日本ではこの夏、キュウリが6割も値上がりしているとか。ポルトガルでもいつの間にかニンジンの価格が上昇している。
と言っても今までが安すぎたのだ。2018年8月1日、現在の価格が1キロで0,79ユーロだから数ある野菜の中で一番安い。タマネギ1キロ0,85ユーロ。ジャガイモは1キロ0,99ユーロ。尤もジャガイモなどは種類が多くもっと安価な物から様々だが。昨年まではニンジン1キロで0,50ユーロ以下というのがずっと続いていた。僕はこんなにも安くて良いのかなと思っていた程だ。
ポルトガルで売られている細くて小ぶりなニンジン
瑞々しくて(絵は下手くそなので瑞々しくは見えないが)美味しくて、栄養価も高く、生で齧っても幾らでも食べられる。こんなことを書けば「お前は馬か?それとも兎か?」と言われそうだが、ヨーロッパのニンジンは細くて瑞々しくて旨い。
スウェーデンなどでは子供のおやつとして食べられたりもする、果物の代用とも考えられているのではないだろうか?勿論、野菜ジュースには欠かせられないが、生でポリポリと齧るのも旨い。リンゴを歩きながら齧っているのはよく見るが、それと同様、ニンジンを街角で齧っている姿も良く目にする。
お昼のお弁当にリンゴの代わりにニンジンの皮を剥きラップで包んで持って行ったりもする。僕もリンゴが切れてしまった時などにはニンジンの皮を剥きそのまま齧ったりもする。
映画『コールドマウンテン』で、彼は戦場に行ったまま行方も知れず、牧師であった父が死に、世間知らずで何も出来ない娘のエイダ(ニコール・キッドマン)が、お隣の勧めでやってきた流れ者の女性ルビー(レネー・ゼルヴィガ―)の助けを借り、ようやく収穫できた小さなニンジンを、台所で一人、皮も剥かず葉も付けたまま、まるで子兎の様な可愛らしい歯で、安堵の表情を浮かべポリっと齧る姿は寒い冷たい『コールドマウンテン』に一条の光を与える場面である。
日本ではタマネギとニンジンそれにジャガイモをカレーに入れる。カレーの定番で3つ共家庭の常備野菜として欠かせない。
我が家のカレーの添え物に欠かせないキャベツピクルスにはニンジンを剣割きにして混ぜ合わせる。
それに糠漬けである。もっともポルトガルでもヨーロッパでも糠(ぬか)は手に入らないからパンの耳などで糠床を作って糠漬けを作っているのだが、それにニンジンは欠かしたことがない。
パンを代用にした糠床はかつてパリに住まわれていたフォトジャーナリストの奥村勝之さんが発見されたのだそうだ。バゲットとビールの残りを屑籠に放り込んで置いたところ、翌朝に糠床にそっくりな臭いを発していたのだそうで、これは糠床としていけると直感したとか。それが徐々にパリの日本人社会に広まって、今ではヨーロッパ中から南北アメリカまで浸透している。尤もフランスのバゲットではなくてもどこのパンでも構わない。飲み残したビールを使えば促成に糠床が出来るが、時間さえかければビールは使わなくても一向に構わない。
我が家ではストックホルムでもニューヨークでもそして今、セトゥーバルでもそんな糠漬けは欠かしたことがない。
ニンジンも品種改良が進んでいるのだろう。昔はもっと癖があったように思う。そのせいでニンジン嫌いの子供も多かったのかも知れない。ヨーロッパのニンジンは現在、日本で売られているものより更に癖が無くなっている様にも思う。そして細く小さい。
1970年代、フォルクス・ワーゲンのマイクロバスでキャンピング旅行をしていた。基本的には自炊であった。1972年のことである、スペインからジブラルタル海峡をフェリーに乗りモロッコに渡った。モロッコでは観光客に対して何でも5倍に吹っ掛けると聞いていた。何かを買おうとする時、先ず10分の一に値切る。売る方もそれでは駄目だから少しづつ値段を下げる。やがて最初の言い値の5分の一になったあたりで折り合いをつけ買うことになる。
その調子で何でも買っていた。ある時、普通の露店で老婆がニンジンを売っていた。泥と葉の付いた小さなニンジンの束である。いつもの癖で10分の一に値切ってしまった。普通の野菜などは観光客は買わなくて、地元の人向けの値段なのだから値切る必要はなかった訳で、老婆はポカンと口を開けたままであった。すぐに気が付いてそのままの値段でニンジンを一束買ったという苦い経験がある。ところが苦い経験はそれでは終わらなかった。そのニンジンの食べられる部分は周りのほんの少しだけで中心にはとても歯が立たない木質でガチガチの繊維があった。
第2次世界大戦でアメリカ人が日本の捕虜になり、ゴボウを食べさせられて「日本人は捕虜に木の根っこを食べさせる虐待をした。」と言って怒ったと言う話を聞いたことがあるが、モロッコではニンジンの繊維をしゃぶらせられた。
昔、僕が未だ 18~9 歳の頃だが針中野駅前商店街にあった『花時計』という喫茶店でバーテンダーのアルバイトをしていたことがある。お客の殆どが主婦と子供連れの買い物客だったが、そこのスパゲティは評判が良かった。ケチャップにニンジンを入れてミキサーにかけるのである。ニンジンの繊維が適当に残ってケチャップが麺に絡まりやすくなり、旨味が増す。今も我が家ではスパゲティにはニンジンを摺り下ろして入れる。
ニンジンといえばジュール・ルナールの小説『ニンジン』(1894年)を思い浮かべる。フランス語で(Poil de carotte)。ルナールの子供時代の自伝的小説だが、主人公ニンジンはそばかす顔に髪の毛がニンジン色だからニンジンなのである。
ニンジン色の髪の毛のイメージはルナールに始まったのかもしれないが、モンゴメリの『赤毛のアン』(1908年)やリンドグレーンの『ピッピ・ロングストロンプ』(1945年)など、そして映画の登場人物でもよく描かれているのが、他人とは違う奔放な人物のイメージに仕立て上げられることが多い。
赤毛のアンもピッピ・ロングストロンプもニンジン色の赤毛でそばかす一杯の少女である。『ニンジン』の主人公(フランソワ・ルピック)は男の子だが他人とは変わっているがために親からも兄、姉からも意地悪をされる。でもその意地悪を意地悪とも思わず、明るく奔放に生きていく姿は読む者に勇気を与えてくれる。ルナール自身により戯曲化もされ上演され、世界中で翻訳された。
その後、残念なことにルナールの父親は自殺、母親も自殺かどうかは定かではないが井戸に落ちて死亡している。
そう言えばヴィンセント・ヴァン・ゴッホは子供たちから「フーリー」などと言って囃し立てられる赤毛であった。アルルで自分の耳を切り、オーベールでは烏の群れ飛ぶ麦畑で自分の胸にピストルを押し当て発射している。
イングランド時の王様ヘンリー8世とアン・ブーリンとの間に生まれ、後に44年間の永きに亘り女王として君臨するエリザベス1世もニンジン色の髪の毛、赤毛だった。母親のアン・ブーリンは姦通罪でエリザベス1世が未だ赤ん坊の時に斬首処刑されている。
欧米には元々、金髪の人も居れば赤毛の人も居る。北欧の人にはむしろ黒髪に憧れる人も居た。昔の日本人の美人の象徴として<髪は烏の濡れ羽色>と言う言葉がある。
日本人でもその後は少し栗色に染めたりはしてお洒落を楽しんできたのだろう。
帰国して驚くことに金髪や赤毛の人があちこちに居ることだ。サッカーの本田選手は以前から金髪にしていたが、今回のワールドカップで長友選手までもが金髪にしていた。
50年も前にタイムスリップしたならば「どうしたのですか?その御髪(おぐし)。火事にでも遭われたのですか?それとも何かご病気?」などと言われたに違いない。
さて食料としてのニンジンの話である。原種ダウクス・カロータの根は小さく白か紫で僅かに黄色いものもあり、それに品種改良を重ね、甘くカロチンの高い、そして大きくいわゆるニンジン色の品種がオランダ辺りで出来上がったのは何でも16世紀頃だったとか。
ゴッホの時代にはニンジン色のニンジンは存在しただろうけれど、エリザベス1世の時代には未だなかったことになる。
僕は花ニンジンを作るのを得意としている。和食に花ニンジンは欠かすことが出来ない。煮つけにも刺身のワサビの下敷きとしても茶わん蒸しにも花ニンジンは彩を添える。
欠かすことが出来ない、と書いたがそれは言い過ぎで、そんなことはない、無くても一向に構わないものだ。それに「ニンジンのあの色が嫌いなのだ」と言う人もいる。
ポルトガルで売られているニンジンは瑞々しくて美味しいが細すぎて花ニンジンは作りにくい。ニンジンは今も品種改良が進み、時代と共に変化し続けているのだろう。
そしてニンジン色のニンジンは何時頃から日本に存在していたのであろうか。などと想いを巡らすが、古典落語にニンジンが出てきた記憶はない。
ニンジンはセリ科、ニンジン(ダウクス)属、学名:Daucus carota、英名:Carrot、葡名:Cenoura。アフガニスタン原産で東に西に長い年月をかけて広がって行ったのであろう。ポルトガルにも原種は至る所に繁茂し、葉や花などに触れると爽やかな良い香りを発する。
そして今、安くて食べられる食材として有難さを噛みしめたいと思う。VIT
寅さんの主題歌に『♪目方で男が売れるなら、こんな苦労もかけまいに…』という歌詞があるが、一概に野菜も目方だけでは比較できないところがあるものの、最近買った野菜をキロ換算価格順に並べてみた。参考のために米、スパゲティ、パンも加へた。単位は1キログラムあたりである。
付録:最近の買い物から野菜価格/Kg単位価格順(含米)
ニンジン0,79€/kg。スパゲティ0,79€/kg。タマネギ0,85€/kg。オレンジ0,89€/kg。キャベツ(コラサオン)0,95€/kg。ジャガイモ(赤皮)0,99€/kg。カリフラワー0,99€/kg。トマト0,99€/kg。バナナ1,05€/kg。米1,12€/kg。緑パプリカ1,30€/kg。サツマイモ1,35/kg。桃(パラグアイ)1,49€/kg。蕪1,59€/kg。米ナス1,59€/kg。リンゴ(富士)1,59€/kg。白菜1,69€/kg。インゲン豆1,76€/kg。ブロッコリ1,78€/kg。大根1,96€/kg。セロリ1,98€/kg。レモン1,99€/kg。リンゴ(ガラ)1,99€/kg。パン(リオ・マヨール)2.20€/kg。フランスネギ2,48€/kg。イチゴ2,58€/kg。セレージャ(サクランボ)2,99€/kg。オランダキュウリ3,45€/kg。チェリートマト3,56€/kg。ガーリック3,70€/kg。アボカド3,99€/kg。ブラウンマッシュルーム5,60€/kg。ルッコラ9,90€/kg。
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