・昨日から東京入りしたんだが,突然の風邪で昨晩は完全にダウンしていた.ホテルに着いて,ベッドに入ったきり身動きできない状態.こんなひどいのは久しぶりである.今朝,田端中央病院にて診察してもらい,薬をもらう.だいぶ具合がよくなったので,論文読解などに取り組む.いやあ,こんなに東京が寒いとは・・・.
Augspurger (1983) Seed dispersal of the tropical tree, Platypodium elegans, and the escape of its seedling from fugal pathogens. Journal of Ecology 71, 759-771
<イントロ>
・種子散布と散布後の実生定着は,これまで独立して研究されてきたために,その関係が明らかではなかった.散布と定着の関係を明らかにすることは,親の適応度,個体群の遺伝的,空間的構造,ひいては種の多様性維持メカニズムを考える上で重要である.
・実生定着は,散布される種子の密度と散布後の定着確率によって決まる.
・母樹から離れるにつれて,種子密度は急速に低下することはよく知られている(Levin & Kerster 1974など).
・一方,熱帯では,母樹からの離れるほど実生の生存率が向上する例が知られていたが,死亡要因が明確ではなかった.
・散布は密度依存的,距離依存的な死亡要因からの回避という意義があると考えられている(Janzen-Connel仮説).要因としては,病原菌,(動物による)種子捕食,昆虫による食害,アレロパシー,親子,兄弟間の資源競争などが挙げられる.
・本研究では,Platypodium elegansの実生について,1)各項目の死亡要因として重要性,2)母樹からの距離が実生の生存確率と各要因の死亡率に及ぼす影響,3)光環境が死亡率に及ぼす影響,を明らかにする.
<調査地と対象樹種>
・パナマのバロ・コロラド島.いわずもがなだが,様々な研究が展開されている超有名なサイト.
・Platypodium elegans:樹高30mになる林冠木.大型(10cm,2g)の翼果をつけ,風散布型.翼果の形態やサイズは,個体間で大きな違いがあり,個体内では変異が少ない.
<方法>
・同種個体が周囲にいない孤立木で,種子の形態やサイズで個体判別できる4個体を選んだ.
・方法1:実生の量に応じて幅を変えたトランセクトを各個体の根元から南の方向へ設定.トランセクトを1mごとに区切り,発生した実生にタグをつけて追跡調査.
・方法2:Tree 1とTree 2についてのみ,5つの10m区間に各500(Tree 1),300(Tree 2)のタグをつけて調査.Tree 1では0-10mが樹冠下,45-55mがギャップに対応.Tree 2では,0-10mが樹冠下だが,5-10mが小さなギャップになっている.
#この部分がすごく分かりにくい.方法2に対する結果がどこで出てくるのかが,良く分からない(Fig2の値が間違っているのか・・・).非常に困惑させられる.
・1980年の5月28日から6月1日にタグをつけ,5月6日から12月中旬まで追跡調査.最初の3ヶ月は1週間に1度の割合で観察し,死亡要因を特定.その後の追跡調査についても記載されているが,ここでは省略.
・パーセントデータは逆正弦変換して重回帰分析などを行っている.
<主な結果>
・新たに定着した実生の密度は,母樹の近傍にピークがあり,距離が離れるにつれて,急速に密度が低下する距離分布を示す.中央値は,Tree1で22m,Tree 2-4は10数m.
・発芽した実生は,最初の3ヶ月でほとんどが死亡した.死亡率は母樹からの距離によって異なり,母樹の近く(20m以内)で高い死亡率が検出された.
・ギャップ下では,死亡率が低い傾向があった.Tree 1では明瞭に違いが見られた.Tree 2ではわずかに生存率が上昇した.
・最初の3ヶ月での死亡では立枯れ病が最も重要で,死亡要因の64~95%に達した.
・立枯れ病による死亡率は,母樹からの距離に反比例し,実生密度に比例した.ギャップ下では死亡率の減少が認められた.
<考察>
・本研究の結果は,1)菌害が主な死亡要因であること,2)親からの距離が離れるにつれて実生の生存率が上がること,3)ギャップ下では実生の生存率が上がること,を明瞭に示した.病原菌が個体群動態に及ぶ影響は想像以上に大きく,それにはもっと注意が払われるべきであろう(Harper1977).
・親からの距離が離れても立枯れ病はゼロにはならず死亡率が低下するのみだった.したがって,立枯れ病菌は,森林内のどこにでも存在すると考えた方がよい.
・密度と距離の効果は分離できないので(つまり,母樹の近くでは必ず密度が高くなり,遠くなると密度は低下する),これらを分離するには実験的なアプローチが必要.
・Tree 1では立枯れ病によって,母樹から20m以内のほとんどの実生が死亡した.したがって,1つのコホートに限れば,稚樹の分布パターンを説明することができそうだ.
・立枯れ病は,病原菌抵抗性,成長率,リグニン化の程度(早く幹が固くなった方が病気にかかりにくい),翼果の形態や重さ,種子散布力,発芽タイミングなど,いくつかの重要な形質を進化させる可能性を持つだろう.
<寸評>
・種子散布屋(?)として有名な(鳴子のS先生の知り合いだとか・・・.最近は違うことをやっているらしい)Augspurgerさんの論文.この論文以後でも,彼女たちのグループでは,移植実験をしたり,種子の散布実験をしたりと,Platypodium elegansを題材にした一連の研究が展開されている.ヤチダモ種子の散布実験論文(Goto et al. 2005 Eco Res)でもだいぶお世話になった.本種(Platypodium elegans)は,その後も色んな人達があれやこれやと研究しており,熱帯におけるモデル樹木的なイメージがある.
・1980年代の論文だが,遺伝マーカーもない時代に既にこれほどのことができていたのか,と感心させられる(逆に遺伝マーカーを使えるようになった割には,こういう部分が進んでいない気がするのは当方だけだろうか・・・).もちろん,個体密度が低い樹種で4母樹に絞ったからという点はあるが,種子の形で母樹判別ができるというあたりはなかなかいい.解析法自体はやや怪しいところがあるが,時代を考えればやむを得ないだろう.
・得られた結果自体はシンプルだが,逃避仮説を明瞭に支持している.ただし,個体特異的な死亡要因なのか,種特異的な死亡要因なのかは,孤立木であるがゆえに分離できない.トドマツ論文でも,「熱帯樹種のP. elegansでは母樹の周囲では立枯れ病による死亡率が高く,遠くに散布された実生の生存率が上がる」,という文脈で引用できそうだ.
・ところで,こうした古典論文(特に,1980年代のものにいいのが多い気がする)は,案外,読んでいない人が多いのではないだろうか.つい,最近の新たな論文に目を奪われることが多いわけだが,こうした古典論文には今でも通用するような研究のヒントが隠されていたりする.著名な論文はやっぱり自分の目でしっかりと読んでおく必要があるな,と改めて感じる.ただ,こうした論文はPDF化されていないので,やっぱり図書館でコピーするしかないというところが少々大変なんだけど・・・.
Augspurger (1983) Seed dispersal of the tropical tree, Platypodium elegans, and the escape of its seedling from fugal pathogens. Journal of Ecology 71, 759-771
<イントロ>
・種子散布と散布後の実生定着は,これまで独立して研究されてきたために,その関係が明らかではなかった.散布と定着の関係を明らかにすることは,親の適応度,個体群の遺伝的,空間的構造,ひいては種の多様性維持メカニズムを考える上で重要である.
・実生定着は,散布される種子の密度と散布後の定着確率によって決まる.
・母樹から離れるにつれて,種子密度は急速に低下することはよく知られている(Levin & Kerster 1974など).
・一方,熱帯では,母樹からの離れるほど実生の生存率が向上する例が知られていたが,死亡要因が明確ではなかった.
・散布は密度依存的,距離依存的な死亡要因からの回避という意義があると考えられている(Janzen-Connel仮説).要因としては,病原菌,(動物による)種子捕食,昆虫による食害,アレロパシー,親子,兄弟間の資源競争などが挙げられる.
・本研究では,Platypodium elegansの実生について,1)各項目の死亡要因として重要性,2)母樹からの距離が実生の生存確率と各要因の死亡率に及ぼす影響,3)光環境が死亡率に及ぼす影響,を明らかにする.
<調査地と対象樹種>
・パナマのバロ・コロラド島.いわずもがなだが,様々な研究が展開されている超有名なサイト.
・Platypodium elegans:樹高30mになる林冠木.大型(10cm,2g)の翼果をつけ,風散布型.翼果の形態やサイズは,個体間で大きな違いがあり,個体内では変異が少ない.
<方法>
・同種個体が周囲にいない孤立木で,種子の形態やサイズで個体判別できる4個体を選んだ.
・方法1:実生の量に応じて幅を変えたトランセクトを各個体の根元から南の方向へ設定.トランセクトを1mごとに区切り,発生した実生にタグをつけて追跡調査.
・方法2:Tree 1とTree 2についてのみ,5つの10m区間に各500(Tree 1),300(Tree 2)のタグをつけて調査.Tree 1では0-10mが樹冠下,45-55mがギャップに対応.Tree 2では,0-10mが樹冠下だが,5-10mが小さなギャップになっている.
#この部分がすごく分かりにくい.方法2に対する結果がどこで出てくるのかが,良く分からない(Fig2の値が間違っているのか・・・).非常に困惑させられる.
・1980年の5月28日から6月1日にタグをつけ,5月6日から12月中旬まで追跡調査.最初の3ヶ月は1週間に1度の割合で観察し,死亡要因を特定.その後の追跡調査についても記載されているが,ここでは省略.
・パーセントデータは逆正弦変換して重回帰分析などを行っている.
<主な結果>
・新たに定着した実生の密度は,母樹の近傍にピークがあり,距離が離れるにつれて,急速に密度が低下する距離分布を示す.中央値は,Tree1で22m,Tree 2-4は10数m.
・発芽した実生は,最初の3ヶ月でほとんどが死亡した.死亡率は母樹からの距離によって異なり,母樹の近く(20m以内)で高い死亡率が検出された.
・ギャップ下では,死亡率が低い傾向があった.Tree 1では明瞭に違いが見られた.Tree 2ではわずかに生存率が上昇した.
・最初の3ヶ月での死亡では立枯れ病が最も重要で,死亡要因の64~95%に達した.
・立枯れ病による死亡率は,母樹からの距離に反比例し,実生密度に比例した.ギャップ下では死亡率の減少が認められた.
<考察>
・本研究の結果は,1)菌害が主な死亡要因であること,2)親からの距離が離れるにつれて実生の生存率が上がること,3)ギャップ下では実生の生存率が上がること,を明瞭に示した.病原菌が個体群動態に及ぶ影響は想像以上に大きく,それにはもっと注意が払われるべきであろう(Harper1977).
・親からの距離が離れても立枯れ病はゼロにはならず死亡率が低下するのみだった.したがって,立枯れ病菌は,森林内のどこにでも存在すると考えた方がよい.
・密度と距離の効果は分離できないので(つまり,母樹の近くでは必ず密度が高くなり,遠くなると密度は低下する),これらを分離するには実験的なアプローチが必要.
・Tree 1では立枯れ病によって,母樹から20m以内のほとんどの実生が死亡した.したがって,1つのコホートに限れば,稚樹の分布パターンを説明することができそうだ.
・立枯れ病は,病原菌抵抗性,成長率,リグニン化の程度(早く幹が固くなった方が病気にかかりにくい),翼果の形態や重さ,種子散布力,発芽タイミングなど,いくつかの重要な形質を進化させる可能性を持つだろう.
<寸評>
・種子散布屋(?)として有名な(鳴子のS先生の知り合いだとか・・・.最近は違うことをやっているらしい)Augspurgerさんの論文.この論文以後でも,彼女たちのグループでは,移植実験をしたり,種子の散布実験をしたりと,Platypodium elegansを題材にした一連の研究が展開されている.ヤチダモ種子の散布実験論文(Goto et al. 2005 Eco Res)でもだいぶお世話になった.本種(Platypodium elegans)は,その後も色んな人達があれやこれやと研究しており,熱帯におけるモデル樹木的なイメージがある.
・1980年代の論文だが,遺伝マーカーもない時代に既にこれほどのことができていたのか,と感心させられる(逆に遺伝マーカーを使えるようになった割には,こういう部分が進んでいない気がするのは当方だけだろうか・・・).もちろん,個体密度が低い樹種で4母樹に絞ったからという点はあるが,種子の形で母樹判別ができるというあたりはなかなかいい.解析法自体はやや怪しいところがあるが,時代を考えればやむを得ないだろう.
・得られた結果自体はシンプルだが,逃避仮説を明瞭に支持している.ただし,個体特異的な死亡要因なのか,種特異的な死亡要因なのかは,孤立木であるがゆえに分離できない.トドマツ論文でも,「熱帯樹種のP. elegansでは母樹の周囲では立枯れ病による死亡率が高く,遠くに散布された実生の生存率が上がる」,という文脈で引用できそうだ.
・ところで,こうした古典論文(特に,1980年代のものにいいのが多い気がする)は,案外,読んでいない人が多いのではないだろうか.つい,最近の新たな論文に目を奪われることが多いわけだが,こうした古典論文には今でも通用するような研究のヒントが隠されていたりする.著名な論文はやっぱり自分の目でしっかりと読んでおく必要があるな,と改めて感じる.ただ,こうした論文はPDF化されていないので,やっぱり図書館でコピーするしかないというところが少々大変なんだけど・・・.