武本比登志の端布画布(はぎれキャンヴァス)

ポルトガルに住んで感じた事などを文章にしています。

082. リネンの花 -Linho-

2018-12-12 | 独言(ひとりごと)

 今年は春の早いうちからポルトガルに戻って来られたので、それ幸いアレンテージョだのカーボ・エスペシェルだのトロイアだのパルメラだのとせっせと花見に出掛けた。
 その牧場風景はMUZのサイト「ポルトガルのえんとつ」先月号にフォトアルバムとして紹介されているとおり。でも写真では残念ながらその素晴らしさは半分も出ていない。

 田舎道を走っているだけでも感動もので満足なのだが、ところどころでクルマを停めて花の中に入ってみる。

 その時期はシャゼンムラサキが圧倒的に強烈で、その中にクリサンテムン(シュンギクの原種)の白と黄色。それに真っ赤なポピーやショッキングピンクのナデシコ。鮮やかなブルーのアナガリスやアンクーサ。でもそのような色鮮やかな花ばかりではない。そんな中に実に多くの種類が混生しているのに気付く。肉眼では見られないほど小さな花。葉っぱと同色緑色のトウダイグサの仲間。淡いピンクや優しい黄色のヒメキンギョソウ。そして様々なハーブの花が香ってくる。

 他の花の陰に埋もれるようにして1センチほどと小さくて清楚なブルーの花がひそっと咲いている。以前から時々見ていて、写真にも撮っている花だ。群生しているのではなく、ところどころにぽつりと咲いているのだが、何となく気になる花であった。



 家に帰ってインターネットで調べてみた。名前が判らないから花あわせで調べる。
 そうすれば学名はリヌム・ビエンヌ、亜麻科の1年草。なんと通名<リネン>だと判った。リネンとはリンネル亜麻である。
 こんな清楚な花からあのリンネルの繊維が取れるのである。正確には、花ではなく茎からであるが…。

 太古の昔から世界中で使われてきた繊維であるが、ポルトガルでも古くからリネンは貴重に使われてきたのがわかる。

 先日ある地域のお祭りでリネンを布にしてゆく工程が示されていた興味深い場面があった。乾燥したリネンの束を叩きつけて柔らかくする人。糸巻きで紡いで糸にする人。機織(はたおり)機で織る人。ポルトガルでは欠かせない繊維らしい。

 衣服は勿論のこと、下着、シーツやベッドカバー、ハンカチ、台所の布巾。パンを包む布。
 パンを作るのには欠かせない小麦を引くための風車の帆。それに大航海時代を支えた帆船の帆やロープ。それまでは帆船の帆は綿等であったのが、水にも強く腐りにくいリネンを使うことによって、航海距離は格段に延びた。大航海時代の後は、綿の品質も上がり再び綿が使われる様になったとのことだが…。

 油彩を描くキャンバスは基本的には亜麻地である。コットンのものもあるが、僕は亜麻しか使わない。

 又、リネンの種子をリンシードと言う。
 僕たちが昔から使っているリンシード・オイルは亜麻仁油と言い、この亜麻の実から抽出したものだ。油彩画には欠かせない溶き油なのだ。

 油彩画の溶き油としてはポピー・オイルとリンシード・オイルを使うのが一般的で、それらに松から採れるテレピン油で薄めて使う。

 ポピーはケシのことでこれも実から抽出する。
 ポピー・オイルは光沢があり乾くのに時間がかかり多少扱い難い。だが変色が少なく明るい色の溶き油として用いるがリンシードに比べると塗膜は脆い。

 リンシード・オイルはポピーに比べて乾きやすく扱い易く堅牢であるが時と共に黄変するというから濃色を中心に使用すれば良いとのことである。
 でもそんな微妙なことを考えてオイルを使い分けている画家は殆どいないのが現状ではないだろうか。
 ポピーとリンシードを混ぜてそれにテレピン油で薄める人もいる。
 ポピーやリンシードなど関係なく「油彩の溶き油」として混ぜられて売られているものもある。僕は使ったことはないが…。

 チューブに入った油絵の具は既にその様な使い分けがなされているらしい。
 明色や透明色はポピーで、濃色や不透明色はリンシードで練られている場合が多いらしい。だから色によって乾き易かったり乾きにくかったりするのだろう。
 そのあたりはメーカーによっても違うだろうし、或いは企業秘密な面もあるかも知れない。
 同じ色名でもメーカーによって随分違った色もあるし、乾き方もかなり違う。日本製とヨーロッパ製でも、又、かなり違う。

 そしてキャンバス地は白の顔料をリンシード・オイルで練ったもので地塗りされている。
 昔の画家は自分で地塗りをしていた。それによって独自のマティエールを作り出す。佐伯祐三もそうだった。
 僕も絵を描き始めのころ、本町の生地問屋で亜麻地を買ってきて、フランス製で粉末の<カゼ・アルテ>と言うのを画材店で買って、練って地塗りしたこともある。安上がりに出来たのだ。

 何れにしろ僕は油彩画を何十年も描いてきて、この歳になって初めてリンシード・オイルの原料であるリネンの花を…。キャンバス地になるリネンの花を…。偶然に発見することができて感動したこの春の出来事であった。

 僕が見た上記写真は天然のリネンの花だが、勿論、栽培され商業生産されているのは品種改良種の筈でその違いはあろうと思う。

 来春はちょうど下記個展のため帰国中で無理かも知れないが、再来年にはまたひそっと咲くリネンの花に出会えるのを楽しみにしたいと思う。
VIT

 

(この文は2010年7月号『ポルトガルの画帖』の中の『端布れキャンバスVITの独り言』に載せた文ですが2019年3月末日で、ジオシティーズが閉鎖になり、サイト『ポルトガルの画帖』も見られなくなるとの事ですので、このブログに転載しました。)

 

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