和江の幼馴染の翔太は数年前妻を病で亡くした。
絶望に身をゆだね、ともすれば自殺してしまうのではないかと思わせる翔太を、和江はハラハラしながら見ていた。
しかし翔太はここ数カ月で見違えるように明るくなった。
なんでも、誘われるがままに男女問わず会いに行っていたら、友達が友達を紹介してくれて、新たな交友関係が増えつつあるというのである。
その場で翔太の実践していることは、しゃべりたい相手の話をとことん聞くこと、だそうだ。そして相手が同意を求めているようなそぶりを見せた時に、
『あなたはしっかりやっているよ』と励ますような相槌を打つ。
『それをやってあげれば相手は喜ぶんだ。それで、また俺に会いたくなるみたいだね』と翔太は語る。
和江は、ふふふ、と笑った。それはそれは良かった。彼の相手の話を聞く技術はとても素晴らしいと和江は知っている。
翔太は聞き上手なのだ。それは死んだ妻から教えられたそうだ。それも和江は聞いていた。
あの人はいいことを彼に教えてくれたわ。そうでなければ彼はきっと仕事は出来ても高慢ちきで嫌味な男になっていただろう。
和江はほっと息をついた。それがあの人の置き土産なのね。
和江は翔太の死んだ妻とさほど交流があったわけではない。でも翔太から散々聞かされていたものだ。
あいつがいて俺という人間が出来上がるんだ。
ほんとうは、私が彼の妻になりたかったのに。和江はひそかに翔太のことを愛していた。しかしそれを彼に告げたことは一度もなかった。
むしろ、そんな気持ちこれっぽっちもない、とにおわせてた。なぜなら、翔太が和江の事を女性として見ていないことは明らかだったからだ。
翔太の好みの女性ははっきりしていた。和江はそのタイプから外れていた。翔太は和江の事をいい友達だと思っているようだった。
翔太が結婚した時、和江は落胆した。これで、友達としてしか生きていけなくなったのだと。
…彼の妻が死んだからって、いまさら彼と結婚するなんて出来ないわよねぇ…
和江もすでに結婚していた上に、子どももいたから、それは無理な話だろう。
『俺としゃべっていると、女性の方がなんだか、口説かれていると勘違いしてしまうんだか、俺に好意を持ってしまう女性が増えてきた』
翔太は和江にべらべらとしゃべる。
『ああ、あなたは魅力があるかもね。相手の目をじっと見つめる癖とか、相手を勘違いさせるのに十分かも』
和江はけたけた笑った。
『相手の女性とお付き合いする気持ちがあってそんな風になるの?』
『いや、全然。俺にとってはごく普通のやり取りだと思うんだけど、相手がウルウルしてきちゃってさ』
『何、それ自慢?やあねえ』
数か月経って和江と翔太は電話で話した。
『あれからどう?あなたと付き合いたいとか結婚したいとか言ってきた女性はいるの?』
『うんそうだね。バツイチが二人、三人。人妻が三人くらいかな。あ、人妻は結婚したいとかじゃなくて、あなたと結婚すればよかった、って感じ』
『へえ、すごいわね…』和江は呆れた。
『だけどバツイチってのもどうかな。バツがつくからにはなんかしら理由があるものよ』
『初婚っていうのも重たすぎていやだよ』
『そもそも、結婚したいと考えているの?』
『さあねえ』
和江はなんだか癪に障った。この人は楽しんでいるのだ。彼の事を好きになってしまった女性たちをもてあそんでいる。
そう思えてならない。
彼のこの遊びをやめさせなければならない。
さもなければ私の心がズタズタになってしまう、彼が再びほかの女性のものになってしまうなんて。
和江は翔太に言った。
『ねえ、あなたには選択肢がたくさんあっていいわね。でも私から見たら、何か一つ買いに宝石店に来て、きれいな宝石を目の前にたくさん並べて、どれもこれも素敵だから一つに絞れない、って言っているようなものよ。そしてどれも買うことが出来ない。家に帰ると買えなかったさみしさに泣いて、また買いに来るのにまた迷って選ぶことが出来ない』
『そうだね。確かに多すぎるかもね』
『女性と宝石は違うものだけど、女性のほうだってあなたがいつまでたっても独り者でいるからあきらめきれずにすり寄ってくるんじゃないのかしら。あなたが誰かを選んでしまえば、遠慮して離れて行くわ』
『……』
そんなことを言ってしまって、和江だって、翔太が誰か女性を選んで結婚でもしたらと思うと気が気でない。しかし、どの道今翔太と結婚することは出来ない。
だったらまだ翔太が落ち着いてくれた方が自分の心が休まる。私は彼らを応援するね!と言ってあげればよいのだ。
それにしても、と和江は思う。
彼のどこがいいのかしら?
彼は本当は毒舌家なのだ。口は悪いし、性格も悪いし、意地も悪い、態度でかいし、顔だって悪いのだ。
しかし、女性の心をつかむことなどもしかしたら簡単なのかもしれない。
その人の心の在り方に寄り添って肯定してあげるだけで、
見栄えなど消し飛んでしまうものかもしれない。
そもそも、私は翔太のどこに惹かれたのだろう?と和江はぼんやり考え始めていた。