Sydney Yajima


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広がる放射能汚染

2011-03-30 16:25:41 | Weblog
放射能汚染が広がりを見せている。
日本は、天気予報と同じように、各地の放射能を出さなければならない。
それによっては、移動、引越し、あるいは転校、など様々な人間のアクティビティーに影響を与える。
もちろん、東京がゴーストタウンになることは、避けたい
だが、放射能汚染が、現在進行形ですさまじい数字で、広がりを見せている現状で、安全だとは、口が裂けても言えない。
よく 風評被害ということを政府は言うけれど、本当に 風評なんだろうか?
政府の安全基準というものが、そもそも あやふやで、簡単に増やしたりする。
それでも 基準と言えるのか?
基準とは、絶対に変わらない数字のことで、100ミリシーベルトなら、それは 時と場合によって250ミリシーベルトに上がっても良いはずがない。
人間が死ぬ。
それがどんな意味を持つのか、考えたい。
まずは、死に方の問題がある。
われわれはいずれ死ぬ。
死ぬのを前提に生まれてきている。
5歳の稚児も、90歳の老人も、同じだ。
いずれ、死ぬ。
だから、生きている間に、何かをやり遂げたいと思ったり、あるいは、誰かのために何かをしてあげたいと思ったりする。
そんな動機は、だれにでもある。
しかし、生きている間というのが、いつからいつまでなのか はっきりしない。
だから、死ぬことが恐ろしいと感じるのだ。
死にたくない。
だったら、生きれるように環境をなるべく 整えたい。

すると、どうだろう?
環境は、自分以外のところで 次々に決められていくではないか。
冗談じゃない。
そう思うはずだ。

うりふたつな、双子の兄弟がいるとする。
ひとりは、あかるく もうひとりは 生真面目。
どちらも優越つけがたい。
ある日、そのふたりのうち、明るいほうが、病気になる。
父親と母親の愛情のこもった看病にもかかわらず、死んでしまう。
すると、残った生真面目で冗談も行ったことのないもう一人の片割れが、いきなり明るい性格になったりもする。
それは 二人分を一人で引き受けて、明るく見せているのである。

そんな研究結果がある。
つまり、人は苦しみが多ければそれを、和らげようとする。
そのためには、自分の性格を変えることもできるし、あるいは、周りのために、何を演じれば喜ばれるかという計算もできるということだ。

さて、われわれは死に直面している。
関東周辺の人間は、その目に見えない死の恐怖がひしひしと、伝わってきている。
彼らは、明るく過ごそうとしている。
そう、ちょうど双子の片割れのように。



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