国,隠岐の島、九州、壱岐の島、対馬、佐渡島、本州と八つの島を生んだのです。
次に海の神、風の神、火の神などたくさんの神を産んだのです。しかし、火の神を産んだ時イザナミはやけどをして亡くなってしまいます。イザナキは悲しみ、黄泉の国に行ってイザナミに逢おうとしました。ところがイザナミは魔物と化しており、イザナキは逃げ帰るのです。その場面です。手に持っているのは桃。
逃げる途中、なっていた桃を投げるのです。
なぜって?桃は邪気を払う力があるのです。
日頃、心がけ悪いと思う人はを食べるといいですよ。

あきさめ

2015年09月17日 | Weblog


夜から雨だ。
こういう時期だから「秋雨」と言うのだろうか。
この秋雨と言う言葉は、江戸時代に登場したらしい。それは「春雨」と言う言葉が古くからあり、それから生まれたらしい。

その当時にも、そういう新語に「言葉の乱れ」と嘆く人がいたが・・・・・だんだん新語が位置を確保し、昔からあったような顔をしてる。

いずれの時代にも、同じようなことがおきている。
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軽減折率を考える

2015年09月16日 | Weblog


要するに畳折り綴じ豆本であるが・・・・・・・紙が厚いと折りがずれる。
ま、そこをクリアすれば見える。
国政調査をパソコンで送る。国民のひとりとして一応存在してるという感じ。

やはり、団体に入れば個人の存在はうすくなるか、ならないかはご本人の意識しだい。大樹の陰は過ごしやすい。8枚の絵も意志表示させたい。

本居さんって知ってます?

2015年09月15日 | Weblog


カラスがやたらに目につく。くるみを車道において割れるのをまっている。
このカラスは縁起の悪い鳥として、あんまり歓迎されない時代があった。
たしかに人がなくなると鳴くとか、水死体にむらがり目ん玉をくりぬいたとか・・・小さい頃からワルのイメージだ。
これをコミカルな鳥としてとらえたのが「七つの子」という童謡だ。
この作曲者は本居長世という人だ。
知ってる人は知っており・・・・知らない人はしらない。


「赤い靴」「青い眼の人形」「汽車ぽっぽ」「めえめえ子ヤギ」など
どれもなつかしさいっぱいだ。
けど、時代が時代だから・・・・・・・最近の子どもはどうかな。

あとのまつり

2015年09月13日 | Weblog
この土日がこの地区の祭りだ。
朝から拡声機で歌謡曲がガンガンなって・・・・と言いたいが、今年はいやに静かだった。きっとうるさいとかクレームがついたのだろうか。
店も一軒だけ来ていた。かっては数件来て子どもでワイワイしていたが・・・・・子どもも減り時代も変わったのだ。
時代の流れというものがあって、致し方ありませんね。あーーあ

半七捕り物帖

2015年09月12日 | Weblog
「御用だ」「御用だ」と捕り物がはじまる。
ワクワクする人はかなり古い。日本最初の岡っ引き捕り物は「半七捕り物帖」で、作者は岡本綺堂という作家である。・・・と気安く呼んではいけない方だ。

昭和十年に「中国怪奇小説集」を出している。タイトルは「中国」というところが「支那」と当時はなっている。今は「支那」は遣われない言葉なので中国となっている。
そもそも、日本のお化け話もその昔から中国の影響をうけ作られている。中国と日本の関係はきってはきれない結びつきなのだ。
中国の幽霊は縁もゆかりのないところに出る・・・・・・日本のお化けは恨みが根底にある。・・・・ここが違いらしい。

そういえば河童も中国出身だし。
あくどく金持ちになったある男が旅の途中、美しい娘を助けた。「命をうけ、ある家を焼きにいくのだ」と、こっそり教えてくれた。おどろくなかれそれは自分の家だった。「時間をあげましょう」。あわてて家に帰り、家具を運びだしたとたん・・・・家は焼けた。
ま、こんな話が載っている

雨、雨、雨

2015年09月09日 | Weblog
こう降られると気が滅入る。

栃木の「グリムの館」というところで、版画展をするのでと依頼があり送った。それが終了し、作品が返って来た。
よくわからないが小品を展示したらしい展覧会らしい。
地図をみると、栃木県は長野とちがって円形だし中心の宇都宮に集まりやすいのかもしれない。もしかしたらこういう活動は盛んかもしれない。
お礼?「川上澄生」の版画集をいただいた。栃木県の誇る版画家だ。

書棚をひっかしまわし前に手にいれた復刻版だけど見る。川上澄生独特の南蛮風の本だ。なんとなく雰囲気がいいですねーーー。それを模した猫はわたしの作品だけど