・川渡のTくんの
レビューに再び便乗させてもらって,関連論文のレビューをしてみる。彼らのグループはまったく同じシロトウヒの集団と材料を使って,遺伝マーカーを使わない生態学的な調査の結果をCan J Bot に掲載している。
O'Connel et al. 2006. Impacts of forest fragmentation on the reproductive success of white spruce (Picea glauca). Can J Bot 84: 956-965.
<イントロ>
・森林景観は山火事,昆虫被害,災害などの天然攪乱と農業,宅地化,伐採などの人為攪乱によって分断化されてきた。分断化が生態系に及ぼす影響評価は現在の中心的なトピックである。実際,Fahrig (2003) は,“生息地の分断化”という用語を使った1600以上の科学論文を見出している。植物集団では,生息地分断化は繁殖成功を低下させ,自殖や近親交配を通じて近交弱勢が増える可能性がある。
・熱帯林ではもともと個体密度が低い上に虫媒種が多いということで,分断化が樹木種の繁殖成功に与える影響が評価されている。一方,温帯では連続林が多く,風媒種が多いことから分断化の影響は小さいことが期待されるが(Knight et al. 2005),その実態はよく分かっていない(Koenig and Ashley 2003, Davis et al. 2004)。
・本研究では,種子充実率,種子の生存性,実生と稚樹の高さ成長などのデータを用いて,分断化がシロトウヒの繁殖成功に及ぼす影響を評価した。特に,種子の量と質,実生成長と生存率が集団サイズに関係するかどうかを調べた。また,もともと大きい連続する集団を特徴とするシロトウヒの最低集団サイズを推定することを目的とした。
<材料と方法>
・材料はHeredity論文とまったく同じカナダ,オンタリオ,Nipissing湖周辺のシロトウヒの23集団,104個体。母樹については,樹高とDBHなどの個体のサイズ,年齢が測定されており,Heredity論文にはなかったこれらの情報がTable1に掲載されている。
・1994年夏に各個体の4方向から球果を採取した混合種子を用いた。23集団は,11の小集団(1-10個体/集団),6の中集団(10-100個体/集団),6の大集団(>100個体/集団)に分類。サンプルサイズのバランスをとるために,小集団では各集団1-8個体(平均3個体),中集団と大集団では集団につき6個体から種子採取を行った。
・繁殖成功のパラメータとしての測定項目は,1)球果あたり総種子数,2)球果あたり充実種子数,3)球果あたりシイナ種子数,4)球果ごとのシイナ率,5)充実種子の1000粒重,6)種子を除いた球果の乾燥重量,7)繁殖効率(reproductive efficiency):球果ごとの充実種子の総重量/球果重量の7つ。
・1995年1月に,実験計画法に基づく4反復のRandomized complete block designで100家系,各32粒(合計12800粒)を播種。39日後と120日後に種子発芽率,生存率を測定。120日後,4年後,10年後の樹高を測定。繁殖パラメータ間の相関、繁殖パラメータと母樹の形質の相関を検討。各測定項目が反復間,集団サイズクラス間,集団間で異なるかどうかについてnested ANOVA分析。
・最大の繁殖成功を維持するための最低限の集団サイズの基準を特定するために,各集団の球果あたりの充実種子数の平均値を従属変数,集団サイズを独立変数とする回帰分析(nonlinear split-line regression analysis)を行っている。式は,
y = b0 + b1*N + b2*(N-T)*(N≧T)
yは従属変数,b0:y切片,b1とb2は下限と上限の基準値に対する(?)slope,N:集団サイズ,T:集団サイズの基準値。実は,この部分がよく分からないのだが,要するに大集団並みの繁殖成功(充実種子数)を得るのに必要な最低集団サイズを特定するための解析となっているようである。
<主な結果>
繁殖パラメータ間の相関
・球果あたりの充実種子数,球果あたりのシイナ種子数,シイナ率,種子重,球果重,繁殖効率のそれぞれのパラメータ間の相関を調べた結果,多くのパラメータ間で相関があった。たとえば,球果あたりの充実種子数は球果重と繁殖効率と有意な正の相関があり,シイナ種子の割合と有意な負の相関があった(そりゃそうだ!)。また,繁殖パラメータは母樹の高さ,DBH,近接5個体の平均距離などとは無関係。
繁殖成功と集団サイズ
・繁殖パラメータは集団サイズクラス間で有意な違いがあった。球果あたりの総種子数は集団サイズが大きいほど多くなり,小集団のそれは中集団や大集団よりも有意に少なかった。また,大集団の球果あたりの充実種子数は,中集団や小集団よりも有意に多かった。種子重と球果重は集団サイズクラス間で有意差がなかったが,繁殖効率は大集団で中集団や小集団よりも有意に高かった。
最低集団サイズ
・23集団の集団サイズと球果あたりの平均充実種子数の関係について,回帰分析を行った結果,有意な関係が得られた。非直線回帰による基準値として(最低集団サイズ,T=180)の値を得た。
実生の生存と高さ成長
・発芽率と生存率はいずれも平均90%以上と高く,集団サイズクラス間で有意差はなく,集団間のみで有意差が認められた。
・実生の高さについてはどのステージでも集団サイズクラス間や集団間での有意差はなく,家系間で有意差が認められた。
<考察>
・風媒種は生息地分断化に対して感受性が高くないという予想を裏切り,集団の分断化の強い影響を検出した。球果あたりの総種子数と充実種子数は集団サイズと有意な関係があり,小集団と中集団の球果あたりの充実種子数は大集団のそれよりも38%と30%それぞれ減少した。本研究では,花粉不足がシロトウヒの孤立小集団の繁殖成功の制限要因になっていることが示唆された。
・小集団と中集団では大集団に比べて,シイナ種子の割合がそれぞれ14%と22%増加した。この結果は,小集団や中集団では自家花粉や近親の花粉をより多く受け取っていることを示唆する。
・小集団でのシイナ率の増大は種子の発達における高い近交弱勢を示すが,発芽率,実生の生存,樹高成長は集団サイズクラス間で有意な違いがなかった。これは,自殖や近親交配によって生じた種子が胚発達の初期のステージで取り除かれることによる。遺伝マーカーを単独で用いた場合,交配した時点での近親交配の程度は過小評価されることになる(Mosseler et al. 2000; Rajora et al. 2002)。
・今回の研究では,大集団(500個体以上)と同等の繁殖成功を保つために必要な集団サイズとして180という値が得られた。回帰分析の結果から,10個体から100個体に増えると球果あたりの充実種子数が36%増加するが,10個体から180個体に増えると68%も増加すると推定される。このような基準値は保全上も有効。
<寸評>
・アカエゾマツと同じPiceaで,しかもランドスケープレベルの仕事ということで,引用できそうな論文。おそらく,考察のImplications for conservationのパラグラフで引用できるであろう。Tくんが紹介してくれたHeredity論文と比較しながら読むと,結果がよく見えてくる。他殖性の強い樹種が優占する温帯林や北方林における森林の孤立分断化の評価では,生態学的なアプローチと遺伝学的なアプローチの両方が必要ということを明瞭に示しているといえるだろう。
・得られた結果自体は,納得できるというか,おそらくそういうことになっているだろうと思いつつ,これだけ集団サイズの異なる材料をきちんとセッティングしているところが評価できる。ただし,結果の見せ方として,順位相関やANOVAの表ばかりが多くて,肝心の生データをイメージできるような図表が少ないのが個人的には不満(唯一,Fig2がイメージできるけど)。保全的には,個体群サイズの180という基準値を出したところが新しいが,解析はこれであってるんだろうか,統計解析は古典的でデザインはしっかりしている感じだけど,特にこの回帰分析は正しいのかどうか,疑問が残る。