Sydney Yajima


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AGM シーズン

2009-10-15 23:11:32 | オーストラリア資源
いろんなマイニング会社が、11月にはAGMを執り行う。
AGMとはアニュアル ジェネラル ミーティングの略で、日本で言えば株主総会。私はいくつものAGMに参加したが、荒れる場合とそっけない場合がある。しかし、どちらにせよ、社長は説明責任をきちんと果たす。それが仕事だし、また、その責任をきちんとできなければ、株主から反発が出る。
社長秘書というのは、しかし、どうしてどこの会社も大抵意地悪な感じの年配女性が多いのだろう。教養をつけた女性というのは、知性が美しさに現れてとても素敵になる人と、とても意地悪になる人のどちらかになるように思う。これは、教養以前の問題であるのかもしれないが。

さて、オーストラリアが今後利上げを続けて行うことで、いずれ アメリカドルを抜く日がやってくる。不動産に冷や水をかけてバブル化した価格に喝を入れて、価格是正に向かうことは、短期的には不況を呼ぶことになるかもしれないが、長期的には マーケットの自浄作用としては、必要なことである。

アメリカのダウが10000ポイントを昨日越えたが、私は、アメリカ経済の底は打ったという考えにはまだまだ反対で、まだ二番底、下手をすると三番底も来ると思っている。

ただし これは私の意見。
それよりも、インフレにより、食料価格が急騰し 世界中に飢えの出ることが問題だ。世界人口の20%にあたる10億人にかなり深刻な飢餓状況が訪れることが 大きな問題になっている。

日本にとって 関係のない話だろうか?それとも、おおいに、何かかかわり、その人たちを救い出す方法を考えるべきなのだろうか?

フリーメーソンのミーティング

2009-10-15 03:04:38 | フリーメーソン
フリーメーソンの ミーティングは今も、世界のどこかで休むことなく、行われている。
ミーティングは通常、第一階級からはじまり、第二階級、そして 第三階級へと続く。その日の予定によって、第一階級だけの日もあるし、第三階級まで行くときもある。また、一年に一度は、インストレーションが行われ、新たにポジションが変わるので、そのときは、第三階級以上のところまで、上がる。これは、ここに残ることができるのは、一度はチェアーに座った人間でなければならないので、人数は大分減ってしまう。

ミーティングは、その中心となる人物、ウォーシュフル マスターによって、仕切られる。ロッジの部屋は、多少国によって違いはあるが、ほぼ似たようなものである。(そのうちに、写真を取ってアップしよう)

フリーメーソンの教義には、多くの事象が入っているが、これは、書けない。なぜ書けないのかという質問には、答えない。理由は、書けない、話してはならない、そしてどこにも一切どんな形でも残してはならない。そういう、してはならないことは、してはならないということなのだとしか言いようがない。この、ものすごく単純だが強力な決まりが、フリーメーソンの兄弟の仲を決定的につなげる役目を果たしている。

こんな 団体は他にはないだろう。

どんな 団体にもノームがある。例えば阪神タイガースのファンが、縞模様の服を着たがるように、日本の選手がピンチになると、「にっぽん!!!にっぽん!!!」と応援するオリンピックの観客席にも ノームがある。お互い何の結びつきもなく、名前も知らない同士であっても、これだけの共同作業ができるノームが、スポーツという媒体を通してできあがる。
もちろん、フリーメーソンにもノームがあり、それらは 言語、握手、行動、 様々に現れている。フリーメーソンの人間にとって、その言語、握手、行動は、分かるのだが、入ったばかりのメンバーであったり、あるいは、熱心ではないメンバーにとっても、一般の人と同様にわかりにくいものであろう。 

分かり始めると、いろんな面白いことが理解できるようになる。例えば英語でBBC放送を聞いていても、英語の理解が、変わってくる。放送している人間のほうも、仮にその原稿を書いた本人がメーソンの人間であったなら、絶対にその独特な言い回しを、ついつい随所に使ってしまうものだからだ。

ところで、この英語が厄介者で、一般に通じる英語ではないことが多く、したがって、ネィティブであっても、理解できなかったり、あるいは、発音できなかったりする。まして、日本人が、それを暗記し、理解し、しかもネィティブの人間に対して教義を教え聞かせるなどという段階に来るまでに、一体どのくらいの苦労があったのか、想像してみてはいかがだろう?

世界のどこにいっても、その日から兄弟として受け入れられ、しかも、インテリジェントな人間と、様々なコネクションがあっという間に出来上がるというソサエティーがあったとしたら、それに 入れることのできる程度の知能がある人間にとっては、おそらく、躊躇することもなかったに違いない。