・気になっていた査読をえいやと片付ける.いつもながら,査読結果を伝える英文が今ひとつ自信がないが,何度か読み直して,それでいいことにする.手元に査読原稿があると何とも重たいものだが,これでほっと一息(している場合じゃなかったりして・・・).
・昼休みに,Martinez et al. 2006 Mol Ecolをさらっと読んでみる.これは,Seedling neighborhood modelを使った最新論文として,
川渡のTくんが紹介してくれていたものである.Tくんのレビューを参考にしながら読んだのだが,考察を中心にちょっと別の角度から(まだまだ読みが浅いんだが)批評してみよう.
・Gonzalez-Martinezは2002年にもTheor Appl Genetに同じフランス海岸松の種子散布に関する論文を出している.これはかなり意味不明の論文だったのだが,反省したのか,今回の論文はずいぶんと気合が入っている.Tくんの説明の方が詳しいが,調査サイトはスペイン中央部,対象樹種はフランス海岸松である.100m半径の円形プロット中の成木380個体が親候補で,その中心部に設定した30m半径の実生プロット中に分布した実生267本の親子解析をしようというもの.まさしく,以前,紹介したような調査プロットの設計で,モデルにおける近隣範囲の半径は50mに設定されている.
・と,ここで,Fig1にさりげなく描かれている年齢のヒストグラムに目を奪われる.どうやら成木は380本からコアを抜き,1本1本の年齢を調べたようだ.また,繁殖努力を評価するために,球果数をカウントしている.さらに,1週間ごとに28個のトラップに通って,全ての種子を回収した,とある.最近,こんなところが気になるんだが,地味な仕事がかっこいいと思える年齢になってきたということか・・・.
・いきなり考察である.今回の結果では,50mの近隣範囲で自殖がほぼゼロ,種子は43%,花粉は85%と高い移入率だったことに対して,他の針葉樹の既存研究と比べて妥当な値だとしている.ここで,針葉樹では接合前の自家不和合性システムがないが,厳しい近交弱勢によって,種子や稚樹のステージでは自殖率が無視できる程度に低下することが書かれている(便利な表現だ・・・).
・SNMモデル(35m),Inverseモデル(34-50m),ダイレクトな親子解析(50m)のそれぞれの種子散布距離の中央値についても,比較しつつ述べている.しかし,やはりここでも,種子の移入率は距離の話からは無視されているな.43%がプロット外から流入しているということになると,プロット内だけで決まった散布距離の中央値にどれだけ意味があるか,と思うんだが,特に有効な手立てを講じる気はないということか・・・.ヤチダモ論文では,種子散布距離の推定は破綻しているが,無理やりにでも推定しようという涙ぐましい努力の跡が垣間見えるんだが・・・.
・雌性繁殖成功度のばらつきの大きさについては,Scnabel et al.1998では,Gleditsia triacanthosで2個体が50%の実生の母親になっていたこと,Valbuona-Carabana et al. 2005では,ナラの仲間で,たった1個体が1/3の実生の親となっていたこと,などの既存の知見を引用し,その影響などを論じている.Aldrich et al. 1998がNatureに論文を出した頃にはほとんどなかった知見だが,こうした議論はずいぶん引用できるデータが多くなってきたと感じる今日この頃だ.
・繁殖努力と繁殖成功の関係については,球果数のカウントは1年間の調査であっても,(おそらく20年にわたる)実生定着の成功度に関連する指標として有効だとしている.マツ科では,雌花や球果生産量の年次相関が報告されており(つまり,よく花をつける個体はどの豊作年でもよく花をつける),フランス海岸松でも報告があるらしい.この部分は,トドマツ論文の中で,2005年しか調査していない雄花量スコアをどう扱うかといった部分で利用できそうな文脈である.
・驚いたことに(と彼らが言っているのだが),古い個体であれば,当然,子供を残すチャンスは多いと考えられるのだが,母親候補の年齢と繁殖成功度には関連がなかった.サイズと繁殖成功度の関係はいくつか報告があるが,年齢は今までに見たことがなく,新しい知見だろう.これまで当方が観察した限りでは,カツラとニレではサイズや樹齢と開花量には相関がまるでなさそうである.ともかく,この部分は,Sさんのカツラ種子散布論文でも参考になりそうだ.
・種子トラップから導き出された種子散布距離と遺伝マーカーで推定された散布距離を比較したパラグラフでは,散布後の選択について逃避仮説が成り立つのではないかという流れである.きちんとしたメカニズムの説明までは至っていないが,アレッポマツでは,逃避仮説を示唆するようなデータが種子トラップと実生定着の解析(Nathan et al. 2000),核SSRによる遺伝解析結果(Troupin et al. 2005:遺伝構造に関するものか?)であるらしい.本論文では,「それ以上深入りしたら,オーバーディスカッションだろう」と指摘したくなる寸前で,”Apart form J-C effects(逃避仮説から離れて)”,とするりとかわしている.うーむ,おぬし,なかなかできるな・・・.
・ところで,この論文では,当方も共著となっているSくんのカツラの”集団遺伝+樹冠下実生の親子解析”論文(Sato et al. 2006 Heredity)がしっかり引用されている.このように適当に(?)読んでいて,自分が著者になっている論文が引用されているケースは実は初めてだったのだが,やはりうれしいものである.ヤチダモ論文も,もう少し早く印刷になっていれば,きっと引用された(と思う)のだが,今後に期待するとしよう.
・全体として,労を惜しまずに”よくがんばった”と言いたくなるような論文である.よくよく考えると,結果自体はそれほど面白くないのだが,自分の知見の新しさと限界をよく認識しており,文章的にもそれを上手く表現していると思える.論文執筆の参考になりそうな論文でもある.ところで,この論文の中で引用されていた論文は知っているものが大半だったが,Hille Rils Lambers and Clark (2003) Can J For Resの論文は要チェック,のようだ.