フィクション『同族会社を辞め、一から出直しオババが生き延びる方法』

同族会社の情けから脱出し、我が信ずる道を歩む決心をしたオババ。情報の洪水をうまく泳ぎ抜く方法を雑多な人々から教えを乞う。

もお~9月が終わるじゃない!

2017-09-30 17:09:51 | 美しく生きるという事

時間は誰にも平等に与えられ、

それを私たちは日々享受していますが、

たぶんそれをそうだと感じている人はいないんじゃないかな?

と思ったりします。

だって、あっという間じゃん、こないだ今年が始まったんだよね。

そしたら明日から10月じゃん。

ああ、今年の初めからやり直したい。

とくに悪かったことはないんだけど、

楽しかったことをもう一回楽しみたいのよ。

毎回そればっかり。

いいね、

ふっとした瞬間に始まりに戻るの。

永遠に繰り返しなの。

楽しかったことならいいね。

もし、苦しかったりつらかった時が永遠に繰り返されたとしたら地獄だね。

それ考えると、

時間は流れて行くのが一番いいのかな、と思うね。

で、やっぱり流れていくよね。

 

 

ばいばい9月ちゃん。

こんにちは10月ちゃん。

 

どんどん寒くなっていくのが唯一いやなところだね。

寒いと固まってしまうんです、私。

寒天のような私。

そのままでは味がない。

工夫次第でいろんな料理に使えて、便利だよ(笑)

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イトシのフクオカはかせ

2017-09-28 09:25:44 | 美しく生きるという事

昨日の昼間、

愛聴しているニッポン放送に、

生物学者のフクオカシンイチ氏が出演されました。

わたくしは、この方を存じ上げませんでした。

だけど話のなかで、

『ボクの友達は虫でした。虫に向かって話しかけていました』

『アゲハ蝶の幼虫のためにミカンの木の葉っぱを捜し歩いた』

『うっかり寝てしまい蛹が羽化するのを見そびれて、気付いたらカーテンに蝶がとまっていました』

それを聞いたら、

ああ、もうこの人は同類だと感じました。

そりゃ頭の出来には雲泥の差がありますけどね。

 

フクオカはかせが言うには、

人間の遺伝子を解き明かし並べてみても、

そこから『生命』はわからない、とのことです。

機械にはあり得ない個体による何かによって、

生命は存在している、とのことです。

 

さなぎのなかで正に今起こっていることも解明出来ないそうです。

 

昔、あると知らないで砂に埋まったさなぎを潰してしまったことがあります。

中身はドロッとした液体でした。

それが成虫になるのです。

 

私はひっそりと、その業態の移り変わりに想いを馳せます。

今何が起ころうとしているのか、じっと見ています。

待ちます。

 

世の中、そんな風に生き物の業態に興味を持ち、

時間を忘れて魅入られる人っていますよね。

 

実はわたくしもそうです。

 

面白い、って言われますけどね。

 

 

 

 

 

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三つの嵐の残したもの②

2017-09-27 09:18:20 | 美しく生きるという事

オババんちからほぼ姿を消した奴ら。

家の中のいたるところにその足跡があり見つけるたびにいちいち思い出がよみがえる。

見つけたものは、自転車の鍵です。

うわー、こんなにあるの?

と同時に、どれだけのお金を奴らにつぎ込んだのだ?と思いだす。

初めて買った子供用の補助輪付き自転車。

それが小さくなると次は24インチの疑似スポーツ車(子供用)。

高校生になると通学用に26インチのちゃんとしたメーカー品。

それ何台オシャカにしてくれたっけなあ。

それ×3人だよ。

大学生になると、アルバイトして稼いだお金で自分の自転車買っていたな。

 

今の職場にはまだ子育てバリバリ中の主婦が多いので、

休み時間には、子供の持ち帰ってくる製作品について論議が交わされていました。

『すぐにたまりますよね』

『データ化するのも、あまり量があると、もういいかって』

 

そんな会話を聞きながら、オババは、

『わたしゃ、その混沌を乗り越えた!』

と、ひそかにほくそえむ。

思い起こせば、子供たちの使っていたものを処分するのは、本当に心が痛んだものだ。

だけど、とっておけば場所をとるし埃になるし、色あせてきて要らなくなる。

『捨てる』という決断と行為はあくまで先延ばしにしたいものだ。

 

その品物がぼろぼろになっているのであれば、『寿命だね』と気兼ねなく捨てられる。

そうでもない場合が困る。

ずいぶんと人にあげたりしたけれど、それでも残ったものは、

というか敢えて残したものは、プラスチックケース一個分くらいにしてある。

それくらいいいじゃない、と思う。

 

ちなみに子供たちが自分で買ったものは、知ーらない。

私には思い入れがないのでほったらかしにしてある。

 

 

 

 

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オババ気付く!

2017-09-25 05:58:33 | 美しく生きるという事

日ごろ、歳をとってもいつも美しくありたい、

がモットーのオババですが、

昨日気づいちゃいました。

天井に付いている照明、トイレだとか、まあ、そういうところの交換、

これまで数年間、子供がやってくれていたんですよ。

それが、あれ、これから誰がやるのよ?

一気に不安になりました。

そりゃ、かつて一人暮らし女子だった私ですから、

電球の取り換えとかそんなことは朝飯前だったのが、

誰かにゆだねた途端、やり方を忘れた、というか面倒だと思うようになっていた、

というのがショックで。

天井は高いから、脚立に乗っかって、上向かなきゃいけないでしょ、

あれ、結構つらい(笑)

 

よく年寄りが、缶詰や瓶詰を開けられなくてずっと眺めていたとか、

電球切れたけど交換できないから暗い中を我慢していたとか、

棄てたいものがあるけど重たくて運び出せないからずっと置きっぱなしとか、

悲惨な話を聞きますが、

今やオババはその領域に入りつつあるんだな、と感無量であります(笑)

 

なんつーか、出来ないわけじゃないんだけど、

人任せにしてきた報いが来たんだね。

それだけなんだよね。

大したことじゃなかったね。

 

そして、これのどこが『美しく生きるという事』につながるのか、という疑問も生じてきた。

しかし、よくよく考えれば、一人で出来ることがたくさんあることが、

美しさを保つ秘訣でもある、と考えられはしないだろうか?

もちろん、無理なことは誰かにお願いすることは悪いことではない。

だけど、自分で出来ることなのに誰かにやってもらうことはあまりいいこととは思えない。

しかし、人にゆだねる、ということが依存ではないときもある。

時にはワークシェア、といって、仕事を分け合うことでもある。

それが共存共栄なのである。

自分が全部やっちゃって構わないことなんだけど、

相手にとってそれが勉強になったり、チャンスになりそうなときは、

分けてあげる、そういうシーンがある。

 

ああ、そうやって、子供を使ってきたわたくし。

今度はわたくしに命令する。

『ねえ、あの電球取り換えないとだめね。あなたお願い出来るかしら?』

『あの高いところですか?無理っすよ』

『そんなことないわ、あなたなら出来る』

『あんただって出来るでしょ、それくらいなら』

『もちろん、そうなんだけど、あなたもやってみれば視野が広がるというものよ』

『へえ』

『いつかどこかで役に立つと思うから、だまされたと思ってやってみなさいよ』

『なんか調子いいなぁ…』

 

しかし、LEDの電球も、点滅回数が多いとだめになるのが早いことが分かりました。

洗面所は白熱球がいいのかなぁ。やたらとパッチンパッチンやってるからなぁ。

 

 

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三つの嵐の残したもの

2017-09-19 11:31:51 | 美しく生きるという事

オババの子供たちは一人ずつ家から去って行ったのですが、

面白いことに気付きました。

第一番目は、水道代が減ったこと。電気代も減ったな。ガス代もね。

これは、真冬でも沸かしたお風呂に入らずに、

体が温まるまでシャワーを使いまくった奴が出て行ったことが大きいと思います。

冬と夏のエアコン使用が減った。

どうして奴らは冷蔵庫みたいに個室を冷やすんでしょうかね?

女の私にはわかりません。

毎月(水道代は隔月)、メーターの数字と金額をみるとびっくりしたものです。

あいつら、自分が払わないのをいいことに…。

でも、今頃は自分で支払っているのですから、

いかに生きることに金がかかるか分かったでしょ?

と、心で笑っています。

そして…!

トイレットペーパーも減りません。

前はガンガンなくなってったように思うんですけど、

今はマジ、減りませんねぇ。

あいつらそんなに使ってたの?

 

つい先日出て行った奴の部屋の物入れを整理しています。

一見ぐちゃぐちゃ。だらだらと広がっている。

だけど何のことはない、乱れた髪をくしで丁寧に梳かすときれいに整って見えますね、

あれと一緒で、書類とか衣類とかをまとめたら、たいしたことはなかった。

いつもやっとけよ。

 

思い起こせば、

彼らは天使でした。

それがだんだん人間になっていったんですね。

もうすっかり人間になりました。

一人でも生きて行かれるでしょう。

 

私も母として、いろんな経験をさせてもらったし、

フルタイムで仕事をすることもできたし、

職場には、同じくらいの年頃の子を持つ母たちがいて話できたし、

今は違う仕事をしていますが、

尊敬出来る先輩方が大勢いらっしゃるし、

ずいぶんとあちこち転々としてきたんですけど、

気が付いたらちゃんと居場所がある、というのはとてもうれしいことだなって思います。

仕事も、自分のやりようではまだ枝を伸ばして行かれると思いますし。

 

そんなことを思う秋の日でした。

 

 

 

 

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